吸血鬼 ①
暗い洞窟の中を進んでいくと、ようやくと言ったところで人の反応が多い場所に辿り着いた。そこは洞窟の中の広い空間のようで、妙な事に中の反応は段々と減っていっている。
「ほぅ、妙な光が見えると思えば、何者だ?」
闇の中に溶け込むような、静かな声音に、颯斗は反応する。
「やぁ、初めまして」
足を止めて、颯斗は生み出した光を大きくする。
その光に照らされ、男が姿を現した。
高い身長に、病的なまでに青白い肌、光に照らされて反射する赤黒い瞳に、微かに覗くのは異様に長い牙と呼ぶべき歯だった。
「ふむ、まだ子どもだな。侵入者が在ると聞いたが、少々予想外だ。だが、偶然に来た訳ではあるまい?」
「もちろん。ここで何をしているのか聞きたくて来たんだよ。出来れば答えて欲しいんだけど、中で何してるのかな?」
颯斗はその男の見た目に人ではない事を見抜きながらも、恐れもなく歩みを進める。
男は、颯斗の言葉に口角を上げた。
「オレを恐れぬとは驚きだな。それとも、オレの実力が分からぬか? どちらにせよ、子どもといえど邪魔をさせる訳には行かんからな。ここで死ね」
男が剣を抜き、構えた。
そして地面を抉るほどの力で地を蹴り、颯斗との距離を一瞬で詰める。
「てい」
だが次の瞬間、男の剣は颯斗に触れる間もなく、颯斗のデコピンが男の頭部を撃ち抜いた。
デコピンといえど、颯斗の力は凄まじく、男の頭部は血飛沫を撒き散らし消失し、その身体は洞窟の壁に埋め込む程の勢いで吹き飛んだ。
その衝撃で洞窟が揺れる。
一瞬の決着かと思われた瞬間、壁に埋め込んだ男が壁から抜き出した。
男が着ていた衣服はボロボロになったが、先ほど吹き飛んだはずの頭部も、身体のあらゆる傷がまるで最初から無かったように消えている。
「な、何だ?! 何をした!」
「おぉ、凄いね。まだ生きてるんだ」
声を荒らげる男に、颯斗は気にした様子もなく感嘆する。
紛れもない死を迎えたはずが、男は何らかの方法で生き返ったのだ。
「くっ、ならばこれはどうだ?!」
颯斗の様子に、男は怒りを露わにして牙を剥く。
そして剣を構えたまま、左手に魔力を集中させ、一瞬で魔法陣の宙図を完成させる。
生み出されたのは炎。
男の手を炎が包み、周囲を尚いっそうに明るく照らす。
「暴虐の炎を食らってみろ!」
男がその手を振るうと、颯斗に向かって炎が伸びる。
暴虐の炎。人の身では扱うのに困難な、自身さえも燃やす禁忌に分類される魔法だ。
颯斗に向かう炎だが、それが颯斗に辿り着く事は無かった。
突然、颯斗の目前を巨大な水の壁が覆う。
水壁という魔法だが、並の魔法使いが扱うならばせいぜいが局所的に水の壁を生み出す程度だが、颯斗は自身を完全に隠す程の大きさの水壁を生み出した。
暴虐の炎と水壁がぶつかり、辺りに水蒸気が広がり一気に周囲の温度が上昇する。
並の者ならば火傷は免れない水蒸気も、颯斗は気にした様子もない。
「これじゃ見えないよね」
今度は、洞窟の中に風が吹き荒れて水蒸気が晴れる。
これも颯斗が生み出した魔法だ。
水蒸気が晴れた先、全身が真っ赤に膨れ上がった男の姿があった。
「うわ、グロいね」
思わず顔を顰める。
それほどまでの姿になっても、男の体は着実に治っていっていた。
それはまさに、再生というべきだろう。
「どうなってるんだい? その身体」
「くぁっ、はぁっ、はぁ。あ、有り得ん! あの炎を防ぐだと?! クソッ、化け物が!」
「あはは、貴方には言われたくないよ」
男の顔に、確かな恐怖が刻まれていた。
颯斗が近づくと、その分だけ後ろに下がろうとする。
そうしていると、突然颯斗は身を翻すような動作を取る。
それと同時に、颯斗の足元に鋭利な刃物が突き刺さっていた。
「あはァ、みぃつけたぁ」
闇の中に、赤い瞳が光っている。
姿を現したのは、恐ろしげな笑みを浮かべた女だった。
男と同様に肌が青白く、牙が見えている。
「キ、キシリ様?! 何故ここに?!」
女の登場は男にも予想外のようで、驚愕の声を女に向ける。
女はキシリと言うようで、名を呼ばれたキシリは獰猛な笑みのまま、男を睨みつける。
「貴方使えないわねぇ。貴方、えっと、名前分かんないけど、ここはいいから向こうの方にも侵入者が来てるみたいだから行ってきなさい。この坊やは私のよぉ」
「は、はい!」
言われた男は、引かれた矢の様にこの場を去っていった。
颯斗は追いかけず、その場に留まる。
いや、正確には、動けずにいた。
キシリの力か、颯斗の体は地面に縫い付けられたように動かなくなったのだ。
「さてェ、邪魔な奴はいなくなったわよぉ。さぁ、遊びましょ」
「その前に聞くけど、僕以外の侵入者って?」
「あら、こんな良い女を前にして、他の人間の心配? 駄目よぉ、私に集中してくれないとぉ」
キシリの赤く光る目が、更に光を輝きを増す。
すると、颯斗を拘束する何らかの力が更に力強くなった。
「答える気はないみたいだね。それにこの力、魔法じゃなさそうだ」
「ふふ、これは魔眼よぉ。でもこのままじゃ、坊やと遊べないわねぇ。解いてあげるわ」
ふっ、とキシリの目の光が消えると、颯斗を拘束する力が消失する。
初めての体験に、颯斗の期待は高まっていた。
「あはっ、良いね。王国騎士団長も、白王も、錬金術師も僕の力を受けきるには不十分だったんだよ。でも貴方なら、足りるかもしれないね。お願いだから、すぐに壊れないでよ」
颯斗の体から、魔力が溢れ出す。
それに応えるように、女の体からもまた魔力を溢れ出した。
人知を超えた二人の戦いが始まった。