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2017.08.28 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.17 本文、台詞の一部を変更。

「昨日だったら何も食べらんなかったね。あちっ、……おいひぃ!」

「確かに、昨日は焼き肉なんか絶対無理だったな、――っておい、それ俺が育ててた肉!」


 火曜日、午後九時少し前。

 塾から帰ってきた俺達は南町家の庭で焼き肉を食べていた。



 南町のお母さんは人を呼ぶのも料理も大好き。お父さんはアウトドア大好き。

 そう言う家庭なので、壁に折りたたみ式のビニール屋根が付けてある。

 霧雨模様ではあるものの寒くない本日は、だからその屋根の下、炭火で焼き肉パーティ。と言う事になった。

 南町の為に一昨日失ったパワーの補給、と言うのはちょっと出来過ぎではある。




「いや、僕は本当にあんまり飲めないんですよ。……ってお母さん、こぼれるこぼれる!」

「娘さんをあたしみたいに? 絶対に不味いですって。――いやいやいや、その、あの。お父さん、思って頂いてるほどには、あたしは立派な人間じゃあ……」

  

 にーちゃんは南町のお母さんに。ランちゃんはお父さんに。

 俺達が帰ってくる前からビール瓶片手の南町の両親に、これ以上無いくらい。きっちり捕まっていた。




 南町の両親は、かぁさんがお嫁さんに来た頃からの知り合い。

 それこそ髪の毛が黒くて標準語の喋れないランちゃんのことも。

 髪の毛ツンツンで目つきの悪いにーちゃんのことも知っている。


 実は最近。中々ゆっくり会う機会もないので、この二人をかなり心配していたものらしい。

 もっともこの二人をお酒の肴にしたい。

 と思っていたのも事実だろうけど。



「そうそう、広大クン。聞いた? 日曜日の夜の救急車。……アレ、田神の山田さんちの一番上のお兄ちゃんだったんだってね」

 にーちゃんの顔色が明らかに変わる。



 そうか、アレは夢じゃ無かったんだ。救急車とは本当にすれ違っていたのか。

 そして当然田舎故、何処の家の誰がなんで倒れて何処の病院に搬送されたかまで。

 おばちゃんネットワークにはあっという間に知れ渡る。


 ……なにしろ、救急車や消防車が近所に来た場合。

 周り中こぞって外に出てくるんだから、まぁ当然と言えば当然。



「……確かに救急車、来ましたね。た、田神に行ったんですか、田んぼの向こう、ですよね」

「ここからから見えるわよ、ほら。田んぼの向こう、あの青い屋根の家がそう」

「田んぼ、はさんでお向かい、ね。えーと山田さんち。……男だけ三人兄弟でしたっけ?」


「あら……? 良く知ってるわね」

「今期、次席ですけど田神の副会長さんですから……」

 なんだかんだ言ってよく調べてある。

 けど、一歩間違ったらストーカーだよ、にーちゃん……。



「山田さん、あそこ買ったの結構遅かったのに、順番回ってきちゃったのね。元から居る人達はみんないい歳だしねぇ。――うん、それでね。その山田さんの一番上のお兄ちゃんね。まだ大学生なのに、……心筋梗塞だったんですって。手当が早かったから後遺症も何もなくて、今週中にはもう退院するらしいけど。年寄りだけじゃないのねぇ、そう言うの」


 ――おばちゃんもヤバいかなぁって思ったけど、広大クンも気をつけなきゃダメよ?

 そう言って南町のお母さんはにーちゃんの紙コップにビールを注ぐ。

「し、心筋梗塞、ですか……。どう気をつけたら良いモンか僕には、は、はは……」



 普段おばちゃん達のお茶のみ話なんか鬱陶しいだけなんだけど。

 今回は良い情報が手に入った。


 ……良かった。クレアボヤンサの人、後遺症も無しで済んだんだ。

 覗き魔だから死んで良い、なんて無茶な話はいくら何でも無い。



『……良かった。――陽太、ごめんね』


 ……しおらしい声が飛んできてむしろカチンとくる。

 ぐっと月乃の耳元に近づく。

 良い話で終わられてたまるか!


「後遺症とか無いから良かったようなものの、あったらどうするつもりだったんだよ! は少しは考えろ! 脊髄反射だけで生きてんのか、お前は!!」

「マジで反省してる、ホントだよ? ……これに関しては言い訳しない。ごめん」



「肉を食べながら兄妹で憎しみ合うのは、それは良い事では無いと思うの……。なんでケンカしているの?」

「毎度の事だが巧いこと言えてねぇ。――憎しみあってねぇし、ケンカもしてねぇよ」

 紙皿数枚とたれの入った瓶を持って、既にセーラー服から着替えた南町が立っていた。


「甘口のたれだったらそっちよりも、お母さんの作ったヤツの方がおいしいよ。別の皿にするね、はい。――陽太も」

 折りたたみ式の小さなテーブルに紙皿を置いて、たれを分けながら南町。


「でも、憎しみ合っては居ないにしても口論はしてたじゃない? 基本仲良し兄妹のキミらにしてはめずらしいなぁ、なんて思ってさ。……原因は何?」

「実はね、私が一方的に怒られてたトコなんだ。まぁ、悪いの私だし……」

 そこまで言って月乃はこっちを見る。


 おい、ちょっと待て。俺が説明すんのか?

