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火曜日 2

2017.08.13 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。

「陽太、いつの間にか背が伸びたよね」

「こないだからそればっかだな。……変わんねぇよ、お前が縮んだんじゃねぇのか?」



 時間は午後八時二十分。自転車を押しながら歩く中学生三人。

 県立のブレザー二人の他にもう一人。


 百中ひゃくちゅうこと町立百ヶ日(ひゃっかにち)中学校の制服、濃紺のセーラー服に校章のマークのタイを揺らしながら話すのは、南町千影みなみまち ちかげ

自宅が近所で幼なじみ、当然小学校時代の同級生で月乃の親友でもある。



「ちょっとショックだわ。つっきー達は今日のアレ、復習みたいなものだって言ってたけど、教科書に載ってる順番から行けばどう考えても出てくるの二学期後半じゃない?」


 運動部でも無いのにショートカットの南町の後頭部をなんとなく見やる。

 長い方が好みだなどと言いながら、ショートが似合うヤツって居るんだな。と毎回会う度に思う。


「言われてみれば一年の時にもちょっとやってる。一応建前はお利口さんの集まる学校だからね。……私らは補助金目当てなんだけど」

 ――身も蓋もない言い方を。


 正直なところ。学習塾での勉強は学校の授業の補強と底上げではあっても、新たな新事実を学ぶと言うことはあまりない。

百中のみならず、塾で知り合った他の学校の連中に聞いても県立の学習進度は速くて深い。


部活動に力を入れていないのも、異常な程宿題や課題を出されるのも伊達では無かった。

 そうで無ければ県内トップの学力は維持出来ず、それを喧伝する事は出来ないのだ。


 とは言え、無駄なのかと言えばそうでも無く、復習出来た上に知識が補強されるのは感じる事が出来る。

 にーちゃんのボーナスは無駄にはならずに済みそうでなにより。



「県立唯一のアドバンテージがそこだしな。……補助金も、まぁウチは二人分だし。たいした金額じゃ事無いにしろ、無いよりは」

「そこは陽太が卑屈にならなくても二人共おりこうさん。で良いじゃない。――ふーん、やっぱり合格率三十%は伊達じゃないのね」



 月乃と前を歩く南町が振り返ると、セーラー服の胸元のタイも揺れる。


 スカーフの方がカワイイのに。


 と言う生徒の声は封殺され戦後直ぐの創立以来。

 伝統的に男子は普通の学生服、女子のセーラー服もデザインの変更は無し。


 だから人によっては洗濯が間に合わなかったりして着替えが無くなると、お母さんのお下がりでも取りあえず学校に行く事が出来るらしい。

 学ラン、セーラー服。

 双方廃れているなら何らかの理由があると思うんだけど、伝統とか誰かが口にしてしまうと。

 ……田舎はそういう所は全く融通が利かない。



「入試で終わりだったら良かったんだけどね、宿題が殺人的に出るんだよ。部活も事実上、おまけみたいなもんだしさ」


 補助金は大切だが月乃はそこも大事だろうな。


 何せかつてなんかのイベントでプロのコーチから、

 ――キミはなでしこも夢じゃ無いから、これからもこのままがんばってね。

 と言われた逸材である。


 月乃が、10番を背負って二年生レギュラーなのも伊達じゃ無い。

 弱小チームとは言え本当に自分の実力で勝ち取ったものなのだ。


 県立の部活動が勉強のおまけであるのは高等部に行っても変わらず。

 なので高等部女子サッカーも当然県下最弱を争うくらいの強さ、と言うか弱さである。


 本格的にやりたいと言うなら高等部進級を蹴って私立高校にいくしか無い。

