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土曜日 1

2017.08.22 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。

 土曜日昼下がりのリビング。窓の外は雨のカーテンが掛かっている。



「納得がいかないのは公立なのに、土曜日にも授業があることです。部活だけで無く」

「理由ははっきりしてる。――土曜日の補講に参加させて下さい。と言う書類に保護者共々お前らがサインしたからだ。あれ、強制じゃないんだぜ?」


「知ってます……」

 当然我が家においても本人の名前の他、保護者欄に“手塚広大”と書かれた書類が2通、提出されている。


「……しかし先輩。あの書類を提出しない人など、……そうは、居ないのでは?」

「確かに籠ノ瀬の言う通り。せいぜいクラスに一人か二人だよな。しかもそいつらは例外なくやたらに頭が良いと言う、な」



 通常ランちゃんとにーちゃんが座る位置に鹿又と籠ノ瀬が陣取って教科書や参考書を広げている。

「人に教えるっつーのは、自分が理解してねーと出来ねんだど? 復習とかそーゆーことでなく、自分の理解度のチェックだと思って。きっちり宿題見てやんだぞ?」


 我が家において一番勉強に精通していると思われる博士は、そう言うとソファに腰を落ち着けて、金髪の髪をかき上げるとタブレットを弄りだした。

 にーちゃんは通常通り、勉強自体には一切口を出さない。コーヒーとお菓子をテーブルにおくとあとはなにも言わずにランちゃんの隣に座って自動車の雑誌を読んでいる。


「先輩、ホントに今日は助かりました。ありがとうございます」

「あ、こざくらちゃん。それ先に通分しないと。――気にしないで良いよ。な、陽太」

「そういうこと。困ったときはお互い様だ」



 土曜日の補講は午前授業。

 但し今日は三年生模試対策用の特別編成時間割のせいで、通常より30分早く授業が切り上がり部活も例外無しで全部休み。

これに町営バスは今回も柔軟に対応しお昼付近に臨時バスを一本増やした。


 但しこの二人は山伏候補生、登下校も修行の一環。

今日も今日とて駅から先、電車が一部運休で繋がらないと言う事態に相成っていた。


 一応帰れるようなバス路線はあるにはあるのだが、この二人。

 定期の通用しない区間をバスに乗って帰る程持ち合わせがない。

 と言うのは先月からわかっている。


 結果、駅で四時間待ちと言う荒行になるところだった。

 それをどうしてか知った月乃が、二人を校門前で捕まえて、半ば強引に連れてきたのだ。



「……それにわざわざ家まで送ってもらえるとか、申し訳ありません。お礼は必ず……」

 籠ノ瀬の控えめな言葉にソファから返答が帰る。


「お二人さん、気にするようなことじゃないよ。家は千石峠の先だろ? なら車で片道一時間かからないんだから、軽くドライブの範囲だよ。僕もランさんも車の運転は好きだからね。――ありがとう、って言ってくれればさ。それで大人は嬉しいものなんだよ」


「そーそー。好意っつーのは遠慮しねーで素直に受けりゃ良ーんだでば。そんで誰か困ってるヤツにしてやれる事があるっつーならそん時助けてやりゃー良い。直接あたしらに返す必要はねーの。――あたしらだって、ガキの頃はさんざん近所中の世話になったもんだ。ま、今んとこダメ大人だもんだから、運転ぐれーしか出来ねーのだけどよ」


 タブレットも雑誌も、持っているだけで全く見ていなかったものらしい。

この山伏二人組は本当に人の気をひくんだよな。それがわざとで無いのがまた凄いとこではある。



「二日分の宿題が家に帰る前に片付いてしまった上に、送ってもらえるなんてラッキーを通り越してます。ホントにどうやってお礼をしたら良いものか」

「毎晩機を織りに来ると言うなら二階の書斎が空いてるぞ? ――良いんだよ。出来るときに出来る人がやれば良い、そうやって田舎の人間関係は回るんだ」


「……決して覗かないで下さい、と言うヤツですね。――その場合。旗織機を、貸して頂けますか?」

 籠ノ瀬も最近はこういう冗談が言えるようになった。そこは喜んで良いトコだろうけど。

「そん時は機織機も当然家から背負ってこい! 鶴のつもりなのか、ウズラの分際で! ――くだんねぇ事言ってねぇで、あとたった二ページ分、とっとと書け」



 若しくは二人の地元はウチの近所に劣らず米の生産が盛んな地域。冬になったら笠を被って雪の中、米俵を引きずってきそうな勢いではある。

 だが二人とも山伏ではあってもお地蔵様では無いからそういう事もしないで良い。

 だいたいお前達に笠を被せた覚えが俺にはない。

 ランちゃんの言うような単純な好意、そう言うのはもっと普通にあって良いよな。


 

「ゴールデンウィークの時と言い、好意を受けてばかりで全くお返し出来ていないのが、ホントに心苦しいものがあり……」

「ランちゃんも言ったろ? 俺達に直接返さなくても良いんだよ。来年以降後輩が困っているとき面倒見てやれば言いじゃないか」


「……あ、でも先輩。私たちの場合、ウチに寄って行かない? ……とはなかなか言い難いものがあり……」


 そんな提案を受けたら県内に住む九分九厘の人間には超遠回りになる。

 どころか事実上。家にはその日のうちに帰れなくなる。

 それを先輩に言われたら状況によっては断れない、そんな迷惑も中々無い話だ。


「登下校以外、学校生活で困ることが一切無いと言うのか。お前らは!?」


 実際こうしてみていても二人とも頭は良さそうだしな。

 部活に関しても音譜が一切読めなかった鹿又はほんの二ヶ月で今や実質的な一年のリーダー、トランペットパートが扱いに困っていたはずの籠ノ瀬に至ってはレギュラー組の練習にも参加している。

