金曜日 7
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。
「でも、心配してもらうのはありがたいけれど素直に納得は出来ないわ。だって何かは本当に感じているのだから。――ね、じゃあ。霊能者の人は? なにか聞いてくれた?」
新興宗教の教祖なんだが……。
まぁ、それで突き詰められて善道さんに行き当たっても困るし、今はそれでいいか。
「その人に直接連絡を取ったわけでは無いんだけどさ。……話がちょっと概念的になっても良いか?」
具体的。が口癖みたいになっているランちゃんが、人を煙に巻くときに使う枕詞。
南町を誤魔化すつもりも無いんだけど、なにか言わないと納得してくれなさそうだし。
「概念的ってどういう意味?」
………………あ。
意味、知らないで使っちゃった。本当はどういう意味なんだ?
良くランちゃんが電話で結論を言いたくないとき、有耶無耶にしたいときに使ってたから、てっきり具体的の反対語じゃ無いかと思ってたんだけど……。
「えっと。……なら抽象的、って言い直そうか? いずれにしても、なんかもやっとしてる話。そんな話で良いなら多少は喋れる」
そんな中、上手く誤魔化したと自分でも思う。
「ふ~ん。なんかはっきりしない話って事? 概念的って要するにぼんやりまとまってますよってことなんでしょ? あ。抽象的って言いなおすくらいだから、まとまっているわけでは無くて裏の取れない、いわゆるオカルトチックな話。みたいなこと? ――いずれはっきりしない話、そういう理解でいいのかしら?」
なるほど。言葉の意味を聞いたのでは無かったようだ。
しかも、その部分を突っ込んでこないのがかえって恥ずかしい……。
なんでお前は県立を受験しなかった。
「……どっちでも良いよ。俺だってきっちり整理出来てるわけじゃ無いし」
更に誤魔化す。恥の上塗りとかもう気にしない。
トンでも論を即興で作りつつ話さなきゃいけないんだ、気にしてる余裕は無い。
……それに多分、バレてないし。
「そんでだ……、えーと。俺のオカルト的な見解なんだが。――あのさ、あんまり楽しくない結論になっちゃうんだけど。良いか?」
「……楽しく、無い?」
「楽しくないと思うぞ? だって。――お前のことを覗きたい。と言う意思を持ったヤツが間違いなく居るって、そういう話なんだから」
「覗きたい意思……、って」
「上手く言えないなぁ。どう言えば良いんだろう」
言えないのは当たり前だ。そもそも話せない事しか無いんだから。
「なんつーかさ、誰かがそう思ってるって事だよ。昨日も言ったけど、画像だ動画だって言う実害は出てないと思う。思うんだけど。……ただお前のことを覗きたいヤツは、それは間違いなくいるんだと思う」
まさかクレアボヤンスで見た画像を保存出来ないだろうから、そういう意味の実害は無いだろう。
けど、視られてることまで無しには出来ない。
……不味い。また頭に南町の背中の画面が浮かんでくる。
「でもそんな人がいたとしても……」
「んーとさ。……南町はさ。生き霊とか、そう言う事言ってもわかるヤツか?」
「意味合いは理解出来るけど、生き霊……。私、誰かに取り付かれている感じなの?」
「うーん。まぁ大きい意味ではそれに近い、かな?」
もっとも、そうは言ってみたものの。
小さい意味だとどうなるのかは俺も知らない。
「南町の裸を見たいって言う、欲望的なものが直接神経に触っちゃうみたいな……。やはり旨く言えないなぁ。でも、今お前の感じてるのってそう言うものじゃ無いかと思うんだ」
「それは、なんかかえって気持ち悪い」
「だから、普通は感じないものなんだよ。……だって女の子の裸が見たいとか言う感じは、えーと、男だったらさ、その。みんな思ってるだろうし、だから普通はそれが表に漏れちゃ不味いと言うか、社会的に大問題というか、なんというか」
しどろもどろになりつつあるのは例の映像がまた立ち上がってきたから。
「陽太も見たい? ……私の裸」
記憶の奥底に押しつけていた白い背中を、今度こそ鮮明に思い出す。
流れるような脇腹のラインはそのまま丸みを帯びた腰へと繋がって……、
背中だけでいいから、もう一度くらい見たい気が。頼んだら見せてくれるんじゃ……。
ストップ。
何処へ行こうとしている、俺。
ここは相手が南町だし、見てしまった事以外、ある程度正直に言ってしまった方が絶対に気が楽だ。
「俺も男の子ですので、この期に及んで見たくないとは言わないですが、でも今の話は対象として、個人を特定せずに男性全般の話だと思って下さいっ!」
とは言え。――背中しか見てないのに、なんでこんなに良いわけがましい感じに。
