金曜日 6
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。
ランちゃんは南町のことを、集会所の前のカワイコちゃん。として覚えていた。
前後をどう表現するのかは置いといて、だから彼女の家の西には小さな公園と町内会の集会所がある。
そんなに大きくない集会所の建物とセットになってブランコとベンチと花壇しかない公園。
そのブランコに小学生の時以来座って、鉄のこすれる音と共に座面を揺らしながら南町の自宅二階を見上げる。
こちらか見える大きな窓は階段の灯り取りなので、今は当然暗いまま。
田舎の住宅街のこと、車もほとんど通りがかったりはしない。
もし通ったとしても、ここに俺が居ると言うのは気が付かないだろう。
会合も無いのにこんな時間に、公園に人が居るわけが無い。
その理屈が通るくらいに田舎だ。
最近になって取り付けられた外灯のLEDが、自然すぎてかえってわざとらしくみえる光でベンチを照らす。
ウチの町には水銀灯や蛍光灯の青白くまたたく光の方が田舎っぽくて似合っていると思う。
そもそも最近まで、この公園に照明なんか無かったんだけどね。
「出てきたのは良いけれど、ホントにどうしようも無いな。……わかってたことだけど」
南町の家の前をうろうろしていたらにーちゃんに言われるまでも無く、俺が不審者だ。
田んぼの中をうろうろしてても結果は同じ。
昨日、にーちゃんは車で近道をしているふりをして、通り抜けつつ田んぼの中まで確認しに言った。
逆に言えば真っ暗な田んぼの真ん中、しかも足下は悪い。
そこを徒歩で歩くと言うのはいかにも不自然だ。
この時間なら遠回りになっても、外灯が点いて舗装してある道路を選ぶのが当たり前。
南町の部屋をターゲットに、コントローラを発動して監視するのも可能ではあるが効果範囲は通常数m。
ここから南町の部屋までなら距離としては届かなくは無いが、月乃のアンプリファイア無しではフルパワーでもギリギリ。
それだけパワーを使えば明日はまず起きられないだろう。
それにここからだとランちゃんが言うところの“視線の到来方向”の真裏になる。
何かあっても直接目で見ることが出来ない。
結局このままでは。
現状視線の主にたどり着ける要素は何もないと言う事で。
ならば懐中電灯は重いだけ、散歩にダンベルを持ってきたようなものである。
自分の無能さにあきれ果てて、ただブランコを漕ぐ。
気持ちは確かに正義の味方だったはずだが、ノープランで何しに出てきたんだろう……。
「やっぱり陽太だ。――えーと。……なにをしているの?」
「――って南町? お前こそこんな時間に……」
「お父さんに新道のコンビニまでアイス買いに乗せてってもらったの。昨日テレビでやってたヤツ。買い占めてきちゃった。……で、通りがかったら公園に陽太が見えた様な気がして、覗いたらホントに居たから。だから降ろしてもらったと言うわけ」
南町のウチの車が通った記憶が無い。
見ていないのはこっちも同じか……。
しかしテレビでやってたアイスなのか? そう言うのは南町は無視しそうなもんだと思ってたが。
……お前も乗るんだ、そう言うの。
「陽太こそこんな時間にこんなところでどうしたの? ……ストーキング?」
「誰をだよ」
「私、……とか?」
「あるかっ!」
「実は覗き魔は陽太だったり」
「お前はもう帰れよ! おやすみっ!!」
「私まだ出てきたばっかり……」
「だったら俺が帰る! おやすみっ!!」
「……そこまで怒んなくても良いんじゃない?」
そう言えば本来はこういうヤツだった。きわどい冗談とか好きなんだよ。
だいたい月乃と一緒にいると、あいつのぶっきらぼうな喋り方に紛れてしまうんだけど。
結構キツい言い回しをするヤツなんだ。南町は。
「心配してにーちゃん振り切ってまで出てきたのがバカみたいだ! 全部無駄だった!」
「美少女を心配する事は無駄にならない、そういう条例が出来たのよ?」
「少なくともウチの町にはそういう条例は無い。――つーか自分で美少女とか言うな」
