金曜日 3
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.14 本文、台詞の一部を変更。
「おぉ、気が付いだったが。相変わらず必要以上に聡いヤツだなや……。んだのさ、まともに考えれば、被害は南町ちゃんに留まらない可能性があんだな」
ガレージ二階のがらんとした倉庫だった場所。
自分用のプライベートな空間として約六畳の空間をクローゼットとベッド置き場として切り取った以外。
巨大な空間を、そのままラウンジとか住宅メーカーのショールームみたいに改修したランちゃんの部屋。
俺と月乃、そしてにーちゃんは若干暗い部屋の中。
やたらにデカい6人以上は座れそうな、地味なのに高そうで不思議な手触りの素材のソファ。
そこに座ってコーヒーを啜っている。
今までなかった大きな窓や出窓が数カ所設置され、それのないところは全面棚になっていて本やファイル、ゲーム機、音楽や映像、アニメや映画のディスクなどが結構な数並んでいる。
そしてこれだけ物があるというのに意外にも小綺麗に片づいている。
壁と床、それに天井までが完全防音構造で、夜中に会話が成立しない程の音でライブのビデオを見ようが音が外に漏れる事はない。
更には小ぶりな冷蔵庫と電子レンジが置かれ、部屋の隅にはトイレとちょっと洒落た小型のシンクまで完備。
お風呂と洗濯機が無いのは母屋二階に直接行けるように通路を作ったから。
事務所や仕事場としても相当レベルが高いが、まさに引きこもりには理想の環境。
この環境を作る為にかなりの額をつぎ込んだはずだが、いくらかかったのかは教えてくれない。
そして広いんだから高いはずだと言い張りにーちゃんに要らないと言われようが、家賃として一〇万円と我が家の電気代の2/3を渡す。
部屋にあふれる最新豪華家電群を見ても分かる通り。
ランちゃんは使い道が無いだけで、基本的にはお金持ちなのだ。
「これは。仮に視線の主が田んぼの真ん中付近の上空、約四mに居ると仮定した場合、な。……南町ちゃんの家を含めて、見通せる住宅は地図上九軒有ったんで自分で見てきた、実質見通せるのは多分八軒だな」
大きなスピーカーに挟まれていったい、何型なのかわからないくらい巨大なモニター。
その上に設置された、更に巨大なプロジェクターのスクリーンで表示された昨日のデータと、南町家付近の航空写真。
その部屋で唯一生活感を醸し出す大きなデスク。
プリントアウトされた紙の束と三枚のディスプレイに埋もれるようにしてキィボードとマウスを弄っていたランちゃんは、画面の操作を止めてスクリーンを睨むと、両手の指を絡めて顎を乗せる。
「その八軒中、覗かれる可能性のある人間が何人居るか。だいちゃんに聞いてみたんだけどよ。……個人情報云々の話があっから、田舎とは言え詳細なデータは集まらねーとは言いながらだ。そんでもだいちゃんの知ってる限りの情報だけでも女子中高生なら四人、カテゴライズを妙齢のお嬢さん方とすると、実に七名にもなっちゃうんだよな……」
俺が知っているより数が多くなっている。
女子中高生に限っても、中学から転入したなら知りようがない、
ソースが実質町内会幹部のにーちゃんなら俺より数字は正確だろう。
見通せる家も俺が考えたより多い。
昼の内に“分析”は進めていたものらしい。
それに、まさか自分の目で見てくるとは……。
野良猫博士も、最近は生活時間帯がだいぶ日本標準時に近づいたようだ。
「運動会は大人の方が多いっつーのに、ウチの地区にどうしてこんなに若者が固まっているかはさておいて。――うん、大問題だ。やはり視線の主にやりたい放題させるのは不味い」
「それとランちゃん、あのさ。視線が後ろを振り向いちゃったら……」
これはにいちゃんが、そのまま引き取って答える。
