木曜日 2
2017.08.17 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。
「意外と片付いてるんだな……」
「意外と、は余計。私はずっときれい好きで通ってるでしょ?」
「通ってたか?」
塾が終わって四十五分後。
南町家二階の南町の部屋。
南町の両親に、――お久しぶりです。と挨拶をしつつ、保護者のおねーさんが仕事が終わり次第迎えに来るので少し待たせて欲しい旨の話をして、俺と月乃は二階へと上がった。
俺と月乃はあてがわれたふかふかのクッションに尻を落ち着け、お盆のジュースに手を伸ばしつつ、約六畳程度の南町の部屋を見渡していた。
「なんなの、もう二人とも。人の部屋をじろじろ見ないでよぅ。何も変なことは、……無いでしょう?」
南町本人はいかにも高級そうな、背もたれの高い椅子に収まって困ったようにこちらを見ている。
勉強机は小学校からそのままで椅子だけ買い直したのかな。
こうしてみると足、意外と長いしな。こいつ。
南向きの大きな窓と東に向いた小さな窓、机と本人の座る椅子。
布団が綺麗に畳まれたベッドの上にはパジャマや下着など勿論無く、スタンド式の洋服かけには替えの制服。
部屋の真ん中の丸いラグマットはおろか、それ以外のフローリングにも塵一つない。
中学生女子の住む部屋のモデルルームというものがあれば、まさにこうだろう。
「チカは確かに整理魔だった様な気はするんだけど、……ここまでだったか?」
「白状すれば、昨日つっきーと陽太が来るって電話があったから。……少し、片付けた」
少し片付けてこうなるのなら誰も苦労はしない。
普段からかなり綺麗にしているんだろうな。
確かに言われてみれば、基本的にきれい好きだった様な気はするが。
「な、なによ。部屋は視線とは関係ないでしょ?」
「写真撮らないまでも間取りみたいなものは一応覚えておかないとさ」
「……よ、陽太が私の部屋の配置を覚えてどうする気?」
耳まで赤くなって南町が抗議の声を上げる。
俺が個人的に覚えたいわけじゃ無い……。
「相談してるっつってるだろ? 何処に問題があるか専門家じゃ無いからわからないし、いくら見たいと言っても大人のランちゃんがこの部屋に入る様な理由なんか無いだろ? だから俺と月乃が変わって覚える。南町クン、この件についてなにか問題があるかね?」
「……ありません」
とは言え、覚える程のものが無い。
ものを増やさないのが整理整頓の秘訣。
とは前にテレビでやってた気がするが、こんなにものが無くて不便じゃ無いんだろうか?
それにこいつは、俺に負けず劣らず本が好きだったはずだけど。
「小説とかマンガはあんまり持ってないの。友達とか図書館から借りてるときが多いし、だから自分のって気に入って何度も読むやつしか持っていないのよ」
「本棚のラインナップも文学少女だなぁ。私はこういうのわかんないや」
太宰治に芥川龍之介、夏目漱石。マンガやラノベの類はほぼ無し。
ホントに中学生の本棚なんだろうか……。
これに近い構成の本棚を、以前見たことがある気がして思い出してみる。
やたらに広い部屋の窓以外の壁全面を棚にした部屋。
……そう、ガレージの二階、ランちゃんの部屋だ。
「この辺は中、高と。あたしが文学少女だった頃の遺産だ。お前らも持ってって読んでいーぞ」
と胸をはる、真面目な本の詰まったコーナーの本棚。
将来的に、南町が金髪ジャージ女になる可能性が出てきたな、心配だ。
「すげーな、こんなの読んでるんだ。……お前こそ百中で無くて県立に行くべきだったんじゃ無いのか?」
「芥川は陽太に去年面白いって言われて。……そこからかな」
「そうだっけ? でも俺は蜘蛛の糸とか杜子春くらいしか読んだことが」
「子供向けばっかり……」
「ちょっと大人ぶりたかったんだよ。思い出した、去年の今頃だろ? 羅生門なんて何が書いてあるのか半分以上わからなかったし……」
こちらを向いてる文庫の背表紙の中にそれもきっちり入っている。
自分で買って読んでるのか……。
それなりに読書好きを標榜しているのだがこれは敵わない、完敗だ。
「なんか最近わかる様になった気がして。……私も大人ぶってるだけかも知れないけど。その辺に入ってるのは私の本だから貸してあげる。子供向けって言うなら、私はグスコーブドリの伝記とか好きかな」
宮沢賢治、だったよなたしか。話をしながら本棚から本を抜き取る南町の背中を見る。
今現状、既に体格は俺の知るジャージ女より若干大きい。
文学少女からジャージ女までの道筋は、曲がりくねって果てしなく長い道のり。
