日曜日 2
2017.08.27 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.17 本文、台詞の一部を変更。
家を出たのは十時過ぎ。
梅雨の晴れ間、久しぶりに太陽が出ていたので自転車で出かけようという気になった。
何もする事が無いときは、まずは本屋。
本には全く縁がなさそうな、中高時代のにーちゃんでさえそうだった。と本人から聞いた。
だから基本的にはそう言うものなんだろう。
自転車で約十分。商店街の外れに位置する、駐車場もある程度備えている関係上意外に大きな本屋。
言うまでも無くお金は無い、その上何か目的がある訳でも無い。
一円も使っていないがそれでも意外と時間は潰れた。
ケータイを引っ張り出すと時間は午後一時。
家に帰って一寝入りすれば夕方になりそうだ。そう思いながら自転車のカギを外す。
日曜日の本屋はこれから人が増える時間帯、駐輪場には来たときよりも自転車が増えていた。
自転車を漕ぎながらつらつらと考える。
能力封印は簡単に一瞬で終わる。
これは前回そうだったからみんなそう思っている。
けれど、もしも手こずった場合。どうなるか。
前回は、相手が自身の力について全く把握していなかったから、能力封印時も抵抗らしい抵抗はなかった。
もっともその時点で気を失っていた可能性もあるんだけど、そこは正直良く覚えてない。
一方、今回。視線の主は明らかに自分の能力には気付いた上で、それを行使している。
当然、意識のある状態で封印しようと言う作戦なわけで。
ならば向こうだって、こっちの能力を封じてくる可能性があるんじゃないか?
今のところシーリングの発動条件は俺と月乃が二人揃っていること、テレキネシスが必ず必要。
としか判っていない。
逆に言えば必ずしもテレキネシスが無くたって良いのかも知れない。
父さんは研究の上で一人でやろうとしていたくらいで、だったら俺と月乃のセットだって条件によっては要らない事になる。
出来る人間が俺達以外に居てもおかしいことは何も無い。
更にこちらの意図がバレて、相手が能力では無く実力行使に出た場合。
例えば前回。
相手は拳銃を持っていたし、取り巻きの連中は格闘技に木刀で俺達を阻止しようとした。
一方で俺は、革靴で蹴り飛ばされ木刀を見せつけられただけで動きを止めるしか無かったし。
月乃は自転車に乗っていたにもかかわらず、あっさり拉致されている。
なんなら拳銃や木刀でなくたって、包丁だって鉄パイプだって良い。
それらを突きつけられる事は、俺や月乃にとっては十分に脅威なのだ。
超能力バトルだろうが実力行使だろうが、必ずこちらが優位に立てるかと言えばそうじゃ無い。
能力封印も、にーちゃんの通販警棒も、ランちゃんの口激も。
相手によっては無効、それはそうだ。
何しろ今回。相手が誰なのか、それさえよく判っていない。
ブツブツ口に出しつつ考えると何かがまとまる気がする。
家の前を通り過ぎて集会場の入り口に自転車を止める。
スタンドを立てカギはかけない。
――拳銃なんか持ち出しては来ないにしても、それでも。
Uの字をひっくり返したような入り口の鉄の棒をすり抜け、水たまりの残る公園内へ。
――サバイバルナイフとか、それこそ果物ナイフでも良いけれど。もしそんなもんを出されたら。
水たまりを避けながら歩く。
――月乃だって。前回自転車を降りざるを得なくなったのは、ナイフで脅されたからだと言っていたし。
ベンチはまだ一部乾いていなかったのでまたしてもブランコに座る。
