土曜日 2
2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。
「こざくらちゃん……。あのさ、ランちゃん。あぁ見えて人見知りで照れ屋なんだよ。ちょっと待ってて? つーか私からも言うから、手なんか好きなだけ握っちゃって良いよ。その本にサインも貰おう。なんだったらおっぱいも揉んじゃって良いし」
握手とかサインは良いだろうけど。最後をお前が決めるなよ……。
「色々あった時期にこの本のお陰でがんばれて。その後ららちゃん先生の連載で凄く勇気をもらって、それで県立受験するだけしてみようって思ったんです。――だから、私はもう直に話を出来ただけでホントに……。あとはありがとうございましたって言えたら、そしたら、そしたら私もう、あとはなんにも……」
うつむいた鹿又の肩に籠ノ瀬が手をかける。
色々、とはストーカー絡みの一連の出来事だろう。
自分の書いた文章が登校拒否に陥り落ち込んでいた少女を元気づけ。
さらには一筋縄ではいかないのは誰でもわかる、特別枠なんか当然無い県立の受験まで、気持ちを引っ張り上げた。
小遣い稼ぎだ、と普段言い切ってる書いた当人はどう思うんだろうな、こういう状況。
だからこそ握手なんか出来ない。
と、一旦仕切り直す為に逃げたのは、そこは理解出来ないでも無い。
「なんかの初版本とかノベルティでも探してるんじゃ無いかな? ランさんは結構整理魔のくせに、自分の本に関してだけは。送られてきたまま封も切らずに積み上げてあるんだよ。――ちょっと時間かかりそうだし、こないだテレビでやってたアイス、食べるよね?」
「……あの。今、どこでも売っていないのだと。……よろしいんですか?」
「売ってないけど今、ここに。我が家にはある。さっきも言ったよ? 遠慮しない」
「……では文字通りに、遠慮無く、頂きます。――くらちゃん?」
「う、ぐず。……いただきましゅ」
県内で売り切れ続出なはずなのに、何処で手に入れたんだよそれ……。
にーちゃんまで乗っかってるし。
これは俺も後で絶対に食べてみないといけないだろうな。
いずれ今回も食べ損なったわけだ……。
「二個しか見つからなくてさ、月曜に成ったら入ってくるだろうからまた買ってくる」
新道のコンビニに夕方まで売っているだろうか。
「しかし、こんなに熱狂的なファンが居たんだ。ランさんも幸せだな」
「……?」
「自分を気にかけてくれる人が居るのは、それは幸せなことなんだよ。キミ達も、もう少しするとわかるようになるんじゃ無いかな」
にーちゃんもランちゃんも。いつでも俺と月乃を気にかけてくれている。
そして自暴自棄に近い、若者二人を気にかけていたのは父さんと母さん。
「だから鹿又さんをぞんざいに扱ってるのでは無くて、何か記念にあげるものを探してるんだろう。自分のファンなんか居ない、って普段言い切っちゃってるくらいだから。――それにいきなり握手してくれって言われたら、ランさんの性格だと照れちゃって何も言えなくなっちゃうだろうから、そこは理解してあげて欲しいかな」
――大人の対応とは言い難いけどね。そう言ってにーちゃんは同意を求めるように鹿又に笑いかける。
「でも、いい歳して握手を求める女子中学生から逃げなくてもさぁ」
「そういうなツキ、ランさんなりになんか考えはあるんだろ? ……多分、だけどな」
二人がアイスを食べ終わっても、リビングの端、二階へ向かう階段に人影は現れない。
――逃げを打とうとか、そんな事を考えてないと良いけどな。
にーちゃんがアイスの包装をゴミ箱にかたづけた頃。
ようやく、とたとたとた。ちょっと急いだ風に、階段を足音が降りてくる。
「ごめーん。鹿又ちゃーん、かごちゃんも。――お待たせー」
「ランちゃん、お願い。こざくらちゃんと握手して! あと、おっぱい揉ませて!」
「ちょっと待てツキ、ほんの5分でなじょな話になった!? ……それともあたしの理解の仕方がおかしーか? おっぱいって何だ?」
そりゃそうだろうよ……。
鹿又は立ち上がるとランちゃんの前にたってぽつぽつと喋り初め、取りあえずランちゃんは、持ってきた紙袋を置くとその傍らに立って黙って話を聞いていた。
「……私。だからホントは握手なんかより、ランさんにありがとうございます。をどうしても言いたくて、それで」
