金曜日 8
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。
ふと腕時計を見る。
「……? もうこんな時間か。取りあえず玄関まで送るよ」
「もう少しだけ付き合ってよ」
「ウチの保護者を舐めるなよ? ……半殺しにすると言ったら、言葉通りにホントにそうなるんだよ」
「遅れたら半殺しにされちゃうの? 広大さんは、そうは見えないけど。……優しいお兄さんじゃない」
「いやいや、丸見えだろ、むき出しだろ。明らかに元ヤンキーのオーラが出てるだろ、にーちゃんに関しては」
ついでに全くそうは見えないランちゃんが本気でぶち切れたりしたら、それこそ殺されかねない。
ウチの保護者には。中学生に対して手加減する。などという生ぬるい選択肢は、初めから存在しないのである。
「ウチのお兄ちゃんなんか、もう半年も顔みてないよ」
「……そりゃそうだろ」
南町のお兄ちゃんは今年、東京の大学へ進学した。
だから帰ってくるのはお盆と正月のみ。
確かに半年に一回ずつしか顔は見られないけどな。
「行くぞ……?」
俺がブランコから立ち上がると南町も渋々、といった感じでブランコを降りる。
集会所の建物裏を回り込めばすぐに南町家の裏庭に出るのだが、あえて公園入り口から横道、南町家の前の道路を経由して、大回りで玄関へと向かう。
ギィー。横道から出たところでいかにも耳障りな自転車のブレーキ音。
「広大んトコの陽太と、……千景ちゃんか? こだ時間に中学生が何すった?」
白い無骨な自転車にまたがった警察の制服。駐在の山本さん。
「昨日テレビでやってたアイスを買いに新道のコンビニまで、行こうと思って……」
しかし本当に駐在さんに出くわすとは……。
事前ににーちゃんから言われてなかったら挙動不審になっちゃうトコだったよ。
「おばんです、山本さん。――陽太が歩いてるのが見えたんで声かけたんです。で、最後の一個、私が買っちゃたから行っても無いよ。って言う話をして居たところです」
「ほい、千景ちゃんもおばんです。――しっかし、お前らもか……。そだ美味ぇわけでもねぇでば、なしてあだに流行ってんだ? アレ」
駐在さんまで知ってるとか、ドンだけ大人気なんだよ。限定品アイス。
なんか俺が乗り遅れてる気さえしてきたけど……。
TVでやってただだけだろう。とか思ってる時点で既に損してるのか?
だいたい顔見知りの駐在さんとは言え、警察相手にアイスの言い訳が通じるとか……。
いくら田舎とは言え、チョロすぎだろ。ウチの町。
「山本さんはこんな時間にパトロールですか?」
「ん? ――まあな、コンビニと一緒で警察は基本24時間営業だべ? オラは南署百ヶ日中央店の店長だおん、色々ど責任もあっぺや」
どうやらにーちゃんの話はキチンと駐在さんには伝わった。
多少、ではなくきっちり気にしてくれている。
だから南町に対しては返事をボカしてるんだ。
警察も実際には真面目な人が多いのだ、とはランちゃんも言っていた。
駐在の山本さんにとっても自分の町だし、その辺は当然なのかも知れないが。
「なにしろ新道まで行がねんても良いんだべ? んだらばもうちゃっちゃどけーれ、わがってっぺげど、中学生がフラフラしてて良い時間なんかとっくに過ぎでんだがんな?」
「言われなくても売ってないんだから行く必要ないし、もう帰るよ……」
「ところで陽太。おめぇ、広大から何か聞いてねぇが?」
「知らないけど……。何かって何だよ?」
少なくともにーちゃんが何を伝えたかは聞いていない。
能力の絡む受け答えでは本当の事を喋ってはいけないが、絶対に嘘を吐いてもいけない。