「でもさぁ、見たいのって、……私の私生活みたいなものじゃ無くて裸なの?」
「あ、あのさ。これはあくまで俺が感じた視線の感じ。の話な……。南町の言う通り、すごく生々しかったから、だから見たいの裸なんだろう。って思うんだけど」
背中の画像が浮かんだもんだからつい裸とか、口が滑ったのに気付かなかった。
誤魔化す対象が更に増えちゃった。止まったらアウト、喋れ喋れ、俺。
「部屋の中を見たいような、そんな人もいるかも知れないけど。でも普通は本人を見たいだろうし、内緒で覗くなら服だって着て無い方が良いんじゃ無いかな、とか」
自分でも言ってて思う。
普通に机に座って本読んでる姿を見たって、つまんないよな。確かに。
「そして人より勘が良いから、裸が見たいって強烈な欲望がぶつかってくるとお前にはわかっちゃう。そういう事なんだと思う」
ESP系の能力は大雑把に言えば“勘が良い”と言い換えても、間違いでは無いと思う。
テレパシー、特にレシーバならばそのものずばり。だからこの説明に関しては嘘はない。
「昨日は欲望そのものを背中に受けてたって言う事? それはそれでもっと耐えがたい気が……」
「だから、普通は感じないんだって。みんな思ってる事だから外に漏れたら大変だし、そういう意味では女子はみんな受けてる事になるし。それに普通そこまでは強烈には思わないもの、だと思うんだけど。――それに思春期の女の子は、特にそういう勘が鋭くなるとかなんとかランちゃんが……」
「陽太も例の美人の先輩にそういう事思ってるの? ――胸が大きいって聞いたけど」
「急になんだよ、白鷺先輩に対してはそういう妄想はしない! しないったらしない!」
「ふーん。……まぁ、いいか」
「……おいっ!」
良いのかよ! 投げっぱなしにするなら話振るなよ!
「……そうすると私の場合、犯人は居ないって言うこと?」
こいつに、話の交差点では一度止まって手を上げて左右確認。
それをさせるにはどうしたら良いんだろう……。
「だからお前は話の脈絡が……。あぁ、もう。――そういう意味での犯人は居る。だからその感覚を遮断出来無いかなって考えてるとこ」
「私の勘を鈍くするって事?」
「確かに鋭すぎるんだろうよ、普通の人よりな。気にしすぎると言い換えても良いのかも知れないけれど。……でもその辺はランちゃんの仕事だよ。今分析してるはず」
どこからどうやって覗いてたのかを分析してるんだろうけど、分析してること自体は違いが無い。
やはり嘘はついてない。
この件に関しては俺は南町には嘘はつかないと、今。決めた。
「俺と月乃のアプローチはランちゃんとは逆だ。覗きたいヤツからの意思みたいなものが飛んでこないようにしたいんだ。だってそれは南町のせいじゃないから」
実際は遮断で無くて封印だけどな。
南町から見れば、視線を感じなくなる一点において結果的にはどっちも同じだ。
「私の、せい?」
「さっきの先輩が言ってたんだ、良い事も悪い事も自分のせいでありたいって。南町が人より若干勘が鋭いんだとしても、でも変な視線を感じるのはそれは南町のせいじゃないって、俺も思うからさ」
確かに南町はテレパス、レシーバの能力者ではあるだろう。
ただ、それは彼女のせいではないはずだ。
俺も月乃もテレパスだが別に何かを望んでそうなったわけでは無いし、南町だってそうだ。
更に言えば南町自身、自覚も無いし、自発的に能力を発動出来るわけでも無い。
だったら、クレアボヤンスで覗く能力者が居なければ能力の有無など関係なくなる。
それだけだ。
簡単なのは南町のレシーバを|潰す(封印する)事。
これは月乃と二人で南町に会えばそれで済む上、本人は能力者としての自覚が無い。
きっと何も感じないはず。
ただ、南町が悪いわけじゃ無いからこれはやりたくない。
だから覗いているヤツを封印したいんだけど、犯人に近づく方法が見つからない。
……結局この辺はずっと堂々巡りだ。
「……先輩さんは真面目な人なのね。ネタにしたのは悪かったかしら」
「全く。……絵に描いたような良い人なんだから、あの人にそういう事言わないでくれ」
胸が大きいのは事実だし、その辺はむしろ誰かに絵に描いて貰いたいくらいだが。
「全て自分のせいでありたい……。イッコしか違わないのにかっこいいよね」
「先輩が言うから言葉の意味もより重くなるのだ」
「なるほど、好きって言うよりファンとかそういう感じなのね。アイドルとか神様的な」
「普通に尊敬してるとか、そう言う言い方出来ないか?」
どうしてこう、嫌みな言い方になるんだろう。
南町は言葉キツいけれど性格は悪くない、むしろ良い部類なはずなんだけど。
……今夜はご機嫌斜め?




