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Guilty Fist  作者: ジョセフ
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一章 異質の者たち Ⅴ

 けたたましく鳴り響く警報を聞きながらアビス=マーサーは、自分がここに連れてこられるまでのことを反射的に思い出していた。丁度、こんな警報が鳴っていたあの夜。民兵でも攻めてきたかと思ってベッドから跳ね起きた彼の目に飛び込んできたのは、決して多いとは言えなかった友人の亡骸だった。銃声、続いて悲鳴。今の今まで自分の【才能】によってもたらされる安全や治安に感謝してくれていた町人達が全身から血を吹いて斃れてゆくのはアビスの目に入らなかった。いや、関心が湧かなかったというのが正しいだろう。なぜなら、目の前に伏しているのは自分と同じく【才能】をもつ、かけがえのない親友だったのだから。彼の【才能】は人と戦えるような物ではなかった。この町にいる【狩る者】はもう自分一人だけだ。つまり、今この町で暴れている何者かは、【狩る者】の存在自体を消したい人物、或いはその回し者である可能性が高い。頭が切れることで知られていたアビスは瞬時にそこまで思考を巡らせる事が出来てしまった。純戦闘用の【才能】を持った彼の心が報復心によって腐り果てるまで、大して時間はかからなかった。体が熱を帯び、自分が自分ではなくなるような感覚。次に彼が目を覚ましたのは、廃墟と化した町の中心で無数の屍に乗り上げ、またそれと同じくらいの数の銃口に囲まれている瞬間だった。




 アビスが俺を怪訝そうな表情で見てくる。だが、何かを尋ねようとしているわけでもないようだ。今の状態では戦力と認識するのは難しいが、背後を襲われる心配もなさそうなので安心だろう、今の所は。カンカンと警備兵達が非常階段を上ってくる音が聞こえる。彼らは囚人を見張る「看守」ではない。脱獄を企てた虜囚の命を絶つ「兵士」なのだ。大人数と鉢合わせたら勝てる保証はない。

「ここの非常階段は無理だ。広間に行って階段を捜すぞ」

待ち伏せされやすいエレベーターは避けたかった。斃した看守から脱出ルートを聞き出せなかったため、広間付近に階段があることも確実ではないのだ。そして階段があったとしても、そこから警備兵が雪崩れ込んで来れば戦闘は避けられない。危険な賭けだった。それでもほかの選択肢はない。俺は体力を温存するため【才能】は使わずに、自分の力で全力疾走を開始した。アビスの気配もついてくる。そこで思い出したのだが、俺はアビスの事は名前しか知らない。【才能】の戦闘適性いかんによってはこれから行動を共にする可能性もあるというのに。だが、そのアビスの【才能】は未だに不明であり、ヤツが俺に敵意を向けてくる可能性すら捨てきれない。完全に信用するには程遠い相手だった。それでも、その静かな足音が、今は不思議と心強く感じられた。


 広間に警備は見当たらない。ここにたどり着くまでに独房がいくつかあったのだが、流石にその中の【才能】持ちを全員救出する余裕はなかった。もちろん戦闘要員の頭数は多い方がいいのだが、それで俺が死んでしまえば元も子もない。仕方なく連れていくのはアビス一人にしてここまで来た。後ろの状況を確認し、階段の下をのぞき込む。その瞬間、待ち構えていたかのように警備兵が飛び出してきた。ソイツは驚いたように目を見開くと、腰から無線機を取り出そうとする。その右手の親指が無線機に触れたときには、すでに彼の頸椎は粉々だった。拳についた血を囚人服に拭いながら装備を検める。すると、懐から小型ボートの物らしきキーが見つかった。それをポケットにしまい、先程拾ったナイフに持ち替える。下でどやどやと声が聞こえるが、彼らはここに上ってくる気はないのだろうか。どちらでも構わない。俺は、常人なら即死するほどの高さがある螺旋階段を飛び降り、ほとんど音を立てずに着地した。俺がこんな無茶をできる秘密は俺の持つ2つ目の【才能】にあるのだが、その話はまた今度にしよう。あたりを見回し、すぐに目に入った二人の警備兵の首を先程も使った方の【才能】、【瞬間加速(ターボ)】を使用し掻き切る。鮮血が噴き出したが、それには目もくれずに兵士たちの殺戮を続けた。状況を呑み込めている者がほとんどいない警備兵たちを斬るのは、実に簡単だった。最後の一人が【煙幕(ガス)】を使って目くらましをしてきたがあてずっぽうでナイフを投げつけて殺した。彼に刺さったナイフを引き抜いたその瞬間、階段の上から銃声が聞こえた。アビスが警備兵に追いつかれたのか?まあ、あんな連中に簡単に殺されるような奴なら、俺の計画に利用するまでもない【才能】だったということだ。が、銃声に次いで聞こえてきたのは、数人分のまとまった悲鳴、断末魔だった。バキバキと何かの砕ける音が聞こえ、上から人の一部だった物がいくつか落ちてくる。なるほど、なかなかやるヤツじゃないか。無傷で階段を下りてくるアビスの姿を確認すると、俺はまた出口を探り始めた。




 道中数人の警備兵と出くわしたが、そのたびにナイフを閃めかせれば簡単に斃れた。アビスも何人か殺してくれたが、どうも【才能】を使っているようには見えない。間合いを詰め、拳をいなし、関節を極めて肘を入れる。格闘術の動きだった。となると、彼は基礎的な身体能力もかなり高いのだろう。ここに来る前に何らかの戦闘訓練を受けていた可能性もある。ますます役立ちそうだ。そんなことを考えニヤリとしていると、出口らしき扉が見えた。だが、俺の【才能】では敗れそうもない。【瞬間加速】は単にスピードを上げるものであって、パンチで鉄を砕けるというようマンガのような能力ではないのだ。もう一つの【才能】も、ここでは使えそうにない。どうしたものかと考えていると、不意に肩をつかまれた。

「退け」

久しぶりに聞いたアビスの声だった。だが、今までにない力強さだ。それに気圧され、言われたとおりに後ろに下がると、代わってアビスが前に出る。一つ深呼吸をして、右手に力を込める。そのうちに、腕がバチバチと何かを発し始めた。空気の振動を感じながら唾を呑む。アビスの足元のコンクリートにヒビが入り、満身の力を込めて拳を打ち込んだ。轟音と共にがくんと床が揺れ、足を持っていかれそうになるが辛うじて踏ん張った。手榴弾を五つまとめて投げ込んだような大爆発の音と煙が収まると、そこには大きな風穴が空いている。冷や汗が流れた。俺が捕まる前、闇の世界のネットワークを通じて手に入れた情報の中に、この【才能】についてのもの(と思われるもの)があった。政府による【才能】持ち狩りは、この稀有(けう)な【才能】をもつ【狩る者】をあぶり出すためのものであると聞いた。他の【才能】とは違う、人類にとって最も危険な【才能】・・・。

 名を、【|有罪の拳《Guilty Fist》】と。

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