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金曜日 5

2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。

2018.11.15 本文、台詞の一部を変更。

 時計はまもなく八時四十五分。

 月仍は部屋に籠もったまま出てこない。


 とは言え俺の部屋と称している部分とは、入り口は違えど一つの部屋をカーテン一枚で仕切ってあるだけ。

 簡単に声は届くはずだが今夜はやけに分厚く思える。


 今声をかけるとどちらが悪いわけでもないがケンカになる。

 それだけは確実だ。


 にーちゃんも新設された二階の渡り廊下を越えた気配がない。

 ランちゃんの部屋にまだ居るみたいだ。 ――そうであれば。



 音を立てないように部屋を出て、静かに階段を降り階段の終点、誰も居ないリビングを抜け、廊下をそっと渡り、極力音がしないように玄関のカギとドアを開ける。


 何も出来ないのはその通り、間違いない。

 ただ何もしないわけには行かない。

 みんなの為の正義の味方なら、そう言うのは白鷺先輩が言う通り。

 町内会や消防団、警察に任せればそれで良いんだろう。とは俺も思うんだけど……。


 但し。南町のたった一人の味方としては、やはり何もしないわけには行かない。

 何も出来ないにしろ、気になる以上は部屋に引きこもってるよりはマシだ。

 静かにドアを閉め、出来る限り音がしないようにカギを閉める。

 開けるときより、閉めるときの方が音が気になるのは何でだろう。


 しかし、正義の味方なのにどうしてこんなにこそこそしなくちゃいけないんだよ。

 ……やはりなんか間違ってんじゃないか?

 靴をはき直す。




「中学生の分際で、こんな時間に何処に行くつもりだ?」 

「にーちゃん……」

「門限は通常八時だと言ってあるはずだよな。いまさら僕の言う事なんか聞けないとでも言うつもりか?」


 俺がどう動くかなどあっさりとバレていた。足下はガレージ用サンダル。

 ――ちっ。ガレージの階段経由で先回りを。


「舌打ちするな、感じ悪い。……気持ちはわかるが、夜にうろうろしてたらお前が不審者になってしまうじゃないか」

「勉強に飽きたから、だから気分転換に近所を散歩するんだ、何が悪い!」


「うん。夜間に未成年はうろうろしちゃいかんと、法律だか条例だかの何処にかは知らないが書いてあるはずだ。そう言われて過去に補導された事があるからな。明らかに法律に抵触している。法律に違反してるならそれは悪い事、……だろ? ついでに町内会の防犯部会で班長とかやってる僕の立場とか、多少考えてくれても良いんじゃ無いか?」



 ――あぁ、深夜俳諧で捕まると学校からも相当怒られるぞ。平然とした顔でそういう本人は、過去に何回か捕まって“怒られた”実績を、当然お持ちのことだろう。



「町の条例なら、中学生は確か八時以降は保護者承認の無い外出はNGだったはずだし、当然僕は外出の許可を出すつもりはない」

「こんな田舎でどんな悪い事するんだよ!」


 バイクぐらい盗めるかな。

 ただカギのないバイクのエンジンをどうやってかけるか、それ以前にそもそも乗り方を知らないけど。


「何をやろうとお前の人生だ。警察や学校とやり合ってみたい。と言うなら止めないが、県立を退学にはなりたくないだろ?」



 俺の通う県立峰ヶ先中高。

 不良行為全般について普通の学校なら数日の停学で済むものも含め結構あっさり退学処分が出る。

 勉強する意思のない者は要らない、と言う事だ。


 県立は、だから名前の通りの公立の学校でありながら。

 高等部で退学処分になった生徒数名との裁判を抱えて、今のところ一歩も引かないのだと新聞にはあった。

 中等部であっても行為が目に余れば当然クビを宣告されるだろう。

 中等部に関して言えば、次の日から自分の学区の中学へ行けば良いだけ。更に簡単だ。



「いくら何でも盛り過ぎだよ、話が大げさすぎるだろ」

 でも夜に多少出歩くのはそこまで大げさな話じゃないはずだ。


 例えば裁判を起こしている退学になった高等部の人達。

 深夜の盛り場で、飲酒の上乱闘騒ぎを起こして、警察に補導では無く逮捕された。

 その上所持品から、タバコやナイフが見つかったのだ。


 田んぼの中をふらふら散歩しているのとは比べるべくもない。

 そんなの、考えなくともわかる話じゃ無いか。



「なるほど。千景ちゃんと一緒に百中に通いたいのか」

「そんなんじゃない! 茶化すなよっ!」

「怒るなよ、悪かった。――ちょっとランさん風に言ってみたくなっただけだ」 

 だが意外とあっさりにーちゃんは折れる。……あれ?