「そう、そこも問題だ。隣の地区だから、僕も住んでいる人達の詳細まではわからないけど、……田んぼを挟んで反対側。田神地区は住宅地で、しかも町営住宅がある」
調べた、と言うよりはその程度は父兄として知っている。と言うことか。
「お前らが小学校だったときに限っても、百小生徒の四割弱がここの地区の子供達だった。田神地区は百小学区の中でも一番人が多い」
「しかも田んぼに隣接して住宅だの、だいちゃんの今言ったアパートだのが並んでんだよ……。そーゆー意味じゃ田んぼの向こう側に限っても、潜在的被害者の数は二十人を超えんだべなぁ。と言う想像は容易に付く。――事態はおおよそ最悪だ」
時間は既に七時半。
一時間半すると南町は西を向いて視線に耐えなければいけない。
そして視線に気付く事の出来ない他の女の子達も、同じ目に遭っている可能性がある。
そこに気が付いてしまった以上、確かに大問題だ。
「はしご、脚立、三脚、ラジコンヘリ……。全て田んぼの真ん中ではやはり無理がある。どこからどうして見ているか。それがわかれば、視線の主を特定する事も可能なのだろうけれど……」
「ねぇランちゃん。陽太はそう言うけどさぁ、それはホントにクレアボヤンスなの?」
「ん? ……うーん、それもなー。何らかの能力である事は間違いねー、としか現状言えんのだよなー」
と月乃に答えながらランちゃんはコーヒーカップを傾ける。
冷蔵庫にはアルコール関係のカンがしこたま入っているのは、先週アニメを見に来たときに見た。
この後、車で出かけるとも思えない。
ならばこれは自制してるのか、買ったばかりのコーヒーサーバーを使いたいだけなのか。
……後者だな。
「先ず、ヨウが映像として確認している事。テレパシー以外でもパストコグニションを映像として拾う事が出来るのはこないだの件でわかってる、だから他の能力発動時も同じ現象が起こると定義してもそこは問題ねーだろ。それに南町ちゃんの事もある」
プロジェクターがアビリティ・ディティクターの地図画面に変わる。
一カ所に三個、赤と青の点が点滅する。
そう、俺と月乃だけでなく、アビリティ・ディティクターも南町の能力発動を検知した。
南町もかなり強力な能力者。それは確定だ。
そして映像は見えないまでも、そのレシーバの力を使って、視線を確認出来ているならば。
視線の主もやはり能力者だ。
「更に、南町ちゃんの着衣が段階的に透けて行っている事。赤外線カメラの類では調整するにしても一枚づつ透かすなんてことは無理、っつーよりその必要がねー。……それにセーラー服はあたしも中学、高校と着てたが、服の構造やら着方が間違いなくセーラー服だ、いかにも学校指定のアンダーシャツまで見てるしな」
どうやら昨日の俺の話の中に、セーラー服を着た事の無いものにはわからない情報があったらしい。
意外と細かいところまで良く聞いてるな……。
「ツキ、後で指定の制服用シャツがあるか聞いてみ? ……いずれヨウがそこまで具体的に知ってるわけがねー」
「……偶に南町ちゃんを脱がせる事だって、あんだがも知んねーが。逆にセーラー服を自分で着て、今日はシャツをどうしよう。なんつーことはねーだろーからな」
「たまには脱がせちゃうのっ!?」
「ねーよ! なんで俺がアイツを脱がせるんだよっ!?」
「脱がすかどうかは、まぁ置いて。ヨウは間違いなく映像を“視てる”っつー話だ。盗撮カメラの電波を直接受信したんで無い限り、映像が見えるわけがねーんだよ。……但し」
なんだろう。電波受信の新たなスキルを付与されてしまってはたまらないんだけど。
「盗撮カメラのモニターを覗いているヤツがトランスミッタである可能性は残る。……んだけどなー。近距離でモニターしてんなら、あたしかだいちゃんが見付けてる筈だ」
見た映像がダダ漏れになる程の情熱を持って覗くものなのか?
