日曜日 3
2018.11.17 本文、台詞の一部を変更。
日没辺りから降り出した雨は本降りになった。
田んぼの中に作られた乗用車二台分程度の砂利敷きの駐車スペース。
そこにポツンと置かれた赤と青、自動販売機二台とゴミ箱。
灰皿にする為に針金で缶をくくりつけられ、販売機に挟まれるように置かれて色あせたベンチ。
もう売っていないジュースの名前が書かれたそれは。雨に抵抗することを放棄したように、水を弾くこともしないでただ濡れている。
そこから例の窓のある家まで直線距離で百m弱。
午後八時五十分、ボルボは赤い自販機の前、目標の家にリアを向けて止まっていた。
「日曜の夜だから誰も通らないし、雨も降ってる。ここにいても意外と目立たないな」
状況的に外の様子なんか誰も気にしないだろう、と言うのがにーちゃんの意見らしい。
「ジュース買いに行くならコンビニの方がちけーもんな。設定的には強引だったなー」
その設定を作った本人がカメラの調整をしながらコーヒーの缶を傾ける。
どう配線を直してそうなったのか、後付ナビの画面はカメラと地図の2分割になっている。
メインのナビの画面にはもちろんディティクターの稼働状況が表示されている。
「カメラとの同期もおっけ。……うし。投光器ねくても顔くらい、判別できそうだなー」
いままでぼんやりとモニターに映っていた田んぼの隅に置かれた物置小屋。
それが突然雨の夜である事を無視したように、モノクロ画面ではあるがはっきりと映る。
「凄いもんだね。……雨の夜なのにトタンの継ぎ目とか扉まではっきり見える」
「だいちゃんが持ってきたカメラがすげー良いヤツだから、なんだけどな。ま、使うのは最後の最後。使わねーに越したことはねーのだげんと。準備くらいはしとかねーとさ」
「でも紫外線投光器なら、基本的には見えないんだよね?」
「カラスなんかは紫外線が見えるらしーし、クレアボヤンスで女子中学生の下着を覗くヤツだって居るくらいだからなー。……赤外線が見えるヤツが居る、って言われても今更驚かねーもの。こっちも今回はあまり存在をバラしたくねーし。……だから使うのは最後の最後なわけだ」
もはや隠すつもりも無くなったのか、ボルボの屋根からスキーキャリアは取り外され、システムキャリアには黒くて丸いドーム型のカメラの他、金属製の大きな筒のようなモノが乗っかっている。
「なんでランさんが大型赤外線投光器なんか持ってるのか、聞いても大丈夫?」
「だいちゃん、半日にわたっていったい何だと思ってだったの!? ……心配しなくても理由は普通。犯罪心理の勉強してるとき、なんで盗撮したいのかなー。なんて思ったときがあってさ、んでネットの盗撮画像見てもピンとこねがったんで、むしろ盗撮マニアと同じ画を撮ってみようとかさー。そんで買って一回だけ使ってみた」
「盗撮マニアの心情、ね。……それでなにかわかったの?」
「なんにも。ただそれっぽい画像が撮れるだけだもん。七万九千円と送料損した。――そういや、投光器はタヌキを研究してる友達んトコにしばらく里子に出してたよなー」
どうやら屋根の上の筒は、値段から言ってもかなり本格的ものではあるらしい。
――ターンテーブルも上手く動いてるようで何より。話しながらランちゃんは、タブレットの画面に出てきた設定の欄を流れるようにタッチしていく。
その投光器を載せている台もカメラと連動して動く機能が付いてる以上、千円とか二千円で買えるような物では無いんだろうな。
この天気で外に出してるんだから当然防水型だろうし。
「そんなにするんだ。ますます盗撮するような連中が何考えてんだかわかんなく……」
「要するにさ、そーゆー機材とか技術に凝るような連中は盗撮という行為自体が楽しいんじゃねーのかなーと。確かにその手の連中は映像もしっかり整理して保存してんのは普通なんだけど。――だから今回なんかも同じく誰も出来ねー行為をしている事実が楽しい、みてーな感じなんじゃねーのかとあたしなんかは愚考してみんだげんとさ」
――今回については画像はそもそも残しようがねーしよ。目には見えない投光器が消えたらしくカメラの画像が暗くなる。