「ケータイ、は持ってるよな? ――それと、こういうのもあった方が良い。これを取りに物置に行ってたんだ、多分お前は行くだろうと思ってさ。行き違いにならなくて良かったよ」


 映画のガードマンが持っているような、柄の部分が三十cmはある長い懐中電灯を渡される。

 見た目通りずっしりと重い。

 そう言えばずっと使ってない、父さんが地道に集めたキャンプ道具の中にあったような。


「映画とかとで見た事あるだろ、アルミ合金製で固くて頑丈、その上やたら明るいのがウリだ。本体の重量プラス単一乾電池四つ分、意外と重いぞ。……持ち方は……そうそう、そんな感じだな」

 肩の上に乗せるように懐中電灯を担いで、頭の部分を持つ形になる。


「そして何か確認するときだけつける。すごく明るいから極力目立たない様にすぐ消す。つけっぱなしだと必要以上に目立つぞ」



 ――そしてこの辺からこの電灯の真骨頂だ。そう言うとにーちゃんは電灯を握った俺の右手に手を添える。


「この形でこういう持ち方なのは理由がある。危機が迫った場合、体ごと振り向いて相手の顔を直接照らすんだ。明るいからそれだけで目眩ましになる。そして、最悪の場合は、……こうだ! ――そう、そのまま柄の部分でぶん殴れ。相手を倒す必要は無い、隙だけ作って逃げろ。そしてケータイだ、僕に電話をかけろ。状況によっては最悪発信さえすればそれで良い。千景ちゃんのウチの近所に居る事はわかってるんだから、そしたらすぐに駆けつける」


「にーちゃん、あの……」

「良いよ、気にするな。どうせ止めたっていくんだろ? だったらベランダから気付かないうちに脱出されるよりもマシだ。……これは、僕ならそうすると言う話だけどな」


「俺が行ったって……。何も見つからないとは思うんだけど」

「初めからそんな弱気でどうする。そこはなんか見付けて来るから任せろ! とか言えよ。――但し、お前のパトロールが空振りだったとしても、えぇと今……八時五十分、か。なら十時十五分までには帰ってこいよ。もし帰ってこない場合……」



 しかしにーちゃんはにっと笑う。

 優しさとかそう言うものを全く感じない、どんなお仕置きを思いついたのか。


「お前が千景ちゃんに悪戯を仕掛けていたとランさんに報告する」

 人の事はあまり気にしないランちゃんにしては珍しく、今回の件については結構入れ込んでいる。

 そんな事を言われたら、それこそ何をされるかわかったもんじゃない。


 それにランちゃんを本気で怒らせてしまった場合、なだめる事の出来る人。

 ……居るのか? そんな人。


「洒落になんねぇよっ!」



「イヤなら時間は守れ。――それに十一時以降になれば、今度は本当に補導されて、努力義務とは言え保護者の僕まで事情聴取されてしまうからな。正直、今回についてもやはり細かいところの説明は僕には出来かねる。警察相手ならウチの言霊使い(さいしゅうへいき)を引っ張り出すしか無いんだが、その場合は当然……。わかってるよな? ――何かあれば連絡は随時入れろ。頼むぞ」

「……うん、わかった」


「長引いたとしても、少なくとも僕が一緒に居るならば。警察相手でも言い訳は立つ」


 ――大丈夫。お前が帰ってくるまでは飲まないから、必要になったらボルボも廻せる。そう言ってにーちゃんはガレージへと歩いて行く。


「誰か大人に会ってなんか言われたら、昨日テレビでやってたアイスを買いにコンビニに行く途中だって言え。あれ、新道のコンビニまで行かないと売ってないんだろ?」



 確かにあれは近所の郵便局の向かいのコンビニには売ってない、良く知ってるな。

 中高生に大人気、とテレビでは言っていた。

 テレビや雑誌に出てくるかどうかで価値が変わる。

 いくら田舎とは言え、流されやす過ぎなんじゃないか? ウチの近所……。


 そして夜にふらふら歩いている中学生のそんな言い訳が通ってしまう程度には。

 今日も我が 南谷河町袴田百ヶ日 の 不動塚町内会 は平和だと言う事だ。

 そう、ウチの町内はのんきな田舎町でなければいけない。

 変態が入り込んで良い隙間なんか、何処にもない。



「僕からはそんなとこだ。……よぅし、じゃあ行ってこい。正義の味方!」

 にーちゃんはそう言うとポン、背中を叩く。

「……ありがとう、にーちゃん」


「僕は何もしていない。家の決まりを破るのを見逃すだけだ。――僕も、もう少しランさんと方向性をつめてみる。ツキに怒られるまでもない、何もしない。というのはこないだも言ったが、やはり僕の性には合わないからな」 

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