だから通常到達したりはしないので大丈夫だとは思うけど。
「むぅ、チカがどんどん離れていく気がするぞ……」
「読んでる本で関係の遠近が発生したら図書館なんか怖くていけないわよ……」
――だったら君ら兄妹が乖離しすぎ。そう言って南町はため息を吐く。
そりゃそうだ、むしろ月乃が人間失格とかを小難しい顔して読んでたら……。俺がひく。
「ランちゃんにメッセ飛ばしとけよ?」
「もう打った」
今回の俺達二人のミッション。
視線を認識した状態での南町の観察、そして能力者関与の有無の確認。
今日は取りあえずここまで。
南町の挙動があまりに不審だった場合はしかるべき先生に相談することになっているので、部屋の配置から言動やらなにやら。
だから色々と覚えておかなきゃいけないわけだ。
一方能力者絡みだった場合。
月乃のアンプリファイヤと俺のコントローラは他人の能力に完全に依存する。
だから。完全では無いにしろ他の能力者が力を発動した場合、その存在を察知することが出来る。
特に俺が、気が付くことが出来れば。
レシーバとコントローラの複合発動でおおよその位置までわかるはず。
但し今回は能力者の有無を確認するところまで。
先月のこともあるから無理はしないと約束させられている。
革靴で蹴られるのは俺も勘弁して欲しいところではあるし、月乃も一度拉致されればもう良いだろう。
だから今日は確認以上のことはしない。
上記二つのミッションをクリアした後、連絡を入れれば。
すぐにランちゃんがボルボで迎えに来てくれることになっている。
恐らく今頃はもう半径二〇〇mの何処かで、改造の終わったディティクターの画面を睨んでいるはず。
そしてはっきり聞いてはいないが、多分にーちゃんも不審者を捜して南町家付近にいるはずだ。
「チカ、ちょっとトイレ借りて良い?」
「場所、わかるよね」
――勝手知ったる他人の我が家~、変な節で歌いながら月乃は階段を降りていく。
やはりわざわざ読まなくても良いよ、月乃。……お前自身が人間失格だ。
「今日は、何かする予定なの?」
「何もしないよ。状況確認だけだ」
「確認?」
「視線を感じたときの南町の様子を見て欲しいって」
「私の?」
「うん。本人が挙動不審って言う事もあるだろ」
「う、……私。かぁ」
「一応、な。……ついでに家のまわりもにーちゃんとランちゃんに見回ってもらってる」
南町の能力の有無のことも、もちろん確認事項ではあるが。
そもそも能力関係は家族間以外ではNGなので伝えない。
「何時まで居られるの?」
「九時半まで何も無ければ今日は空振り。毎日お邪魔するわけにも行かないから、次回は来週の塾に日に。って感じだろうけど」
犯人がトランスミッタ説、が浮上した以上レシーバの俺は必須だ。
月乃だけなら、状況に応じて泊まったって良いのだろうけど。
既に九時を過ぎた女子の部屋に俺がこうしていること自体、さっきから落ち着かないものを感じる。
「ふうん……」
なんだろう、この話の続かない感は。ジュース飲むくらいじゃ間が持たない。
こいつ、こんなに喋らないヤツだったか? とにかく早く帰ってこい、月乃。
「……陽太はさ、女子の髪型ってどう思う? 長いのと短いのどっちが好き?」
「似合ってればどっちでも良いんじゃ……。――わかった、わかったって。なんで怒るんだよ。……俺は長い方が好きかな。って、これで良いのか?」
「男子は長い方が好きって人多いよね。……ところでホントに付き合ってる人居ないの? 美人の先輩と可愛い後輩が居るってつっきーが。もしかすると両方髪長いの?」
唐突にそう言われてジュースを吹きそうになる。
「いや、まぁ。長いと言えば長いけれども。……でもその話、先輩も後輩もそのまんまの意味だぞ? ――あのさ南町、文章の前と後ろがまるで繋がってないけど、何が聞きたいんだよ?」
「ふふ……、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。ブラスに入ったのも女の子が多いからじゃないか? なんて、みんなで噂をしているのよ」
……入部の動機はサボりやすいかと思っただけ、だったりするんだけど。
「みんなって誰だよ、何人分だ!」
「みんなはみんな、よ」
「そういえば次期部長候補なんだって? すごいね」
「月乃か、そんな事言ってるの。……懸命に辞退してるトコだ」
「部員達を指揮っているのね、ブラスだけに」
「その得意げな顔を止めろ。……思ってる程上手くないぞ」