――結局俺には何も出来ないんだ。鉄パイプとキックで何とかするとか、俺には無理。それは今更考え直さなくてもわかってんだよ。
軽くブランコを漕ぐ。キィ、と金属のこすれる音がする。
――ならばテレキネシスでどうにかする? 普段はテッシュさえ揺れない、あり得ないだろ。
ギコ、キィ。行きと帰りで違う音を立てるブランコ。
――じゃあ、何をどうするのが正しい選択なんだろう。結局何も出来やしない……。
「……ブランコが、好きなの? こないだから」
いきなり後ろから声がかかって面食らう。
「わ! ……なんだ南町か」
振り向くと黄色のパーカーにジーンズの南町が、ブランコの後ろに立っていた。
「なんだとはご挨拶ね、心配してあげてるのに。こんなお天気に一人でブランコ乗って独り言ブツブツとか危ない人みたい。……なんか、あったの?」
「心配してるのはこっちのせり……。いや、最近ブランコがマイブームなんだよ」
「何も出来ないって、何をしようとしてるの? 私では手伝えないこと?」
「……ど、どこから聞いてた!」
「――何をどうするのが正しい選択なんだろう。……それより前は聞こえなかったな」
拳銃がどうしたとか聞かれなくて良かった……。
「そうか、そ、そんな事言ってたんだ。俺……。ところで南町、お前はどうしてこんなところに?」
どうしてもこうしても自宅の裏、何処かに出かければ当然通る事もある。
ただ言葉を止めなければ煙幕にもなる。
話題が独り言から遠ざかってくれれば、今はそれで良し。
「そこの魚正まで。今日は夜まで親が両方出かけているので、たまには晩ご飯の用意でもしようかしら、とか」
町内に昔からある魚屋だ。スーパーよりも魚のモノが良い、とお母さん達には評判。
魚屋に八百屋、文房具屋、そしてラーメン屋が軒を連ねる。歩いて行けるたった四軒の商店街。
――買い物はともかく意外だったのは。
「お前、魚とか捌けるヤツだったのか!?」
「サバいちゃうわよ、買ったのアジだけど。――だけど陽太達は普通にやってるんだよね、ご飯の用意とかさ」
「普通の会話に混ぜるな! これでも友達として、拾って突っ込んでやろうと思ってんだぜ。――それも普通のことなんだろうと思うよ。だってにーちゃんが居なかったら俺達しかいないんだから」
この場合ランちゃん、居ても居なくてもあまり関係が無い。
「褒められた、のかな? これは。それはそれで居心地が悪いわね……。そうそう、お茶菓子くらい出すからお茶飲んでってよ。誰も居なくて午前中退屈だったのよ」
――陽太も一人でブランコに座ってブツブツ言ってるよりマシでしょ? 南町はそう言うと俺の返事は待たずに集会所の裏へと歩を進める。
「ちょっと待てって、おい! ……相変わらず強引な。お前は人の話を聞けよ、全く」
南町はそのまま勝手口から家に入るべく、生け垣と建物の影に消えてしまった。
仕方なく自転車を玄関の方へと廻す為に俺はブランコから立ち上がる。
自転車を空の駐車場に入れ、玄関先に立つとインターホンを押す前に玄関が開く。
「あがって。――お茶とコーヒー、どっちが良い?」
「じゃ、お茶で」
「おや、お若いのに渋いわね。お茶だけに」
「渋いの前提かよ! お茶くらい普通に入れてくれよ! ――って。前言撤回、もう良いって。思う程巧いこと言えてないから。なんか可哀想になってきたから!」
ツッコんだからどうなる、というものでも無いような気がしてきた。
むしろ美人だけどイタいヤツ。友人がそんな事を言われるのを阻止する方がまだ建設的じゃないか?