 ……確かに困らなそうだ。


 この二人にとっては、県立に通うに当たって一番大変なのはやはり登下校なのかも知れないな。

 高等部になったら下宿とかするのだろうけど、中等部の間はやはり通わないと行けないんだろう。

 がんばって立派な山伏になってくれ。



「ふむ。ま、この辺で良いんじゃ無いか月乃?」

「だね。……二人とも、家に帰ったら見直すんだよ?」

「凄ーい! 明日の分まで完璧に終わっちゃいました!」

「……ありがとう、ございます」


 ――ならお茶にしようか、コーヒー入れ直そう。既ににーちゃんはコーヒーメーカーの前に居る。

 我が家のおかーさんは並みのお母さんよりも気が利いてる。





「――あのぉ、つかぬ事をお伺いするのですが……。えーと。ランさんとお呼びしても、良いですか?」

「呼び方なんと何でもいーじぇ。えーっと鹿又ちゃん、だったよなー。……なんだべ?」

 ソファから返事が返ると鹿又は顔を真っ赤にしながら、多少慌ててごそごそとカバンを探る。

「はい、その、もしかして。この本をお書きになったのは、ランさんでしょうか!?」



 彼女が手にしていたのは、ランちゃん本人が黒歴史として無かったことにしている恋愛小説。

 なにしろいかにも女の子なポエミーな内容であるので、本人が恥ずかしくて本になって以降、読み返したことが無い。という代物。

 原稿書きの仕事を始めた頃に何か書いてくれないかと頼まれて、酔っ払っいながら適当に言われた枚数分でっち上げ、本人としてはそのままボツになる予定だった作品。


 ではあるのだが、ボツになるどころか本屋の店先に並び、文学少女の間で意外にもある程度人気が出てしまった。

 と、当時頭を抱えていたのを良く覚えている。

 一番恥ずかしかったのはきっと本名で出してしまったこと、なんだろうけど。




「わ、私、この本を小五の時に図書館で読んで以来大ファンで、これ二冊目なんですけど、いつも持って歩いてます。――あの、えーと。出た本はほとんど全部持ってるんです。こないだの【教えて! ららちゃん先生!!】も初版で持ってます!」 


 中古で買ったにしても本の傷み方は半端ない。

 持ち歩くだけじゃ無く、時間があると引っ張り出して読んでいるのと言うのは説明無しで分かる。

 


 実は先日、鹿又は名字が同じですがもしかして……、

 と言いながら父さんの書いたエッセイ本を持ってきた。

 本文中に双子の子供が出てきたのでもしかしたら。と思ったらしい。


 それに続いて今度はランちゃんか。

 両方物書きが本業じゃ無いのにピンポイントで拾ってくる。凄いヤツだな。

 もっともランちゃんに関して言えば、現状は本業でもあるので固定ファンゲット。

 と言う事になるのかな。



「さっき自己紹介してもらったとき黒石蘭々華って仰ったのでもしかすると、とか。……違ったらすいません。でもららちゃん先生の写真もそっくりだし……」

 おとなしめの色の茶髪を後ろに括り、メイクを決めた上で更に黒縁の眼鏡をかけて白衣に鞭とファイルを持って。斜め上を向いた、プロフィールの上のららちゃん先生の写真の事を言ってるのか?


 ……身内が見てもランちゃんだと気が付かない。

 って話をしてるんだけど、その写真。お前には見分けがついたのか。

 将来的に警察とか探偵になったらどうだ?

「あー。えーと。――うん。あたし、なんだわ。……それ」



「大感激です! ららちゃん先生がこんな身近に居たなんて! ホント、もうどう言って良いのかわかりませんっ!! ――厚かましいですけど握手とかしてもらって良いですか!?」

「いや、まぁ。身近っちゃあそーなんだべげど。……あたしと握手して嬉しい、かな?」


 ランちゃんもそんな露骨に嫌がらなくても。

 鹿又、泣きそうになってるじゃ無いか……。大人の好意はどうしたんだよ?

「あ。……握手なんかよりもさー、――そうそう。その本持ってるくらいだもんな、ちょっと待っててけろよ、な、な?」

 そう言って二階へ逃げるようにバタバタとあがっていった。


 ――ファンから逃げる作家。良いのか? それで……。




「ちょっと、ランさんっ!? ……全く。相手はファンの、しかも中学生だというのに」

「……あんなに気さくな方とは意外でした。私も、読んだことがあるのですが、ららちゃん先生はもっと気難しい方だと。……思って居たので」


 読者の質問に対して、結構厳しい答えを理路整然と返す事でかえって人気が出たららちゃん先生のキャラなので、誰も金髪ジャージ女とか引きこもり博士だなんて思ってないだろう。

 籠ノ瀬でなくてもそこは想像に難くない。

 ららちゃん先生とランちゃん、いくら何でもキャラが違いすぎだろ……。

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