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水曜日 2

2017.08.13 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。

「中学になってから顔を見ていないけど。あの千景ちゃん……、だよな? そんな事を言っていたのか。……ちょっと心配ではあるな。――警察に話だけでもしておいた方が良いかも知れないなぁ」


 ――僕から山本さんに話をしておこうか?

 山本さんは百ヶ日中央駐在所の駐在さん。


 若いので現無役ではあるが、実質の町内会幹部だけあってそういう思考は早い。

 そして過去の悪行が祟って田舎に引っ込んだ元ヤンキーと、そもそも田舎から出た事のない中年オヤジ。

 この二人、何故だか凄く仲が良い。


「でもまだ何も証拠が」

「こないだと違って捜査してくれと言うわけじゃ無い。――話をしておいて山本さんのパトロールの時に少し気にして貰うだけ、ってんならやってくれるよ。それだけでも何かがあるというなら全然違う。何も無いならそれに越したことは無いんだし」



「まぁ、そう。……なんだけど」

 昨日の夜、にーちゃんが帰ったのは結局十一時を過ぎた。

 だから南町の件を話すのは今が初めて、と言う事になる。


 鹿又の話を聞いてしまった以上心配なので月乃と二人、双子会議を開催。

 長時間の協議の末に満場一致で、にーちゃんには細かいところまで話しておく事にした。



「いずれにしろ、先月みたいな独断先行は無しだぞお前ら。犯罪行為だと言うなら警察に任せてしまうのが一番だ。……それにランさんにカウンセラーみたいな事が出来るのか僕は聞いた事が無いのだけれど、何かあてがあるのか?」


「先月は俺達、何もしてない! 巻き込まれたんだ! ――ランちゃんの事はそこまでは期待してないよ。ただ気のせいだとして、専門家の意見を聞いてみたいんだよ」


「しかし聞くも何も当人が帰ってこないな。……駅まで迎えに行った方が良かったかな」

「本人は確かに良いって言ってたけどねぇ。だけどほら、ランちゃんだから」


 ――何時の新幹線になるかわかんねーから電車はもっとわかんねー。

 だから迎えはこねくて良ーよ。ランちゃんはそう言って出かけていった。

 電車の最終までにはまだかなり時間があるものの、最終バスはとっくに終わった。

 そんなに遅くはならないはず。と当人が言い残していった以上そういう話にはなる。



 ――遅くなったらタクシーでけーるよ。個人事業主だからけーひで落ちんだぜ。

 とも、確かに出掛ける前日に言ったのだけど。


「メール投げて駅に行ってみるか」

 と。にーちゃんが腰を浮かせたとき、インターホンが鳴る。

「良いよ、僕が出る。こんな時間に誰だろう? ――はい」

 画面にはスーツを着て銀縁の眼鏡をかけた黒髪の女性が無言で映る。



「すいませんが、ウチは新聞も宗教も間に合ってるんで……」

『え? えーと……』

「あぁ、保険ですか? それも知り合いが居るんで結構ですよ」


『――夜分遅くに済みません、こちらでお部屋をお世話になっております、黒石と申します。…………なー、だいちゃん。こんでいーのが?』


 ――確かに家賃も払ってっから店子なんだべげどよ、なー? 大家さん。

 インターホン越しにドスのきいた地域の特定出来ない東北訛りが響く。

 ……キモが冷える、とはこういう事を指して言うんだろう。

 にーちゃんの顔が一気に青ざめる。


「……は? え?」

「……巫山戯ふざけるにも程があっぺや! だいちゃんにやらったら立ち直らんねーよっ!!』


「はい? えと、ラン、さん!? ――わ、わあ! ごめんランさん、すぐ開けるっ!!」

 紙袋を数個持ったにーちゃんに先導されるように、リビングにカバンを引きずって、ランちゃんを名乗るタイトスカートのスーツに銀縁眼鏡、黒髪を後ろでまとめ、控えめに薄化粧をした小柄な女性が入ってくる。



