金曜日 4
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.14 本文、台詞の一部を変更。
いずれ、にーちゃんがそう言う以上は。
今の時点で、その手の苦情は町内会にはあがっていない。と言うことだ。
一応町内会長のところで情報を当たってきたんだろう。
ならば今現状、田んぼやあぜ、資材小屋などへの障害はなにも発生していない。
だったらもう、空でも飛ばなきゃ覗くの無理じゃないか……。
――でも、そうか。そういう可能性だって。あっても良いんじゃ無いだろうか。
「ね、ランちゃん。例えば映画とか漫画の超能力者みたいに、空を飛んだり、透明になったり。って言う能力の存在の可能性っていうのはどう?」
自分で空を飛びつつ姿を消して。そこまでしてする事が女子中学生を覗く事。だとすると。
自分で言っておいてなんだが、かなり人として残念な感じがぬぐえないけど。
可能性としてはあるんじゃないか、と言う話。――ただ。
「両方ねーと思うぞ。人間はそもそも飛ぶような構造になってねーよ。テレキネシスの派生としての空中浮遊はありかも知れねーけどさ、ドーピングしても五百円玉で関の山だったろ? 自分の体とは言え、最低五十キロからのもんが持ち上がるとか、あたしにゃ思えねーんだよな」
あっさりと否定された。
けれど言う事は実感としてわかる。五百円玉を数m先に飛ばすのが、どれだけ大変だったか。
ランちゃんは部屋のメイン照明をつけると、コーヒーカップを手にデスクを離れる。
プロジェクターの画面が薄くなり、俺達の座るソファに移動してカップに口をつける。
「同じ理屈で透明化も否定すんぞ。人間は飛ぶようにも出来てねーが、透けるような構造でもねーだろ。イカでねぇんだど。それに能力発動時に着てる服はなんじょする?」
例えば鳥。
飛ぶ構造の体を持つこの一群は、骨格から生活様式まで。
その全てに極限まで体重を軽くする工夫があるのだ。
とこないだ、何かで見た。
同様に透けるような生き物もそれなりに居るのだろうけれど、それは自分の体のみ。
確かにクラゲもクリオネも。服は着ていないけども。
「――もっともテレキネシスで光をねじ曲げれば角度限定で見えなくなる可能性はある。アニメやなんかで言うところの“光学迷彩”とか言う感じだな。ただこれも能力を行使する人間に物理学博士級の知識が必要になる上に、パワーも5百円玉数十個では足りめーよ。……んだがら実質不可能だと思うんだわ」
光って曲げられるもんなのか……。プリズムとかそういう感じの事なんだろうか。
光を強引にねじ曲げるとどうして見えなくなるのか良くわからないが、光学迷彩自体は不可能ではないらしい。
けれど角度が限定されるなら今回については意味が無い。
「良い案だと思ったんだけどな……」
「空中浮遊と透明化。可能性の完全否定はしねーけど、それに特化した能力の存在はあたし個人はねーと思う。それにだ。空を飛ぶ透明人間なんて、そだ事を意図的に出来んのは人じゃねーべよ。それはもう人間以外の何かだ。んだべ?」
――それに。仮にあったとしても実用的じゃねー、という理由はあるぞ。ランちゃんはコーヒーサーバーへ向かいながら話を続ける。
「例えば。……能力発動中に“ガス欠”になった場合を考えてみ?」
経験上、意外と簡単に力尽きるというのは知っている。
パワースポットに居て、更にアンプリファイヤで持ち上げられて居たにもかかわらず。
石つぶてを飛ばし、五百円玉を投げつける、それだけで俺は立っている事さえままならなくなった。
サイコキネシスでたった数十センチ、強引に穴を掘った月乃も。
次の日は筋肉痛で右手があがらず箸さえ持てなくなった。
PK系の能力発動は、普通に体を動かすよりもかえって肉体の消耗が激しい。
「その場合。墜落したり、マッパで突然現れたり。今回なんか全裸で田んぼにドボン、だ。――あっちぃ! 湯気の出口ってここだっけか? ……そだな能力は、もし持っててもあたしなら使わねー。ヨウは使いてーか?」
……それは使いたく無いな。
「もっとも、そう思うとマッパかどうかは微妙なトコだな。服を着た状態の自分、を認識した上で消えるなら服は着てても理屈は合うのかも知んねーが……。まぁ、いずれにしろ田んぼにドボンは変わんねーけどな。予備バッテリー背負う訳にも行かねーし」
つうか、そこまで考えてたんだ。
しかも検証したのは多分先月、実在しうる能力を考察してるときのことなんだろうし。
地味で地道な作業は、実は得意なんだよな。全くそうは見えないけど。
「結局、チカを覗いてるヤツの正体は能力者だって言う以外は何もわからずって事?」
「僕らだけじゃ、やっぱりすぐに八方手詰まり。……か」
「素人探偵なんざ役に立たねーと、先月わかったつもりだったんだが。どーしたもんか」
俺達が手詰まりだとしても。
……それでも、きっと視線は、今夜も南町を見に来るのだ。
南町の背中を、あわよくば正面を。
「そうそう、だいちゃん。駐在さんはなんか言ってねがった?」
「特には何も。そういう通報も情報も今のところはないって。だから過敏になりすぎてるかも知れないけど、多少気を使って下さいとだけお願いしてきた」
「そう言うしかねーよなー。……今んとこ林谷君とこに持ってく話でもねーしなー」
ランちゃんのシナリオには駐在さんへの誘導尋問が含まれていたらしい。意外と人が悪いよな、そういうシナリオを書くランちゃんも、それを実行するにーちゃんも。
我が家の保護者達の性格が悪いなんて、初めから知ってる話はさておき。
警察はやはり今回も動けない。
なにしろ前回と同じく、俺のテレパシーで見た映像以外の証拠が何も無い。
「どこの世界さ中学生がテレパシーで見た映像で、捜査を開始する警察があるよ?」
と、その時ランちゃんに言われたのだが、今回もその通りではある。
そしてタチが悪い事に、今回に関しては人命が直接危機にさらされたりもしない。
それの何処がタチが悪いのかというと。……つまり。
「うろうろしてて、こちらが動いてるのが視線の主にばれても不味いしなー。現状は動かん方が良いっつー事になっちゃうのか? この場合」
「悔しいけれど現状はそうなってしまうかな……」
「ちょっと二人とも! じゃあチカはどうすれば良いのよ!!」
「命を取られるわけではねーからなー。あたしだって悔しーんだよ。……当面、危険な時間帯は茶の間に降りててもらうとかじゃ、ダメ?」
我が家としては当面何もしない。と言う方向で決まりそうだ、と言う事だ。
「もう、良いよっ!!」
そう言って月乃は怒りながら部屋を出て行く。
にーちゃんとランちゃんは二人で顔を見合わせてため息。
「だいちゃん、飲むか? っつーか、一本で良いから付き合ってよ」
冷蔵庫に向かったランちゃんがにーちゃんに声をかける。
「あとで、ね。……今のところはコーヒーのおかわりをもらうよ」
「じゃ、あたしもコーヒーでいいや。ヨウは? 一応コーラなんかも入ってるぞ?」
「……要らない」
事情を知るのは我が家の四人のみ。確かに現状は軽々に動けないのではあるけども。
――彼女の身を一番に重んじる最強最期の味方。それがキミ。
しかし先輩。俺、現状出来る事が何も無いですけど……。
南町の味方だとしても最強では無いな。
今の時点で俺に出来る事、それは。……なんだろう。




