木曜日 5
2017.08.19 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。
雨はいつの間にかあがっていて。
分厚い雲はそのままだが、雲の切れ間からはくらい空が覗き、一部には星も見える。
あえて家からは少し離れた新道沿いのコンビニの駐車場。
結構広い駐車場にはボルボだけ。
缶コーヒーを右手にボルボのハンドルにもたれるランちゃんと、後席でコーヒー牛乳と菓子パン、サンドイッチを両手に持って噛みつく車の中の俺達。
ボルボのダッシュボードにはいつの間にか後付ナビが取り付いている。
確かに元から付いているナビはデータが古くて。
近所の高速やインターが無いどころか、今居る新道を含めて俺達が小学生の頃からある道路が地図に無いから、確かに使い物にはならないんだけど。
「当てずっぽうだったんだがなー。南町ちゃんがレシーバだったとは……」
結局それなりにヒットしたものの、当初の発想は単に自分がカットした幽霊説を埋める為の方便としての第四の説であったらしい。
いい加減な……。
駐車場に不安定なエンジン音が近づいてくると、他に空いている駐車場はあるのにそのままボルボのとなりの駐車スペースへと入ってきて止まる。
車種は白い初代トゥデイ。
車からは、背中に百ヶ日町内会連合・青年部と書かれた緑色のウインドブレーカを着て、緑の帽子、【不動塚地区・防犯】の文字の入った腕章をまいたにーちゃんが降りてくる。
「不審な人物も車も、機材も一切見当たらなかった。あえて言うなら僕くらいだったよ」
あのランサーでゆっくり流していると目立つから、ランちゃんの軽自動車を借りた。
車から降りてその辺を調べる可能性もあるから、町内会の夜回りの服装。
その辺、実ににーちゃんらしくそつが無い。
「だいちゃん、お疲れさん。――あっつい缶コーヒーでいがった? ブラックだよな」
「サンキュ、ランさん。――さっき言われて、あれから千景ちゃんの家の東側をもう一度重点的に見てみた。千景ちゃんの部屋はわかったけど、壁にはしごかけるのは無理だよ。道路から丸見えになってしまうからね。更に道路の反対側、これはもう誰も隠れようが無い」
――何しろ見渡す限り田んぼだもの。
運転席のランちゃんに返事をしながらプルタブをひいて一口コーヒーを飲むと、フロントをぐるりと回り込んで助手席に乗り込む。
「……とにかくずっと田んぼだよ、東側は。アパートや住宅が始まるまで、ここに来る途中に車でざっくり計ってみたけれど二百m以上ある」
「田んぼの中は隠れらんねーの?」
「あぜ道でしゃがんでって事? 今は雑草も稲も背が低すぎてちょっと難しいだろうね。田んぼの中なんかは論外だよ、時期的に田植えが終わったばかり、水を張っているもの」
「あぜか田んぼにデカい三脚、一脚でも良いんだけどそーゆーのを立ててる可能性は? ――そんで赤外線カメラみたいので南町ちゃんの部屋を狙えたりしねーだろうか? 前に調べたことあんだよ。市販されてるヤツでもさ、一部のカメラは別段改造しねーでも、使い方と設定次第ではカーテンぐれーは透過出来るらしーんだな」
そんなカメラが売ってるのか。
何に使うカメラなんだろう……。
「いくら夜とは言え目立つよ。それに僕も一番最初にその辺を疑って、よく見たつもりだ。九時十分ぐらいの時点では、南町家の東側には田んぼより他は何も無かった」
「そしたら、ラジコンのヘリコプター? そう言ったヤツの線はど-だろ。電動だとスマホで動かせたりする分、ドローンが便利だろうけど。あたしは具体的には仕様は知らねーんだけど」
「確かにドローンなら個人の空撮用に特化したヤツも有るけれど、そう言うのは実は操作範囲が数百mってヤツがほとんど。つまり操縦してる人間は遠くに行けないから、僕かランさんが発見してておかしくない。それにカメラを後付するとしても小型の広角レンズのヤツでせいぜい、夜間の盗撮には向かないと思う。同じドローンでも重量物を運べるような大きいヤツも無くは無いけれど、そう言うのは当然所有者は限られるし」
「ふむ……。ね、だいちゃん。そしたらさー、逆に田んぼに農薬蒔いたりするデカいヘリならどーだろ。エンジンのしか見たことねーけど電動式のってねーの? 農薬タンクの代わりにカメラつけたら。そしたらどーだ?」
「なくは無いよ。むしろランさんがさっき言った様なカメラを抱えて飛ばすなら、個人所有のドローンじゃ難しいとは思う。でもその前に前提になるのが田舎の夜だ。電動とは言っても風切り音は無くせない。デカいヤツなら尚更だ。そこはドローンだって一緒だ。一応エンジン止めて窓を開けてみたんだけど、何も聞こえなかった」
ちょうど視線が南町を見ていた時間、田んぼには何も異常が無かった。
覗いていたヤツはどこから見ていたというのか。
本人が空でも飛んでたのか?
