ルリの花~宮廷魔道士、後悔する~
殿下に呼びつけられて、可及的速やかに駆けつけたら、そこは血の海でした。──少し前にも似たような事あったんだけど、なにこれ、既視感?
「宮廷魔道士よ、よくぞ参った」
鷹揚に仰られるけど、殿下は返り血で真っ赤。麗しいご尊顔なんて、凄惨な有様なんですけど!? 転がってる生首、側室様だし。え、殿下がやったの、これ。先日、ご寵愛の奴隷ちゃんが惨殺されて、ついに殿下ご乱心?
……いつもみたいに軽口叩ける雰囲気じゃないね。
「で、殿下。火急のご用件とあって馳せ参じましたが、後宮は男子禁制。場所を移しませんか?」
「安心しろ。──側室など、もう誰もおらぬ」
あ、これ追及したら駄目なパターンだ。背筋がぞくっとした。鳥肌立ったよ……。お目付役のランスロットサマはどうしたのさ!? こんな時こそ彼の出番だろ!?
ぼくみたいなぽっと出の新参者じゃなくて、ルークスソーリス家に代々仕える腹心はどこ?
「宮廷魔道士、何をしている?」
「な、なんでもありません! 殿下、ご用命は何でしょう?」
うっかり挙動不審になってしまった……。早く用事済ませて、研究室に戻ろう。
「お前の作ったこの首輪の、監視の記録を検めたい」
ついに犯人探しをする気になられたのか。殿下の凶悪極まりない姿を見ると、思わず犯人に同情してしまう。絶対楽に死ねないよ。奴隷ちゃんが殺されて、殿下は開けちゃ行けない扉を開けちゃってる。
まだ見ぬ犯人の冥福を祈りながら、ぼくは首輪を受け取ると、石に杖を当て、呪文を詠唱する。魔法とは、一般人が王族の異能を再現するために開発した技術だ。一点に特化した異能と違い、応用が利くが手間暇かかる。殿下にせっつかれないか、内心ハラハラものだ。
『disclosure』
人造精霊の可視化に成功。石と同じく全身水色の精霊は不定形で、かろうじて人に見える形だ。人造といえども精霊だから、幻想的な姿を想像した? 残念!
いずれは相応しい姿にしたいけど、まだまだ改良の余地ありなのさ。現段階では、これが精一杯。
………でも、可笑しいな? 水色の炎が安定してない。不自然に崩れている。特に顔部分、穴が空いただけの眼窩の周りがどろどろに溶けてるんだよね。いや、これ溶けてるっていうか……。
「……泣いている?」
そうそれ! 殿下の呟きどんぴしゃりっ!! でも、人造精霊には殿下への忠誠心や、命令を遂行するための簡単な思考は与えても、喜怒哀楽なんて高等な感情はインプットしてないはずなのにな。まあ、想像以上の事が起こるから研究って面白いんだよね。
「こほん、試作58号。監視対象の映像を映し出しなさい」
人造精霊──試作58号に命令する。かろうじて形を保っていた試作58号は流動し、とぷんっ、と水溜まり(いや、炎溜まり?)を作る。
炎溜まり状態から立ち上る陽炎で出来た鏡には、命令通り奴隷ちゃんと殿下が向き合う姿が映っていた。
もうかれこれ3年近く前になるのかな? 首輪をはめる所から始まってるのか。こうやって見ると、殿下全然変わってないね-。
映像と見比べるために殿下の方を拝見する。……殿下は、泣きそうな顔で奴隷ちゃんを凝視していた。
「ささ、殿下。確認したい日付、時刻を仰って下さい。正確に分からないようなら、試作58号にキーワードを言えば検索する事も可能です」
殿下は迷われたようだけど、奴隷ちゃんの日常を適当に抜き出して、観察を始めた。
映像は、首輪の石が基点だから、概ね奴隷ちゃんの視点に近いかな? 奴隷ちゃんの手や体の一部は映っても、顔はあまり映らない。ただ、向き合う相手の顔はよく見えた。どいつもこいつも、奴隷ちゃんを蔑み、嫌ってる。
ぼくも覚えがある。殿下の周囲って排他的で、異質なものを排除したがるんだ。ふらふら放浪していた根無し草の分際で、殿下に気に入られ、抜擢されたぼくも例外じゃない。
でも、無視や嫌がらせを差し引いても、資金は使い放題だし、貴重な材料は手に入る。たまに殿下の我が儘さえ聞いておけば何を研究しても咎められない。メンタルさえ鋼なら、こんないい職場ないと思ってたよ(過去形)。
……ぼくと違って、無理矢理連れてこられた奴隷ちゃんには、酷な環境だったかもしれない。試作58号が良い具合にダイジェスト版化してくれてるから、映像はサクサク進むけど……。
罵倒、陰口は当たり前だし、育ち盛りなのに食事もまともに出されてない。側室方には暴力を振るわれる。これは酷いね-。
殿下痛ましい顔してるけどさ、貴方の所業もかなりのものですよ? 怖いから言えないけども。
あ、でも白木蓮の方優しい! 上着貸してあげてる! 殺伐とした画像の中で一点の癒しというか、奴隷ちゃんも嬉しかったのか、お花をあげてる。いやー、心が和む……………って、ひぃぃぃぃっ!? 殿下の顔がむっちゃ怖ぁ!?