その画像は籠もったモーターの音と共に、道路を越え住宅街の壁をなめるように進む。
「もちろんこれで犯人のロリコン疑惑が否定されるものではねーんだけどよ。他にも視る事が可能な状況下で女子中学生狙い撃ちとか、そんなのは論を待たずに変態の所行だ」
カメラの画像が例の窓へ向いたところで画面に一瞬AUTOの文字が出て消える。画面の隅に小さく
【 ●REC 】
の文字が浮かび上がる。
「だからつってそれ以外を視るなら良い。と、言いたいわけでも勿論ねーけどな」
設定が終わったらしいランちゃんは、タブレットをダッシュボードに無造作に投げ出して、助手席のシートに体を預けると、後席に居る俺と月乃に声をかける。
「ヨウ、ツキ。色々と新機軸を試してーのも理解はするが、無理はすんな、いいな? ……最優先事項は能力者の確認と封印ではあるげんと、だ。もしも何らかの抵抗に遭ったら。っつーか、向こうに気付かれた時点で即バックれんぞ? ――わかってんだろーな?」
「うん」
「あい」
「僕らでは気付かれたかどうかなんて、判断出来ない。間違いなく頼むぞ」
その場合でも。ただ逃げるのは悔しいので、せめて水平を向いている望遠鏡を、あわよくばそれを覗いている人間の顔を。
それを画像として撮ってやろう。というのが今回ランちゃんが追加で考えた作戦。
画像を鮮明にする為に屋根に投光器を載せたのは彼女だ。
何が見えているかは別にして、望遠鏡の画像があれば迷惑防止条例的なもので警察は動かせるらしい。
当然動くのは駐在の山本さんでは無く南署の生活安全係なんだろう。
警察がそんな案件で動くなら仮に能力封印に失敗しても、逮捕できなくても覗き魔として社会的制裁は受ける。
田舎町の事、例え普通のパトカーでは無く、覆面パトカーだろうがそれが家の前に止まっていればご近所の噂の種になってしまう。状況によっては引っ越しさえ考えないといけなくなる、と言う事だ。
……意外と怖い事考えるよな、ランちゃんは。
だいたい覆面パトカー。実は我が家にはちょくちょく来るのだけれど、止まっている状態だと意外にわかるし。我が家にはそう言う車が出入りする理由が結構あるから、誰もなにも言わないだけの話で、廻りは結構気付いてる。
近所の人から、――昨日、警察の人来てた? なんて聞かれたのは一回や二回じゃ無い。普通の車と何が違うんだろうなぁ、最近は俺もわかっちゃうし。
「最悪、車が気付かれるのはいーんだ、手は回してもらった。だが、お前達の能力関係がばれると不味い。昔っから人の口には戸は建てらんねってな事を言うくらいだかんな」
そしてそこまで言うなら、何故ボルボにそんな機材を積んでいたか。誰かにこの車を見られたときの言い訳まで当然準備はしてある。と言う事だ。
「屋根のカメラは、ランさんが犯罪心理の実証実験をやりたいんで夜に変な車が走る。と言う風に町内会と山本さんには話をしてある。気にしなくても大丈夫だ」
これは町内会の上部組織と駐在さんの公認を受けた行動なんだ……。
ならばカメラも投光器も別に隠す必要は無いけど。
そう言えばボンネットに
【防犯パトロール中・百ヶ日町内会連合】
の文字の書かれたマグネットが張ってあるし、天井には青い回転灯が張り付いている。
……ランちゃんの実験まで含めて、町内会組織の防犯活動の一環。
と言う設定なのか。この状況。
「ついでに町内の巡回だ。正式の許可が無いから回転灯は基本回せないんだけどな」
カムフラージュが無くなったのにはもう一つ。
何か気付かれた場合、車に神経を使わせて俺達の所在をうやむやにする。と言うのも含まれてるはず。
回転灯も“基本”回さないと言ってはいるが、青い光が回転するだけでサイレンなんか勿論鳴らない以上、状況に応じては躊躇無く回すだろう。
これも“緊急事態”が発生したときに車に目が行くように、と言う準備なんだろうから。
ウチの保護者は得意分野がお互いとんがっているから、ピークが重ならなければ破壊力は(1+1)では済まずに+αが付く。
各方面への根回しだって、何か実験をしたいらしいので町内パトロールのついでにやっても良い? と話を持ち出すのが町内会で夜回り実行部隊の実質リーダー的立場のにーちゃんだ。