 もっとも百中に進学していれば、今度は女子サッカー部自体が無かったのだけど。



「殺人的な量の宿題ってちょっと理解出来ない。じゃあなんで塾なんかに来ているの?」

 月乃と二人、タメの部分までぴったりそろった双子ユニゾンで南町に答える。

「……保護者の意向」

「相変わらず面白いね、君らは……」




 塾から我が町内までは歩いても十分前後。

 そして月乃と南町はそもそも仲が良い。


 だから似た様な背格好の二人は雑談しながら自転車を押して帰る。

 そして俺はそれを聞きながら少し後ろを歩く。



「……でも。自分でそう言うのよ? 彼女は」

「基準がわかんないなー。彼女がモテるなら私なんか順番待ちして貰わないと」

 女子は好きだよな、そういう話。


 どうせ俺なんかは、小学校の同級生だった女子達からは忘れ去られちゃってるだろうし。

 そう言うの、気にならないではないんだけどさ。


「我が弟君にもそういう矜持をもって貰いたいもんだよ」

「ほっとけよ。今んとこ女には興味ない。それに俺がアニキだ!」

 急に俺を会話に混ぜるな、硬派なんだよ。

 モテないとかそういう事じゃ無く。


「あら、陽太はモテないの? ……じゃあ、可哀想だから私が彼女になってあげる」

「じゃあってなんだ! 大きなお世話だよ、南町に同情される謂われはねぇ!」


「幼なじみにモテないなんて、自分で言い切られちゃったら。多少大きかろうが世話も焼きたくなるわ。当然じゃない」

「俺からモテないなんて、一言も言ってねぇだろ!」



 まぁ、南町に関して言えば家も近所だし、ガキの頃から家族ぐるみで付き合ってたわけで。

 だから保育所より前から知ってるし、小学校もずっと同じクラス。

 これまでそういう対象としてみた事は一切ないんだよな。



 それに幼なじみならお約束、

『大きくなったら陽太のお嫁さんになってあげるね』

 保育所の頃に言われたことがあったのを唐突に思い出す。

 さて、返事はなんて返したんだっけ。



 改めて南町の横顔をみる。美人の範疇に入るかな。

 本人はきっと可愛い、と言われた方が良いんだろうけどぴったりくるのはやっぱり美人、だなこいつ。

 多分ご当人が知らないだけで普通にモテるんだろうと思う。



「私も女に興味ある訳じゃないんだけどなぁ。男は寄ってこないなぁ」

 そういう月乃は、確かに女子からの。特に下級生女子からの人気は高い。

 姉御肌で仲間の面倒見も良い。

 ついさっきも我が後輩二人があっさりとその軍門に降ったくらいだ。


 なので男子はむしろ近づきにくいらしい。

 モテるかどうかは、だから実際のところは知らない。


 ――しかし、そう考えてみるとこの三人で俺だけモテる要素が無いんじゃないか?

 なんか意味も無く気持ちが沈む。だからこいつ等の話になんか混ざりたくないんだ。

 ……ただ、その後の話題は友人として首を突っ込まざるをえなかった。




「……視線ってなんだ南町?」


「他に言い様が無いんだけれど。そうなの、視線を感じるのよ。つっきー、私って自意識過剰なのかしら」

「チカがそうなら世の中の九割五分は自意識過剰だよ……。とは言えなあ。気のせいみたいなもんだとしても、それはそれでどうしたものやら」


「なぁ南町、もしかすると幽霊とかそう言う関係だったりするか?」

 そういう話は嫌いじゃ無いんだな、俺。


「具体的に言い様が無いんだけど、そう言うのとはちょっと違うかな。怖くは無いのよ、気持ち悪いけど。うーん、どう言ったら良いんだろう。盗撮されてる感じ?」

 ――わからねぇ。むしろ盗撮されるのがわかる方が気持ち悪いんじゃねぇか?

