金曜日 2
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.13 本文、台詞の一部を変更。
「ストーカーまがいの人なんだと仮定して。でも、その類の人が大人しいって保証は無いんだからね。あんまり危ない事しちゃ駄目だよ?」
――直接接触とかは出来る限りしない方が良いと思うな。そう言うと先輩を歩くのを止めてこちらを見返す。
「正義感が強いのは結構だし、その娘を守ってあげられたら最高だけど。でも中学生だよ? 愛宕君は。出来る事も必然限られる。――キミに何かあったら本末転倒だよ。その娘もきっと悲しむと思うし、私だって知ってしまった以上……」
「いや、もちろん直接対決しようとか、そんな事は思ってなくて……」
「私が言うことでも無いけれど。……好きな娘を悲しませたら、いけないでしょ?」
「先輩、ちょっと待った。――誤解があるようだから整理しましょう」
「うん? 何かな」
――前提条件がそもそも間違ってます。南町は恋人とかでは無い。
幼なじみで月乃の親友。俺の事もまぁ友達だと思ってくれてはいるんじゃ無いかと思うけれど。
そういう勘違いはあっちも迷惑だろうし。
それに、そういう誤解は解いておかないと話が明後日の方向にそれる可能性がある。
そういう話題をメインに語る月乃と南町の会話はまるでとりとめが無い。
「ほぉ、なるほど。……愛宕君は彼女のことは好きでは無いと」
「白鷺先輩! この世界は好きと嫌いの二択のみなんですか!?」
「あはは……。そう言わない。あんまり熱心なもんだから彼女なんだと思っちゃった」
「そうじゃ、無いですけど」
「まぁ確かに。愛宕君なら、彼女じゃ無くても親身になって助けてくれるよね」
「友達だったら、俺に限らず先輩だってそうするでしょ? それに月乃だけでは……」
月乃だけでは能力の発動に気づけない可能性がある。
それに俺が居れば。
最悪。相手が攻撃的に何かの能力を使ったとしても、能力の一部でもジャック出来ればちょっとした隙くらいは作れる。
正面切ってぶつかることはしないにしても、逃げる算段をつけるくらい出来るだろう。
「それはねぇ。まぁ確かに月乃ちゃんも、スポーツ万能少女とは言え女の子だしね、暴走しがちなタイプに見えるし。――うん、じゃあわかった。調査の時はその子と月乃ちゃん、両方守ってあげてね? でも本当に危ない事、絶対しないでよね。約束できる?」
「おーけーです」
「でもその娘も可哀想だね」
「……?」
「経験は無いけれど、ストーキングされたり覗かれたり。自分のせいでは無いじゃない? 私は良い事も悪い事も、自分に起きる事は全部自分のせいであって欲しいと思うんだ」
「言うのは、わかる気がします」
「それにそういう被害者がもしも近所で話題になったら、きっとその人は生活しづらいだろうなって。――それこそ全然自分のせいじゃないのに、心ない事を言う人達だって居るだろうし」
……ホントは鹿又の事を知ってるんじゃないのか? と内心ドキッとする。
ただ、鹿又は白鷺先輩を尊敬はしていても、そこまでの話をする程親しくはないはずだ。
つまりこれは、今の俺の話に対する先輩の感想。
「新聞とかテレビで報じられるレベルになったら、それこそ被害者なのに転校とか引っ越しまで考えなきゃいけないだろうし。タチが悪いよね、そう言うの」
実際あなたの後輩の一人は、そう言う経緯をたどって県立を受験したんですよ……。
断片的な話を聞いただけで被害者と同じ発想が出てくる。
優しい上に頭の回転が速い、流石は白鷺先輩。
「引っ越しも、転校も。まぁ普通だってだいたい親とか家庭の都合で、本人の都合ではないけれど。ただ、そういう理由だったらイヤだな。……本当にストーカー、なのかな?」
「ただの覗き魔なのか、その辺は今は何とも」
「でさ、……覗かれてる。んだよね、その娘」
「本人はそう言ってます」
「昨日追いかけた、って言ってたけど。それなら、どこから覗いてるかは大体わかった。……って言うこと?」
東側、田んぼの上空辺りから。
と言うのはわかっている。
つまり全然わかってない。
「その辺り、って言うぐらいは。――足跡も何も、見付けられなかったんですけどね」
「ふむ。計画的、かつ慣れている。と愛宕君は思っている、か。じゃあ一旦犯人をその娘のストーカーではなく、覗き魔なのだとして考えて直してみようか。――そしたらさ、覗かれてるの、本当にその娘だけなのかな。と言う疑問が真っ先に来るよね?」
「え? それってどういう……」
