火曜日 1
2017.08.13 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.11 本文、台詞の一部を変更。
駐輪場。
屋根の下で合羽の帽子を脱ぐと頭から湯気が上がる。
初めからジャージの月乃は合羽も脱がずに部室棟に直行。
運動部はアレが出来るからなぁ。
合羽を脱げば今度は汗でずぶ濡れ、果たして合羽を着る必要性があるのだろうか、等と合羽を畳みつつ、タオルで頭を拭きながら考える。
雨でずぶ濡れになるのとどっちが良いだろう。
汗で濡れたワイシャツにそのままブレザーを羽織る。
「あれ? ――おはよう愛宕クン、結構早いんだね。イメージ的に遅刻ギリギリなんだと思ってた。……ふふ、多少失礼だったかな?」
聞いたことのある声が名前を呼ぶ。振り返ると果たして、我が吹奏楽部部長にして不動の1stフルートであり、本物のお嬢様、近年は美人図書委員としても一部で名高いブラスの妖精、白鷺つむぎ先輩が自転車を押しつつ傘を持ってそこに居た。
これは朝からついてるかも知れない。いや、このカッコで出会うのはそれは悪いことでは無いか? ……部活以外で会えただけラッキーだ。そういうことにしよう。
「……お、おはようございます先輩。別に失礼って事は。――あれ? 先輩って、チャリ通でしたっけ?」
「駅からね。――雨が降ったらバスなんだけど、今日は午後から雨が上がるって言うし」
合羽を着て自転車を漕ぐ姿はちょっと想像出来ない。と言うか出来ればそんな事しないで欲しい。
しかし、輝く黒い髪がサラサラなのは何でだろう。制服も肩口以外は全く濡れておらず、彼女を形容するときに必ず取りざたされる胸や、いかにも優等生の標準の丈のスカート、足下の白い靴下やスニーカーにも濡れた形跡やドロ跳ねは皆無。傘も持ってるし。
「だから駅に寄って自転車ごとお父さんに送ってもらっちゃった」
なるほど、お父さんはミニバンか何か、大きな車なんだろう。
だから駐輪場に自転車置きに来たのか。合羽で蒸れて汗をかくはずが無い。
「良いっすね……」
トゥデイは勿論、ランサーでもボルボでも良いのだが自転車を二台と、運転手含めて人間三人。
これを積むことの出来る車が無い。 我が家では出来ない芸当だ。
だからといって屋根に自転車用キャリアを付けてくれと、とこれは言いだしづらい。
それを聞いてもらえた場合、多分ランサーの屋根にキャリアがつくことだろう事は想像に難くないからだ。頼むことすら罪悪だ……。
なんか口に出せないことばかりだな。世の中って息苦しい。
「あれ、月乃ちゃんは一緒じゃ無いの? 朝は一緒って言ってなかったっけ?」
委員会で一緒の月乃がいつの間にか仲良くなっていた。
二週に一回しか無いだろ、幹部以外の委員会の会合。なんでそんなに仲良くなってる?
「あいつは部室棟で着替え中。運動部は男女別の部室があって良いなぁと」
「サッカー部だもんねぇ。そう言う意味では音楽準備室で着替えるわけには行かないからなぁ、私達」
……当然男女別でも無いですが。
『パンツ忘れたー!』
……だからなんだ、俺にどうしろと。
発信場所は部室棟一階。
わざわざこんなのをテレパシーに乗せる人間なんか一人しか知らない。
学校では使うなとランちゃんから言われてるじゃ無いか。
つうか下着まで全部取り替えてるのか。こっちはワイシャツまでずぶ濡れのままだというのに。
「金曜はいきなり降ってきて下着までずぶ濡れで酷い目に遭ったのよ。仕方がないからトイレで体を拭いたりしていたんだけど。愛宕クン達は平気だった? 先週」
いきなり妄想がぐるぐる回り出す。不味い。俺は、硬派だ! ったはずだが……。
「当然、頭からずぶ濡れですよ」
先日、月乃と女性の下着には興味が無いと言う話をした様な気がするが、トイレの個室で体を拭く下着姿の白鷺先輩……。
前言撤回。興味はある! すごくある!!
