金曜日 1
2017.08.20 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.13 本文、台詞の一部を変更。
「試験の手応えみたいなものはどうです? 先輩」
「この手の試験って、ヤマをかけようが無いからねぇ。……半分より上になら文句はないんでしょうけど。全国の半分より上が最低目標って。ウチの学校ハードル高いよね、毎度の事ながら」
逆に言えば半分より下だった場合怒られるのだ。目標が高いなんてもんじゃ無い。
もはやハードルじゃ無くて走り高跳び、余裕で下を走り抜けられそうだ。
その高いハードルは、俺も年に何度か、超えろと強要されるのだけど。
梅雨の晴れ間の校門前。
明日も基本雨の予報。
当然綺麗な夕焼けとは行かないが、それでも時間的に空と風景は赤くなっていく。
最終バスまではまだ間があるが、そのバスはほぼ教師や職員が乗る為のバス。
この季節でさえバス時間には辺りは真っ暗。
と言う訳で既に中等部の緑の制服のみならず、高等部のエメラルドグリーンの制服さえ。
見通しにはもう、ほとんど居ない。
「と言う訳で、答え合わせもあるし。――実質週明けも部活に顔出せないんだけど。月曜まで、お願いしちゃっても。……良いよね?」
「全体練習も無いし、先生も来ないし。カギの開け閉めだけだから、問題は無いすけど」
今や吹奏楽部二年生代表の立場になってしまっている。
このまま秋には部長に推挙されそうな勢いだ。
これには本気で困っているのだが。
「ついでに次期部長もお願いね? こっちも問題ないでしょ?」
「それとこれとは話が別。そこは問題大ありです!」
白鷺先輩と二人、自転車を押した形で校門前。
どうやら先輩は息抜きに誰かと話したかったようだ。
だから駐輪場でたまたま俺を見付けた先輩は、部活の様子を聞く。
と言う大義名分の元、立ち話に興じている。
もちろん俺は大歓迎だが、試験勉強の他、通常の宿題もあるはず。
あまり引き留めちゃ、不味いんだろうなぁ。
「一年生は真面目にやってる? 今年の子達はその辺あんまり心配なさそうだけど」
「鹿又が基礎練習とかきっちり仕切ってるんで、放し飼いでも大丈夫ですね」
「放し飼いって……。鹿又さんか、その辺良いモノ持ってるものね。――籠ノ瀬さんのことも私、心配してたんだけど。ブラスに旨くなじんでくれたし」
「対人スキルも山伏修行の一環なんでしょ、あの二人の場合」
先輩に対して目を伏せなくて良いのは久しぶり。
顔を見て会話するなんて何ヶ月ぶりだろう。
何かしら久々に白鷺先輩をまじまじと見た気がする。
「何しろ後輩受けの良い愛宕君がサボらないで出てくれてるから、一年生がまとまってるよね。キミに良いトコ見せたくて、鹿又さんが張り切ってるのが目に浮かぶよ。ふふ……」
そう、サボらなければ。部長に対しては目を伏せる必要は無いわけで……。
いつもは俺から見ると立場やらなにやら。
全てが上に居る人ではあるので、大きな人のイメージがあったが、
改めてみると実はあまり上背はない。身長だけに限っても、俺とほぼ同じくらい。
もちろん胸が大きいだけで太っているわけでは無い。
そして結構、衝撃の事実。
現状、髪はそんなに長くなくて、せいぜい肩より少し長いくらい。
――髪切ったんすか? いつ頃から先輩をまともに見た事がなかったんだろう、俺……。
「私より眠そうな顔してるけど。また遅くまでゲームしてたんでしょ?」
「……してないです。ゲームは」
昨日寝たのは結局1時を回った。多少寝不足ではあるだろう。
ついでに。
ジャックする相手こそ居なかったが久々にコントローラを発動したせいか、朝から頭が重いのも本当。
これは寝不足とは少し違う感じなんだけど、
「じゃあ小説だ、本の虫だもんね。本を読むのも結構だけれど、時間は有限だからね?」
結局昨日南町から借りてきた羅生門、全く手つかずで自宅の机の上に置いてある。
あの状況で読めるわけが無い。
「あれ、ちがった……? えーと。どうしたの、愛宕君。おうちでなんかあった、とか?」
「ちょっと込み入っちゃってて、……駅まで付き合いますんで話、聞いてもらえますか?」
「良いよ。電車の時間が半端だなって思ってたとこだし。愛宕君こそ良いの? おうち、元の袴田町でしょ? 国道の交差点ならともかく駅まで行ったら完全に逆方向じゃない」
「自転車ならすぐですから。――先輩は口は固い、ですよね?」
「うーん、意外と信用が無い……。ちょっとショック。――まぁ、ダイヤモンドとは言わないけれどチタンくらいの自信はあるかな。大丈夫、内緒の話は内緒のままだよ」
「……結構な自信をお持ちで」
……ダイヤとチタン、固さってほぼ変わんないんじゃなかったでしたっけ?
俺のことでは無いから、固いなら確かに助かるんだけど。
愛宕家の家庭の事情を知った。と公言して以来、妙に俺に優しい白鷺先輩である。
いずれ聞いてもらえるならばと、ランちゃんに相談した時の説明。
そのダイジェスト版を五分程度で自転車を押しながらざっくり話す。
「変態、気のせい、幽霊、ね。……愛宕君の立ち位置としては変態説、その幼なじみの娘を覗き魔が狙ってる、って言う理解で良いのかな」
「俺って言うか、本人が覗かれてるって言うんで」
「覗かれちゃってるのは間違いないの? その娘」
「話を聞く限り、あながち気のせいだけでも無いみたいで」
何度消しても立ち上がってくる南町の背中の画像を懸命に何度もオフにする。
覗き魔の話と彼女の背中。完全に記憶が結びついてしまっている。
意外にも世の男性達は、女子の背中。その素晴らしさについて全くわかっていない……。
俺が気付いたことはどうしようか悩んだ末に話さない事にした。
能力関係を秘密にしてしまうと客観的証拠は何も無い。
アレはレシーバの能力者以外は気付けない。
能力関係は外部の人間にはNG。相手が誰であれ、話すことはできない。
だから昨日の事については単純に南町が感づいて俺と月乃、ランちゃんが廻りを探す。
そういう話になった。
――つまり、先輩には視線は南町以外感じていない。と言うのを前提になった話をした。
でも本当は。南町本人さえ知らないことまで、全てを知っている。
なので、実は俺が一番の当事者なんだけれど。
「それで、昨日は遅くまで張り込んでたんだ?」
「せいぜい十時前ですよ。――それに気配には気付いたんだけど、逃げられちゃったし」
「警察には通報したの?」
「証拠がまるで無いんですよ、足跡もなにも。一応今日、兄が駐在さんに話をしてくれる様に頼んではあります」
にーちゃんが会社に行く前に駐在所に寄ったはずだ。
「それと。勘違い説についても同居してる義理の姉が心理学者なので、分析してくれるようにお願いしてあります」
にーちゃんが、駐在さんに喋る内容を書いたシナリオライターの人は。
俺が家を出るときはまだガレージの二階で寝ていた。
今頃は何か分析しているだろうか。
何せ日本標準時を無視して生活している人だから……。




