水曜日 1
2017.08.13 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。
「……と言うわけでな。なんか知らんが見られてるらしい」
音楽準備室。
本来は白鷺先輩に意見を聞いてみたかったのだが、本日から週末まで中等部三年生は週末の全国模試対策で部活は休み。
今もまだお勉強真っ最中のはず。
なので昨日。
部長である白鷺先輩に名指しで依頼された俺がカギを開けた音楽室と音楽準備室は、現在一,二年生しか居ない。
「真面目に出てきてカギまで開ける。愛宕先輩はやれば出来る子だったんですよ!」
「……見直しました。立派です」
鹿又と籠ノ瀬に部活が始まるそうそう褒められた。
なんか嬉しくないのは何でだろう。
そして今。楽器を抱えながら、目の前でふんふんとうなずいて話を聞くのもその二人。
あまり適任とも思えないが、誰か女子に意見を聞きたかったところではある。
そしてこの二人なら。初めに口止めしておけば外部に話を漏らすことも無いだろう。
「……ストーカー、でしょうか?」
「それっぽいよねぇ、なんか」
「幽霊かも知れないし、勘違いかも知れないぞ?」
今日は顧問は見に来ない、そして個人練習は個人裁量で行う。
この二人は他のパートの一年生と一緒に、鹿又の仕切で基礎練習を汗だくになってさっきまでやっていた。
鹿又の仕切は端から見ていてもかなり厳しいのだが、男子も含め誰も文句を言う者が居ない。
むしろみんな練習がスムーズに進行するようにサポートに回っているし。こういうのが才能って言うヤツなんだろうな。
いつの間にか次期部長候補になっている身としては、多少見習わないといけない部分だ。
ともあれ、だから一〇分、二〇分の休憩は問題ないだろう。
「……先輩、やはり子供っぽい下着の方が危険なのでしょうか? 今日も半分以上過ぎましたが、パンツの選択を間違えた気がして、今更帰りが不安になってきました」
「いや、籠ノ瀬。引っ掛かる場所が全然違う、間違ったところに引っ掛かるな。しかも子供パンツ着用を俺に対して堂々と宣言するな!」
「そうだよ、ふうちゃん。ブラジャーの有無の方が問題だよ。今の話ではブラジャー使用が前提だけれど、もしも未使用だった場合。ロリコンから見てかえって価値が急上昇なのだとしたら。……私達、今日の帰りにでも駅前で買って着用した方が良いでしょうか、先輩!」
「俺が知るか! お前も大間違いだ、鹿又。それからもう一つ、未着用である事を俺に申告すると、お前らにどんな特典があるんだ!?」
俺の後輩は二人とも、綺麗にそろってバカだった。
そんな話を振られてもこっちが困る。どうしろと言うんだ。
ロリコンの好む下着の種類なんか、俺がわかってたまるか!
昨日からなんなんだ。とにかく下着から離れてくれ、話が進まない……。
「まぁ、お前らの下着はどうでも良い。――問題は原因がどこにあるか、なんだけどな。変態、幽霊、勘違い。お前らを女子だと思って聞きたい。どう思う」
「改めて思わなくてもホントに女子です! ……その、ブラジャーいらないですけど」
「それはもう良いよ! 必要無いから付けてない、それで良いじゃ無いか。国民に着用の義務がある訳でなし。まぁ、そのうちお前にもきっと必要になる日が来るから、その際はサイズを合わせて購入し、使用上の注意を守って正しく間違いの無い様に装着しろ」
「鎧か何かみたいですね?」
「中身はあまたの派閥を生み出し、派閥間闘争さえ起こしうる最終兵器だ。みだりに人に見せて良い訳が無い。他人に大きさや形の推測さえさせるんじゃ無い、良いな?」
長きにわたっての貧乳派対巨乳派の血で血を洗う抗争は、時代を超え、世代を超え、高度情報化社会となった現代にあって尚、収束どころか更に激化の兆しさえ見せている。
お前にもいつか貧乳派の旗印として神輿に担がれる日が来るだろう。
あるいは巨乳派へと転身することだって有り得るかも知れない。
中学生である限り可能性は無限大だ!