 ランちゃん=金髪ジャージ。

 彼女を知ってる人は、家族含めてみんなそう思ってるからなぁ。


 そのスーツも、眼鏡も見たこと無いヤツだし、ランちゃんの場合、髪をまとめておでこを出すだけでもかなり印象が変わる。

 普段お葬式や講演会なんかに呼ばれても明るい茶色に染め直す髪の毛も、今日は茶髪でさえ無い。

 髪の黒いランちゃんなんて小学校低学年の時以来だ。


 いつものランちゃんを思い出す部分は、ランちゃんの腕ならもう一本入りそうなゴツい男物で、盤面が手のひら側を向いたダイバーウォッチ。

 袖口から見え隠れするそれはいつもそうではあるけれど、今日の服装に限ってはいかにも不釣り合い。



「だから何回でも言うけど、家賃は別に要らないんだって……」

「そんなのどーでも良いんだず! ――それよかだいちゃん。さっきのはいくら何でもねーべや! あんまりだ!! 玄関先で警察来るまで本気出して泣くど!?」


「ごめん! わざとじゃない。――嘘じゃ無くて、本気で気が付かなかったんだっ!!」

 にーちゃんは黒い髪はほぼ記憶に無いだろうからそうだろうけど、なんか懐かしい感じさえする。

 見た目が俺の保育園児時代の記憶とほぼ変わってないって言う事だ。童顔にも程がある。


 だいたい、

 金髪がそぐわない用事の時だってランちゃんは明るめの茶髪にする位なんだから。

 だったらにーちゃんが認識出来なくても、それはにーちゃんのせいでは無いだろう。


 眼鏡も、度が入ってないのに未だにかけっぱだし。

 でも考えてみたら。駅に着いた時点でちょっと連絡しておけば、それだけで初めからもめないんじゃ……。



「そんな格好してるランちゃんが悪いんじゃない。私も今、一瞬わかんなかったよ」

「ツキ、コスプレみたいにゆーな。仕方ねーべ、いくら何でも金髪は不味いと思ってよ」


 ――初対面の人ばっかりだし、悪目立ちすんのは趣味じゃねー。東京はむしろ茶髪のヤツさえ少ねがったぞ。黒髪でスーツを着た、金髪ジャージ女であるはずの女性はそう言ってスーツの釦を開けてリビングのテーブルに収まると月乃の持ってきた湯飲みを傾ける。


「ありがと。――おぉう、生き返るー。……やっぱウチは良ーなー」

「女の子でしょっ! お茶飲んで唸るとか、どこのおっさんなのよ!」


「金髪で行がねくて良がったよ。東京でも外人くれーしかいねがったよ、金髪」

「東京をなんだと思ってたのよ……。家の近所だってランちゃんしか居ないじゃない!」

 珍しく月乃が正しかった。



「ねぇランちゃん、……普段から金髪止めれば、そこは解決するんじゃねぇの?」

「……ヨウに言ったって仕方ねーけど、一応理由があるんだ。あたしの中の理由が消えねー限り金髪は止めねーぞ」


 でも俺。知ってるんだよな、理由。多分当人もそれをわかった上で言ってるんだけど。

 だから今のは。――バラすなよ? と言う事だ。

 テレパシーなんか無くともバッチリと伝わってくる。

 なんだかんだ言って、ランちゃんが一番怖ぇよ……。



「理由、ね。……それがなんだか僕は知らないけれど、ランさんは黒い方が似合うと思うけどなぁ、髪。――ご飯は?」

「実は意外と白髪多いからさ、最近髪の色はそれ隠す意味の方が強くなっちゃってよー。――ご飯、用意してたらごめん。新幹線でお弁当喰ってきちった」


「良いよ。初めからその場合、明日の僕のお弁当にする予定だったから」

「なんか連絡、入れときゃー良かったな。ごめんな、だいちゃん。人目を気にしねーでも良いと思ったら急に腹が減ってさぁ」

 会食では、まともにご飯を食べていなかったらしい。たいした人見知り博士である。


「ところでランさん、疲れてるところ悪いんだけどさ。ツキとヨウから相談があるんだけれど、ちょっと聞いてやってくれないかな?」

「言う程は疲れてねーけど、さ。……でもあたしに相談? 自分で言うのもなんだけど、一般常識を問われるような相談は、あたしんとこ持ってきたっても無駄だぞ?」


 ……その辺は自分でもわかってるんだね。

「いたって単純な話ではあるんだけど……」

「世のもめ事は国家権力の介入か現金を積むか。この二つで大概解決するんじゃねーの? あたしに相談するよかよほどいーんじゃねーかなー、なんて思うんだけどなー」


 自分のことで何かあっても、ランちゃんに相談するのだけは止めよう……。




「――変態のストーキングだった場合、エスカレートする前に手を打たないと……」

南町千景みなみまち ちかげ? 聞いたことが……、あぁ、思い出した。昔よく遊びに来てた集会所の前のカワイコちゃん、南町ちゃんな。うーん、知らん仲ではねー、と。――気のせい、変態、幽霊。キチンと事象を絞ってるのは評価するが。先ず、いの一番に幽霊説は却下な」