心配してた分の何か、は確実に損した気がする。新道まで行ってアイス買って帰ろう。
「だからアイスは買い占めちゃったから、あの店にはもう無いのよ。アイスだけにあいすいませんという事で」
「……いつから親父ギャグ属性がついたんだよ、鬱陶しい」
「頭の回転が速いって言って。――ところで。心配って、もしかして。私の事?」
「こんなところまで出てきて、他に誰を心配すれば良いんだ?」
「その、……気ぃ、悪くした?」
隣のブランコに座ると、今度は急にそんな事を言う。
しかもなんで上目遣いなんだよ、なんか文句言いづらいじゃねぇか。
こう切り替えされると、――ふざけんなよ、てめぇ。
とか、もう言えない。扱いづらいったらありゃしない。
「お前と月乃には一般常識は通じない。……昨日今日の付き合いじゃ無い。わかってる、わかってるさ、頭ではわかってんだ」
「あら、またしても何気なく失礼な事を言われている気がするわ。私は常識人よ」
「どう常識があるっつーんだよ」
「常識クイズはいつだって全問正解。その辺はかなり自信が有るの」
「そういう能力は普通の生活で発揮しろよ!」
「無理に発揮しなくても良いの。私の言動が常識そのものだから」
「もはやどう突っ込んだら良いかさえわかんねーよ……」
「そう、陽太はわざわざ県立に行って突っ込みの勉強をしているのね」
「……それの全国平均がどれくらいだか教えてくれ」
いずれ県立が絡めば最低ノルマは全国平均越え、現実は厳しい。
「ね、ところで陽太」
「なんだよ、クイズ王」
「せめて女王って呼んで。――何時まで一緒に居てくれるの?」
「は?」
お前の話には脈絡というものは無いのか。
話の交差点でウインカーも付けずに曲がるなよ。
何気ない話題を跳ねてしまうぞ?
「いくら家の裏とは言え、女の子が一人で公園に居る時間じゃ無いもの。途中で帰っちゃうなんてちょっと非道くない? 陽太だって男子でしょ?」
「お前が勝手に出てきたんだろ。俺のせいみたいに言うなよ」
「少なくともお父さんとお母さんはそう思ってる」
既に思ってるのか……。これはなんか分が悪い。
――って、なんで俺が罪悪感を感じる流れなんだ? おかしくないかこれ。
「お前なぁ、ここでホントに何かあったら俺のせいになっちゃうだろうが!」
「だって……。ちょっと、今の時間は、ほら。……部屋に、入りづらくて」
そう言って南町は隣のブランコで顔を伏せる。
「せっかくお呪いを、その。教えて、もらったんだけど……」
なるほど。なんだかんだ言って部屋には上がりづらい。
かといってリビングにずっと居るのもいつもと違うから、それはそれで両親には不自然に思われる。
だから家には俺のことを言い訳にして出てきたと言う事らしい。
……素直じゃねぇヤツ。
基本良い子の南町ではあるんだが、だからこそこういうひねたトコがあるんだよな……。
「帰りが遅れるとにーちゃんに怒られるんだけど……」
出がけのやりとりを考えれば、実際にはランちゃんから地獄の責め苦を受ける可能性も否定出来ないが、こと怒られるという一点については何一つ揺らぎは無い。
「約束何時? それまででいいから付き合ってよ、ねぇ。あの、……お願いします」
「わかったわかった、もう止めろ、良いよ、、もう。付き合うから。――十時までだぞ?」
十時までここで一緒にいるなら、南町も今日に限っては視線を感じる事は無い。
――南町の味方、か。
ものすごく後ろ向きな気もするけど。
今んとこ、出来るのはこんなところだもんなぁ。
「あの、さ。……もしかして昨日、あれからなんか調べたりしてくれた?」
「まぁな。……ただ、今んところはっきりした事はなにも」
能力者の仕業である事のみはほぼ間違いない。
但し対外的に、となればそれは話せない。
つまり何もわかっていない、と言わざるを得ない。言う事だ。
今日はこんなのばっかりだな……。
それでも物理的に見て回った分は話をしても良いかな。
何も無いという結論は変わらないんだけど。