……だいたい、ブラジャーに限って言えば月乃が付けてるくらいだからな。
お前らがたった今から付けようが問題はどこにも発生しない。
「で。なんの話だっけ、ふうちゃん」
「はぁ。――先輩、その話。……原因が幽霊や勘違いだった場合、断定が難しいです」
「籠ノ瀬の言う通りではあるが、まぁ可能性だからな。今のところ」
「それに女の子が視線を感じた場合は、八割方誰かに見られて居るものです」
「……鹿又がその手の発言をするとは意外だったな、なんか経験でもあるのか?」
小学生時代はモテモテだった。
とか言われると、そういう経験の全くない俺の先輩としてのプライドが崩れ去る恐れがある。
その辺、崩れようが全く問題は発生しない、意味の無いプライドではあるけれど。
「あると言えばあるのですが……。先輩は口が固い、ですよね」
「……くらちゃん、それは」
「……? まぁコンクリートの次くらいには固いつもりだ」
「ひかないで下さいね。……私。実は、ストーキングされたことがあるンです」
衝撃の事実。
しかも体つきは子供で身長は足りないものの、よく見れば顔なんかは月乃より大人びて見える、いわゆる子供と大人の境目。といった言葉で表現出来そうな籠ノ瀬では無く。
制服姿がお姉ちゃんの制服を着てみた小学生にも見える、自己申告ではブラジャー不要の鹿又。
……あ、籠ノ瀬もブラジャー無しだった。
さらに向こう三軒両隣、町内会の人間の顔と名前が一致する。
どころか、家族構成に全員の年齢と職場まで。ほぼ把握出来ているような、我が家よりも更に田舎住まいである。
かてて加えて。何時のことだか知らないが、過去形で話をしている以上は過去の話なのであって。
ならば数ヶ月前まではランドセルを背負った小学生。言動も何も今よりももっと幼くみえたことだろう鹿又。
その彼女がストーカーに追い回されていた?
「犯人は隣の集落の会社員の人でした」
「……私の集落の人だったんです」
「最終的にパンツ泥棒が原因で警察に捕まったんですけど。その時の言い訳がなんか、可愛らしい小学生と話をしたかったとか何とか、そういうキモい理由で」
きっと天真爛漫を絵に描いた様な、明るく可愛らしい小学生だったのは想像に難くない。
そして可愛らしい容姿であるのは悪いことでは無いだろうし、本人のせいでも無いのだが。
とにかくも、この場合は変態を引きつけてしまった。
少なくとも話がしたいと言うなら、つきまとったりパンツを盗んだりする以外にも他に方法があったはずだ。
小学生のパンツが欲しい時点で既に俺の理解の外ではあるが。
「月乃にも話さないよ。で、犯人は刑務所か?」
「むしろ月乃先輩になら言っちゃって下さい。私、先輩と月乃先輩には隠し事とか持ちたくありません。――えーと。執行猶予、って言うんですか? 裁判のあと刑務所には入らなかったらしいんですが、区長が警察と役場に聞いた話では家族ごと何処かに引っ越ししたと言う事でした」
「……引っ越したのは、それは間違いないです」
「それでも野放しなのか」
「私の半径500m以内に意図的に入ると警察に捕まるように裁判所で決めてくれたそうです」
そんなの。裁判所が何を言おうが、気づかなければ誰もわからないじゃ無いか。
「つけ回されてたのは六年生の時でしたが、見られてるとなんとなくわかります。旨く言えないんですが視線を感じる、と言う表現はだから私にはホントに理解出来るわけです」
――嫌な視線なら尚更です。鹿又は人差し指を立てて強調する。視線はわかるのだ、と。
「……くらちゃんの話はウチの近所でも有名ですから、みんな警戒しています。勘違いなら良いのですが、先ほどの月乃先輩のお友達の件がストーカーだった場合。……盗撮や下着泥棒から始まって、どんどんすることはエスカレートするのだと母が言っていました」
「それは警察からも言われたよ、何かが起きるまえで良かったって。一番おきにのパンツがはけなくなっちゃったと言う事態が起こったんだけど。警察的には無事で良かったですねって言う事なんだよね。……冗談じゃ無いって話だよ」
「しかしそんな目にあったのに、わざわざ修行みたいな通学を選んだのか」
「……私のせいでは無いにしろ、正直地元の中学校は行きづらいです。だからといってウチはそんなにお金持ちじゃ無いし、例えば聖ヴェロニカ女学院みたいな私立の学校も街中だからとても無理だし、県立コケてたらきっと登校拒否ってました」
首都圏ならばいざ知らず、ここは東北の片田舎。
小学校、中学校に関しては学区内の公立校、その以外の選択肢は家ごと引っ越す以外ほぼ無いと言って良い。