 わかったら盗撮じゃないし。


「私はそんなの、感じたこと無いな。自分に自信が無いからかなぁ」

「つっきーが無ければ私はもっと無いわ」


「それって時間とか場所とか限定されてたりするか?」

 そう。幽霊関係だった場合そう言う部分に向こうさんはこだわりがあるものだ。

 ……別に詳しいわけでも、知り合いでも無いけど。


「場所は自分の部屋、時間は。んー。……九時から十時くらい、かしら。お風呂から部屋に上がると強く感じる。……られてると言うよりは、られてるって感じ?」

「漢字が違うと意味合いが違うってか? お前の話は相変わらずわかりづらいな」


「そこを強調されると感じが悪いわね、漢字だけに」

「……俺にどんなリアクションを期待してんだ? お前」

「それに相変わらずって言うのも気にくわない。私は昔からわかりづらい話なんか、一度だってした事無いわよ?」


 ただ、ますます幽霊疑惑の線が強くなったとは思うが。

 ただそこまで律儀に、毎日同じ時間に幽霊が盗撮しにくる。というのも。

 ちょっと腑に落ちない感じではある。ふむ。


「なるほど、スケベな幽霊の仕業なのか」

「結論早すぎだろ!」

 少しは頭を使え、条件反射で喋るな、我が愚妹よ……。


「でもホントに気持ち悪いんだ、なんか見られてる気がするのは本当なの。なんて言うか、こう。……服の中まで見られてる感じ?」

「覗かれてるにしたってタチ悪いなぁ、陽太じゃあるまいし」

「意味も無く俺の名前を出すな! ――南町。さっきの自意識過剰って、自覚有るか?」


「どっちかって言うと逆なのよね。つっきーくらいスタイル良ければ少しは自慢も出来るんだけど。くびれも、胸も。現状わざわざ覗きたくなる程では無い。と言う自覚はあるの。だから逆の意味では、かえって視線が気になったりする事はあるけれど」


「そうかなぁ。背丈も何も同じくらいじゃないか? くびれったって先輩達見てる限り、おしりが大きくなると相対的に腰が、……ってあれ? ちょっと待て。むしろおっぱいに限って言えばチカに負けてないか、私。チカ、サイズ幾つよ?」



 二人を比べてみても多少南町の方が背が高い以外、さしたる差などは感じない。

 だいたい、俺は最近は部活をサボらないので毎日白鷺先輩に会っている。

 つまり、先輩のお胸様に比べれば、キミら二人の胸など無いに等しいのだよ。


 だがこの場で、あえて苦言を呈するなら。

 ……俺の前で女子同士が胸の大きさの話とかするな! 二人の時にやれっつーの! 



 ――まぁ大きさは。月乃とどっこいとか、お前も美人なのに残念なヤツだな、南町。

 そのうち大きくなるかも知れないから、まぁ、がんばれ。


「そうかなあ。それにつっきーは、基本細いからサイズより大きく見え……。ってなんの話よ、陽太。もう!」

「ふざけんなよ、エロザル」

 なんでそうなる。……今の文脈に俺は一ミリも関係ないだろうよ。



「あのなあ。まぁ良いや。――霊的な問題だったら俺達に協力出来ることは無いけどさ。つうか、そうならむしろ出来る限り自宅に近づきたく無いし、話も聞きたくないけどさ。けど、もしも心理的な問題だったら、アドバイスくらいなら出来る人が居るかなって」


「そうか、善道さんか!」

「んなわけないだろ! 新興宗教の教祖に何を頼むつもりだよ。バカなのかお前は!」 


 光人善道こうじん ぜんどうさんは先日、さる事情で知り合いになった新興宗教の教祖の人だけど。

 宗教家に一体何を頼むつもりだ!


「そうじゃねぇって。精神科の先生じゃ無いから、具体的に何か出来るわけでも無いだろうけど。でも、相談出来る心理学者だったら。お前も一人、知ってるだろ?」 

「おぉ、ランちゃん」


 ポン。と右手のグーで左手のひらを打つ。

 どこのおっさんだ、そのリアクション……。



 とは言え、名前を出してはみたものの。

 研究者であるランちゃんが何を専門にしているのかは、実はよく知らなかったりする。

 大学に居た時は、――社会心理学を専攻しております、黒石です。と名乗っていたはずだけど。



 犯罪心理学の第一人者だった父さんの弟子だったんだから、当然その分野は警察の協力要請が来れば毒を吐きつつ惜しみなく協力し、児童心理学の学会から発表会のお誘いの葉書が来たり、メディアの影響力について研究しているかと思えば、インターネットでの炎上騒ぎのログをプリントアウト、ファイル三冊分作ってマーカーと書き込みだらけにしてみたり。


