ソウム草原 ②
夜が来た。
日が沈むまでにソウム草原を抜ける事は叶わず、二人は草原の中で野営をする事になった。
颯斗の魔法で火を起こし、荷馬車に積んだ食材で簡単な料理を作り、見張りを交代にて行う事になった。
現在、エラノアは警戒を強めながらも眠り中、颯斗は火の番をする。
「意外と来ないものだね」
起こした火は魔法によるものなので、颯斗が意識しなければ消える事もないのだが、それっぽい真似だけはする。
極力油断した形を意識しながら、しかし周囲一帯の様子を探れる様に。
颯斗は、離れた距離にこちらを観測する団体の存在を感じていた。
数は七。
いずれも手練れで、そして気配を隠すのが上手い。
颯斗でなければ、エラノアでは気づけないだろう。
「キュウ」
気配が動いた所で、歩竜が頭を起こす。
歩竜も気配に気づいたようだが、颯斗が心配いらないと視線を送るとその意図をくみ取り、再び眠りについた。
貌は恐ろしい爬虫類のソレだが、意外と可愛らしく鳴く。
「仕方ない、このままだとエラノアさんが起きそうだからね」
軽く手を振り、浅い眠りにつくエラノアに魔法をかけ、深い眠りに落とす。
錬金術師の術だ。
こういった魔法は、ティナが教えてくれるものとは違う、世に伝わらない魔法だ。
属性は闇に分類され、使うだけで迫害される。
「でも便利だよね」
笑みを浮かべ、颯斗は動き出す。
その動きは一瞬で、誰の目にも止まらない。
音も、風もなく颯斗の姿はその場から姿を消した。
「さて、君たちは誰なのかな?」
「「「「っ?!」」」」
そして、一瞬で二人を観測する七人の後ろに移動する。
瞬間移動、という表現しか思いつかない移動に、七人は黒い覆面の裏で驚愕し、大きく跳ねて颯斗から距離を取る。
「おや? そんなにびっくりさせちゃったかな?」
「………」
笑みを浮かべたままの颯斗に、覆面をした一人が言葉も交わさずにすかさず剣を抜き襲い掛かる。
通常の剣よりも二回りも小さい刃は、取り回しが良く動きもより俊敏となる。
そしてその覆面は、手練れでありその動作は堂に入った慣れたものだった。
「――」
パンッ、という風船が割れたような音が夜の闇に響く。
音が早いか、覆面の一人の動きが唐突に止まるが早いか。
覆面の男の頭部は、まるで最初から存在しなかった様に血しぶきもなく吹き飛んだ。
「あぁ……可哀想に。下手に実力があるからね。勝手に動いちゃんだ。大丈夫、次からはちゃんと手加減するよ」
覆面達に、緊張が走る。
目の前にいる、得体の知れない怪物の存在をようやく理解したのだ。
彼ら、あるいは彼女らは、裏稼業に通じる者達だ。
見た目通りの、暗殺者だ。
だから、規格外の相手をするのは初めてではない。
そんな時でも、彼ら、あるいは彼女らはその無理難題を解決させてきた。
プロとしての、自負と自覚があった。
だがどうだろうか。
その自負と自覚――およそプライドと呼べるものが、砕ける音が聞こえた。
勝てる、勝てないという土俵に立っていないと、仲間一人の犠牲で思い知らされた。
「逃げるぞっ」
覆面の男の声に、残った六人は一斉に動き出す。
最速の命令で、最速の動きを。
任務の失敗を悟り、動き出した。
「それは出来ないよ?」
だが、突然地中より光る鎖が伸び、六人の足に絡まりその動きを止めた。
力づくで逃げようとも、魔法を発動させようとも、剣で斬り付けようとも、その鎖はビクともしない。
その内に、颯斗が一人に近づいた。
「いや、止めてっ!」
「大丈夫、殺しはしないよ」
必死に鎖から逃れようとするが、当然逃げられない。
万鎖の楔。
正式名称はそんな名前の付く魔法ではあったが、颯斗はティナにその名前を教えてもらっただけの魔法だ。
それすらも、颯斗は思いのままに操る事が出来る。
超高密度で構成された鎖は、何人であろうと外す事は叶わないだろう。
「いやぁっ!」
近づく颯斗に、覆面の一人は本気で怯える。
声からして、女性だろう事は分かった。
だが颯斗は構わず、暴れようとする女性に更に鎖を追加し、身動き一つ取れない状態にする。
「くっ!やめろっ!! 殺るならオレからにしろっ!」
「だから殺さないって」
身動きを封じ、動きも取れない女性に近づく。
はたから見れば、それはもう犯罪的な絵面な事だろう。
だがもちろん、颯斗の目的は殺す事でも、犯す事もでもない。
そっと頭に手を触れ、そして魔法を発動させる。
「……やっぱり、誰かの干渉を受けているね」
行っているのは、女性の心――その思考を読み取る事。
普段行っている、心理の表面だけを読み取るのではない。
その心の内、思考から記憶まで、その者の全てを盗み取る。
だがその途中、読み取る記憶に靄が掛かった様に読み取れないのだ。
このまま無理矢理に読み取る事も出来るが、そうなればこの女性は廃人同様になるだろう。
そこで思考と記憶を読むのを止める。
女性は、白目をむいて口から泡を吹いていたが……まぁ生きているのでよしとした。
「じゃぁ、期待はしないけど……貴方たちの依頼人は誰だい?」
「くっ、言えぬっ!」
「だろうね。でも貴方なら、壊してもよさそうだから貴方でいいや」
覆面の、声からして男の一人に近づく。
さっきから喋っているのはこの男だ。
男の身体を鎖で縛り付け、自害しそうな様子だったので口も鎖で閉じる。
そして男の頭に触れ、その思考、記憶の底へ迫る。
その途中の記憶は、語るも悍ましい内容だ。
殺し犯しの記憶だけ。
だが必要なのは、そこではない。
誰かが隠したその内、そこを読み取る。
男が痙攣しだし、目は白目をむいて口から大量の泡を噴き出した。
次第に、痙攣は強まる。
だが颯斗は、ようやくたどり着いた。
「でも、まだ十分じゃないね」
記憶と思考は全部読み取った。
今すぐ殺したくなるような下種な内容ばかりであったが、殺さないと言った限りは殺しはしない。
だがもう、元には戻らないだろう。
そうなる様に、徹底的に心だけを壊しつくす。
「さて、残りは五人もいるね。安心して欲しい。僕は君たちを殺さないよ」
そして、誰にも聞こえないような声量で呟いた。
……………………………今はね。
全員が、恐怖で気を失いような恐ろしい笑みを、颯斗は浮かべた。