カイル・ノットンと錬金術師
まだ主人公は出て来ない......。
主人公を出すタイミングを失った11話。
本日3話目です。
「あの、カイル第二副騎士団長......、本当に、白王との戦いに参加しなくて宜しいのですか?」
森の中腹を越えた先、東の森の深部に向かって進む、カイル・ノットン率いる騎士達の姿があった。
彼らは白王との戦いには一切参加せず、カイルの指示に従って森の奥へ奥へと歩みを進める。
その最中、おかしな数の魔物、動物に襲われるが、カイル一人が異様な戦闘力で無効化していた。
「んん。そうだね。流石に、何の説明もないってのは、酷いよね」
先頭を歩くカイルが、心配そうに尋ねる女性騎士の言葉に振り返る。
「ボク達は今、とある錬金術師を追っている。彼もまたボク達に気づいているから、必死に抵抗をつづけてるって訳さ」
「錬金術師だと? そいつは、聞いてないぞ」
スキンヘッドの騎士が、カイルに近づく。
彼はヴォルド率いる第一騎士団の団員で、粗野で口は悪いが、無鉄砲では無かったのでカイルに掴みかかる様な真似はしなかった。
「そう、聞いていない。君たちは聞かされていない。ボク達、一部の騎士団長、副騎士団長だけが受けた任務さ。むしろ、そっちが本命だよ」
「何?」
「一つ、君たちはこんな昔話を知ってるかい? 邪悪な希代の錬金術師と、国を乗っ取ろうと企んだ第二王子の話を」
カイルは語る。
昔むかし、という程には古くない。
およそ六十年前の話。
とある王国に、それはそれは頭の良い、だれもなし得なかったような偉業を達成させた、錬金術師がいたとさ。
しかし、その偉業は常人には理解し難く、誰にも賞賛もされず、錬金術師は次第に人々から気味悪がれ、疎まれ始める。
そんな折、錬金術師の元に1人の少年が訪れた。
青い髪に、真紅の瞳。
整った容姿は美しく、だが死の病に冒されて余命幾ばくもない少年。
少年は自らを、王子とだけ名乗った。
王子は錬金術師の偉業を褒め称える、王子だけが錬金術師を理解した。
そして王子は言う。
「お前の成果は、もっと公平に評価されるべきだ。お前は、他の者から賞賛されるべきだ」
甘い声に、甘い言葉。
錬金術師は、すっかりと王子の言葉に乗せられ、彼の友となった。
だがその関係は、一方的に断ち切られる。
王子と錬金術師の邂逅間もなく、錬金術師の偉業が何者かに盗まれた。
それは偉業だったが、同時に今の世には必要の無いものだった。
そして、事件は起きる。
屈強な王国騎士を巻き込んだ、大規模なクーデター。
幸いにも国民には被害が出なかったが、国王、王族の数人が命を落とす大事件となった。
その事実は瞬く間に広がるが、すぐにクーデターを起こしたとされる人物が捕まった。
それは、錬金術師だった。
錬金術師は訴えた。
自分は無実だと、嵌められたのだと。
しかし誰も信じてくれなかった。
友となったはずの、王子でさえも。
それもそのはず、そのクーデターで使用されたのは、錬金術師が生み出した偉大な偉業だったからだ。
後に、錬金術師は処刑される。
後の王座に座ったのは、唯一生き残った第二王子だった。
「ここまで言えば分かるよね? このとある国っていうのは、ルーテリア王国の事。そしてその第二王子は、先々代の国王だよ。だけど、当時の記録には残っていない、確かな真実がある。その錬金術師は生きているってことさ。錬金術師は、処刑の寸前に逃げ出した。そして、虎視眈々と準備をしていたのだよ。それが、ルーテリア王国の、いや。今の王族の汚点さ」
長いようで、短い語りを終えたカイルは、面々の反応を見る。
興味深そうにする者、困惑する者、納得する者。
様々だが、理解は出来たようだった。
「その錬金術師はずっと行方を掴めなかったけど、ようやくその足取りを掴めた。そこに、白王がいたってわけさ」
「なるほどな。通りで、あの奇妙な怪物がわんさか出るわけだ」
大振りの剣を肩に担いだ女性騎士が、これまでに襲ってきた魔物、動物の事を思い出した様に言う。
背中が割れ、そこから触手を生やした怪物は、森の深部に近づくにつれ増えてきていた。
「ふぇぇえ、怖いですぅ」
「あはは。大丈夫だよ。今回の件は、ボク1人でも十分だからね。というか、その為にボクが選ばれたんだから」
どこまでも軽い様子だが、カイルの異常な戦闘力を目にした騎士達は、彼の言葉が偽りでない事を知っている。
複数体の魔物、動物など相手にもならない。
「ではそろそろ、進むとしようか」
新手の魔物、動物の気配を察知し、カイルは先を急がせた。
✳✳✳
東の森。
人の出入りがなく、魔物、動物が生息するこの森に似つかわしくない、木造の建物があった。
明かりは付いていない。
だが、カイルは確信する。
「あそこに錬金術師はいるようだよ」
「本当か? なぜ分かる?」
「むしろ、ボクには何で分からないのかが分からないよ。あの建物、そしてその周囲に夥しい魔法陣が活性化状態で発動している。1歩でも足を踏み入れれば、連鎖的に発動して、ここら一帯はぼかーん。木っ端微塵だね」
カイルの言葉に、尋ねた騎士が怖々と魔法使いの少女を見る。
少女は、その視線に怯えながらもこくりと頷づいた。
「ほ、ほんとですぅ」
「おや、ボクの言葉では信用ないのかな? まあいっか」
と、信じられなかったことは気にせず、カイルは躊躇なく魔法陣が隠された地面を歩き出した。
「おっ、おい?!」
「大丈夫だよ。言っただろう。今回の件は、ボクだけで十分だと」
カイルが1歩づつ、建物に近づくにつれ、ガラスが割れるような音と共に、光の粒子が地面を舞う。
それは、魔法陣が発動前に破壊された際に起きる、稀な現象だ。
「凄い......触れただけで、魔法陣が壊れてる」
「ボクは特殊な体質でね。ボクに触れた魔力は、魔法陣であろうと何であろうと空中に霧散する。その代わり、魔力を一切持たないんだけどね」
その言葉通りなら、カイルは魔法使いにとって天敵のような存在だ。
カイル・ノットン。
年齢不詳、性別不詳、種族不詳、そして、体質不詳。
通称、正体不明。
彼の本質を知るものは、誰もいない。
これより後、1人の痩せ細った男が、カイルの手によって討たれた......。