実はランちゃんから先月受けた命令である。今回もまた嘘をつかずに切り抜けた。
――小さな嘘に嘘を重ねて巨大な塊に成長すれば、自ずとひび割れも綻びも出来る。嘘を吐かなきゃ話はそこでお終いだ。とは、にーちゃんも言っていた。
「聞いてねぇんだら良いんだ、たいしたごってねぇ。――いずれ先月みでなのは勘弁だぞ。なんかあればすぐに言ってけろよ? その為の警察なんだからや」
「アレは俺達は一切悪くない! むしろ被害者だろ!?」
「それはそうなんだべげどよぉ、こっちもそのあと結構大変だったんだっつーの。南谷河警察署どころか県警本部からまでいろいろ言われで、もう“おどげでねがった”んだがんな。マジで勘弁してけろよ? ホントに」
先月の事件はランちゃんが、知り合いの刑事さんに直接話をして動いて貰っていた。
ただ結局のところ、駐在さんがまるで絡まなかったのは、彼に取ってみるとあまり良い事ではなかったらしい。
「先月……? なんか、あったの?」
「千景ちゃんが気にするような話じゃねぇのだげんとな。黒石さんが、あだめんこい顔して悪さするわけねぇから、悪ぃのは全部広大なんだべけどよ」
いや、おまわりさん。その女の人が騒ぎを大きくした張本人です……。
こういう話を聞くに付け、普通に美人の部類なんだよランちゃんは。見た目で凄く得してる。
童顔で低い身長、雪国育ちの白い肌、おっぱいもおしりも小さいし、本人はいろいろ悪い方に気してるけど、それだって良い意味で似合ってる。
金髪ジャージなのだってそこまで悪影響が出ていないわけで。
実際彼女が見た目で損する事ってあるんだろうか。
「陽太は男なんだから、ちゃんと千景ちゃんを、門じゃなくて玄関まで送んだど?」
「へーい」
「横柄な返事だっちゃなぁ。もう中学生だべ、挨拶はキチンと出来んのが当だりめだど。――んだ陽太。広大に明日午前なら何時でも良いがら、駐在所にお茶飲みさ来いって言ってでけろや」
「ハイハイ」
「ハイは一回っつって言われてねーのが? 全く、かわいげっつーもんがねーど。この反抗期めが」
――んじゃな、気ぃ付けて帰んだど? 駐在さんは、そう言って自転車を漕ぎ始める。
チェーンをカシャカシャと鳴らしながら白い自転車は住宅地の中へ走っていった。
「各方面から怒られる前に帰るか……」
手持ちぶさたにぶら下げていた懐中電灯を肩に担ぐようにする。
デカいし重い。どう持って良いのか、どうにも収まりがつかない懐中電灯。
「ねぇ、さっきから……。それ。何を持っているの?」
「ん? あぁ、懐中電灯、兼警棒ってトコかな。凄く明るいヤツ。メイドインUSAなんだぜ。結構昔からこういうの作ってる有名なメーカーのなんだ」
俺からすれば重さ的に警棒では無くて、もはや棍棒と言っても良い。
「こういう物にも伝統があるのね、電灯だけに」
「ちょっと良かったぞ、今の。……じわじわ来る」
――ね、貸して。と言われて南町に渡す。
「重っ! 何これ。……懐の中に入らないわよね。こういうのも懐中電灯って言うの?」
「俺が知るか! もっとデカいのも懐中電灯だっつって売ってるだろ。そんな疑問を持つのはお前くらいだ、そう言う言葉なんだよ!」
「でも、これってそんなに明るいの?」
そう言って無造作にスイッチを入れる。
いきなり田んぼを通り越して200m以上先の町営住宅の壁がごく普通に照らされる。
「わ、届いた!?」
「馬鹿、何やってんだよ! 早く消せ!」
想像以上に明るい。
そしてきっとにーちゃんは、俺に渡す前に電池入れ替えてる。
つーか父さんは何に使う為にこんなの買ったんだ?
