土曜日 3
2017.08.22 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.16 本文、台詞の一部を変更。
「……でもまぁウケが良かったんで続編じゃないんだけど、同じようなの書いたんだよ。けど本になるって矢先……」
「あ、もしかして。都内でも数百冊しか出回らなかったって言うあの……」
「初版を刷りだしたところでその本を出してたレーベルが突然ねぐなった。極端に数が少ねーのも部数限定とかそういう事ではねくってさ、単に作るの途中で止めただけ。で、結果は今鹿又ちゃんが言ったとーり。具体的にはその本と合わせて二冊は、新品を作らねーから本屋の在庫が無くなればあとは売ってねー。と、そいなごとになったわけだ」
――当人は良かった。と言っていたし、事実そう思っていたはずだがファンの見方は違った。
不当な扱いを受けた不遇な作品、そういう事らしい。
「中古の通販でも出回って無くて、偶にオークションに出ると五千円とかからなんです。もう入手は不可能ですね……」
「……は? そんなたけーのか? ティーン向け少女文庫だぞ!? 意味分かんねー!!」
本人は価値が分からないって事はあるんだろうな。
それに今回に関しては書いた本人は全く気にしてない。
どころか、無かったことにしちゃってたくらい。
だから本当に知らなかったんだろう。
「とにかく、四八〇円税別だったものにそんな金を払うことはねー。ここにあんだから」
紙袋からファンシーな表紙の本を取り出す。確かに表紙には黒石蘭々華の文字がある。
「手元に何冊かあったの思い出してよ。――何時かファンの人から、手に入らないんです。って言われたらあげようとかさ、そんなごと思ってた。……ありがとな鹿又ちゃん。夢が、叶った。何しろあたしのファンなんか、居ねもんだと思ってたからさー」
ランちゃんは持ってきた本に普通に黒石蘭々華と読める字でサインをする。
サイン会とか考えてないから崩し字のサインも当然考えてない、と言う事なんだろう。
そしてその横、空いた部分に更にペンを走らせる。
“ランちゃんより ~ 私の可愛い妹、こざくらちゃんへ”
と書き添えると、サインペンのキャップをパチン、とはめた。
……意外にもこういう所作が作家っぽい。
「ホントにこれ、私が貰っても……」
「良いって。そこまで高値がついてるとは知らねがったが、いずれ別の部署からもう一回本にしようとかそーゆー話がねーんだから。内容的にはさして評価されてねーってこったべ?」
「そんな事無いです! ……確かに読んだことは無いですけど、持ってる人の書評では一作目より好感が持てると……!」
――まぁ正直恥ずかしいんだけど、読んでくれるっつーなら、やるよ。そう言うと無造作に鹿又に本を押しつける。
「それと持ってるヤツもだいぶボロくなってたからさー、出版社の都合で表紙のイラストが無いヤツで悪いんだけど。これしきゃ手元に持ってねーんだ、まぁ良かったら」
「本当にあったんだ、幻の表紙違い版。……絶対中古には出てきません!」
――試し刷りみたいなヤツなんだ、表紙のイラストがまだあがってなかったから。一部がこのままでてたらしーな。ランちゃんはそう言うと恥ずかしそうに頭をかく。
「実は人気があるの、半分以上イラスト書いてくれた人のおかげだと思うんだけどなー」
「そんな事無いです、両方大好きです!」
――本文の挿絵とかは一応ちゃんとある、表紙だけイラストがねーんだよ。プレミアとかそういう感じじゃ全然無い。ランちゃんはそう言いながら紙袋を更にごそごそ漁る。
「あとはなんかのついでとかに書いた短編を小冊子にしたヤツが三つあるから持ってって。それから、ららちゃん先生の読者プレゼント用のステッカー全三種三枚ずつ。まぁこんなの全部、オクに出しても値段つかねーだろーけど、非売品だし。おまけって事で」
紙を二つ折りにしてホチキスで留めただけのようなものを3つと、そして茶色の髪に白衣に眼鏡で差し棒を持って腕組み、エラそうな女の子のイラストが書かれたステッカー何枚か。