「ヨウ、お前が見た映像の話。ちょっと具体的に聞こうか。――あの場であえて口に出さなかったっつーくらいだから、よほどのものが見えたんじゃ無いかとあたしは思うが」
「ヤバいものは見えたよ……。南町本人にはとても言えない」
自分の感想は丸ごとカット。とにかく事実のみを淡々と話す。
話している間、ついもう一度見てみたい。
などと思ってしまいつつ、視線の主に対する怒りもかなり感じていることを自分で認識し、双方の意味で自分を抑えて客観的に話すのは結構大変だった。
「陽太! 何見てんだよ、このスケベ!!」
「おいダメ子、話の何処を聞いてたんだよ! 見えたの背中だけだ。それに南町が振り向かないように言った、つっただろ。がんばって色々誤魔化しつつ南町を守ったんだよ。――あとな、俺が見ようとしてたわけじゃ無くて、あくまで視線が流れ込んできたんだ!!」
「ツキ、何でも突っ込みゃ良いってもんじゃねーぞ。今のはお前が悪い。――能力の件も含めて上手いこと誤魔化したな、上出来だ。……それにお前の言う通り、今は南町ちゃんはよけーなことは知らんほうがいーだろー。とはあたしも思うべしな」
「下着はともかく、後ろ姿でも千景ちゃんだってはっきりわかったんだな? ……確かに僕も映像の専門家では無いけれど。でも夜間、しかも空撮でそこまで綺麗な映像が撮れるなら、それなりのビデオカメラが必要だと思う。機材だけじゃ無く技術も必要だ。ヘリもカメラも、素人では難しいんじゃ無いかな」
むぅ。空になった缶コーヒーの缶をドリンクホルダーに差し込むとランちゃんは腕組みでシートにもたれる。
「ねぇ、ランちゃん。陽太も私も見つけれなかったんだけど、ホントに能力者? 陽太なんか“持ち上げた”のに、それでも見えなかったんだし」
確かにあの状態なら。
断言は出来ないが、コントローラを発動していた以上、半径100mを超えて能力者の検知は出来るはずだ。
南町のレシーバに関して言えば、持ち上げられる前から気付いてた訳だし。
「その辺がなぁ。あたしも能力の事を完全に把握出来てるわけじゃねーしなー」
「ただ映像は見えたんだ、南町も見えないまでも気が付いてる。それは間違いない」
「使ってる能力は多分クレアボヤンス、ってー事になる。んだろうがなー」
「リモートビューイング、だっけ? ランさんの見解では、あの月の裏側を見たりするヤツでは無い、と?」
「うん。今のヨウの話だと、カーテン透かして在室確認をした上で、服を透かす時にも確認しながらやってるよーに見えんだよ。リモートビューイングなら位置がわかれば直接見に行けると思うんだ。だから使ってんのはクレアボヤンスのみ。で、いーんじゃねーかなーと思うんだけど」
「でも見通しには誰も居なかったわけだし、重ねて使う事も出来るのはこないだ……」
にーちゃんが言うのは、リモートビューイングとクレアボヤンスの複合発動。
これで未来予知が加わればそれこそ千里眼と言う事になる。
例えば。光人善道を名乗る宗教家が、パストコグニションとレシーバの複合発動で過去見の奇跡を起こしている。
複数能力の同時発動自体は特殊では無いと言う事だ。
走る事とボールを蹴る事。両方出来るなら、走りながらボールを蹴る事だって出来るだろう。
実は能力の複合発動は特別な事では無く意味合いとしてはその程度。