頭の湯気が増えた気がする。冷静にクールに……。
「今は良いけど夏服になって夕立なんかだったら下着透けちゃうし。ウチの制服は透けるの背中だけ、だけどね」
背中も大事だが一般的に大事なのはやはり前だ。正面だ。フロントビューだ。
ジャンパースカートの制服は、これはきっと胸が蒸れて良くない。
制服の変更を県に求めよう。
「服の替えなんか運動部で無けりゃ学校ジャージくらいですよね」
月乃が今朝着てきたMINEGASAKI J&S HighSchoolと背中に書かれた中等部の青いジャージ。
見た事は無いが当然先輩も体育の授業では着てるはず。
そもそもなんで背中にデカいロゴを入れたがるんだろう。
胸の校章と峰ヶ先中高/中等部の文字だけで十分かっこ悪いのに。
「そうよね。下着の替えなんて当然持ってきてないし、金曜も乾くまで気持ち悪かったわ」
……挑発してるので無ければ、そろそろ下着から離れて頂けないでしょうか、先輩。
「それ以来警戒して下着一式持ち歩いてるの。あ。これ、他の男子には内緒ね?」
それはトイレでお着替えになる予定なんでしょうか、もしかすると。
一式と言う事は今もブラジャー様とパンティ様がコンビで仲良く、おカバンの中に畳んでしまってあったりするんすか。
……話す相手が居ません。
こんな話、誰かに話すとか勿体ない事をするわけが無い。
「男子は良いよねぇ、ぱっと裸になってシャツを窓に干したりしてさ。女子がそれやると色々問題があるしねぇ。自宅なら私もそんな感じなんだけど、さすがに学校では……」
――と言う事で話を膨らませたい気がしないでも無いが、この辺で話の腰を折る事にした。
だってまだホームルームさえ始まっていないのに、この会話を胸にしまいこんでこのまま合羽を着込んで帰りたいくらいだもの。
何しに学校に来たのかわからなくなる。
「いずれ鬱陶しいですよね」
「天気も、下着持ち歩くのも。確かに今の時期は鬱陶しいよね」
「俺も持ち歩いてますよ、合羽だけど。でも金曜みたいに急に降られると着る暇も無い」
「そうだよね。お母さんに聞いたら昔は傘さして自転車乗ってたんだって。――そう言うの、今も出来れば良いのにね。今やると、おまわりさんに捕まっちゃうんでしょ?」
「昔も捕まらないだけで道交法違反だとウチの兄が言ってましたよ。それに片手運転自体より、ブレーキが前後どちらか使えないことの方が、減速した時バランスが崩れてそっちの方が危ないって」
中学の時からバイクを乗り回していたのだから、そう言うアドバイスは的確なはずだ。
捻くれて拗くれまくって一周して。
今や近所でも有名な良い人、一部お母さん方に大人気の好青年。
でも今だってやっぱり歪で歪んでいる事に変わりは無いのだけれど、反面にーちゃんは基本的に嘘はつかない。
二輪車の片手運転は単純に危ないらしい。
「そっか。じゃあやっぱりやらない方が良いよね、そう言うのは。危ないし」
「危ないです」
白鷺先輩が危険なのは、すべからく良くない。当たり前だ。
ただ。合羽を着て自転車漕ぐのはイメージが合わないから、そこは是非バスを使って欲しいところだが。
『着替えたら眠いぞ……。ガムとか持ってたらあとでくれ』
知るか! お前はその辺で息絶えてろ。
「本当に雨の日のたんびに憂鬱だね。バスで来るなら県央に乗るから三十分早く出なくちゃいけないんだけど朝はねぇ。……私もそんなに早起き得意じゃ無いし、今だってもう眠い感じだし」
「ガム、持ってますよ。要ります? ――校則違反だけど」
「あ、欲しい! ……用意が良いね」
「体が乾いてくると猛烈に眠くなるんで。勉学の為に泣く泣く校則を破ってるわけです」
「モノは言い様、ってやつだね。校内に食べ物を持ち込むべからず。私も、もはや共犯者だ。でも勉学の為だから大丈夫かな? あはは……、月乃ちゃんの分も有るなら貰うよ。クラスもおんなじだし、あとであげるんでしょ?」
「あ、あいつは別に」
月乃の声が聞こえてるんじゃ無いよな?