そのうちのカラーの表紙が付いた小冊子に目をとめると鹿又は震えた。
「これ、ララちゃん先生初版の予約特典で、東京の本屋さんでだけ配ったヤツですよねっ? 地元の本屋さんでも、通販でも付けて貰えなくて、オークションにも誰も出してくれなくて、ホンモノは見たことさえ無かったんです。……どれもこれもホントに絶対売りませんっ!」
もしかしたら女の子小説、復活させるかなぁ。
一人は絶対買ってくれそうな人をゲットしたわけだし。
「だから誰も買わねーんだってば」
でも、書いた本人がここまで自信が無いのは読者としてどうなんだろう……。
紙袋の中身はほぼからみたいだけど、手を突っ込んでがさごそやってるところを見ると、まだ何か入って居るらしい。
「それと、かごちゃんにもあるんだな」
「……私、ですか?」
「バッグのマスコット見てこんなの貰ってたの思い出した。良かったら持ってけーれ」
取り出したのは手のひらサイズのケースに収まった小さめのフィギュア。
そのフィギュアと同じキャラが描かれ、角度によって色の変わるものを一番上に数枚のトレーディングカード。
「一部関係者のみに配られた100体限定の最終回エンディングバージョンの服を着たフィギュア……。あ……!? シリアル008、って、ひ、一桁じゃ無いですか……! それにカードも最終回エンディングキラキラ仕様は発注間違いで50枚出ていないと噂の逸品。まさか両方まとめてこの目で実物を見る日が来ようとは……! それこそセットでオークションに出したらとんでもない値段が、いえ、出品しただけでもネット上は大騒ぎに……! 他の三枚も全部レアカード……? これは、三枚とも田舎に住んでいては購入どころか見ることさえも叶わないと諦めていた限定ブースターパックのシークレットカード、こっちはイベント会場限定配布で、しかもさらに出現率1/9のレアカード……!」
ランちゃんがちょっとしたことから籠ノ瀬の趣味を探り当てたのも凄いが、籠ノ瀬が普通に、と言うより立て板に水で喋っている。そっちの方がよほど衝撃だ。
息継ぎ。忘れてるぞ、籠ノ瀬……。窒息する前に息、吸ってくれよ?
――アニメオタク、だったのか。人は見かけによらないもんだ。
「そんなにすげーもんなのか? まぁ、そー思ってちょっと大事にとってあったんだがよ。こーゆーものは価値の分かる人間が持っていた方が良いだろうさ。……ほい」
「わ、とっと……、こんな高価なものを頂いたら、……私。お母さんに怒られます」
「安心しろ。キミらの親の世代が見ても価値なんか分かりっこねー。――それにな。放送終了からまだ半年だから値段も高いけど時間が経てばいずれは、な。だから価値の高いときにその価値の分かるかごちゃんの手元にあるっつーのが重要だ」
さっきと違って、今度はランちゃんに多少余裕がある。
「そう言う意味では、あたしが持ってても意味がねーしな。売ってこずかい稼ぎが出来るってんならそうすりゃー良い。高く売れるルートなんか、あたしは知らねーし」
「絶対売りませんっ! ……あ、すみません。まだ頂くと決まったわけでは。こんな高価な……」
下衆な推測をすれば、籠ノ瀬の今の話から行くとおそらくセットでオークションに出品すると一〇万以上は確定なんだろう。
そしてアニメもネットも専門分野のランちゃんだから、こっちに関しては日本円に換算したときの価値、それは知らんぷりしてるだけでわかっているはず。
「欲しいならあげるでば。かごちゃんはそれ持ってウチにけーるの。あたしが今決めた。はいけってー」
さすがはお金に興味の無いランちゃん。高価だろうが希少だろうが要らないからあげる。
いたってシンプル、いかにもランちゃん。なんかカッコイイ。
それからしばらくの間。ランちゃんと嬉しそうに話す鹿又と、ぼんやりフィギュアとカードを眺めて悦に入る籠ノ瀬。
その二人を見る俺と月乃とにーちゃんの構図が続いた。
コーヒーを啜りながら楽しそうな後輩二人を眺める。
別に何かをしてるわけでも無いが、なんかこんなのも悪くないな、と素直に思った。