 いわゆる、若者文化やそれの流行る背景などについては特に。

 とにかくありとあらゆるものの情報を仕入れ、分析し分類している。


 しかも俺と月乃の能力についての専属研究員。


 更に大学を辞めて、物書きの肩書きまでついて今や何でも屋さんの様相を呈している。

 最近のブームは深夜アニメ。学問とか研究と言うよりは趣味、と言った方がニュアンスとしては近い。


 こうして並べてみると、ランちゃんは一体どこに行くつもりなんだろう。

 黒石蘭々華さん(三〇)の今後が気になってしょうが無い。勿論悪い意味で。


 だけどそんな人だからこそ。

 もし専門が多少ずれていようが、気のせいが原因ならば。

 それこそ舌先三寸で状況は打開出来るかも知れない。


 とも思うんだけど。

 口先だけで警察さえも手玉に取る希代の言霊使いである。

 中学生を言いくるめるなど彼女にとっては造作も無い事のはずだ。



「ランちゃん……? あぁ、あの美人でヤンキーでも無いのにキンパツにしてるお姉さん。――そうそう蘭々華さん、ランさんだったね。……まだ、一緒に住んでるの?」


 南町の言いたいことはわかるけどね。そういや歳、知ってるもんなお前。

 つい最近、三十過ぎて念願のニート生活を満喫しようとした矢先。

 東京に出張してしまった同居人の顔を思い出す。


 ――お家に帰りたいよー。


 ……せっかくこないだ自分でウチのガレージの二階に、大枚はたいて自分の部屋を作ったばかり。

 自発的に出て行く理由がない。


 それに相手が居ない以上、お嫁さんになんかそもそも行きようが無いし。

 ……そこだろ? 南町が言いたいの。

「うん、一緒に住んでるよ。今ちょっと東京に出張してるけどね」



「ランちゃんなら心理学者だし、幽霊はともかく何かわかるかも知れないなって。ただ、明日にならないと帰ってこないから、今すぐどうこう出来ないけど」


 ランちゃんに相談しても、原因が幽霊だった場合。これは絶対に解決しない。

 と言うか取り合ってもらえない。

 無類の恐がりでその手の話が大嫌いなのだ。


「見た目変わんないの? 二十代後半なのに高校生みたいな人だったよね?」

 やはり誰から見てもそう見えるランちゃん。得なのか損なのか。

「金髪ジャージで背もちっこいし、三十になったけど今でも見た目は家出女子高生だよ」

 身内が家出高校生言うな。みんな言わないで居るのに。



「……悪い意味じゃ無いと最初に断っておくけれど。もし南町が必要だったらそう言うお医者さんだって、ランちゃんなら知り合いが居るかも知れない」


 これについては絶対居るはずなのだ。

 以前にーちゃんが処方箋を誤魔化していると指摘した、かなり強い睡眠薬。


 そう言うものを持っている以上、その薬を出せる精神科医の知り合いは、だから絶対に居る。

 南町に紹介するなら、まるで知らない人よりはそういう先生のほうが良い。


「うん、……ちょっと怖かったの。精神科とかって」

「誤解されてるって嘆いてる先生が大半らしいぜ」


「もっとも今回みたいなことも、ランちゃんに言わせれば。――中坊なんざ不安定で当たり前、医者なんか要。って成るんだけど」

「むしろそう言われて安心したいわ」


「私らにはそんな優しい言葉はかけてくれないけどね」

「今ので優しいって?」

「家族間ではオブラート一切無しだからな、ランちゃん。中学生でも容赦なし」

「伊達に金髪にしてないよ」

 いや。そこは金髪、関係ないだろ。



「病院行くのも嫌だけど。……正直、幽霊もかなりイヤよね」

 ――幽霊の様なものがあるかないかと問われれば、多分ある。と答える。


 もちろんそう言った方々とは面識が無いし、今後もお近づきには成りたくないのだが、一方で。

 残留思念。と言う幽霊に限りなく近い概念は、月乃と二人で目の当たりにしたことがある。


 幽霊だって居て良いのでは無いかと、だから最近は考える。

 それが残留思念の延長上にあるのなら。


 父さんや母さんと会話をすることだってあり得なくは無い。

 二人が幽霊として登場したらランちゃんは泣くだろうな。

 喜んで泣くのか、嫌がって泣くのか知らないけど。


 ただ、盗撮をする幽霊なんてのは想定の外だ。聞いた事がない。



「幽霊か。――なぁ、月乃。変態と幽霊どっちが怖い」

「変態をお祓いするのはお寺じゃ無くて警察? うーん。生きてる人間の方が怖い、みたいなこと?」


「お前は、おっさんが中等部女子の制服を着ているのか……!」

 考える材料に月乃の考えを取り入れようというのがそもそも間違っていた。

 ――仕切り直し。


 南町の件を人間の仕業だと仮定する。

 当然の前提として女子中学生の部屋を盗撮したいなら、そう言う特殊な性癖を持つものは限られてくる。