自分の町内のみならず、籠ノ瀬の近所でさえストーカー被害に遭ったのが鹿又である事がバレている。
同級生と顔を合わせるのもつらい、と言うのは容易に想像出来る。
そしてそれは当然、鹿又のせいでは無い。
「鹿又……」
ウチよりももっと田舎故、色々話が出回ってしまうと生きづらいんだろう。
心ないことを言うものも居るのかも知れない。
早朝に家を出て夜遅くに帰ってくる。必然近所の人間とは顔を合わせづらい。
鹿又の今の生活はだから彼女にとっては理にかなっているのか。
基本明るい鹿又だが、小学校六年の最後の方は登校拒否児童だったのかも知れない。
「だから、ふうちゃんや先輩みたいな人達に会えたのはとってもラッキーでした。県立は、まわりがみんな良い人ばかりで。だから、いろいろ大変ですけど多分高等部終わるまでがんばれます」
「何も出来ないが、何かあったら言ってくれ。我が家の総力を挙げて全面協力する」
「先輩にそう言ってもらえただけでもう十分です。――なので今、またそんな話を聞いたのでむしろ大人っぽい下着の方が良いのかも。とか」
この二人が下着の種類にこだわったのも実例があったから、か。
ふざけている様にも見えたし実際そうなのだろうけど、しかし半分は本気だったらしい。
「下着の種類がわかる前提なのがそもそもおかしいだろ? 変態はエスパーじゃない。問題の根本は相手の行動であって、付けてる下着の種類じゃ無い」
鹿又達は当然知らないのではあるが。
そういう流れで同じエスパー、“能力者”という括りで語られるのは。……それは嫌すぎる。
それはそれとして。例えば変態が、強力な能力を持っていたなら……。
それは不味い、やりたい放題で、しかも誰も止められない。
と言うか、その変態行為に誰かが気付くかどうか。
それさえ怪しい。
「――まぁ、今は私の話はどうでも良いわけで、月乃先輩のお友達のことですよね?」
そう、そして南町の感じるという視線。
始まりは観察。そして尾行、下着ドロと少しずつ段階を踏んで行動が大胆になる。
変態説を採用するなら南町は今どの段階か。
今のうちに打てる手はなんだろう。
そもそも昨日そのまま別れて良かったのか?
南町の勘違いだと思っていたのだが、今度は一転。
変態説が一番強い気がしてきた……。
「何か手を、打った方が良いんだろうか」
「とは言え、何も証拠がありません。田舎の警察は気がする。では相談さえまともに聞いてくれません。……じいちゃんが怒ってました」
「……くらちゃん。証拠が無いと絶対、駄目なの?」
「変なヤツがくっついてきてる、って言う証拠が無いと話も聞いてくれないよ。都会と違って受付? 窓口? 正式にはなんて言うんだろ。そう言うのがそもそも無いんだって」
証拠。そう警察を動かすには証拠が必要。
それで先月。
警察が介入出来ないが故にランちゃんやにーちゃんは大苦戦を強いられ、あまつさえ家族全員が死ぬ間際まで追い詰められた。
現実は小説やドラマとは違う。犯罪行為はすべからく警察に任せてしまうのが正解なのだ。
……とは言え。
南町をストーキングしているヤツの証拠が出てくるくらいなら、とっくに本人が警察に通報している。
具体的で無いから気がする、なのだ。
「……それでも相談くらいは出来るのでは? 先日警察の方に知り合いが出来たと言っていませんでしたか?」
「駐在さんとかじゃ無いからかえって話づらい。本人じゃ無いしな」
ランちゃんの知り合いは南署のエライ人。
こないだの刑事さん、林谷さんにしたって。名刺をもらうときに、
――なんかあったら時間とか気にしないでいつでも電話してね?
とは言われたが、忙しいのは聞かなくてもわかる。
携帯も教えてもらったが気軽に電話をかける程仲が良い、と言うわけではもちろん無い。
駐在さんは勿論知らない顔では無いけれど、確定で無いうえに本人でも無い。
あおうと思えばいつでもあえる分、かえってストレートには言いづらい。
それに、駐在さんに何かを頼むと言うならば。
それなら、実質的な町内会幹部であるにーちゃん経由の方がかえって色々、手っ取り早い。
「確かに。本人じゃ無いとますます相手にしてもらえないかも知れないです」
気のせい、幽霊、ストーカー。
いずれにしても一旦ランちゃんに話をしないと立ち居行かない。
やはり、ただの中学生には何も出来ないのか……。
「ところで先輩、今後の為に一応聞いておきたいんですが。――幽霊だった場合は、何処に通報したら良いんですかね?」
「……お寺さん、でしょうか?」
――少なくともそうだった場合、通報する電話番号は110ではなさそうだった。