首を横に振る事の出来る人は限られる。
ランちゃんだって変わり者で有名だろうと、そこは町内では名の通った犯罪心理学を専門にして警察にも頻繁に行き来する博士。
その“黒石先生”の、しかも防犯絡みの実験だと言うならば、邪魔をすると言う発想自体。
町内の誰も持つわけが無い。
カメラの工作もランちゃんの機材をにーちゃんが取り付ける、と言うコンビネーションであっという間だった。
ランちゃんが思いつきで、それこそチラシの裏にマジックペンで設計図を書いたのに、車の中も外も。配線なんか現状一切はみ出していない。
今だってランちゃんはカメラと投光器のリモコン、タブレットにスマホ、膝の上には小さいサイズのノートパソコン。
にーちゃんは既に指出しの革手袋をはめて、きっとポケットのなかには縮めた特殊警棒がある。
先月ひん曲がったヤツは警察が持っていったので、新しいのを通販で買ったトコまでは知ってる。
敵に回ったら、面倒くさい事この上ないなこの二人。……身内で良かった。
「まもなく、かな。――ね、陽太。もう九時過ぎてる?」
「多分、もうちょいで始まると思う」
……南町。今日こそ、助けてやるからな!
九時を回って約十五分。にーちゃんがカメラ画面の変化に気づく。
「始めたか。やっぱり九時十五分、マメなことだな。――ランさん、投光器は?」
「まだ要らねー。現状でもきっちり映ってっしよ。――画面、もう少し引いた方が良いな。証拠画像で残すんなら場所が特定出来た方がいーからね。投光器ねくても今んとこ綺麗に撮れてるし」
「しかし、こいつ等よりもディティクターよりも、先に動きが察知できると言うのも……。違和感を禁じ得ない話だ。――ランさん、あれは。始めた感じかな?」
「能力。使ってねーからね、現状では。だから暗視カメラが一番はえー理屈なんだよな」
ナビの画面に映った暗い窓。そこが細く開くと白い筒が突き出されてくる。望遠鏡だ。
「まだ何にも感じないなぁ……」
「始まっても気が付かないと思う。発動位置が本体と違うって言ってたろ? 探せば見つかるんだけどな。――けどディティクターは拾うって言うのは何でなの、ランちゃん」
「動作原理のわからんものを聞かれてもなー。何拾ってるのかさえ良くわからねーんだ。せめて設計図くれー見たいモンだけど。基板見る限り。無い可能性の方が高いもんな」
ピ。小さな音と共にナビのメイン画面に
【Signal reception......Please wait.】
の文字が出る。
「ホントになんか拾ってる。私、何も感じないのに……」
「まだ何もするなよ、月乃。向こうに力を使わせてからだ。……逃げられちゃ困る」
力を行使していない相手を封印することは、おそらく出来ない様に思う。これは何時もの“思う”とはちょっと違って俺が純粋にそう考えているだけの話なのだが。
「そろそろ、かな……?」
メイン画面は素っ気なく三行の文字列を映し出す。
【LOG 005 Detection Start! >20:56 P1 Start >21:16 / P2 Now Waiting...】
【P:01 / FR : -085 LR : R015 / H : 2.9 / AbilityPerson(s) : 001 /
Total 0min】
【P:02 / FR : non LR : non / H : non / AbilityPerson(s) : non /
No current】
ダッシュボードの上。カメラと分割されたナビの画面は一旦消え、再度表示されたときには
【A/D動作中】
の文字と共に住宅の絵の上に赤い点が付いていた。
「月乃も探せ、少し遠いけど結構強い。画面のトコに居るんだからわかるはずだ」
「おっけ」
【P2 Signal reception......Please wait.】
ポイント2の表示が
【P:02 / FR : -000 LR : R000 / H : 1.2 / AbilityPerson(s) : 002 /
Total 0min】
に書き換わる。
さぁ、終わらせよう……!
 