「真面目な話、部員は女の子が多いんでしょ? 意外と上手くやっているのねってみんなで話をしているの。私も陽太は女子が苦手なんだと思ってたし」
「だからっ! みんなって誰と誰だ!」
「だから、みんなはみんな。よ」
俺のことが百小出身女子の間で噂になるわけが無い。……何を企んでいる、南町。
「……苦手なのは否定しないよ。今だってそうだ」
「でも今は女子と上手くやれてるんでしょ? なら誰か付き合ってる子がいるのかなって。……つっきーの前だとそういう話はしにくいかと思って気を使ったのよ」
「要らん気を廻すな! そういう話もどういう話も、前提条件として誰とも付き合ってないんだから、その話に関して言えば、話づらいんじゃなくて話がない!」
「ほら。百中は、ほぼ小学校時代からの持ち上がりでしょ? 知らない顔の方が少ないじゃない。県立は生徒も県下全域。そういう出会い的なものとかあるのかなぁって」
百ヶ日中学校、は我が母校でもある百ヶ日小学校から持ち上がりが七割を占める。
田舎故にあまり学区が混ざらない。
だから知らない顔の方が少ないという、そこまでの話はわかる。
「確かに色んなところから通学して来てるけどさ。だからなんだっつう話だぜ?」
そして件の先輩と後輩。
都会の真ん中にお住まいの超お嬢様に、超郡部の山伏候補生。
確かに生徒が住んでる場所のバリエーションは、地元の中学校の比では無いけれど。
ただ。出会いというならそれこそ、その三人に限って言えば部活が一緒なだけだし。
「あのなぁ。そもそも生徒の半分が男子だと言う事を忘れてるぞ」
実際には3/7だったかな。女子の比率が若干高いんだけど、そんなの誤差の範囲だ。
「あら? 陽太は女の子、キライ? ……もしそうなら、それはそれで是非聞きたいわ」
「冗談じゃ無い!」
女子と付き合った事も無いのに。BL的な出会いなんか、それこそあってたまるか!
「とにかく、そういう話は月乃としろよ。俺にそういう話を振られても答えようが無い」
「なかなか男子とこういう話する機会が無いし」
「俺じゃ無い男子としろ!」
男同士であってもそういう話題は極力避けている俺だ。
「男子のなかなら陽太が圧倒的に話しやすいのよ。昔から知ってるし」
「俺は圧倒的に話にくい、そう言う話題は苦手なんだ」
だからさっきからそういう話題は得意じゃ無いって言ってんだよ、察しろよ。
「そうなんだ」
「……わ、わかって貰えて何よりだ」
「じゃあ、陽太は好きな人って居る?」
人の話を聞いてなかったのかこいつは! 今度はいきなり何を。
「……おま、いいきなりなりなりなにをいいいいだすんだよ」
……ま、居なくは無いのか。
脳裏に突然の雨に備えて下着一式を持ち歩く、某先輩の顔が浮かんだのを慌てて消す。
「人の話を聞けよ、お前は!」
「あ、なんか慌ててる……」
「いや、慌てるも何も……」
いやいや、好きとかそういう事じゃ無いな。
俺にとっては憧れであり、崇拝対象であり、理想の女性の象徴なのである。
好き、と単純に言ってしまうと俺の気持ちも先輩の価値も安っぽくなる気がする。
とにかく話を打ち切って欲しいと言う要望を継続して発信する必要はあるだろう。
「特に居ないよ。……だから苦手なんだってば、こういう話は」
「うん、さっき聞いたわ。……好きな人居ないのよね。ねぇ。話を聞くだけで良いから」
南町はしかし、どうしても俺相手にこの話題を続行したいらしい。
月乃はいったい、トイレで何してる。大か、大なのか?
とにかく早く帰ってこい! 大事な双子の兄がピンチなんだぞ! ヘルプ!
……どうして俺は送信が出来ない!
「だから人の話を聞けっての! 俺は……」
「私は……居るんだ、好きな人」
「何故俺にそれを今、カミングアウトするんだよ!? ……待て、聞きたくない!!」
私は言ったぞ、的な話になるのはそれは上手くない。
適当にお茶を濁そうにも白鷺先輩の顔しか、もう浮かばない。
うっかり口を滑らして南町にバレれば、必然。月乃の耳にも入る。
そして最近変に仲の良い先輩と月乃……。
この流れは不味い、緊急事態、非常事態だ、エマージェンシーだ。
跳ねるように立ち上がってドアに後じさる。だが南町も立ち上がり追い詰めてくる。
ドアは内側に開く。不味い、追い詰められてしまった。
「俺には代わりにお前に教えるようなヤツは居ないんだぞ!? 止めろ、喋るな!!」
「なら尚のこと聞いて。――あのね、陽太。私……」
だが南町は、俺をそれ以上俺をいたぶる事は無かった。
少し上気して何かを言おうとした南町の顔が。――すっ、と青ざめる。
「……みなみ、まち?」
「よ、陽太。……来たわ」