 ロリコンやペドフェリアと言った、いわゆる変態である可能性が高い。

 ……とは言えペドは南町がちょっと可哀想かな。

 でも犯人がロリならまぁ、頷けるところではある。


 ただそれが例えば女子高校生であったり、中学生であっても白鷺先輩の様な、見た目大人びて体もそれなり。

 と言うならわからないでも無い。



 と言うのも先月、さる事件に巻き込まれて思ったこと。

 中学生というものは世の中から見たときには、バスの料金以外。

 見た目も扱いもガキそのものなのだ。


 事実、俺は力では全くかなわず文字通り一蹴された。

 拉致された月乃の下着姿も、全くこれっぽっちも大人達の性的興味を引かなかった。

 でも、それが故にお互い何も無かったのだから、何が幸いするかわかったもんじゃ無いのだが。

 それはさておき。


 当人には悪いが月乃と体つきが五十歩百歩の南町だって、黒いブラジャーを付けようがレースでスケスケのパンティを履こうが、見た目は完全にガキの範疇に入るだろう。

 ならば普通に考えてガキの体なんか普通は興味を持たない。


 百歩譲って興味があるとしても。

 部屋に居るからと言って裸になってるわけじゃ無い。……はず。

 南町がどんな生活をしてるか知らないが、真夏だとしても、マッパや下着だけ。

 なんていうことは、多分無いだろう。


 スエットかパジャマくらい着てるはずだし、それならますますわけがわからない。

 視線を感じるのは風呂やトイレと言うことでは無く部屋なのだ。

 同級生に興味を持って。と言う線もあるだろうけれど、どれだとしても一番の問題が。


「ん~。……ただの中学生の部屋を覗いて、なんか楽しいんだろうか」



「なにか、失礼なことを言われた気がするのだけど」

「失礼なもんか、俺は心配してんだよ。……大体風呂上がりの部屋だったら、着替えとかそういう、盗撮してる奴らが楽しみにするであろうイベントはもう起こらないだろ?」


「着替えも陽太からみるとイベントなのね……」

「俺じゃ無い! ……あくまで変態目線の話だよ」



 どちらかと言えばこの場合、俺の立ち位置は聖人に近い。

 ロリとかペドとか月乃の下着姿とか、意味がわからない。何処に何を感じれば良い?

 ……いや、南町に関してだけは少しだけ、ほんの少しなら。


 下着姿。か……。そうだな。それなら多少ならわかってしまっても仕方ないか。

 月乃よりは胸が大きいらしいし。


「あぁ、いやな。――こないだ月乃の子供パンツとか、付けてるだけのブラジャーなんか、見たって何も感じないって話をしたことがあったんだけど」

「おい、そのこないだの話より非道ひどくなってるぞ! 人を引き合いに出しといて、付けてるだけとかどういう言いぐさだっ!?」


「ホントの事じゃねえか、話が進まねぇから黙ってろ。――体型的には月乃と似たり寄ったりってさっき言ってたけどさ。盗撮とか覗きをするなら、その普通ならどうでも良い、何も感じないパンツとか、現状あまり意味の無い、将来の練習の為に付けてる様なブラジャーとか。そう言うのを見たいわけだろ?」


 ――あるいはその中身、とかな。

 でも南町をビビらせすぎてもいけないだろうし、どちらかと言えば俺の名誉の為に口に出さない方が良いような気がする。


「ものすごく、失礼な事を言われた気がするのだけど……!」

「失礼? むしろ幼なじみを心配してんだぞ、それこそものすごく。その説明をしてる」


「だいたい私の下着の種類が関係があるの? この話……」

 一応聞いておいた方が良いのかもしれない。何が重要かわからないからな、一応。

 しばし悩んだ末に今回は言及しない事にしたが、いずれ話がこじれるならば聞かなければいけないだろう。

 パンツの種類。きっととても重要な話だ。



「……いや南町が子供パンツかどうか知らないし、黒いレースの透けパンでも良いけどさ。――いやその場合、状況によってあるいは価値が減っちゃうのかも知れないけど」

「減るんだ……。じゃあ、つっきーの方が変態さん的には好印象なのね?」

「ちょっとチカ! なんで私が子供パンツ着用前提になってるわけ!?」



 今日は違うのか……。

 いずれお前のパンツに限れば、寝室に干してあるウチのどれかには違いないだろうが。少なくとも半分はそうだったろ。

 事実を知ってる俺の前で見栄をはるな、見栄を。


 もっとも半分残ってるのは、捨てるのはまだ履けるし勿体ない。

 と言う理由だったはずだけどな。世の中、格好を付けるにはお金がかかるのだ。



「とにかくだ。くまさんパンツでもTバックでも、南町の好きなやつ履けばそこは良いんだけどさ。それを見る為のイベントが発生しないのを知っていながら、毎晩々々、変態なり幽霊なりは律儀に見に来るっつー事なんだろ?」

