木曜日 4
2017.08.19 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2018.11.12 本文、台詞の一部を変更。
「――あら怖い。黒石さん、その話本当?」
「えぇ、実はさっき、打ち合わせに行った南署の人からちょっと小耳に挟みまして。まだ確たる証拠も通報も無いから表に出してくれるなとは言われているのですが。――まぁ、具体的な話でも無いですし、お母さんとあたしだけ。ここだけの話と言う事で……」
玄関で南町のお母さんとランちゃんが立ち話をしている。
既に金髪に戻した上で後ろで簡単にまとめた髪。
サイズが明らかに大きい長袖のカッターシャツにチノパン、薄化粧。
ジャージを羽織ってはいるが、それも何時ものヤツじゃ無いお出かけ用おしゃれジャージ。
一応それなりの格好をしてきている。
ジャージ女である一方。
意外にも、必要以上に人目を気にする部分も持ち合わせるランちゃんなので。
だから実はその辺については、誰かが何かを言うまでも無いのだけど。
「なのでウチのバカ共には、塾が終わったら必ずお嬢さんと三人まとまって帰る様には言ってあるんですが。なにぶん大きい弟は工場のシフトやら町内の会合やらある上、私は仕事柄、時間がはっきりしないので今日は家に誰も居なくて……。本当にこんな時間までご迷惑をかけてしまって申し訳ありません」
「良いのよぉ、黒石さん。若いんだから遠慮しない。ぜんぜん迷惑じゃ無いし」
「いやー、あたしに限って言えばお母さんが言う程若いとゆーわけでも。――自転車なら良いんですけど、やはり徒歩で誰も居ない家に帰るとなると。これはちょっと心配で」
自分で徒歩を強要しておいて心配するふりをするとか……。
要するに塾からの集団下校と、南町家に寄る事への言い訳をしてる様だ。
警察から変質者出没の噂を聞いたので大事を取って、と言う設定らしい。
ランちゃんがたまに警察の仕事を手伝っているのは近所では周知の事実。
野良猫博士で生活時間が定まらないのも田舎のことなのでみんな知っている。
本人の自覚が大幅に足りないだけで実は
“ウチの町内の立派な人”
のカテゴリにランちゃんは当然入っているし、ランキングもかなりの上位。
注目度は高い。
だから話を聞く側、南町のお母さんは当然納得するだろう。
俺の目から見ても田舎は権威とかブランドにめっぽう弱い。
警察から協力依頼がくる程の博士が言う事である以上、信じない理由をあげる方が難しい。
ランちゃんにしては設定がシンプルだけど、これより良い理由も多分無い。
そして予定通りに、南町のお母さんを旨く丸め込んだ様だ。流石は言霊使い。
「自転車だって良くないわよ。……そうだ、来週は二人にご飯。ごちそうしても良い?」
但し、ランちゃんの想定していないであろう方向に話が進みつつあった。
「あ、いや。そんなにして貰ったらあたし、大きい弟に、広大に。怒られます……」
「昔はみんなで食べたじゃない黒石さん、夏なんか子供達ビニールプールに入れてバーベキューしたりしてさぁ。うん。来週はあなたもご飯食べに来なさいよ、そうしましょ。あ、そうそう広大クン。そうよ、彼も呼びましょ。そう決めた、ね? 良いじゃない!」
「いや、あのぉ。……良いんスか、ね。そーゆーの」
「たいしたモノは出ないから気にしない。あと、車はダメね。近いんだから歩いてきて。――広大クンにも電話かけといてあげるから、その辺はおばちゃんに任せなさい!」
「えーと、だいちゃんまで。あの、ごっつぉーになったりすっと。えー、そのー」
想定問答から完全に外れた様だ。
おばちゃんパワーに押されつつ辛うじて対外折衝モードを保っていたのが、シナリオから外れて想定していた台詞が使えなくなったのでしゃべり方が通常モードに戻りつつある。
……まぁその辺、訛りを誤魔化そうとするしゃべり方とか押しに弱い性格とか。
そう言うのも含めて、南町のお母さんなら良く知ってるから問題は無いんだけどさ。
「あれ、ヨウじゃ無いか」
ようやくこちらに気付くやいなや。
逃げを打つ段取りを一気に固めた様でこちらに声をかけてくる。
「おー、南町ちゃんかー? 久しぶり! 似合うなー、セーラー服。なんだよー、たまには遊びに来いよー。知らないうちに美人になっちゃってさー、背もおっぱいも、もうあたしよりデカくなったんじゃないか?」
開口一番、中学生に負けを認めるなよ……。
「お久しぶりです、ランさん。最近も月乃さんからお話だけは。――お変わりない様で」
「おいおい、敬語で挨拶とかおねーさんさみしーぞ。すっかり大人になっつまってまー」
テンション上げる上げる。
そりゃそうか。南町のお母さんを置いてけぼりにして煙に巻かなきゃいけないもんな。
「……えーと、あのぉ」
ただ、ダシにされた方とすればたまったモンじゃない。そりゃそうだ。
「だから、大人になったっつー事なんだよ。大人だから挨拶だってキチンと出来る。あたしの戯れ言なんか気にすんな。南町ちゃんは品行方正なお嬢さん、そんでいーべよ。――それとツキ達から聞いてる、そっちは安心して任せろ。これでも一応専門家だ」
この内容ではなんの専門家だと言ってるのかは本人で無いとわからない。
多分本人だって深い意味は無いだろう。
ただ俺が知る限り幽霊の専門家でないことだけは確かだ。
「ちょっと千景、黒石さんになんかお願いしてるの? お母さん、聞いてないけど?」
「調べ物というか、なんというか。まぁあたしの仕事のちょっとしたアンケートなんか協力して貰うんで、むしろこっちからお願いっつーか。な? 南町ちゃん」
お母さんには見えない角度でウインク一発。
「えっとー、……うん」
こういう時のランちゃんは引きこもりには見えないんだけどな。
「迷惑になってなきゃ良いんだけどね。――じゃ、黒石さん、広大クンにも宜しく言っておいてね。来週火曜日は残業の予定入れないでおばちゃんとデートしましょうって。……うふふ。黒石さんが来るならお父さんも喜ぶわ。娘みたいに心配してるんだからぁ。その割に今だって恥ずかしがって出てこないし。――ちょっとお父さ~ん、黒石さん来てるって言ってんのに! テレビなんてどーでも良いでしょ!?」
「それは、どうも。あの、まっことあいすいません事で本当にその……」
『ランちゃんの、負け~』
イエス。
まぁ、はなからおばちゃんパワー全開で来られたら。
ぶち切れデストロイモード以外のランちゃんが勝てるわけが無い。
結局晩ご飯を呼ばれて断り切れないランちゃんなのであった。