「でも、ランちゃん」

「幽霊の話をあたしんトコ持ってくんな! もしホントだったら怖ぇじゃねーか!!」

 当初仮設その一だったものは、怖いから。と言う理由で却下された。


「南署は大げさだが駐在さん、山本さんには一応話をしといた方が良ーな。確かに何もねーなら向こうも動けねんだが、何かあったときの初動が違う。警察もホントは、そういう細かい案件に関わりてーんだよ。それに現場だって、例の林谷クン初めバカ真面目なヤツの方が多い」


 ――その上でだ。そういうと、思い出した様に眼鏡を外して髪をほどき、腕を組む。

 黒髪ストレートでおでこをかくし、かっちりした服装。完全に見た目はほぼ女子大生の頃のランちゃんになった。

 こうなると、当年二十五歳のにーちゃんより絶対に若く見える……。



「自意識過剰説も確かにそうだろうと思う。ツキの年頃の女の子なら人の視線に敏感になりすぎるからな。だから存在しないはずの視線を感じる、なんつー事はそれは別段おかしな事じゃーねーよ。……なんならあたしにだって経験があるくれーだ」


 当人は今でも他人の視線には過剰に敏感だよな。

 TPOに応じてくるくる変わる、髪の色や服装。

 全ては黒石蘭々花(くろいしららか)の中身が他人から見えない様にする為の迷彩なんだから。



「だけど本人はそこまで気にしてないって言ってたよ」

 月乃が冷蔵庫からレモン酎ハイの缶を持ってくるとランちゃんに渡す。

「こーゆー時だけサービスいーな……。このレモン、まだ残ってだのか。――気にしてねーと言ってるだけかも知んねーし、本人が気付いてねーだけで実は気にしてんのかも知んねー」


「本人が気が付かない? ……深層心理とかそういうヤツの事?」

 プルタブをひいて一口飲んでから答えが返る。

「難しい話になっちゃうから具体的な話はしねーけんどさ、概ねヨウのその理解でいーよ。――まぁ、そうだとすりゃ別に病気じゃねーから医者も薬も、心配も要らねーべ。思春期特有の若干不安定な精神状態だ、っつーだけだからよ」



 「むしろ変な薬なんか状況を悪化させるだけだ」

 ――いずれ安定するのが確定してんなら、意味があって不安定なんだからそのまんまでいーんだ。レモンハイの缶を煽る。


「むー。……ただ、一つ気になった事がある。南町ちゃん、な? 彼女のもの言いだ」

「しゃべり方? ランちゃんはチカと直接喋ってないじゃん」


「まぁ、そうなんだけどな。……なら表現、と言い換えてみっか? さっきのお前らの話、南町ちゃんの使った表現はほぼそのまま踏襲してると、そう思って良ーんだよな?」

「多分南町が言った通りなぞってると思う。ランちゃんに話すのに、そう言うのも必要だと思ったから一応それなりに覚えてた。な?」

「うん」


 ――ふむ。ランちゃんは缶をテーブルに置くと腕組みで若干考え込む。

「ならあたしから第四の仮説だ。南町ちゃんはレシーバの能力者。但しこの場合、覗いているヤツは間違いなく居る事になっちゃうんだがよ……」

――そういう世界がある事を知ってる以上はそーゆー仮説も立てざるを得ねー。ランちゃんは眉間に皺を寄せて目を閉じる。


「南町に誰かの視線が、視えてる。って事?」

「レシーバのお前なら意味はわかんべ? 善道氏の力の発動が視えたときの感想はどーだ? ツキの実況中継拾ったときはなじょだった? 南町ちゃんの感じに。ちけーんじゃねーか? ちげーか?」