……結局話は振り出しに戻る。と、そう言う事らしい。
「それに電子部品を設計するものとして言わせてもらえば、高レートの動画を百m以上、機械の方のいわゆるトランスミッターで飛ばすとなればそれなりの装置が必要になる。本来、盗撮目的なら定点カメラで放置、画像はあとで折を見て機械ごと回収。と言うパターンが無難だし確実だ」
「カメラ、おきっぱにするの?」
「リアルタイムで転送すれば当然、盗撮した画像を傍受されるリスクが発生するし、画像を送るための帯域確保が大変だ。一番手軽なのは携帯の回線だけれど、これは機材を押さえられた時点で契約から容易に足が付く可能性が高い」
「……ほぉ。だいちゃんは盗撮に詳しいねー」
ランちゃんが突っ込むと予想通り、にーちゃんはおたおたと挙動不審に成る。
けれど突っ込んだ本人はそれは無視して話を引き取る。
あんまりぞんざいに扱っちゃダメだよ、ランちゃん……。
「一応、散歩かたがた田んぼ周辺も見てきた。だいちゃんの言うとおり、確かに、あそこに何か機械を設置しっぱなしは絶対無理だべな。後も残さず撤収するとかそーゆーのも、まー、見る限りにおいては不可能に近けーわ。スニーカー履いてったんだけど、さすがに舗装してねーところには降りらんねがったもんなー」
確かに歩いて五分もかからないが、引きこもり博士が自分の足で現場検証をしてきたと言う。
覗き魔的なものは性格上、根本的に我慢がならないのだろうな。
ランちゃんの検証によれば。
見た限り、舗装してある部分は農作業用の車のタイヤの跡がドロでくっきりと残っていたそうだ。
本人が、あぜに降りる気にならなかったくらいだから。当然未舗装の部分はぬかるんで泥だらけ。
不安定だ、と言う事である。
ならば脚立、三脚。何でも良いがそれをぐらつかないように設置するだけで大仕事、泥まみれになる以上撤収も大変。
しかも痕跡が完全に消せない以上は、農家の人達が異常に気付かないわけがない。
それにそうは見えなくとも、田植え直後の今の時期。農家の人達は割と頻繁に田んぼに出入りする。
機械を設置したまま、も基本的にあり会えない。
特に田植え直後の田んぼの水量は、天気や気温によって結構こまめに変える。
だから田んぼや用水路、あぜ道に異常があれば農家の人達はすぐに気付く。
そして田んぼへの悪戯は小学校と町内会へ即座に連絡が来る。
その辺は田舎であっても、いや田舎であるが故かなり厳しい。
それに田神町内会は田んぼが終わったところから。田んぼ自体はウチの不動塚町内会。
苦情は一旦ウチの町内会にあがるはずだ。
「降りなくて正解だよ。この時期はあぜを子供が歩いてたくらいでもすぐに町内会に文句が来る。今のところは何も無いけれど、……その。特にランさんは、個人があっさり特定出来るから、……ね」
にーちゃんの心配もわかる。
こんな田舎で金髪ジャージの、言わなきゃ高校生にしか見えないような女性が、昼間から田んぼの中をふらふらしていれば間違いなく目立つ。
その女性は愛宕兄妹の後見人である手塚広大の身内、同じく後見人を自称するところの黒石蘭々華だ。
とは、町内の人なら大概知ってる。
つまりその件に関しては、町内会を通さずに。
にーちゃんにダイレクトに問い合わせが来る可能性もある。ということだ。
ランちゃん自身は、何気なくただ生活してるだけだとしても。
こんな田舎で金髪ジャージ、更に必要以上に童顔で見た目は家出高校生。
これは知らない人だって目にとめる。
意味も無く、目立つからなぁ。