「……と言う訳で三脚、はしご、ドローン。色々みんなで見て回って、さんざん調べて考えて、ランちゃんなんか、地図にマーキングして自分で全部歩いてみたらしいけど全部ボツ。一般的な覗き魔では無いみたいだ」
「ランさんはなにか言ってた? 陽太も何か気が付いたんだから、私の気のせいでは無いんだよね?」
このタイミングで言霊使いの仕込みが発動する。
相変わらず人の言動を良く捉えてる。
……ランちゃんに盗聴器とか仕込まれてる訳じゃ無いよな、俺。
「その辺、実は心理学的には説明がつくらしいんだよ。――ランちゃんが言うには、今回に関しては集団ヒステリーが近いんじゃ無いかって」
「ヒステリー? ちょっと感じ悪いなあ」
「確かにヒステリーって言葉の響きが悪いし、集団って言っても今回に関しては俺とお前の二人だけ、なんだけどさ」
ヒステリーと言えばすごく不機嫌そうだし、二人で集団、というのもちょっと大げさじゃないかとは俺も思うが。……そういう言葉なんだろうし。
「要は似たような生活をしてる人達の間で、ある条件が揃うと、同じ錯覚をするとか似たような幻覚を見るとか、そういう事なんだって。実際に何件か実例を知ってるって言ってた」
「陽太との共通点は中学生ってくらいだと思うんだけど、そんなんで良いの?」
「――同い年だべ? そんで幼児体験を同じくしてる上に、学校が違っても週に数回顔を合わせる、しかも現在も近所に住んでるっつーんだから。その時点でそーゆー可能性はある程度、担保出来っちゃう。とゆー事なんだじぇ? ――と言われた。半分以上理解出来てないけど」
「何それ、明らかに似てないはずなのに、変にランさんに似てる。――おかげで言葉の意味が全然頭に入ってこないじゃない、もう……!」
月乃にも言われたが、似てるんだろうか? ランちゃんの真似。それはそれとして。
――南町ちゃんに電話とかで聞かれたら当面そー言っとけ。あの子は頭が良ーからそんだけであたしの言いてー事はある程度理解してくれるべよ。とランちゃんから先回りされていた。
二、三手先が読めないと言霊使いには成れないらしい。
「要はさ、慌てる南町に乗せられて俺も何か視線のようなものを感じた気になってしまった。みたいな事を言いたいんだと思う」
「……私、見てる陽太がパニックになるほど取り乱してた?」
「思い出してみると、確かにそんな感じではあったよ」
「でも、陽太と同じ勘違いをする程の接点が現状あるとは個人的には思えないわ」
「俺もそう思った。……でも今回の場合はランちゃんの言い方なら、幼児体験を同じくする者同士、要は幼なじみなのがキモじゃないかと言ってた。それと単純に仲の良い悪いもファクターの一つだって」
「そりゃあ、仲の悪い人と同じ幻覚を見たりはしないんだろうけど……」
――なんとなくわかった、くらいの感じに思って貰うのが一番良いんだがなー。
ランちゃんが言う通りに、南町はある程度理解した。深い理解でないところまで読み通りとは。
相も変わらずランちゃんはこの辺、凄いや。素直に感心する。
「すごく心配してたぞ、ランちゃん。なまじ可愛いから要らないところで損してるって」
多分、だけど。自分の中学生の時を重ねてるんだろうな。
引っ込み思案で臆病な中学生、蘭々華ちゃん(当時一三)が、何故かは知らないが人の視線。と言うもの自体におびえていたのを、俺は知ってる。
――あれ? もしかすると自分も可愛かったって、そう言いたかっただけか?
そう言えば自分も経験があるとか言ってた気が……。
「可愛いだなんて、改めて言われたら照れちゃうよ。ホントの事だとしても」
「見た目はどうでも良い、おまえはその性格を何とかしろ!」
「性格は問題ないわ。自分で言うんだからこれ以上正確な話も無いでしょ?」
「だから上手く無いんだってば……。話が進まないじゃ無いか!」
ストレートな駄洒落にどう対処するか。
大きな課題が更に一つ増えた。面倒くさいからスルー。というのも、それはそれで友達甲斐が無い気もする。
……仲が良い、ねぇ。
鬱陶しい。
とハッキリ言ってしまってはいけないんだろうか……。