……暗い懐中電灯なんか役には立たないけどさ。
「凄い。想像以上に明るいのね」
「アメリカの警察とかが使ってるのと同じヤツなんだって」
「ふーん」
と言いながら南町は再度スイッチを入れる。
今度は町営住宅の物置、クリーム色の鉄板と屋根の赤茶色が見える。
「だから止めろっての、怒られるぞ?」
「物置には誰も住んでいないわ」
「……お前な?」
「仮に住んでいても、窓がないから眩しくないので苦情も来ない」
「そりゃ、物置に住んでる人は居ないだろうけど。近所の家の存在は無視するのか?」
「明るくたって懐中電灯、反射した光くらいカーテン越しならきっと気づかないわよ」
南町は何も無い顔でそう言うとスイッチを切る。物置は暗闇に沈み、見えなくなる。
あれ? ――なんだろう。なんか思いつきそうだ。
「……なぁ、南町。町営住宅の駐輪場ってどの辺だっけ」
「物置の右側、――ほら」
どんよりとした雲で星明かりさえない夜の中。
四角いシルエットしか見えない町営住宅の横。
暗闇が再度スイッチの入った懐中電灯に切り取られて、自転車と思われる影と屋根を支える鉄骨が浮かび上がる。
考えは固まった。
確かめる必要はあるだろうけど、その為には南町の協力が必要になる。
但し、それは彼女が負うべきリスクに見合うんだろうか。
「さすがに何台あるかまでは見えないわ。コレは懐中電灯では無くて、私の目の性能の限界ね」
南町が懐中電灯のスイッチを切ると、自転車置き場は再び見えなくなる。
「もう良いだろ? どっかから文句が来る前に消せって。取りあえず、返せよ。それ」
「うん、……はい。――もう、帰っちゃう?」
「そろそろお前も大丈夫な時間帯だろ? それに俺も命に危険が迫る時間だ」
あれだけ心配してるんだけど、でも南町からみれば。
勘違いで納めようとして見える以上、ランちゃんさえ味方とは言い切れない。
月乃も視線は確認していない。
南町から見て完全に状況を把握しているのは俺一人。
たった一人の彼女の味方。
だったら浅知恵だとしても思いついた以上、確かめなくっちゃいけない義務がある。はず。
「あと5分ちょい、リビングで家族そろってアイス食ってればそれで十時過ぎるじゃないか。今日のところはこれで大丈夫、だろ?」
「時間の見積が甘いわよ、アイスだけに」
「……うん。なんで気に入ってるのか知らないけど、そのキャラは止めた方が良いと思うぞ?」
「だって。あいつは真面目だけど暗いヤツだ、って言われたら、それはそれでイヤでしょ」
俺の知る金髪ジャージ女は、中高時代の自分をそう言って卑下していた。
これは不味い。
友人としては、彼女が長じて金髪ジャージ女二世となってしまうような事だけは絶対阻止しないといけないが……。
「誰が言うんだよ、そんな非道いこと!」
「今のところ誰も言わないけれど。――だから陽太で練習しているの。一般へのお披露目はまだ先よ?」
「そのキャラは今すぐお蔵入りを決めろ、鬱陶しい!」
非常に限定的ではあるが今日に限っては南町の味方としての仕事は果たせただろう。
少なくとも今日、視線の主は南町を覗く事は出来なかったのだから。
門を開いて砂利を鳴らしながら玄関まではほんの数歩。
山本さんがここまで送れという以上付き合う。
でも、言われなくたってそうするつもりではあったけど。
「その、……今日は付き合わせてごめん。ありがとう」
「そんなのは良いよ。……それより明日。ちょっと、その頼みたい事が。あるんだけど」
「何か。含むものがあるように聞こえるんだけど」
「……確かに頼みづらい。つーか、頼んじゃいけない事みたいな気がするんだけど、さ。ちょっとしたお呪い的なものを試してみたいんだ。その辺は頭整理して明日電話するよ。――おやすみ」
「心配してくれて、ありがとう。……おやすみ陽太、みんなにも宜しく」
玄関ドアが閉まり施錠の音が二回鳴ったのを確認してから、門を後ろ手に静かに閉める。
田んぼを見渡す道路に出てから携帯を引っ張り出す。
問題はどうやってランちゃんを説得するか。
「……もしもし、にーちゃん? 陽太。――――いや、今日は何も。――うん、もう帰る。ただ明日、ちょっと手伝って欲しいことが出来たんだ。――うん、実は……」
結局。面倒くさいのでにーちゃんを抱き込んで、ランちゃんには内緒にする事にした。