「んだが。辛かったのによくここまで……。すげーよ。でもな、必要以上にがんばる必要なんかねーんだぞ? 普通にしてて無理な事は、それはしねくていー事なんだ。だから無理矢理笑ったりがんばって笑わせたり。そーゆー事は今からもう、しねーって約束してけねが?」
鹿又はいつでもニコニコ笑ってるイメージだが、実際は無理して笑って冗談を飛ばしてることだってあるんだろうと言う話だ。
子供の俺には気づけなかった微妙な部分。
大人の専門家であるランちゃんはほんの数言話をしただけで気が付いた、と言う事なんだろうな。
「……え? あの」
「みりゃーわかる。がんばらなくとも鹿又ちゃんは元々明るい子だべ? そんな事をがんばる必要なんかねーんだって。人間、疲れるときも落ち込むときもあるんだ。普通にしてればそれでいーんだよ。わざわざ自分で自分でを傷つける必要なんかねーんだ」
そう言うと、ランちゃんはハンカチを取りだして。鹿又の頬の涙をそっと拭う
「あたしが何を言ーてーかぐれー、鹿又ちゃんだったら理解出来んべ?」
「私は……、今までも普通に、してたはずで、その」
「中坊なんだから肩の力抜けよ、そーゆーのは背が伸びておっぱいおっきくなってから、大人になってからでいーんだっつの。必要以上に背伸びすんなでば。それを納得してくれた上で、だな。……えーと、なんだ。したこと無いんで照れっちゃうなー。――あたしなんかで、ごめんな?」
ランちゃんはジャージのズボンでごしごし手をこすると、恥ずかしそうに手を差し出す。
鹿又はその手を両手で握ると泣き出してしまった。
「ここまでは不幸にして悪いことが重なっつまった事もあるんだべげどさ。んでも長く生きてりゃ、逆に良いことがバンバン重なる時だってあんだよ。……んだがら」
ランちゃんは握手の手を強引に外すと、戸惑う鹿又をぎゅっと抱きしめた。
ランちゃんも背が低いが鹿又はもっと背が低い。
おっぱいを揉むことは無かったが胸に顔を埋めることにはなった。
大きさ的に埋まっているかどうかはおいといて、これはこれで良い画だと思う。結果オーライ。
「県立に受かって、ランさんにも直接会えて……。私、もう。これ以上、良い事なんか」
「学校受かったのは実力だべ? あたしに会ったのだって、ただの陽太の父兄だもんよ。ラッキーでも何でもねー。むしろこれからたくさんあるんだ、すげーいーこと、いっぺー。……んだからな? いちいち驚かないで楽しめるように用意しておくんだど? ――かごちゃんもそーなんだがらな?」
――特に中坊の頃はアンテナ高くして磨いておけば周り中楽しいことだらけだ。気付かねーなら、それは損してんだど? ランちゃんはそう言って鹿又の頭を撫でる。
……鹿又が泣き止んで、ランちゃんの顔を見上げて、ありがとうございます。というまで。それまでランちゃんは優しく鹿又の背中をさすり、頭を撫でていた。
「……なるほどな。良く後書きとか著者紹介の欄まで読んでだなや、先生とあたしの繋がりを知った上で愛宕宗太名義の本を探しったのか。んでも、先生の定期連載って二本しかねがったはずだし、専門書で無い本だって10冊出てねーと思うぞ。あとであたしの持ってるヤツは貸すよ。それからちゃんと調べてリスト、メールするわ」
平素の状態に近くなった鹿又は息せき切って本の感想や自分の思ったことを語り出す。
鹿又の話に寄れば父さんの本を探していたのも偶然と言うわけでは無い、ランちゃんの本の著者紹介の欄に
“犯罪心理学者でエッセイストの愛宕宗太博士に師事”
の一文を見付けたのがきっかけなのだ。
……南町と言い、鹿又と言い凄く読み込んでるな。俺も読書好きだった筈なんだけど。
「……それで。フィクションの中でもこの本だけテイストが違うのは、何でなのかなって。この方面の本はもう書かないんですか? ホントに大好きなんです、ネットで知り合った人達もそう言ってますよ? 主人公が純粋で真っ直ぐで、もうホントに可愛くて……」
……方向性の違いは、酔っぱらった勢いで字数と小遣いを稼ぐことを目的に、中高時代の妄想をそのまま字にしたからだ。
本人から直接そう聞いた。
ただ、鹿又にそれは。言えないだろうなぁ。
「何故か評判が良いものの。実は、その手の本は苦手にしててさ」
言霊使いとしては非常に歯切れが悪いな。
まぁ自分で自分を誤魔化そうとするとこんなもんか。
決して人が悪いわけでは無いんだもんな、ランちゃんの場合。




