ソウム草原 ①
リムニテア帝国。
ルーテリア王国と隣接する領土を持ちながら、その領土は世界で最も大きい。
それはかつての、世界に覇を唱えた時代の名残であるが今や残っているのは広いだけの領土ばかりで、その発言力と影響力はルーテリア王国にも劣っている。
「しかし、リムニテア王国の軍力はかつての繁栄期と変わらぬと聞く。特に、六将軍の力は凄まじく、我が国をも上回っておるだろう」
「へぇ」
順調にリムニテア帝国に近づく中、颯斗はエラニアからリムニテア帝国について説明を受けていた。
現在、帝国には十三人の皇太子と七人の皇女がいるが、中でも第一皇太子と第一皇女は次期皇帝の座を巡って泥沼の争いを続けているという。
現皇帝も床に臥せており、内戦に至るまで時間はかからないといわれている。
もしそうなれば、六将軍もどちらかにつかなくてはならない。
「皇帝の座って、そんなに欲しいものですかね?」
「さぁな。私は考えた事もないよ。それに、ルーテリア王国もあまり変わらないさ」
王は後を継がせる為に、多くの子を残す必要がある。
だがその為に、子同士が醜い争いを始める事になる。
「ハヤト殿は、どうなのだ?」
「僕ですか? 僕はそんなものに興味はありませんね」
「そうか。私には分からぬが、男として王というのは憧れるものではないのか? 我が家の男はまぁ、兄さまみたいな力に偏った者ばかりだから、私は男というものをよくわかっておらんのだ」
「へぇ、エラノアさんなら、幾らでも男が寄ってきそうなものだけど」
「そんな事はないさ。それに、私と結婚するということは、兄さまもついてくるという事だ。私としては、兄上の方が心配なのだがな。もう三十を過ぎたというのに、まだ付き合っている者もいないという」
確かに、ヴォルドがいてはエラノアの結婚も中々難しいだろう。
「そんな事はないよ。もしかしたら、近々ヴォルドさんがお嫁さんを連れてくるかもしれないよ。まぁ、大変そうだけど」
颯斗は、ヴォルドに対して好意を持っている人物を知っている。
ただその人物との結婚は、色々と大変だろう。
「ほう、ハヤト殿は何か知っているのか?」
「まぁ、知っているというか、それよりもエラノアさん。帝国へは遠回りをしていくんだっけ?」
「うむ、東の森を通るのが最も近いが、あそこは今は騎士団が封鎖している。極秘の依頼らしいからな、あそこを通る訳にもいかん。その為、少しばかり遠回りをしていく事になる。帝国に入ってからは、この馬車も捨てねばならん。帝国に知られるのも、遅れてからの方が良いからとの事だ」
「ふうん。僕には、何だか人気のない所を通らせようとしているみたいに思えるけどね」
「何?」
颯斗に言われ、エラノアは外を見る。
竜馬車は速度がそれなりに早いが、エラノアからすれば止まっているようなものだった。
確かに、馬車は街どころか村もない場所を通っている。
非常に見晴らしが良い、というのは逆に、襲撃者があれば襲撃者からも丸見えという意味だ。
「おかしい、ここはソウム草原だ。確かに帝国の領土に近づいているが、この道を通るとは聞いていない」
「どう思いますか?」
「……ふむ。いやそうだと考えるのは早計だ。もうじき日が沈む。警戒を強めていこう」
エラノアの目から、近くに人気がない事を確認する。
もし、これが誰かによる策略によるものならば……と考え、エラノアは首を振った。
そうだとしたら、一番怪しいのはアリシタだ。
あまりにも単略すぎる。
疑われるのを承知だとしたら、よっぽどの実力者を寄越さなければ自分も、そして颯斗の事も倒せはしない事は明白だ。
しばらく無言の時が過ぎる。
歩竜だけが、ただ命令に従って歩みを進めていた。
* * *
場所は変わり、ルーテリア王国王城、その地下。
犯罪者の中でも、特に重い罪を犯した者が放り込まれる牢獄の中に、フィリスマナ――ギリシア・ティニスの姿があった。
その牢の隣、若い少女が捕らえられている。
若い、まだ成人もしていないような年齢だ。
「まだ、話すつもりはないのか?」
体中は、度重なる拷問に痣だらけになり、右目は大きく腫れ機能していない。
息も絶え絶えで、着ている衣服は、服とも呼べないようなボロ布だ。
そんな少女に、格子の向こうから声を掛ける男の姿があった。
「もう……許して」
男の問いかけに答えず、少女は掠れたような声で助けを求める。
だが男は、不快そうに眉を寄せて、乱暴に格子に掴みかかった。
「何時まで強情になる気だ! いい加減話せ! お前が――なのは分かっているんだぞ!!」
ガタガタと格子が揺れる程に揺すり、牢屋中に響くような大きな声で男は叫ぶ。
端正な顔立ちは怒りに歪んでいる。
「ゆる、して……」
「くそっ、何故話さぬ! お前が――を持っている事は分かっているのだぞ! ミリシア! 言え! あれを……あの魔導書をどこへやった!!」
若い少女――ミリシアは牢に閉じ込められている。
ミリシアは、ずっと前から――牢獄に捕らえられている。
ルーテリア王国に伝わる、国祖が書き記したとされる、魔導書を隠したとされ、ずっと拷問を受け続けている……。
「にい、さまには……、わたせ、ない。わたしちゃ、いけないって……」
「くっ……ふんっ。だが、お前がそういうつもりなら、こちらにも手は幾らでもある。これまでは兄弟の情でその程度で済んでいるが、覚悟しておけ。あのウスノロどもも動き出した。あの魔導書を手に入れた者が、次の王だ。それはあの馬鹿どもでも、お前でもない。この俺――ヴェルティア・フォレス・ルーテリアだ」