今日に限らず毎回、変に受け答えがリンクする気がするんだけど。
「朝は極端に弱いんだって言ってたし、今も多分眠いでしょ。サッカー部の娘から聞いたんだけど、朝練で寝ながら走ってるって有名らしいんだけどどこまでホントか知ってる? 私。話を聞いてから、ホントだったら転ばないものなのか、って思って心配なんだけど」
先輩の中にも、アイツがそれをやりかねないイメージは既にあるわけだ。
自分でおかしなイメージを周囲に振りまくバカ妹である。
まあ、コケても校庭なら砂。たいしたダメージも無いだろう。
むしろ朝練に向かう為に寝ながら自転車乗ってる時の方がよっぽど危ない。
そして本気で寝てるなら多分そっちだ。
「一度顔面の皮を根こそぎ持って行かれた方があいつの為です、きっと」
「仲良し兄妹なのに冷たいねぇ」
「仲良しかどうか知りませんけどね。あいつが遅刻しない為にこっちまで引っ張られるんじゃたまったもんじゃ無いですよ、朝なんか文字通りホントに起きないんだから」
今朝だって一〇分有ったはずのアドバンテージは、あいつがジャージに着替える為だけに全て消えた。そのせいで必要以上に汗まみれなのである。
「でも私なんか一人っ子だから兄妹って良いなぁ、って愛宕クン達見てると思うんだ。特に二人は双子で良く似てるし、私が見る限り仲も良いしね」
一人っ子なんだ、先輩。
そう言えば、先輩の私生活ってあんまり聞かないな。
制服でない先輩が想像出来ない事にちょっと驚く。
両親とも仲が良さそうで、家はお金持ちで、大きな家に住んでるらしい。
けれど知っているデータはせいぜいそれくらい。
ちょっと私生活を覗いてみたくはあるが、にこやかに家族そろって晩ご飯を食べたりしてるんだろうと言う想像は容易につく。
お風呂以外は覗いても楽しくはなさそうだ。
「似たような顔の鬱陶しいヤツが一緒に住んでるってだけですよ、一つ屋根の下でいがみ合ってたら暮らしにくいだろうし。……けど、兄弟なんてどこもそうなんじゃないっすかね? 逆に双子で無いパターンも一人っ子の場合も俺は知らないすけど」
「隣の芝生は……、みたいなことを言いたいのかな?」
「ウチの庭は決して青くはないですよ、我が家は。……雑草だらけです」
両親健在で一人っ子、珍しくもないパターンなんだろうけど俺にはまるで想像がつかない。
一般的には双子の兄妹は珍しい部類だろうし、普通の家庭ににーちゃんやランちゃんの立ち位置の人が居るわけもなく、そういう意味では俺の生活の方がよほど想像がつかないだろうけど。
先輩の私生活ならば興味は当然あるけれど。
その辺あまり突っ込むのもプライバシーの侵害。と、言うヤツだろうし。
そう言うの、ズケズケと聞くのもあまり良くないようにも思う。
ついさっき覗きたいなんて思ったけど、やはりそんなの論外だ。
「俺なんかは、小さいときから物も行動も何でも月乃とセットだったから、一人っ子ってちょっとあこがれましたけど」
「うーん。無い物ねだり、なのかな。私なんかは逆に妹が欲しいな。なんて良く思ったりしたものだけど、そんなものなのかも知れないね」
確かに、一人っ子だったら。ボルボなら自転車は積めるんだよな。
こういうのも無い物ねだりなのかな。
先輩は一人っ子、一方月乃となんでも二人一組ツーマンセル、それが俺。
自分に無いものはうらやましいもの、なのかも。
「でも月乃ちゃんみたいな妹って欲しかったかも……。ガムは貰っていくよ、これも勉学の為だもんね。――じゃあ、放課後部活でね。風邪、ひかないでよ?」
でも、向こうは姉だと思ってますけどね。月乃の場合。だから鬱陶しいですよ、そんなのが居たら。
俺も普通の妹だったらどんなに良かった事か。
ここで重大な問題が一つ。
大層パワフルに妄想が頭の中に渦巻く状態で、このあと俺は授業に集中出来るんだろうか。
なんたってあの白鷺先輩が、こともあろうかトイレで下着を着替えるというのだ。