 このクソ妹、俺に丸投げしやがった!

「……えーとな。――そう、人の焼いてる肉を片っ端から拉致るんだから始末が悪い!自分で焼けっつーんだ。南町もそう思うだろ!?」



「ふーん。キミら兄妹で陽太がイニシアチブを握ることもあるんだ」

「握れてないから肉を片っ端から誘拐されてんだよ……」

 本当の事は絶対話せないしな。

 それにこれも本当の事ではある。両方ふざけんな、だ。



「今、お母さんが準備してる肉が多分おいしいよ。本当はステーキ用で焼き肉には勿体ないって。……あれ、タンが出てないね。お父さん買ったはずなのに。あとお母さんが張り切っちゃって、おにぎりが大量にあるから一人4個以上食べないと無くなんないよ」


「待て、南町。4個って、……多過ぎだろ?」

「締めに焼きそばもあるよ。一人一球半ね」


「お母さんの中でどんだけ食べる設定になってんだよ。……愛宕家、四人しかいないぞ?」

 お土産でもって帰るのは、バーベキューの場合マナー違反なんだろうか……。




『なぁ、陽太。……チカに聞いてみても良いか?』

 イエス。

 何の事かは聞きなおすまでも無い。

 

 塾で会って以来、聞きたかったのだがどうしても口に出せなかった。

 当日の携帯でのやりとり以降、ここまで。

 南町とは視線の件については何も話していない。



「えーと。でさぁ、チカ。――昨日ってどうだった? 何か感じた?」

「昨日は何にも。……もう終わりって思って良いの?」


 再度始まれば警察にビデオを持ち込む。

 とランちゃんは息巻いているが、向こうだってひっくり返ったんだ。

 あれだけの目に遭って更に南町を覗こうなんて思わないだろう。


 ……覗く目標を南町以外、とすれば多少心配は残るけど。

 ま、普通ならやらないよな。

「終わりだ。……色々、大変だったな」



「私とすればなんか気持ち悪かっただけで、大変だったのは陽太達でしょ? ……私ね、いつも陽太が言ってること。昨日、初めてわかった気がするの」

「なんか言ったっけ、俺」

「小学校の時なんか、それでケンカしてたじゃない。……普通が良いんだって」



 普通の日常、それを嗜好する子供というのは多少変わってるかも知れない。

 我が家の場合、その普通が既に一般とは大きくかけ離れている。

 と言う可能性は非常に強いのだけれど。


 だからこそ、そこに固執してるんだろうとは自分で思う。

 母親が急逝、父親は行方不明。

 これ以上の非日常は、少なくとも俺は要らない。ただそれだけだ。



「自分の部屋でゴロゴロしながら携帯弄ったり本読んだり……。普通って大事だなって、そう思ったんだ。がんばって私の普通を守らなきゃって」

「維持するのに努力が必要なら、それは普通じゃ無い気もするけどな……」

「普通に普通が出来るのが普通……。なんか普通の意味がわからなくなってきたわ」


「そう言うの、ゲシュタルト崩壊っていうんだじぇ。あたしと居るとお利口になるべ? ――こいつ等が上手くやったような話をきーたけど。南町ちゃん、昨日(きんな)なじょだった?」

 いつの間にか、南町の後ろ。ジャージのポケットに手を突っ込んでランちゃんがいた。



 炭火グリルの向かいには、にーちゃんが南町のお父さんとお母さんに挟まれるようにして紙コップを持っている。

 どうやったのか生け贄として、二人ににーちゃんを捧げてきたらしい。


「よぐ眠れだったが?」

 そして既にトイレには数回出入りしている以上、かなり飲んでるはずだが。

 いつものごとく、少し顔が赤いだけで全く酔ってない。

 酔ってるふりをしてるんだな、これ。


 完全に酔っ払うと、髪の毛が所どころ持ち上がるし耳まで真っ赤になる。

 何より言葉が東北訛りっぽい地域不詳の言葉から、完全ネイティブの山形弁に戻っちゃう。


 東北以外の人が聞いたら同じ東北訛りで一括りだろうけど実際には結構違う。

 それに。そもそもが普段からランちゃんは理屈っぽいのに、更にこれがパワーアップしてしまう。


 つまり完全に酔ってしまえば意思の疎通、それは困難を極めると言う事だ。

 ランちゃんも、実は普通を維持するのに気を使ってるんだろうな。



「何も無かったんですが、……なんとなく、気になっちゃって」

「そーか、収まったなら良しっ! じゃあ。あたしからの学術的アプローチは……。こうだ!」


 そう言って身長はほぼ同じランちゃんが、いきなり南町の後ろから満面の笑みで抱きつく。

 南町の顔の横に顔がくっつく。

「わぁ! ……ちょ、ランさん! ――って、うっわ、お酒臭っ! マジ臭いですぅ!!」


「えっへっへー。ジュースみたいなもんだとは言え、ビールもお酒のウチだったなー、そういやー。――受け取れ、お母さん達には内緒だぞ。」

 後ろから抱きついたまま。


 ちょっと声を小さくすると小さな茶色のガラスの小瓶。

 それを回された手にかけた南町の手に落とす。


 しゃらん。と瓶から音がした。 

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