地下の洞窟
隠された入り口の階段は、地下へと続いていた。
地下に広がる洞窟は光が届かず、視界を確保するのもままならない。
だが、壁や地面が妙に滑らかで、人の手が加えられているのは間違いない。
「光よ」
颯斗が呟くと、足元を照らせる程度の光量の小さな光の球が出現する。
颯斗はその明かりを操り、少し先を照らしながら洞窟の中を進みだした。
風が抜ける音しか聞こえないが、颯斗の嗅覚はその中に混じる獣のような臭いを感じ取る。
それだけではない。
微かに混じる、血の臭いがした。
「どうやら、こっちで間違いなさそうだね」
しばらく真っすぐな道を進むと、二手に分かれた分かれ道にたどり着いた。
片方からは、強烈な腐臭が、もう片方からは獣の臭いがする。
颯斗が探知の魔法をそこで使うと、腐臭が漂う方からは無数の、それこそ数えきれないほどの反応があった。
恐らくは蟲、それも魔蟲と呼ばれる悍ましい蟲が蠢いているのだろう。
逆に、もう一つの方からは反応が幾つかあるだけだった。
颯斗は獣の臭いがする分かれ道を通り、先を進む。
「あれ?」
だが颯斗の足取りは、分かれ道の先を進んだところで止まってしまった。
何せその先は、行き止まりになっていたからだ。
しかし反応は、その先にある。
光で照らし、その壁を調べてみると、妙な図柄が端の方に描かれていた。
それに、押し込める不自然に壁から浮き出た岩が六つ。
どうやら謎を解くと壁が動く仕掛けのようだ。
「めんどくさいね」
が、颯斗にはそんなものは関係ない。
いかに頑強な扉であろうと関係なく、颯斗はその壁を指で弾くように叩く。
すると壁は、その仕掛けごと砂に変わった。
サラサラと崩れ落ちる壁は、もちろん魔法によるものだ。
膨大な魔力が世界に干渉し、颯斗が望む現象を引き起こす。
現代の魔法と比べて、魔法陣も必要とせず明らかに隔絶した力であった。
「さて、もう少し遠そうだね」
颯斗は歩みを進める。
壁から飛び出す矢も、地面から突き出る槍も、迫る両の壁も。
何者かが仕掛けた罠の全てを無効化し、颯斗は近づいていた。
* * *
「ふむ」
木々もまばらで、視界も十分に確保出来る森の中を、エラノアは進んでいた。
周囲に気を配りながら進むと、エラノアはたき火の後を見つけた。
だがその不自然さに、エラノアはすぐに気づく。
このたき火は、火を入れてすぐに消されている為に薪にした枝が燃え残っているのだ。
「追跡者用の偽装だな」
エラノアについてきていた歩竜が、たき火に近づいて臭いを嗅いでいる。
どうやら何か臭いが残っているようで、エラノアに意味ありげな視線を送って、歩き始めた。
「ついて来いってことか?」
エラノアは歩竜の意図をくみ取り、その後ろをついていくことにする。
しばらく森の中を進むと、森を抜けてしまった。
小さな森だ。
その先は、何もない広大な草原が広がっている。
だが歩竜は草原には向かわず、今度はまた森の中へ戻っていった。
「ふむ」
エラノアもまた、文句も言わずにその後ろをついていく。
今度は、たき火があった場所とは別の、ちょっとした崖になっている場所に歩竜は案内した。
「これは、洞窟の入り口だな。自然に出来たものではなさそうだ。ここにこんな場所があったとはな」
エラノアは以前に、この森に来た事があった。
それは騎士になり立ての事で、一年前の事だった。
演習が目的だったが、その際に獣人たちの暮らす村とも接点を持っていた。
殺された者たちの中に、エラノアは無惨な姿となった知己の姿も見ていた。
その怒りは、エラノアの内でふつふつと沸き立っている。
「この先に、何かいるのだな?」
小さな崖から飛び降り、洞窟の前で歩竜に尋ねると、歩竜は小さく頭を縦に振った。
人の言葉を解する、賢い生き物だ。
エラノアと歩竜は暗い洞窟の中に、明かりも持たずに入っていった。
* * *
闇の中で、その瞳は紅く光る。
闇に溶け込み、陰に潜む、五人組の姿があった。
その全員が武装と呼べる武器を手にしていないが、彼らはそんなものを必要としない。
並外れた膂力は岩をも砕き、その身体能力は獣人をも上回る。
だがその反面、光に嫌われた種族――吸血鬼の五人組がルーテリア王国の辺境、騎士も兵士もいないような小さな村を襲ったのは、数日前の事だった。
彼らが従える碧色の羽を持つエメラルド・グリフォンで村を蹂躙した。
その彼らは今、地下の洞窟の中にいた。
ここは村の獣人たちが長く秘匿する、とある神代の時代の遺物を保管した洞窟だ。
「隊長。どうやら、ここの場所が気づかれたようです」
若い男が、老齢の白髪が混じった髪を後ろに纏めた男に報告する。
隊長と呼ばれたその男は、不快気に舌打ちをした。
「ちっ、やはりここに来るときに仕留めておくべきだったな。だが我々は昼間は外に出れん。ここに来たのならば、好都合だ」
「じゃぁ~、わたしが行ってもいいですかぁ~」
女の間延びした声に、隊長は鋭い牙を見せる。
「よかろう。だが油断はするな。失敗は許されんぞ」
「もち~。任せて~」
彼らにとって、これは失敗の許されない任務だった。
その為に選ばれた五人組だ。
女が闇に溶けるように、暗闇の中でも視界の中から、地面に溶けるように消えた。
「それで、見つけたのか?」
女が消えた後、隊長が声を発する。
彼らは今、神代の遺物を探す為に地下の洞窟を探索していた。
その罠は全て彼らには通じない。
その為の下準備を事前に済ませていたからだ。
だが最後の一つ、神代の遺物に辿り着くための扉が見つからなかった。
行き止まりになっているのだ。
「いえ、まだです。無理に壁を破壊すれば、洞窟が崩れる仕組みになっているようで、慎重にならなくてはいけないので」
「ちっ、我々には時間がないのだぞ。一刻も早く、女王に届けなくてはいけないのだ。奴らは何も吐かないのか?」
「はい。【巫女】も口を割りません。無理をすれば、死んでしまうかもしれないので……、どうしても、慎重にいかないといけません」
「ならば【巫女】以外を殺せ。なるべく残酷にな。勿論、【巫女】の前でだ。一人づつ、【巫女】が口を割るまで続けろ」
「了解しました」
男が闇に溶ける。
吸血鬼たちが、神代の遺物を手にするまで、あと少しまで来ていた……。