プロローグ
第二章開始します。
よろしくお願いします。
内臓が滴り落ちていた。
必死に腹の内に戻そうと足掻くが、細長い腸は手から零れ落ちる様に地面に落ちる。
赤かった。
黒さが混じった、赤い血溜まりが出来ている。
崩れ落ちる様に、膝をつく。
ビチャッと、音がした。
――――いやだ、死にたくない。
痛みよりも、悔しさが顔を歪ませる。
目からも、耳からも、鼻からも血を流しながらも、その顔は憎悪に染まっていた。
真っ赤に染まる視界の中、月夜に光る銀の剣を構えた、鬼が視えた……気がした。
「カカッ、愉快愉快」
本当に愉快そうに嗤う、女の声が聞こえた……気がした。
目も、耳も機能しなくなっている。
それでも、手は動いた。
――――許さないッ。
憎悪に突き動かされ、つかみ取る様に手を伸ばす。
だが、何も掴めない。
握る気力すら、残っていなかった。
「わちきが憎いか、小僧?」
そう聞かれた……気がした。
「ならばわちきを喰らえ。肉を貪れ。血を啜れ。脳を啜れ。わちきに喰われず、喰らって魅せよ」
月夜に照らされ、美しい女が姿を見せた。
だがその両の瞳は紅く光り、鋭い牙が二本生えていた。
女は、ゆっくりと歩み寄る。
手にした銀の剣を捨て、ゆっくりとした歩みで、『少年』の前まで来た。
伸ばした少年の手を、女は乱暴に掴み取る。
更にドバドバとあふれ出す血液が、女を汚す。
「わちきを、喰らえ」
――――ガァッ!
少年は、本能に従った。
裂かれた腹から内臓が飛び出るのも、血が噴き出すのも構わず、女を喰らう。
青白い肌に歯を突き立て、肌も、肉も喰らった。
旨かった。
――――ガアアァァァ!
少年の思考は、獣へと変わっていく。
目の前の女を喰らう、それだけを行う。
言い知れぬ、快感が少年を襲った。
「わちきを喰らうか、わちきに喰われるか……。お主は、どっちじゃ?」
月明かりが照らす夜。
祖なる吸血鬼は、喰われながらに嗤い続けた。
いつまでも、いつまでも…………。
* * *
「ハヤト殿、済まぬがそっちの瓶を取ってもらえぬか? あぁ、違う。それじゃない。そっちの青い瓶だ」
「僕には全部同じに見えるんだけど、これだね?」
青い液体が入った瓶をティナに渡し、颯斗は自分の作業に戻る。
白王討伐戦から数週間、颯斗はティナの部屋にいつもの様に入り浸っていた。
だが違うのは、颯斗がティナの研究に協力している、という点だ。
フィリスマナ、邪悪な錬金術師の思考から盗み取った錬金術に関わる膨大な知識は、一夜にして颯斗を錬金術師に仕立て上げた。
だが、知識を持っているだけでは意味がない。
それを有効活用しなければ、知識は無駄の長物に成り下がってしまう。
だが都合よく、錬金術に携わる知り合いがいた。
それが王宮魔導士である、ティナだ。
彼女は魔法に関して比類なき知識を持つが、同時に錬金術師でもある。
彼女が普段から研究している内容は、フィリスマナが長い年月の中で培った技術とは別方向ではあったが、錬金術の知識は似通っていた。
その為、颯斗はフィリスマナから奪い取った知識から使えそうなものを抜き出し、ティナを手伝う傍らに実験を行っていた。
現在、颯斗が行っているのはフィリスマナが生み出した魔法生物、その見た目の気色悪さを変えた、新たな魔法生物の誕生である。
だがフィリスマナは専用の大規模な研究施設を隠し持っていた。
十分な施設も、材料もない。
「ま、それでも出来るんだから、あの人結構凄かったんだね」
以前は本が乱雑に積み立てられた小汚い部屋だったが、現在は随分と片付いている。
メイドと協力し、颯斗が片づけたのだ。
そして新たに置かれた机の上、そこに丸い塊が宙に浮かんだまま僅かに揺れている。
第三者が見れば、見たままの感想を言えば。
それは、スライムだった。
矮小で弱く、吹けば飛ぶような、分裂し消化するしか能のない魔物だ。
だが、颯斗が生み出したのは、スライムとは似ても似つかぬ魔法生物である。
その能力は、
「たぶん、分裂も消化も出来ないよね」
何も、ない。
スライム以下の、魔法生物だった。
ただまぁ、冷たい枕代わりにはなるのではないだろうか。
颯斗は、そんな風に日々を過ごしていた。