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その後 2

2017.08.28 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.17 本文、台詞の一部を変更。

「あの、ランさん。……これは?」


「寝付きが良ぐなって睡眠の質が向上する上、お肌がすべすべもちもちになる。残念ながらおっぱいが大きくなったりはしねーが、お通じも良くなるという魔法の薬だぜ。一回二錠、二週間分。就寝三〇分前にカフェイン、アルコール、柑橘系のジュース以外で飲む。……おっけー?」


「水か牛乳で飲めば良いんですね? ――でもこの薬、私が貰っても……?」

「間違った。薬ではねーくてサプリ、な。薬渡したら、薬事法違反で捕まっちゃうって。ビタミンB10だのコンドロイチンだのそう言ったものが入ってる。んでねーがな、多分。――あっためた牛乳なら尚良し。柑橘系やアルコールは効果が出すぎてヤバいからな?」



「あのランさん、ヤバいってどういう……」

「具体的には睡眠ではねーくて昏睡こんすいになったり、脳に障害が発生したり、……だっけっか?」


「えと。……アルコールはともかく、オレンジジュースとかで飲まなきゃ良いんですね?」

「一回に2錠以上飲んでもアレだから注意な? だいたいこの薬、中坊が服用するときホントは親の同意が必要だったり。するんっけかな? ……あれ、どうだったっけ?」


「あの、ランさん。……私、ホントに飲んで大丈夫。なんですよね? これ」



 アレは睡眠薬の類、なんだろうけど。

今の話は薬をお医者さん以外が誰かに渡すと、法律違反だと言う事らしい。

 サプリなら良い。という理屈ももう一つわからないし、それを言うのがお酒の入ったランちゃんだから。

 果たしてその話もどこまでホントなモノやら。


 だいたい。筋金入りの不眠症であるランちゃん。

 彼女が自分で飲んでる薬だとしたら、服用直後に昏倒したっておかしくない。

 ……瓶の中身、なんだろう。そこまでの薬はいくら何でも渡さないとは思うけど。



「悩みが多すぎるんだろーさ。中二くれーは得てしてそんなもんなんだろーけど」

 南町から離れると、自分の手のひらにはぁっ。と息を吐いて、

 ――そんなにくせーかなー。とのたまう。

 ……どこのおっさんだよ! ホントに止めてランちゃん、そう言うの!



「南町ちゃんは視線の件もあってちょっと過負荷オーバーロードだ。だからサプリの力を借りて十一時には寝る。今週は夜更かし無し。早寝早起き、良い子で生活してけろ、な?」

「視線のことは、でもランさん的には集団ヒステリーの……」


「科学じゃ説明出来ねー、訳のわからんこともあるかも知んねーさ。その辺一概には否定しねーよ。そう言う現象はあるのかもわかんねー、と言っとく。立場的には肯定もしねーがな。――んだげど、全部終わったってんなら、子供が安心して寝られるように段取りくらいはするべよ。あたしだって一応、大人だかんな」



 お化けが居ないと証明する事は出来ないので、あえてそこは否定はしない。と言うようなことを言いたいらしい。

 中学生相手にそこまで自分の立ち位置の言い訳しなくても良いんでは……。



 ――いずれにしてもよー。ランちゃんは言いながら月乃が持ってきたビール瓶をみて、テーブルから紙コップを右手に取る。

 ……昨日こっぴどく怒られたばかりだから、ビールを注ぐ月乃が若干卑屈に見えなくも無い。


「今んとこ、南町ちゃんが寝不足っつーのは事実だ。だからそれは解消することにすっべよ。ほっペはもっとふっくらしてた方がめんこいし、化粧しねーんだから隈もねー方がいーべ? ――量を飲んだってあんまり変わんねー。効果が出るなら飲むのは一錠でいーがらな」