妄想のパワーも上がろうというものである……。
「おい、そこの山伏二人組。お前らは毎回々々、どうして素直にバスに乗れない……」
部活終了後、校門前。月乃が友人と並んで歩いて居る関係上、少し後ろを自転車を押している俺の目に入るのは、小柄なポニーテールと標準身長のやたら綺麗な髪のおかっぱ頭。
直属の後輩、トロンボーンの鹿又こざくらと、彼女とは通常セット販売形式でのみでのご提供になっているトランペット、籠ノ瀬風花の後輩コンビ。
朝五時に起きて超遠距離から無理矢理通学している二人である。
極限の生活を自分に課して山伏にでもなるつもりなんだろう。
と、俺が口を滑らしたことから、部活内では山伏候補生として新たなキャラがコンビで確立してしまった。
山伏の小さい方、鹿又は基本仕切屋でやかましいくらいである一方、籠ノ瀬は赤面症であがり症、人と会話をするのを苦手にしていたが、山伏候補生として認識されて以来、みんなに声をかけられ赤面症はだいぶよくなった。
多少人を選ぶのではあるが、同級生はもちろん先輩に対してもある程度喋れるようにもなった。
引っ込み思案で扱いづらいと言われ、腫れ物に触るかのような扱いだった籠ノ瀬も、今や山伏の大きい方。として良い意味で雑に扱われている。
何が幸いするかわからないものだ。
大きい方、とは言え実際には標準身長を大きく外れるわけではなく、コンビの鹿又が標準より小さいだけなのだけれど。
そして本来、誰より時間を気にしないといけないこの二人。
とかくバスの時刻には遅れがちだ。……何やってんだよ、ホントに。
「今度は定期でも落としたか? 何やってんだよ。鹿又はとにかく、籠ノ瀬も居るのに」
「何故私が残念な人のポジションに……」
遠くから通っているのに自分の足の確保をおろそかにするのは、それは残念な人と定義して良いだろう。そしてその類の失敗をするなら何時だってこの二人なら鹿又だ。
なぜだか帰りのバスは逃しがちなコンビではあるのだが、今回はバス停にさえ到達していない。
そしてたった今、停留所の前に黄色と緑のバスが停車した。
みーっ、とやる気の無いブザーが響き、ごろごろと自動ドアが開く音がする。
何故あそこに並んでいない?
いったい何に祟られるとバスに乗れなくなるのだろう。
学校帰りの校門前、俺は素直にそう思った。――お前ら、もう週末まで学校に泊まったらどうだ、いっそのこと。
「ところが今日はそうでは無いんです」
人差し指を立てて鹿又が力説する。
「今日はふうちゃんのお母さんが街に用事があったそうで、迎えに来てもらえるんです!私も一緒に送ってもらえるって、そう言う寸法です。ホントついてます!」
なるほど、親御さんが山伏修行にも休憩は必要だと判断したらしい。悪くない話だ。
乗り継ぎの便も悪くてこの二人は通常片道二時間半はかかっている。
一日五時間を通学に費やす、山伏への道は地味に厳しい。
車だったら、一時間ちょっとで家に着くだろう。
「陽太の癖に、なんでかわいこちゃんと喋ってるんだ? しかも二人も」
友人達がバスに乗ったのか校門前へと月乃が自転車を押しつつ戻ってくる。
「月乃、こないだ話したろ? ブラスの山伏候補生だ。こっちが鹿又、あと籠ノ瀬」
「そう言う紹介はホント止めて下さい! これ以上広めないで下さい! ――月乃先輩ですね? こんにちは、初めまして。吹奏楽部の後輩で鹿又こざくらと言います」
「……籠ノ瀬、風花です」
「こざくらちゃんにふうかちゃんね? キミらが山伏候補生か。――私は陽太の双子の姉、月乃だよ。宜しく!」
『二人ともめちゃくちゃ可愛いじゃ無いか、話が違うぞ! 真面目に陽太の後輩? コンビでこれはもう反則だよ……。私が男だったら萌え狂ってるぞ、この状況!』
だから使うな! 両方お前の声なんだぞ、頭の中でどっちに答えるか混乱するわ!
