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濃煙にさらわれて

作者: 野兎
掲載日:2016/04/29


 煙は太陽を覆い、地に光りは届かない。地に生える植物は太陽を求め、いたずらに背を伸ばすがやがて灰になり消える。ここはエンルの湿地。地面には焼け焦げた巨大な足跡がつき、樹木は育つことなく業火に飲まれる。

 ここは人の棲む場所ではない。作物は育たず、動物もいない。いるのはただ悪霊とその類いのみであった。


 そのモノクロの世界の中に一人の少女が歩いていた。紅い双眸(そうぼう)からは大粒の涙が溢れ、足取りは力なく喉は枯れ果てていた。

 今は夜か昼か、それもわからぬほどの暗さの中、少女は助けを求め歩くだけ。

 その暗闇の中、遠くに一つの灯りが見えた。ここに人はいない。しかし少女はそこを目指して歩くしかなかった。泥濘(ぬかるみ)に足を取られながらも少女は歩く。

 その小さな光は近づくにつれ大きくなっていく。ランプほどの大きさだったものが、人ほどの大きさへ。人ほどの大きさだったものが家ほどの大きさへ。

 少女は、疲れ果てていた。


「人の子よ……なぜここにいる」

 そのものの大きさは大人二十人ほど。肉がなく細い針金のようなものが複雑に絡まり合って、体を作っている。その足はその高さを支えられると思えないほど細く、その顔は円のようなものがあるだけで口も目も鼻もない。

 そしてそれは燃えている。パチパチと何かを爆ぜさせながら、黒い煙を出しながら、燃えている。炎は大地を、空を焦がす。足の片方が差し込まれている沼は沸騰していき、やがて乾いた地面となる。そしてその後にはまた水が流れ込む。植物は瞬く間に萎び、土の中に顔を埋める。


 少女はただただ呆気にとられ、その巨人を仰ぎ見る。そして少女は幼い頃聞かされた話を思い出した。


『悪い事してると火の巨人が来て、晩御飯が全部食べられちゃいます。だけど良い子にしてたら、美味しい御馳走を持ってきてくれるよ』


 そして良い子にしていると少女の分の晩御飯だけ少し多くしてもらえたものだ。

 少女はそんな事を思い出しながら、逃げようとしたが、その足は沼の土になってしまったように動かない。



「わ、私、良い子だもん……」

 精一杯声を張り上げて言ったその言葉は小さく、かすれていた。

「は?」

 巨人は体を曲げ、少女に顔を近づける。顔からは黒い煙が立ち上り、少女は一歩二歩と後ずさりした。


「迷い子か、追放者か。迷い子なら道を教え、追放者なら、また道を教えよう。ここは忌むべき土地。神の山が火を噴く前に答えよ、人の子」

 少女はただ歯を食いしばり巨人を睨みつける。巨人と少女の睨みあいは数分間続いた。

 巨人はもう一度顔から黒い煤を出し、体を元に戻した。そしてため息を吐くように空中に火を吹いた。

「まだ幼子のようだな。仕方ない。人の子よ。腹は減っておらぬか?」

「減ってない!」

 その時、少女の腹がなった。

 巨人はケタケタと笑い空中へ黒い煙を吹き出し、少女を掴み取った。その炎は優しく少女を包み込み、少女は巨人の燃える手の中にすっぽりと収まった。

「幼子じゃ。細かいことを必要もなかろう。愉快な客人ができたものだ」

 巨人の笑い声と少女の叫ぶ声は煙る湿地の中に消えていく。


 そこには焼け焦げた地面と小さな少女の足跡だけが残った。その足跡にも水は貯まり、形を崩していく。


 その少女が紅き瞳を持つ救国の英雄、火の巨人を従えし者と呼ばれるようになるのはもうしばらく後のことである。


お読みいただきありがとうございました。

続きとかの構想はあるんですが時間がありません。誰か書いてください。

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