出発
かなり短いです。
「という訳で、しばらく帝国に行ってくることになったんだ」
「何がという訳なんだい? もう少し、分かりやすく説明してくれないかい?」
1週間後に帝国に出発することが決まった颯斗は、エラノアと別れてティナの部屋に来ていた。
「どうやら極秘らしくてね。あんまり説明したら駄目らしいんだ」
「ふむ。しかしこの時期に帝国とは、私はあまり知らないが、今君に抜けられるのは惜しいな。全く君はどうなってるんだい? 少し居なくなったらと思ってたら、次に会ったときは立派な錬金術師だ」
「あはは。まぁ、知識だけだけどね」
苦笑するティナに、颯斗も笑みを浮かべる。
宰相であるアリシタの依頼は、この国の第四王女であるミリシアを迎えに行く事だ。
だが颯斗には少しだけ気掛かりがあった。
アリシタの心の内を読もうとして、出来なかった。
それは実力者に共通する事だが、アリシタの場合は実力者というより、まるで誰かに心を閉じられているかのようだった。
「所でティナさん。宰相のアリシタさんってどんな人?」
「ふむ。アリシタ・ティニアか。私はあまり関わりがないが、優秀だと聞いているよ。彼がどうかしたのかい?」
「いや、少しだけ気になっただけだよ」
ティナもアリシタの事をよく知らないようだが、颯斗はアリシタの事が気になっていた。
「まぁ気にしても仕方ないかな」
何を考えているのだろうか?
あの女はーーーー。
✳ ✳ ✳
1週間は、瞬く間に過ぎた。
もとより颯斗にやる事はないのだ。
潰すのは暇だけだ。
エラノアの場合は、いなくなる間の仕事の引き継ぎ等で忙しくしていたが、1週間で済ませ、今第三騎士団は代理の騎士団長がその座に就いている。
エラノアの信頼が厚く、実力もある者だ。
「へぇー、僕馬車に乗るのは初めてだよ」
「はは、正確にはこれは、竜車というのだよ、ハヤト殿」
馬よりも二回り程大きな二足の歩竜が引いた、大きな馬車。
歩竜は馬よりも力があり、持久力も桁違いだ。
その分馬よりも気性が荒いが、颯斗が手を伸ばすと頭をすり寄せてきて以外に可愛い。
「あはは、生臭いな」
「ふむ、話によればこの歩竜は1番気性が荒いと聞いたが、ハヤト殿に心を開いたようで良かったよ」
顔を舐められ生臭い匂いに包まれながら、颯斗は歩竜の身体を撫でる。
心を開いた、というより、心を読んだ、が正しい。
歩竜は魔物に分類されるが、頭がいい。
颯斗の力に気づき、逆らうよりも従う事を選んだのだ。
「大丈夫だよ。君が僕に何もしない限りはね」
エラノアには聞こえない、歩竜が聞こえる程の大きさで、颯斗は歩竜に囁く。
歩竜は小さく鳴いて、颯斗に擦り寄った。
「ふむ、よほどハヤト殿の事を気に入ったようだな。だがそろそろ、荷も載ったようだ。行こうか」
「はい、そうですね」
馬車に食料等の諸々が載った事を確認し、エラノアと颯斗が乗り込む。
歩竜は頭が良く、馬のように御者を必要としない。
自ら目的に向かってくれるのだ。
その為、竜馬車は人気があるが、気性の荒い歩竜は数が少ない、貴重なものだった。
「では、行くとしよう」
「うん」
竜馬車が、ゆっくりと動き出す。
見送りは馬車に荷物を載せた兵士だけ。
しかし颯斗は、その兵士達もまた、心が読めない事に気づいていた。