――明るく朗らかな美女にあこがれるのもわからないでは無いが、方針を変更して物静かでしっとりした美人を目指せば良いじゃ無いか。
「いいえ、可哀想に見えなくなるまでやるわよ! 私は本気なの!」
「それが痛々しい、つってんだよ……」
ソファ、テーブル、座布団。誰も居ないリビングはがらんとして見える。
南町個人では無くお父さんもお母さんも、一家全員きれい好きなんだな。……断捨離、とか。
「やれやれ。緑茶がキレてて御番茶だから、渋くしようがないわ。……はい、どうぞ」
「あぁ、ありがと。――世の中、悪ぃことは出来ねぇように成ってんだよ」
テーブルの上に置かれた菓子盆にはチョコレートと塩せんべい、料理好きな南町のお母さんが作ったのであろう一口サイズの手作りカップケーキ。
「ところで。……昨日は、どうだったの?」
「なんだよ、唐突に。――月乃に電話で聞いたんじゃないのか?」
「つっきーは、はぐらかして具体的な話をしてくれなかったの。それで、運良く陽太に会えたから話を聞こうと。ただ、公園で話すようなことでも無いし、……だから」
「なるほど。……なんか強引だと思ったんだけど、そういう事な」
「居るような気がして公園を覗いてみたら本当に居たから。だから、今日会えたのは。――これはもう、複数の意味で運命じゃ無いかと思ったり……」
アビリティディテクタ、南町は自分以外の能力者の所在を探知する能力者。
しかも今回、能力無発動状態の俺を捜し当てた。
南町は本物どころか超強力な資質を持つものらしい。
自分の能力に気付くのは構わないだろうが、視線がきっかけでは不味いだろう。
それはそれとして。――少し意趣返しをしても良いだろうとおもう。
今週の俺はそれをやって良いくらいはがんばってきた。
「そうか。俺は大工になるしか無いのか、運命だけに」
「別にボケようとしたわけじゃないのに……。しかも面白くないし、むしろムカつく!」
「お前もこういうレベルなんだよ。それに対してツッコむのがいかに大変か、身をもって知ってくれ……」
ん? さっき、複数の意味って言ったか? 視線の件以外、他に何かあんのか?
ともあれ。言っても良いこと、言えないこと。
この状況でだんまりってのも無いだろうけど、それでも。
南町に話して良いこと、内緒にしておくこと。
「ま、良いか。あのな、南町。……端的に言うと視線の主の特定には成功したんだよ」
「それって、誰?」
「知らない」
「……はい?」
「上手く言えないな。視線の発信元とか、そう言うニュアンスで捉えてくれないかな? 誰なのかは知らないけれど、お前を覗きたい意思の持ち主が確認出来た。というか」
「覗きたい意思って、なにかしらキモさだけが強調される言葉ね……」
嘘は吐いていない。
何処の、というのは知ってるが。
年齢性別職業。誰か、という部分について現時点で、俺は一切何も知らないのだから。
「その……、誰かは解らないけどオカルト的な特定に成功した。という理解で良いの?」
「そんな感じ。それで特定出来たから今夜、視線を封じ込めようと思う。――んだけど」
「……だけど、とは?」
「月乃が話をしていると思うんだけど、俺からも改めてお願いする。今夜もう一度だけ、後ろ向きで良いしコートを羽織っても構わないから、視線に視られて欲しいんだ」
そもそも俺達が何もしなければ視られ放題。
それはそうだが、それでもこれは。
本人に対してこれを直接お願いするのは、なんというかはばかられる。
だから月乃が電話をかけるようにランちゃんに言われたのを聞いて、正直ほっとしていた所ではあった。
要するにこれは、被害者本人である南町を“撒き餌”にしよう。と言う話なのだから。
だがまぁ。
撒き餌で釣り出した先で何とかするメンバーに俺が含まれている以上、こうして正面から頼んでしまえば筋を通した気にはなる。
南町本人は置いといて、俺だけは楽になる。と言う事でもあるのだが。
「うぅ。…………うん、わかった。言う通りにする」
とは言えこういう反応は全く予想外。――なに言ってるかわかってるの、お前?
「もちろん理解して言ってるつもり。……つっきーもランさんも。もちろんがんばってくれてるんだろうし、そこはなにも言うつもりはないけれど。でも本当に何が起こっているのか、キチンと解ってくれてるのは。――陽太だけなんだよ……」
ランちゃんも理解はしているだろうし、月乃は何かを感じているかも知れないが。
確かに視線に関してはっきり知覚できているのは、本人以外では俺だけなんだよな。
……本人よりもはっきりと何が起きてるのか知っている、とも言えるんだけど。
「だから陽太から何を言われても無条件で信じるし、やれと言われれば何だってするわ。――だって。陽太は本当の意味で、私のたった一人の味方なのだから」
急須にお湯を注ぎながら。
普段のイメージと真逆な、そんな殊勝な事を言う。
南町の味方。
自分を誤魔化す為の少しあやふやな言葉なのだとも思っていたが。
本人までもがそう言ってくれるというなら、だったら。
お茶を俺の湯飲みにつぎ足しながらこちらは見ずに南町は続けた。
「私は、陽太を。……信じているから」