「……どういう、事?」


 そう、気になるのはここだ、南町の下着のカテゴリでは無い。……無い、よな?


「盗撮する様な連中なら見たいのは着替えや下着姿。そういうトコじゃないかと思うんだ。逆に言うとただ寝る前にケータイいじったり本読んだり、そういうのを覗いてるわけだよ、お前の話から行けば。それに覗きだって見つかれば逮捕されるだろ。そんなリスクを背負ってまでただの日常を覗いて楽しいかなって。言いたかったのはそう言う話」


「……陽太の言いたいことわかった気がする。……そう考えたらかえって気持ち悪い」

「失礼じゃ無いだろ? ……だから、心配してるんだって」

「そうか、言いたいことわかった。盗撮するなら普通、脱衣所とかお風呂だもんな」

「変態の基準で普通。ってのがどうなってるのか、俺は知らねぇけどさ」



 子供パンツのみ、パジャマ姿にのみ感じる変態の方向性だってあるのかも知れないが、スクール水着、学校ジャージやハーパン、部活のユニフォーム。そんな事を言い始めたらそれこそキリが無い。

 なんなら南町の今着ているセーラー服だって、県立のジャンスカに比べれば数段危険だと言えるだろう。

 バリエーションは無限大。変態の思考をシミュレーションすることなんか無意味だ。



「でも、ストーカーがメモ帳片手に時計を見ながら部屋を覗いてる。的な可能性だってあるんだろうけど」

「う……、それはかえって気持ちが悪いわ! 下着とか裸に執着された方がまだマシ!」


「まぁまぁ、これはあくまで可能性だからあんまり気にすんなよ」

「あの。……ごめん陽太、ありがとう。心配してくれていたのね」


「なんだと思ってたんだよ! ……とにかくストーカー的なものだったら真面目にヤバいだろ? 田舎とは言え」

 いや。田舎だからかえって不味い、か。偶然目撃する人なんか居やしないのだ。

 場に居合わせるのはせいぜいタヌキにイタチにハクビシン。偶にシカやリスが混ざるくらい。



「チカ、はっきりするまでは部屋で着替えとかしない方が良いよ」

「それはちょっと困る……」

「九時から十時。時間ははっきりしてるんだから、先ずはその時間帯だけ避ければ良いんじゃないか?」


 それ以外だって気にならないでは無いが、先ずはその時間に目立った行動をするのを避けること。

 精神的なものならそれだけで効果があるかも知れないし、変態だったら諦めるかも知れない。

 幽霊だったら。……うん、どうしよう。


「それに視線は、お前はわかるんだろう? だったらその視線に気付いたときは絶対服を脱いだりする様な事はしない、むしろ隠せ」

 ――隠すものがあればだけどな。ダブルで殴られそうな気がしたのでそれは言わない。


「うん、わかった。陽太の言う通りにしてみる」

「それでちょっと方向性が見えるかも知れないし、そしたら打つ手もみえてくる」


「ランちゃんが帰ったら、チカのこと聞いてみるよ」

「単純に変態だったら警察に行けば良いしな」

 駐在の山本さんと、あとは先月お世話になった刑事さん。

 南署生活安全係の林谷さんって言ったっけ。


「つっきー、陽太。ありがとう」


 小学校も地区も一緒なのだから当然、南町の家も自宅からは近い。

 玄関に消えた南町。そろそろ時間は夜九時、視線が南町を見始める時間だ。

 南町の家の前で分かれた俺と月乃は、色々考えることや気になることはあるものの。

 ちょっと遠回りをしてコンビニに寄らなければいけない。


 変態や幽霊も大変なことではあるが、晩ご飯が無いと言うのも中々切実な問題だからだ。

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