 自分もほぼノーメークではあるんだけど。まぁ確かにすっぴん。というわけでも無い。



 目のまわりとか色々気にしてるしな。

 出かける前に、隈が隠れない。と言って何度も顔を洗っては化粧をやり直したりしてるのはみたことある、そう言えば。

 ランちゃんの場合、隈の原因は夜更かし以前の話だけど。



「あら、千景。黒石さんに何か貰ったの?」

「あぁ、たいしたモンではねーんで気にしねーでも良いっす。……ほれ、もう一個」


 そう言いながら更に同じ茶色の瓶を南町に向けて無造作に放る。

 慌てて受け取る南町の手の中、茶色の瓶は、ちゃぷん。と小さな音を立てる。

 ……今度は中身が液体だ。



「さっきのが半ツヤな? ――足の爪が傷むって聞いたんで、爪の補強用に透明のペディキュアっすよ。ちょっとつやつやになっちゃうけど、そこは見えない部分のおしゃれ。と言う事で見逃して欲しいなぁ、とか。学校では水泳の授業以外は靴下、脱がねーだろうし。お母さんはリムーバー、持ってますよね?」


 だから茶色の瓶なんだ。まわりが暗いから明かりにかざさなければ、中身が錠剤なのか液体なのかわからない。

 必要以上に気を使ってる。偶に見せるランちゃんの大人の顔。



「あたしも爪、弱いんで。――メーカーは忘れたけど、実は意外と良いヤツなんすよ? 通販で買ったヤツが想像の二倍くらいおっきかったんで、少しお裾分けー、みたいな」

 ――お母さんもあたしとおそろいにしません? 良かったら明日持ってきますよー。

 そう言いながら南町の横を離れてお母さんの隣へと、ランちゃんは紙コップを持ったまま場所を変える。

 にーちゃんの顔にあからさまな安堵の表情が浮かぶ。


 言霊使い。というよりこれは大人の対応、と言うヤツだよな。

 こういう事を何気なくやるのが大人なんだろう。

 俺もそのうち、こんな風に出来るように成るのかな……。




 その後、焼き肉パーティは十時半に焼きそばを食べ終わるまで続いた。

 やせの大食いを地で行く主戦力のにーちゃんを南町の両親にツブされてしまったので。

 結果、良く食えたモンだと自分で感心するほどに、大半を俺が食う事になったんだけど。


 そうなる前に、全部袋開けて焼く前にさぁ。



 ……お母さんを止めろよ、南町!






 家までの帰り道。静かに降っていた霧雨も上がり、水たまりに外灯が反射する。

「ほれ、だいちゃんしっかりすろ。そこの角曲がったらもうゴールだず。……自分であるてーど歩いてくんねーと。あたしだけで支えっとか、物理的に無理だからよー」


 自転車を押す俺と月乃の後ろ。

 半分寝ながら歩いているにーちゃんに肩を貸す、ランちゃんの図。

 百六十弱と百八十強。初めから三十センチ前後の圧倒的身長差があるので、その時点でかなり無理がある。


 まぁ、あからさまに小柄なランちゃんがおんぶとかお姫様だっこで、細く見えても実際にはごついにーちゃんを持ち運ぶ。

 それはそれで、初めから無理なんだけど。



 この二人、見た目を裏切ってランちゃんは大の酒好き。

 一方にーちゃんはお酒全般、嫌いじゃ無いが強くは無い。

 バランスが悪い、というかバランスが取れてるというか。


 ちなみに南町の両親は完全バランス。双方ともランちゃんを軽く凌駕する酒豪夫婦。

 “南町のケア”を決行する為、南町の両親へのお供え物にされてしまったにーちゃんだが、酔いつぶれても半分は本望だろう。

 その辺はある程度、事前の予定通りなんだろうから。



「おっと、あぶねーって。あはは……。体重は支えっから、足だけは動かしてよー」


「ねぇ、ランちゃん」

 ブツブツ言ってる割には機嫌の良いランちゃんに声をかける。


「なんだ、ヨウ。変わってけんのが?」

 にーちゃんに半分以上喜々として肩を貸してるくせに、変わってくれるのか?