 基本的にはトランスミッタで放出された言葉以外、俺のレシーバの能力では拾えない。


 但し、怒りや悲しみ、恐怖など強い意思が働いた場合は話が別だ。

 先月ランちゃんやにーちゃんの声もテレパシ-で聞いたし、月乃の視界を直接に視た事もある。

 それに光人善道を名乗る強力な能力者である新興宗教の教祖。


 彼の能力発動時にははっきり能力自体が視えた。そう、視えたのだ。南町も確かに視えると言った。

 しかも他人の意思が流れ込む違和感、気持ち悪さ。南町は感じるのは気持ち悪さだとも言っている。

 

 盗撮だけに気が行っていたが、気持ちが悪い。が盗撮のみにかかっていた言葉で無いとしたら。

 鹿又も言っていた。――嫌な視線なら尚更です。……そういう事、か。

「言われてみれば……」


 但し、その場合強烈な情熱を持って覗いてる事になる。

 度を越した、押さえきれない感情、テレパス以外で声が聞こえた場合、必ずそういうものが言葉を後押ししていた。

 たかが女子中学生が携帯いじっている部屋を、そこまで入れ込んで覗くもんだろうか。



「感じ方、近けーんだべ? ……ほしたら、突っ込んで調べてみる必要ありそーだな」

「は? ……ランちゃん、なにを調べるって?」

「あたしは今夜中にまとめる原稿があるんで多分起きらんねーのだけど、――だいちゃん、明日早起きして貰っていーがい?」

「基本的には五時過ぎだったら大丈夫だよ。なに?」


「いやいやいや、そんな早く起ぎねくても……。明日も一日、雨の予報だし。こいつ等をがっこまで送ってって欲しーんだ。――で、お前らはがっこがひけたらバスで塾に行け。バス代とおやつ代くらい出してやっから」

 駅から塾までが結構な距離あるんだよな……。そして近所のバスはその時間繋がらない。


「ほして塾が終わったら歩いて南町ちゃんの家まで行く。そしたら彼女の家に上げて貰って彼女の部屋に入る」

 カン。――空になった酎ハイの缶をテーブルの上に置く。またろくでもない事を考えついたらしい。


 まるで酔っていない、めいっぱい頭が回転してるときの博士の顔だ。

 大体こういう顔をしてる時は面倒くさい事を言い出してひかない。



 本来のランちゃんは、意志薄弱で押しに弱い。

 時のまにまに流される事さえも、状況によっては是とする。

 自分の考えは無いのかと呆れる事さえあるくらい。


 だから東京への取材も断れなかった。

 見た目や言動はともかく、自身の事だけに関して言えば基本受け身で控えめで。

 ランちゃん個人は、おとなしい人の部類に入る。


 頑固に止めない金髪ジャージはあくまで例外。

 これは自分が女性である事を思い出さないようにする為の、いわば封印のようなもの。

 個性とかそう言うものは関係なし、実は自分のスタイルでさえ無い。それは本人以外は俺だけが知っている秘密。


 ただし博士モードに入った彼女は強引で強硬で高飛車、横暴な物言い。

 そして言い出したらもう、にーちゃんが本気で頭を下げて“お願い”する以外は誰の言う事も聞かない。


 色々と多彩なモードを装備したランちゃんなので、モードチェンジすると性格ががらっと変わってしまう。

 デストロイモードに入ると本当に人を殺しかねないし。

 そもそもの基本モードが人見知りの引きこもり。


 これはこれでまた問題があるだろうよ、と。


 ――いずれ小学生以来久しぶりに南町の家にお邪魔しなきゃいけない様だが、中学になってから女子の家なんか行った事が無い。

 月乃と一緒なのもかえって恥ずかしい気がするし、しかも南町の部屋まで上がれ、と?

 要は能力者がかかわっている可能性を洗ってこい。と、そういう事らしいが。



「で、九時半くらいになったら、あたし(・・・)ボルボ(・・・)で、南町ちゃんの家まで迎えに行く。集会所まで歩きでも3分。場所はわかってる。可能性は出来るとこから潰していかねーとさ、話を聞いちまった以上こっちも気持ち悪ぃがんな。だいちゃんも明日、晩飯食ったら手伝って貰うけど良ーかな?」

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