だから出来る出来ないで言えば出来るはず。にーちゃんが言うのはそう言うことだ。
「うーん。んだなー。……だいちゃん、あくまで仮説な。――リモートビューイングなら場所さえわかれば視線の到来方向は自由なんじゃねーかと思うんだ。要するに対象を三六〇度自由に見れるんではねーかと、現状あたしはそう思ってるっつーことな。そんで今回の件だけど、ヨウの話に寄れば東側からの固定されたごく狭い視野で、南町ちゃんを確認した上で服を透かしてんだよ」
「リモートビューイングを使えるっつーなら視点を背中に限定する必要がねー。当然視線は前に回って然りだ。具体的に言うとアレなんだけど一般的に肩甲骨よりも見たいものが、女の子の前方向にはあるべ?」
「見たいもの、……まぁ、そうかな」
「だいちゃんだって見るなら背中よりはおっぱいだろ。少し視点を下げりゃおしりも見えるんだろ-けど、男子的にはそこも前の方がいーんでねーの? まー、そこら辺の趣味は、なー。人それぞれなんだべげと」
「ま、まぁ。そうなのかな……」
「んでもさー、中学生女子のそれらを見たがるっつーのは人道にもとるっつーか、……人として間違ってるんでねぇべか。だいちゃん」
「いや、あの。どの時点から僕が見たい。的なそういう話になったのかがさっぱり……」
「だいちゃんの反応が正常で良かったよ。――ま、んだがらリモートビューイングは使ってねーんじゃねーかとあたしは仮説を立てるわけだ。上下左右に視線をふらなかったっつー疑問は残るけど、視線の到来方向に限って言えば移動してねーからさ」
知らんぷりして確認してんじゃねえよっ!
にーちゃんがロリコンなわけないだろ!
毎度の事ながら、自殺をもくろむ程に想っている割には、ランちゃんはにーちゃんの扱いが雑だよな……。
ここでさっき見えた画像がまた脳裏に蘇る。
あの南町の背中に浮き上がった肩甲骨。首から背中へと流れるライン。白くて綺麗な背中。
もう一度と言わず何度でも見てみたいと思うのは、これは正常な趣向からは外れているんだろうか……。
むしろ俺が変態へ一歩近づいた気がする。背中フェチとかやたら業界が狭そうだ……。
背中業界はさておき。
ランちゃんが引っ掛かっているのは視線の到来方向、つまりは視線がどこから見ているか。
そう。ランちゃんが言う通り、背中しか見えなかったのだ。
見たいのは背中より前だろう。
というのは一般的にそうだろうし、俺も男子のはしくれ。そこは否定しない。
引っ掛かるのは、視線はセーターで覆われて裸の背中を見ることが出来なくなってなお、背中を見続けた。と言う事だ。
あのときセーターは羽織っただけ。
セーターが覆ったのは背中から腰にかけて。
だからランちゃんの言いぐさでは無いが、視線を下げてもおしりは見えないのかも知れないが、視線を前に回せば。
そしたら当然ながら、“背中より見たいもの”、は全て見えてしまうわけだ。
つまり、ランちゃんが言うのは。
それをやらなかったので、視点変更は不可能なのでは無いのか。と言うことだ。
まぁそれも、視線の主が。
背中さえ見えればシャツだって一向に構わない。
と言う俺などはとうてい足元にもおよばないような超弩級、プロの背中フェチや。
もしくは普段から南町をメモ帳片手に尾行している様なストーカー。
そう言う連中で無ければ、の話だが。




