一章 異質の者たち Ⅳ
牢獄ほどではないにせよ、薄暗い廊下を看守に連れられて歩いていく。もちろんアビスも一緒だ。今まで俺の処刑が先延ばしにされてきた理由は謎だが、アビスが来た事で予定が早まったようだった。アビスの顔は牢獄に居た時と変わっていない。ただ、相変わらず全身から刺々しい殺気を迸らせていた。二人の看守も表情が読めない。相手の心情が視えれば戦闘が非常に有利になるのは経験から知っていたが、今回はその手は使えないようだ。だんだん処刑場が近くなってきたように感じる。時間が無い。アビスが俺の真意を悟ってくれることを祈るばかりだ。ちらりと自分に掛けられている手錠を見遣る。久し振りだという事もあって、以前よりも精神を集中しなければいけない。静かに目を閉じ、心の中で成功をイメージする。瞬間・・・
手錠を引きちぎる。今まで一切変化しなかった看守の表情が驚愕の色に染まった。その隙を見逃す程俺は優しくない。腰の拳銃に手を伸ばす看守の顎に向かって、【才能】で勢いをブーストした掌底を繰り出す。ぼきりと音がして看守は崩れ落ちる。【才能】持ちの俺とアビスを連行するのだから、彼も何かしらの戦闘向き【才能】を持っていたのだろう。それを披露して頂けなかったのは残念だが、今はチャンスと認識することにする。アビスの方に目を向けると、看守がアビスを後ろに押しやっているのが見えた。どうやら、アビスが俺と組んでいるとは思っていないようだ。ほんの一瞬、看守と俺の視線が交錯した。看守の右腕が膨らんでいく。バリバリという音と共に彼の袖が弾けた。裂け目からは赤とも紫ともつかないグロテスクな腕が顔を出していた。最もポピュラーな身体強化系【才能】、【筋力増強】だ。看守はその大きな腕を振りかざし、倒れた同僚には目もくれずに突進してきた。
「片腕だけの【才能】か。おまけに突進しか能がないと見た。だからお前らは弱いんだよ」
看守の膨れ上がった拳が俺の顔を叩き潰すその刹那。
彼は、後ろのアビスをも飛び越え、曲がり角に頭から叩き付けられていた。彼はもう起き上がれないだろう。俺は満足感から笑みを浮かべかけたが、アビスの冷たい視線のおかげで我に返った。気を取り直して生きている方の(顎を砕いてやった方だ)胸倉をつかみ、問いただす。
「ここから出口への最短ルートは?それから、ここに駐留している兵の数と、そいつ等のリーダーの【才能】も教えろ。質問に答えるかもう一発喰らって死ぬか、さっさと選べ!」
看守はがくがくと震えながら頷くばかりだ。考えてみれば、顎の骨が粉々になったヤツがまともに話せたらそれこそ鳥肌物だ。しかし、おびえているのは好都合だった。感情が不安定、或いは凄まじい恐怖にさらされている者は【才能】を運用できない。これには科学的根拠があるが、詳細な説明は省こう。さりげなく腰の拳銃とナイフをいただいて、今度こそ脳髄を壊した。
そこで俺はとんでもない失策に気付いた。二人とも自分ひとりで倒してしまったではないか。結局、アビスの能力を知ることはできなかったのだ。ひそかに落胆しながらアビスに拳銃を渡す。看守から脱出ルートを聞き出すことは叶わなかったが、はなから自分たちだけで脱出るつもりだった。久し振りに感じるナイフの冷たさを味わいながら周りを眺める。視線が天井に達したところで目に飛び込んで来たのはこちらを補足したきり動かなくなった可動式監視カメラだった。鳴り響く警報をバックに、半ば走りながらアビスに言った。
「ここを脱出る。急ぐぞ」