一章 異質の者たち Ⅲ
アビスが此処に来てから丸一日経った。未だ彼は俺と話そうとしない。丁度食糧の配給の時間だったので、動物園のような仕組みの箱から二人分の食糧を取り出し、半分をアビスに投げ渡す。袋を覗いてみると、いつものパンに缶詰、そして珍しく水が入っていた。固いパンに齧り付きながら、俺はこれからどうしようか考えていた。俺は前々から、使える【才能】を持っている奴が来たらソイツと一緒に此処を脱獄ようと思っていた。だが、今まで入ってきた奴らは【煙幕】だの【動体視力強化】だのと、ロクに戦闘に使えるような【才能】ではなかった。いや、3人目のヤツは【才能】の事を聞き出す前に処刑されたんだったかな。
とにかく、アビスのヤツもそいつ等と同じような【才能】なら、俺の計画には使えない。
だが、物は試し、黙々とパンを食べるアビスに近寄って聞いてみる。
「なあアビス、お前も【才能】持ちだから此処に連れて来られたんだろ?どんな【才能】なんだ?」
流石に露骨過ぎたか、アビスは答えない。自分の【才能】を明かす、という手も考えたが、脱獄後にこいつが外で言いふらす危険を考えて思いとどまる。まあ、アビスがどんな【才能】を持っていても、俺の処刑までに教えてもらえれば構わないのだ。というか、教えてもらう前に処刑されそうになったとしても、その時点で俺なら一人で逃げられる。仲間を探しているのは、建物から逃げおおせても追っ手が来る危険があるのと、俺の理想の実現のために戦力が必要になるからに過ぎない。つまり、俺は逃げようと思えばいつでも逃げられるのだ。それでも仲間に固執する理由は、俺が此処に入れられた理由と同じだ。
この世界から、【才能】持ちへの迫害を消す。
それが俺の理想だ。このことはまだ誰にも言っていないがな。それを1人で実現しようとした俺は力を使い果たしたために警官隊を捌ききれず、取り押さえられて気が付いたら此処に居た。それでも俺は諦めきれない。今まで何人もの【才能】持ちが目の前で射殺されてきたのを見たんだ。高い戦闘力を持つ筈の【狩る者】達ですら、そのことが政府にバレるのを恐れて隠してきた。俺もその1人だ。だが、政府はどうやってか【才能】持ちの情報を掴んで殺害、或いは投獄するのだ。それが赦せなかった俺は、反【才能】持ち派の要人どもを殺してきた。だから此処に入れられたのだ。だが、俺はあの時とは違う。何もかも1人でできるとは思っていない。仲間が必要だ。1人でも多くの手練れが。そのためには今すぐにでも、アビスの能力を知る必要が—————。
突然、ガコンと音がして扉が開き、警備が入ってきた。
「2人共、外に出ろ。【開始】だ」
どうやら、予定を早めることになりそうだ。