土曜日 5
2017.08.22 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.16 本文台詞の一部を変更。
「……で。そこまでして押さえた資料がこれ、な?」
「はい」
「です」
一〇時半。俺とにーちゃんは帰ってきたランちゃんから、予定通りお小言を頂いていた。
「ディティクターのデータは、あたしのタブにも自動で転送かかってきたし、間違いはねーんだべげどさ。結果は先ずはおいといて、だ。――あのな。ヨウ。……だいちゃんも、だ。南町ちゃんを囮に使うとかよ、真面目にどーかしてんでねーのがっ!?」
「な、何もしなくたって視られてるわけだし……」
「視られんのと視せるのとじゃ違げーべっ!?」
更に怒りの度合いが増した。余計なこと言わなきゃ良かった……。
「そこは同意した僕にも責任があるからヨウだけを責めないでやって欲しい。……けれどそれなりの犠牲を払ったおかげで位置の特定は出来た」
この場面でにーちゃんに助け船を出してもらえるのはありがたい。
ランちゃんの怒りのボルテージが目に見えて下がる。
……巻き込んで良かった。
「だいちゃんまで……。まぁ、ゆー事はわかんだよ、ただ、決して感情的に怒ってるわけじゃねー。っつーのは、そこはあたしとしても理解して欲しー。……みたいな、さあ」
「当然わかっているよ。だから逆にヨウから聞いても、ランさんに相談出来なかったんだ。そこは本当に済まなかった。ランさん、ごめん。――ほら、ヨウ。もう一度キチンと謝れ」
「ごめんなさい。……ランちゃん」
「いやいやいや、そーゆ-事でねくってさ。だいちゃん、ヨウも。もーいーがら。もー謝んなくていーがら。何度もゆーけどそーゆー意味で怒ってんじゃねーんだがらよ。二人共頭上げろって。――むぅ。……あーもー! ――だいたいよー……」
田んぼの真ん中からどうやって覗くのか?
と言うのが一番の問題だったわけだが、田んぼの真ん中で無ければ。
そう、向こう側だったらどうだろう。
と言うのが懐中電灯に照らされた駐輪場を見て俺が思ったこと。
能力に関しては自分のものでさえ何が出来るのかよくわからない。
他人の、しかも知らない種類の能力ならば尚のことだ。
だから、視線を感じたらメールをくれ。と南町に頼んでボルボで町営住宅付近に待機していた。
ディティクターのデータにしたがってカメラを向けた住宅の二階には、果たして窓の隙間から突きだした望遠鏡が映っていた。
そして今回はあえて探して受信する必要はあったし、“画質”が悪かったものの、南町の後ろ姿が見えた。
……確定だ。
「でもさー、望遠鏡って見えた画像は天地も左右も逆になっちゃうんじゃ無かったっけ?あたしはその辺詳しくないんだけれど、だいちゃんは知ってる?」
「ガリレオ式で無ければ望遠鏡は普通、ランさんの言う通り倒立画像だよね」
望遠鏡ってそうなんだ、知らなかった……。つうか、ガリレオ式って望遠鏡の種類?
「でも画像が暗くなったりはするけどプリズムやら地上レンズやら、補正用のそう言うものはある。だから陽太が見たのが倒立画像で無いのもおかしいことでは無いと思う」
それよりも。なんでにーちゃんは望遠鏡に詳しいんだろう。もしかして昔、天体少年だったとか?
ただ、今回ランちゃんはそこはツッコまない事にしたようだ。
大きなリアクションも毒舌も無し。隣でふむふむと頷くのみ。
「それに能力側で補正している可能性だってあるんじゃ無いかな?」
「その辺は何とも。――しっかし望遠鏡で見えた先に能力を飛ばしてんのか。しかも目の前のカーテンとかガラスは邪魔になるんだ……。映像が見辛かったって事は能力本体の発動位置は望遠鏡の焦点って事なのか? ――どーにもこーにも、どーゆー仕組みなんだか」
「ランちゃんが分からなきゃ、俺達がわかるわけ無いよ」
「そーでもねーさ、実際ヨウでも無けりゃこんな事考えもつかなかった。それはお前が能力者であるからだ。こと能力に関しては一般的な常識は無視して、出来る出来ねーを判断してる。――んだべ?」
「ツキの“実況中継”も善道さんの“過去見”の力もお前は理屈抜きで受け入れてんだろ? それはあたしらにゃ難しー事なんだよ」
ランちゃんはそう言うとビールの缶を傾ける。
「ところでだいちゃん、何処の誰だか調べはつきそー?」
「隣の町内会だからねぇ。明日は日曜だし、表札眺めてくるくらいしか出来ないかな。それでも表札が出てるなら家族構成くらいはわかりそうなものだけど、それ以上って話になるとちょっと一日二日じゃ……」
「全くもって、それじゃーこっちがストーカーだべよ……。やり過ぎて火傷したんでは、それはそれで問題あるべしなー」
テーブルに置いたタブレット。
農道上の青い点と、そこに隣接する住宅上に赤い点が表示され、ノートPCには無骨な黒い箱の見た目の録画装置が繋がり、動画を止めたストップモーションのマークの下。
細く開けた窓から突き出た望遠鏡の画像が映っている。
「とにかく。……これで間違いないなら私と陽太で明日の夜九時頃、ここに行けば封印出来るんでしょ? それでもうチかは覗かれない!」
ここまで黙っていた月乃が声を上げる。
それをやるには、もう一度南町をあえて“視せてやる”必要があるんだぜ?