「こんな言い方変だけどさ。昨日キミ達が探した場所が、覗く側にとってのベストポジション? だとしたら。それなら同じ場所から他の家だって、見れちゃうんじゃ無いかなぁって」
――考えてなかった! 被害者が南町だけじゃない可能性もあるのか……。
方法はともかく、田んぼの上空に陣取る事が出来たなら住宅六軒は見渡せる。
中高生に限って言っても南町以外に二人、年頃の女性として二十代を含めて縛りを緩くすれば五人は居たはずだ。
更に田んぼの上の視線が振り向いたとすれば……。
田んぼの向こうには町営のアパートや住宅、見通しだけで三十所帯を軽く超えるし、これはもう町内会的にも隣の地区。
いくら田舎とは言え。どんな人が住んでいるのかなんて、はっきりわかる訳が無い。
まして相手はクレアボヤンスの能力者とすれば。壁も窓もカーテンも関係ない。
田んぼから見える部屋は窓の有無を問わず全て危ない。
昨日だって南町が見えないから他の家に視点を移した、と言う可能性だってある。
なんて事だ! これじゃあ何をどう注意して良いかさえわからないじゃないか……。
「当然愛宕君はその辺まで心配した上で、わざわざ田植えしたばかりの田んぼまで調べに行ったんだろうけどさ。――場所的にはどう? カメラとかおけそうな感じだった?」
実際に現地を見たのはにーちゃんではあるが、状況は聞いている。
「田んぼのど真ん中でした。あぜ道も足下がぬかるんで歩くのもやっとな感じで」
「ベストポジション、田んぼの真ん中なの? うーん……。部屋が二階ならドローンとか、そういうのを使うのはあり、かも知れないけれど絶対、音でバレるよね」
「音……? 見たことあるんすか?」
「ウチの近所に河川敷公園があるの。そこで日曜日とかに飛ばしてるの、たまに見るんだけど。目の前だとTVとかのイメージよりも数段ウルサいよ? アレ」
にーちゃんは車のエンジンを止めた上で窓を開けて田んぼを確認している。
本人が、音でわかる。と言っていた以上そこまで想定の範囲だったはず。
蛙の声以外の何かが聞こえたなら。絶対に見落としはない。
「でもさ、愛宕君さぁ……、無理して“みんなの為の正義の味方”なんか、キミがしなくても良いと思うな。警察とか町内会に任せちゃえば良いんじゃない?」
「みんなって……。え? いや、あの。だって先輩」
「言い方が不味かった? あのさ、その娘の味方ならそれで良いんじゃないかって話。私だったらそれが良いな。――それにお姉さんが心理学的に何か結論を出してくれるかも知れないでしょ? そしたら、その時こそ、愛宕君の出番なんじゃないかなって」
先輩はここまで話を聞いた結論として、どうやら気のせい説を推したいようだ。
普通に考えれば田んぼの上空から覗きをかけるとかあり得ない。
だから先輩はランちゃんの分析した結果が気のせい。になるのが前提で話をしてるんだな。
覗き魔を追いかけるより、南町がランちゃんから気のせいだ。と、言われたときのショックをカバーしてやる。
それが俺の本当の仕事だと、そういう事を言いたいらしい。
確かに能力を完全に秘密にし続けると言う事ならば。
どういう結末であっても、南町に対しての最後の落としどころはそうなる。
視線の主を見付けようがどうしようが。南町に対する最後の結論は気のせい、になってしまうのだ。
当然今の時点でそこまでは考えていなかったが、最終的に南町にはその方向での説明が絶対に必要になる。
それはそれで結構可哀想な感じがするのは確かだけど……。
「誰がなんと言おうと、家のまわりに張り込んで、見えたと言われれば田んぼの中まで覗き魔を追いかけてくれる、友達の身を一番に重んじる最強、最後の味方。……それがキミ」
「俺が南町の味方、ですか?」
「幼なじみの娘、南町さんって言うの? ……そう、愛宕君は最後の最後、全てが終わってどういう結論であっても。それでも完全に南町さんの味方。キミにはそうであって欲しいなって言う話。――きっと愛宕君なら、言わなくたってそうするんだろうけどさ。頼りになる男の子だもんね、キミは。……私になんかあったときも味方してよね?」
――バイバイまた来週。部活、宜しくね。
駐輪場に自転車をおくと先輩は駅へと向かう。
日曜日が試験なので明日の土曜日は三年生のみタイムテーブルが変わる。
だから来週まで先輩とはもう会えない。……だからなんだという話ではあるが。
「南町の味方、……か」
駅の駐輪場で先輩を見送ってから、しばしぼんやりと。言われた言葉の意味を考えてみた。




