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平和な世界の最強勇者  作者: 白楽
第二章
25/36

吸血鬼・キシリ


 鏡颯斗は、一切の武を用いない。

 異世界より召喚される以前、彼はごく短期間、学業の一環として学んだ武術以外に、武を知らないからだ。


 鏡颯斗は、一切の剣を用いない。

 異世界より召喚される以前、剣に触れる機会等一度としてなかったからだ。


 鏡颯斗は、一切の術を用いない。

 そんなもの、知らないからだ。

 

 しかし、颯斗の尋常なる膂力は人の身を容易く砕き、命を屠る。

 武など、剣など、術など、颯斗には必要ないのだ。

 

「キィィアアァァア!」


 肉が砕け、骨が消滅し、血が撒き散り、臓物が飛び散る。

 キシリはもう幾度とも数え切れない『死』を味わいながらも、言葉とも呼べない奇声を上げて洞窟内を縦横無尽に駆け巡る。

 その一瞬の最中に彼女の意識は何度も暗転を繰り返す。


 苦痛よりも勝る快楽に、キシリは身体を動かす。

 その場から一歩も動かない颯斗に対し、キシリは岩をも裂く爪で迫る、岩をも砕く膂力で迫る、幾百の時の中で培った技術の全てを、技とも呼べない狂気に交えて繰り出す。

 それでも、キシリの爪は、拳は、技術は、狂気は、その一切が颯斗には届いていなかった。


「アヒ、アヒヒヒヒ! キィァアア!」


 洞窟が揺れ、土埃が舞い、視界は効かない。

 数え切れない死の中で、キシリの思考はただ一点にだけ集中する。

 

 それはつまり、颯斗を殺すという一点のみだ。

 

「どんどん人間離れしてきてるね」

「キヒ、ヒギギギ!」


 キシリの姿は、もはや人と呼べる姿をしていなかった。

 異様に隆起した肩に、耳まで裂けた口、大きく開かれた瞳に、重力に逆らうように逆立つ長い頭髪。

 既に二足歩行を止め、四足で洞窟を駆ける。

 まるで獣のような、魔獣と呼ぶべき姿に変貌していた。

 

「まだ死なないんだね。じゃぁ、後七千回くらい死んでみる?」


 何気なしに呟かれた言葉に、キシリの動きが止まった。

 否、颯斗が止めた。

 颯斗の身体から溢れ出す、純粋かつ高純度で無機質なまでの膨大な魔力に当てられ、キシリの動きは止められる。

 その動きを待つまでもなく、颯斗はここで初めて、動きを見せた。


 といってもそれはごく自然なまでの、軽やかな歩みだった。


 一歩。


 洞窟が脈動するように震える。

 

 二歩。


 溢れ出した膨大な魔力に耐え兼ね、洞窟が自ら選ぶ様に、崩壊し始める。


 三歩。


 膨大な魔力が収まる様に、超高密度なまでに圧縮される。

 

 四歩。


 トンっ、と颯斗の拳が軽くキシリに触れた。


 ―――――――瞬間、キシリの全身が弾け飛んだ。


 


 * * *


 本名、キシリリナ・テル。

 生まれは人であったが、彼女はとある存在に出会った事で人を止め、夜を生きる存在となった。


 ――――吸血鬼。


 魔族と呼ばれる、通常ではありえない魔力によって、肉体が変異した人の中でも、吸血鬼は再生能力と並外れた膂力の高さで知られる種族だ。

 およそ自然発生する例はなく、いずれもただ一体の個体より産まれるとされ、その吸血鬼は真祖として知られている。


 名をキシリと改め、彼女は夜を長く生きた。

 吸血鬼の再生能力は、人であれば絶命を免れる致命傷であろうとも元に戻る。

 それはもはや、再生という領域を凌駕し、時を戻しているといっても過言ではない。

 たとえ全身が消滅しようとも、吸血鬼として長く生きたキシリは、その領域に立っていた。


 それは幸か不幸か。

 颯斗の攻撃によって弾け飛んだキシリの肉体は、しかし瞬く間に元に戻る。

 

「あはは、言っただろう? 後七千回は殺すって」


 しかしキシリが万全の肉体に戻った瞬間、キシリの肉体は再び霧散する。

 血しぶきもなく、キシリが思考を続ける間も存在しなかった。


 颯斗が直前に打ち込んだ、超高密度な魔力の塊。

 それは人の身に打ち込めばそれ以前に消し飛ぶ程のエネルギー量ながら、颯斗は一点のみに集中させた。

 それが、キシリが存在していた場所だ。

 これより先、颯斗の宣言通り、キシリは滞空し留まり続ける膨大な魔力によって内側から消滅させられるのを魔力が尽きるまで繰り返す事になる。

 洞窟にも、周囲にも一切の危害を加える事無く、キシリだけを殺し続ける。

 

 技とも呼べぬ力技。

 だがそれは、あまりにも規格外だった。


 

 * * *


「さて、貴方はどうするんですか?」


 キシリが再生と消滅を繰り返す中、颯斗はキシリから目を離し、虚空に声を掛ける。

 だがそこに、姿があった。

 明らかに怯えた様子で、腰が引けた男。

 その容姿の特徴は、キシリや先ほどまでいた男に酷似していた。

 つまり、キシリ達の仲間と言えるだろう。


「まっ、待ってくれっ! お、オレはもう何もするつもりはない! 本当だ! ほ、ほら! こ、こいつらも解放する! だから頼む! 助けてくれぇぇぇぇええ!!」


 颯斗とは目を離そうともせず、男は颯斗に命乞いをして逃げ去ってしまった。

 颯斗は男を追いかける事はせず、代わりに洞窟の洞穴から出てきた者達に目を向ける。


「き、君は一体……。信じられん。我々は、助かった……のか?」


 颯斗の生み出していた光に眩しそうに眼を細めながら、一人の男が惚けるように呟く。

 その全身は血に染まっていたが、命に別状はなさそうだった。


「……あっ。もしかして、この村の人ですか?」

「え? あ、あぁ。済まない。申し遅れた。俺はテルトの村の戦士・ガハドだ。どこの誰かは知らないが、助けてくれたことには深く感謝を申し上げる」


 深く頭を下げる男は、その全身が毛に覆われていた。

 率直な感想を言えば、人型の獣。

 文字通りの、獣人だ。

 

「いえいえ、ほとんど偶然みたいなものですから。それに、無事でよかったですね」

「うむ……まぁ、無事、とは言えぬがな……」


 男――ガハドに続くように、ぞろぞろと人が出てくる。

 その数は二十人近くいるだろう。

 皆同様に、何かしらの傷を負っていた。 

 その顔には同様に、絶望が宿っていた。


「――っ! いかん! 皆の者! 済まぬが俺は行かねばならん! 奴らがあの場所にたどり着いてしまっては、先祖に申し訳が立たん! 『巫女』を頼んだぞ!」


 突然ガハドは、何かを思い出した様に洞窟の中を駆けて行った。


「『巫女』?」

「お、おぉ……。再び光を視れるとは……。視よ、『巫女』よ。予言はやはり成ったぞ……。彼こそが――」


 年老いた獣人に担がれた、一人の獣人の少女が颯斗の前に姿を現した……。

 

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