 なんて心にも無い事を。



 こういう形の不可抗力は普段、にーちゃんの性格上ほぼ発生しない。

 点数稼ぎで恩を売ったりどさくさ紛れで体を密着したり。

 と言う今回のような事例は普段はほぼ起こらない。と言う事だ。


 だからダブルで発生した今回が異例、現状はランちゃんにとってはボーナスステージ。

 ハイテンションはお酒が入ってるからだけじゃ無いだろう。

 というのは、俺にだって容易に察しが付くと言うものだ。


 潰れることをにーちゃんはともかくランちゃんが想定してたかどうか、だけど。

 ……でもランちゃんに限って言えば、現状はどう見てもこの状況を楽しんでるよな。



「やだよ、二人とも酒臭いし」

「二人? あたしは大丈夫だずぅ、あは。くせーってよ、だいちゃん。くっくっく……」

 お酒が入ってかなりご機嫌のランちゃんだが、でも完全に酔っ払っているわけでも無さそうで。


 単純に、にーちゃんとゼロ距離なのが嬉しいんだろう。

 正直、そう言うのが嬉しいのは男だけなのかと思ってたんだけど。

 現状を見る限り、ランちゃんは明らかに喜んでるわけだし。


 その辺男女の別を問わないものなんだな。

 いろいろな紆余曲折の末、にーちゃんの事をすっぱり諦めた。

 と言うわけでも無い様で……。


 大人の男女間というのはホント、わかんないや。



「ランちゃんの方がにーちゃんよりよっぽど酒臭いから、それ以上寄って来ないでよ? ――ところで。さっきの薬って、アレ。何?」

「ん? あぁ、気にしったが。さすがは南町ちゃん唯一の味方だなや。いっひっひ……」


 一昨日、そのまま気絶するように眠ってしまったので携帯での南町とのやりとりは見られてしまった。

 ……せめて見ても口に出すな!

 プライバシーの侵害って言うんだよ、そう言うの。



「あ、私も気になる。何なのあの薬?」

「んだがっす。んだら、ここだけの話、な。――理解出来ようが出来まいが、お前らは何も口に出さねー。あとからの質問も本人への公開も兄妹間の話し合いも無し。良ーが?」

 後ろからの声に対して、俺と月乃は自転車を押しつつ双子ユニゾン。――うん。



「おーし、んだら黙って聞いてろ。あれ自体はプラシーボだが、あの錠剤に関して彼女に言った効果は、全て間違いなくある。おっぱいはおっきくならねー。……以上だ」

 ……隣で月乃が首をかしげてるが、まぁ教えない約束だし。



『おい陽太、もしかするとわかったのか? 今の呪文の意味』

 イエス。

 焼き肉食ってるときの話が正しいなら、ランちゃんは薬事法違反? とか言う法律に触れる事は無いと言う事だ。

 自分用の高級サプリを分けてあげた、という感じなんだろう。

 サプリだったら逮捕されない、と自分で言ってたし。



 ランちゃんは気にしない、と言いつつ睡眠の質とお肌の色つやは実は普段からかなり気にしてる。

 そう言う人が飲んでるサプリだと言うならば。

 徹夜したり昼夜ひっくり返ったりしない南町が飲んだら、それは確かに効果がでるだろうな。



『家に帰ったら教えろ』

 ノー。

 を返す。

『何でだよっ!』


 聞き返さない、誰にも言わない、兄妹で話し合いもなし。そう言う前提条件だったろ。

 だから

 ノー。

 だ。直前にお前も返事したろうが。……再度強調して返事を返す。


『ケチ!』

 プラシーボくらい自分で調べろ。

 と、後ろでなにやら不穏な気配。




「うわっと、……だいちゃん、まだ寝ちゃダメだでば! もうちょい、もうちょいだから、がんばって歩いて、お願い! ――寝ちゃダメぇえ……、起きて起きて! うぎぃ、マジ重いって、不味いってば。……おぉ、ちょ、ま、潰れるぅ! ――ヨウ、手伝え、だいちゃんが本格的にダウンだ! やべー、もう限界、ホンキで無理ぃ~!」



 自転車を道路脇に寄せてスタンドを立てる。

 月乃も既に自転車を止めている。この辺は言葉もテレパシーも要らない。

 家族ってこんなモンなんだろうな。

 まぁこんなのは、いつものこと。の範疇だし。



「月乃、左側にまわれ」


「おっけ。……ウチの保護者は世話が焼けるなぁ。ほかンチでこんなの聞いたことないよ、まったく。――ランちゃん、もっとちゃんと支えて! 陽太はこっち良いから先に門開けちゃって?」


 やれやれ、もう家の門が見えてるというのに……。

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