まるで小学生が制服を着てるかの様な身長に大きな瞳の鹿又。
そして。人の二倍キューティクルを含有して居るかの様に、光り輝く天使の輪の回ったおかっぱ頭に、ちょっと切れ長な目の籠ノ瀬。
月乃がそう言うくらいだから普通に見たら可愛いんだな、こいつら。
後輩補正がかかっているのか、俺はそういう目で見たことは一度も無かった。
……無かった、よな?
「何度も言う様だが、俺が兄だからな。――二人も顔は知ってんだよな?」
「はい、練習とかも見たことあります。――中総体の時のゴール、スゴく格好良かったです!」
「わ、ありがと! ちゃんと見ててくれたんだぁ。結局負けちゃって、ごめんね」
「……ついていなかっただけです、先輩。試合は、勝っていました」
「審判が悪い、あの試合はホントに審判が悪かったですよ! ホントにムカつく!!」
「抗議、……は今からでも出来ないのですか? 私は今でも納得していません」
この二人がこれほど入れ込んで試合経過を見ていたのは、今でも多少意外なのだった。
まぁ俺に良く似たヤツがフィールドに居れば、そりゃ多少は感情移入もするか。
「審判が駄目ならそう言う対応をしなくちゃね。だから負けたんだよ」
……反スポーツマンシップで一枚目、審判への異議で二枚目のカードを貰って退場になったヤツが何をエラそうに。
確かに普通だったら両方カードは出ないだろうけどな。
そう言う対応が全く出来てないのは、だからお前自身だよ。
「確かに惜しくはあったけどなぁ、お前が退場するまでは」
「好きでレッドもらったわけじゃ無い! 今だって先輩達に申し訳無く思ってんだ!」
1点先取したものの後半開始から理不尽なファールを連続で取られて逆転され1-2、試合終了間際には勢いを取り戻したものの。
10番を背負った月乃が退場し万事休す。
当人曰く審判に近寄っただけで異議を取られた、とのことだったがいずれ結果は一回戦敗退。
地元紙県内スポーツ欄に中総体女子サッカー台風の眼と書かれ。町内でも、県はおろか全国を目指せる唯一のチームと謳われた県立女子サッカー部ではあったが。
なので現在、意気消沈中。
「まぁ。試合は中総体だけじゃ無いし、良かったらまた見に来てよ。君らに応援されてると思ったら私もみんなも、もっとがんばれる。あだ名と裏腹に可愛いコンビだっつって、2年でも意外と有名なんだぞ、山伏候補生。……確かに噂通りだね、ホント」
がんばれ、山伏がついてるぞ。――って、拝みの力で相手チームを調伏するつもりか!
山伏姿の二人のイメージ映像が浮かぶ。ホラ貝がチアホーンみたいではあるが……。
「可愛いと言って貰えるのはともかく。この場合、有名なのは嬉しくなかったり……」
「……有名、なんですか」
「良いじゃん有名人、どうせ学校の中だけだし」
『二人とも態度まですっげぇ可愛い~っ! このまま家に持って帰ろう!』
――アホか。取りあえずノー。を返す。
……なんかこの二人には人のテンションをおかしくする雰囲気がある。実はなんかの能力者だったりするんだろうか。
あぁ。月乃がおかしいのはデフォだったな、そう言えば。
全く。学校とその近所ではどうでも良い雑談系テレパシー飛ばすのは禁止だと何回言えば。
間違えて誰かに聞こえたら社会から抹殺される、声を知ってるやつが多いんだから学校では極力使うな。
俺達兄妹の能力に関する専任研究員でもあるランちゃんから、大雑把な彼女にしては珍しく、口を酸っぱくして警告されている。
――テレパシーのみならず能力全般、その発動を他人に絶対に知られるんじゃねーぞ、と。
それが何を意味するか、特に月乃。お前は良くわかっているはずだろ?