「みんなリアクション薄いなぁ。――そんならとっととやっちゃおうって、それだけの話でしょ?」
……顔見る限り、そこはもう了承してんのな。お前はつくづく怖いヤツだよ。
「――早ぇ方が良い理由がもう一つ。これはあくまで仮説の域をでねんだげんど」
ランちゃんはそう言うとビールの缶を置いて腕組み。
「レシーバが完全覚醒してないのに敏感すぎんだよ南町ちゃん。だから今朝程、アビリティディティクションの能力持ちじゃ無いかと仮定してみた」
「聞いたこと無いのに良く知ってる感じの能力だけど、ボルボが服着て歩いてる感じ?」
言われてみれば。……南町は覗かれている方角はわかっていた。
俺が。レシーバで位置と特定できるのは月乃限定の話。他の能力者を探すときはコントローラを使う。
他人の能力に完全依存する能力だから、そう言う意味で他の能力者の居場所がわかると言う寸法だ。
確かにそうだ。
南町は気持ち悪い方向、と言われて躊躇無く東だと言った
。
俺が東だとわかったのは映像を視ていたからで、見えていない南町が何かに気付く道理がない。
これで、映像の見えないはずの南町が視線の気配を感じ取っていたこと。
それについての説明は付く。
「そう言うこと。セーラー服着たボルボっつーならこれはもう萌えるべ? ――能力者の位置がはっきり知覚できるって感じかね。能力的にはレシーバの派生かも知んねーが、各能力全部持ってるのが前提だっつーなら、能力増幅操作とはシームレスで繋がってると言い変えても良い位のモンだろうし」
ディティクターを作ってみようと思うくらいだ。当初の分類には当然あったんだろう。
実用的で無いから、若しくは現実的で無いから、単独の能力として分類しづらいから。
理由はともかく、いつかの時点で父さんかランちゃんが能力のリストから消した。
いずれにしろ。
本人が覗かれている方角をディティクタの能力で認識できたなら、その能力に対して無意識にレシーバを発動すること自体は十分あり得る。
能力の発動位置は自分の部屋の壁、視線を向ける必要さえ無い。
造作も無いことだ。
「何が起こってるか。南町本人が視て、知ってしまったら……」
「だからあんまり時間をかけると自身の能力に気づいっちまう可能性がある。毎日強制的に能力が発動させられてる状態だ、何回も使えば能力の発現に自分で気付くだろ?」
テレパス【受信】とディティクション。
南町が自分の身に何が起こっているのか自分ではっきり認識できてしまったら……。
これは最悪の組み合わせじゃないか!
「社会的制裁はともかく、能力の封印を方が先にした方が良い理由は十分だな」
「明日もう一回、そんで終わり。良いじゃんそれで。――な、陽太も。良いだろ?」
「確かにそれで悪い事はなにも無いんだよな」
能力を封印すれば。そしたらそれ以降はもう覗かれない、当たり前だ。
「能力抜きでも変なことを考えないように、何らかの形で釘を刺す必要はあるのだろうけれど。……それでもそうだな、千景ちゃんの為にも能力封印は急いだ方が良いりくつだな」
「釘ならザックリ刺してやる! 釘なんてケチな事言わないで杭みたいなヤツを!!」
「ツキ、必要以上に熱くなんな。――ふむ。まぁいーか。一晩かけて全員で頭冷やして考えてみっか。そんで、やるという方向性になった場合は。……今日の続きをやる。と明日の朝ツキから連絡入れてくれ」
――設定的にお前ら二人がオカルト担当だかんな。ヨウは多分なんかのお呪いを試したいとか言ってんだろーから今日の続き、とだけいやー話は通じんだべ? ランちゃんには一言も言ってないのに、どうしてそんな詳細にわかるんだよ……。
「制裁については今夜一晩で考えつくような淺知恵を行使すんのが果たして良い結果を生むのかどーか。それも含めてちょっと考える。全員、抜け駆けは無しな?」
「上手くいったとして南町のその後のケアは?」
「そこは端っからそれなりに考えてあっからよ。それは心配要んねーさ。大人ば信じてけろ」
出来る限り穏便に済ませたいにーちゃん、どうにかして制裁したいランちゃん。
そしてどうやらあの顔、月乃も何か考えている気配。
「明日朝9時に朝食後、ここで意見をまとめる。で全員良いかな?」
南町唯一の味方である俺は、どうするのが一番最善の選択肢。なんだろうか……。




