錬金術師と白王
「今度は、何が起きたのだ?」
戦いは熾烈を極めた。
多くの白王に対し、3人だけしかいないヴォルド、ロイ、エラノアは果敢に戦い、確実に白王を減らしていった。
だがそれでも、白王は強大な敵だ。
一体二体を倒した所で、脅威は変わらない。
たが突然、白王が苦しみ出した。
眼球が飛び出すかと思うほどに目を見開き、苦しみの奇声を発する。
かと思えば、背中がぱっくりと開き、そこから無数の触手が出現した。
「むぅ」
艶めかしくつやつやとした、血の滴る無数の触手にヴォルドですら顔を顰める。
そして何故か、エラノア達から視線を外し、瞬く間に逃げて行った。
いや、というよりは。
より脅威となる存在を見つけ、追いかけたような必死さが見られた。
「兄上、何が起きたと思う?」
「......ふむ。もしや、カイル殿が成功したかもしれぬな」
「成功? そういえば、カイル殿は一体どこに?」
目先の脅威がなくなり、一時の安息の最中に、エラノアは一つの疑問を口にした。
カイル・ノットン。
第二副騎士団団長である彼と、その隊の姿がないのだ。
白王との戦いになってから幾ばくかの時間が過ぎている。
もしや、彼らの身に何か起きたのかと考えた。
「カイル殿には、儂らとは別行動を頼んでおる。今回の白王討伐任務の、本当の目的じゃ」
「何? それは何だ兄上」
「ふむ、もうそろそろ良かろう。じゃが、これはルーテリア王国の王族に纏わる、汚点じゃ。詳しくは話せぬぞ」
ーーーーだったら、それは私から話してやろうじゃーないか。詳しくな。
突如聞こえてきた声に、エラノア達は一気に警戒を高めた。
声の主を探ると、エラノアが断ち切った巨木の幹付近に、闇が出現する。
モヤモヤとした煙のような闇は、見ているだけで魂が汚れるような不快感があった。
「やぁ諸君。私を知っているかな? 」
そんな闇の中から、1人の男が姿を現した。
肩まで伸びた髪は手入れが入っておらず、身体は痩せ細っている。
目ばかりギョロギョロとしており、歯は黄色く変色し、異様に長く、そして細かった。
その相貌は、不気味だった。
「......何者だ?」
エラノアが尋ねる。
だが剣を片手に、油断は無かった。
「あぁ、勿論だとも。まずは自己紹介といこう。私はフィリスマナ。フィリーと呼んでくれたまえ。おっと、そこのデカブツくん。間違っても、私の本名を呼ぶんじゃーない。嫌いなんだ」
「む、デカブツとは、儂の事か? まぁよい。貴殿がここにいるということは、カイル殿は失敗したのだな?」
本来の任務を知っているヴォルドは、フィリスマナの正体に即座に気づいていた。
そしてカイルの役目は、目の前の男。
邪悪な錬金術師を討伐することだった。
その錬金術師が目の前にいるということは、つまりカイルが失敗したという事だろう。
「いやいや、せっかちするんじゃーない。そしてカイルとは、あの恐ろしいガキの事かな? だったら言っておこう。彼は優秀だよ。だけど、私の方が上手だったという訳だ。今頃は、私の複製体の首でも取って勝ち誇ってるんじゃないかな?」
「ふむ、では生きているという事か。そして、フィリスマナとやら。貴殿をここで仕留めれば、問題ないのう」
瞬間、爆発的な加速で地面を大きく抉るような勢いで、ヴォルドはフィリスマナに迫り、巨大な剣を振るう。
だが突然、焦りも恐怖もないまま
錬金術師は1度だけ指を鳴らした。
「兄上?!」
エラノアが声を上げる。
フィリスマナに迫ったヴォルドの身体は、空中で動きを止めた。
その身体には、黒いモヤモヤとした煙が巻き付いている。
「人の話は最後まで大人しく聞き給えよ。それに、君たちの相手は私じゃないんだよ」
そして、もう1度だけ錬金術師は指を鳴らした。
今度は、一際大きな黒い煙から、巨大な何かが出現した。
「グオオオォォォォォン!」
その何かとは、白王だった。
3mを超す巨体に、丸太のような太い手足が異様に長い、歪な姿。
その右目には深く刻まれた傷跡があった。
「君たちが相手した、白王と呼ばれる魔獣。あれは、私が生み出した複製体だよ。そして彼が、その複製体の本体。力でいえば、複製体の10倍程度は強いかもね」
「あの突然現れたのも、貴様の仕業か」
「そう、今の世には伝わらない。君たちが平和と疑わない世には必要のない知識と技術さ。だけど今日、君たちは知ることになる。自分達の愚かさを、そして本当の平和など、ただの幻想に過ぎない事を」
その言葉を皮切りに、白王は動き出す。
この時を待っていたのだ。
白王は、ずっと前から待っていたのだ。
疼く、疼く。
右目の傷が、疼く。
奴らを皆殺しにしろと、疼くのだ。
1歩、白王は足を踏み出した。
ーーーードゴッ。
「え?」
そして、右目に傷のある白王の上半身は飛んできた何かに吹き飛ばされた。
「おや? 何か話し中だったかな? それにしても、この猿気持ち悪いよね」
触手を生やした巨大な大猿を、片手で引きずる少年が現れた時、邪悪な錬金術師は間抜けな声をもらしていた。