言外にそれを匂わしつつ当たり障りの無い言葉を返す。
「おい、妹。……俺の言いたいこと、わかるよな?」
「もう校門出てるし。――あ……。あぁ、おほン。……そう言えば二人とも遠くから来てるんだよね? 今日はウチに大人が居なくってさ、そうじゃなきゃせっかく知り合いになったんだから、送ってくれる様に頼むんだけど」
「え、あ。――今日は、……迎えに来てもらえるので大丈夫、なんですけど……」
「そうなんだ。……あ、そう言えばこないだバスに乗れないときがあったんだって? そういうときはウチに遊びにおいでよ。お茶くらいしか出ないけど、初めからわかってれば駅までなんてケチな事言わないで、家まで送ってあげるように頼んでおくから」
「い、良いんですか!? 実はその、午前授業で部活が無いと、電車が繋がらなかったりするんで、駅まででも大助かりなんですけど」
「……駅で一時間半、電車待ってます」
「なので二人でベンチに座って宿題やってたりしているので……」
なんと言っても峰ヶ先中高線は、走る分だけ赤字になると言われる町営バス唯一の黒字路線。
その辺は実に柔軟に対応する。朝が七時から十分おき、帰りも三時半から約二十分おきに五時過ぎまでバスがあるのを見てわかる通り、学校の都合に徹底的に付き合ってくれる。
休日の臨時登校日には、当然登下校時間に合わせて臨時ダイヤになる。
しかしあくまで町が移動の面倒を見てくれるのは峰ヶ先中高線のバスのみ、詰まるところは学校と駅の間まで。
新幹線の止まる県中央方面とはまるで明後日の方面へ帰る二人。
約二時間に一本、二両編成の電車が来るのだとは聞いてはいたが。
電車があるだけマシだろう的な、利便性と言うものは一切無視したダイヤだった。
「困ってるなら悪い理由が無いでしょ。なんたって私の“ファン”だし。……な、陽太」
『変な虫がつかない様によく見ておけよ、“せんぱい”。この娘達がお前の過失で非道い目に遭ったりしたら本気で怒るからな!』
何故か月乃はこの二人のことをいたく気に入った様だ。
それならそれで先月みたいにバスが繋がらないときは男子の先輩の家、では無くサッカー部の月乃先輩の家。に来れるか。
この二人に限らず、下級生女子に人気のある月乃である。
取りあえずテレパシー使用は今回は不問に付す事にして、テレパシーで飛んできた分と言葉、両方に一言で返事をする。
「……そうだな」
籠ノ瀬が俺達のやりとりを聞いて鹿又の両手を握りしめるとぐっと目を見る。それを受けて鹿又がうんうんとうなずく。
俺の周りには、特異なコミュニケーション手段を持ってるやつしか集まってこないらしい。
こいつらはこいつらで、テレパシーよりもっとわけがわからない。
「……先輩」
いつの間にかこっちを向いた籠ノ瀬から声がかかる。珍しいこともあるもんだ。
「なんだ?」
「実は……。ゴールデンウィークの時のお礼を言いたいと母が言っていまして、……あと一〇分くらいだとおもうのですが時間はありますか? ……その、まもなく来るので先輩を母に紹介したいのですが」
ゴールデンウィーク前半。
この二人は、飛び石連休中の臨時ダイヤに気が付かず定期を持っている町営バスに乗れなくなった。
財布の中身もほぼゼロ。
仕方が無いのでもう一系統のバス、県央交通のバスに乗れるよう俺がバス代を貸した。
と言うこれはそういう話。
そこまで気に病む事じゃない。
それにあのとき助かったのはこっちだ。
交通費の足りないこの二人にお金を貸さなかったら、それこそ比喩で無しに殺されていたかも知れないのだ。事実は小説より奇なり。
もっともそんな事を言っても二人からすれば、風が吹けば桶屋が儲かる。みたいな、さっぱりわけのわからない話にしか聞こえないだろうし、こっちだって受け止め方は似たようなもんだ。
世の中周りを見ればわけのわからないことばかり。
だから人生一生勉強。そしてそろそろ勉強をしにいかなくちゃいけない時間だ。
「前にも言ったろ、今日はこれからお勉強の日なんだよ。まぁ、たいしたことはしてないし、既にお金も返して貰ってるし。……籠ノ瀬、お母さんには宜しく言っておいてくれ。――そろそろ行こうぜ、月乃」
「またね、こざくらちゃん、ふうかちゃん。今度ゆっくり遊ぼう」
「お二人とも気をつけて下さい! ――あ、先輩は明日も部活サボっちゃ駄目ですからね?」
「……お疲れ様、でした。お気を付けて」