そ、そういえば、今ここに転がってる生首、白木蓮の方だった……。お二方の間で何があったんだろう? 気になって、映像に集中出来ないよ…………。殿下の様子に気を取られている間に、映像は進み───そして、佳境に差し掛かる。奴隷ちゃんが死んだ日だ。
留守番を命じられ、部屋にこもる奴隷ちゃん。大事にしてた花の残骸を延々掻き集める白い手は、なんか心にくるね。変化のない画像に嫌気がさした所で、揺れる視界に、轟音。……ここからだ! 殿下が食い入るように鏡を見つめている。
部屋から出た奴隷ちゃんが見たのは、仕事放棄しているとしか思えない使用人に、兵士。外に集中し過ぎて、中が疎かになっている。侵入者を見つけたのは、奴隷ちゃんだけ。
『はっ! 戯言をほざくな。いいか、結界が破られたなどという報告は受けていない。この城を守護する結界は、炎の精霊王様が手掛け、殿下のお力で維持されているのだ。侵入者を見たなどというのは、お前の見間違いだ。首輪無しでは殿下に忠誠も誓えない、お前のような者の言葉、信用に値せん!!』
こいつ、確認もしないで奴隷ちゃんの報告切り捨てやがった!? 見覚えある顔は、兵士長だ。明らかな職務怠慢じゃん。……怖くて、殿下の顔見られない。奴隷ちゃんは一人で、侵入者を追いかけて行く。
「……リッカは、何故侵入者を追ったのだ?」危険なのに。
呆然とした殿下の声。それを、貴方が言うのか……。
「留守を守るよう命じたのは殿下でしょう? 彼女には選択肢がありません。みすみす侵入を許したとなったら、首が落ちるのですから」
侵入者が向かった先が後宮というのも大きいと思う。今までの画像を振り返っても、奴隷ちゃんが心を許したのは白木蓮の方だけだった。……彼女は、どうせ命を懸けるなら、白木蓮の方を守りたかったんじゃないかな。殿下も理解したのだろう。握りしめた拳から、新たに血が滴り落ちる。
やがて、奴隷ちゃんは侵入者に追いついた。褐色の肌に黒い髪の、ダークエルフ混じりの王族か! 奴隷ちゃんがその腰にしがみつくと映像にノイズが走り、場面が切り替わる。転移したんだ。試作58号ちょっと止めて!!
「これは珍しい! 転移に特化した……いえ、進化した異能です。具体的に言うと、行きたい場所を設定すれば、瞳に魔法陣が浮かび上がる。この魔法陣が対象をスキャンして解析して、見えない場所の大まかな位置を把握する。それによって、行った事のない場所でさえ転移が可能になっています! 転移の常識を覆してますよ!」
すごく画期的! 精霊王の結界すら通り抜ける強力な異能──これは転移チートといっても過言ではないね! 興奮するぼくの説明を聞いているのかいないのか、殿下は怨敵を見るような眼差しで侵入者──奴隷ちゃんを殺したと思しき男を睨んでいた。ターゲット・ロックオン?
男の素性を調べるためにも、続きを見ないと。ん? 何か召喚した? いや、これは物体取り寄せだ。転移の応用か。能力の幅広いなぁ。
奴隷ちゃんが撃たれた。銃弾を受ける度に、試作58号が声なき悲鳴を上げる。……長く一緒にいたからか、奴隷ちゃんと同調してるのかも。興味深い反応だね。
男の目的も判明。狙いは王冠か。後宮にあるみたいだし、それを調べれば男の身元は特定出来そうだ。
それにしても、動機が怨恨とはね。殿下を大声で詰りながら、奴隷ちゃんを痛めつける男。蹴り飛ばされた奴隷ちゃんはひっくり返り、銃口を突きつけられ、為す術もなく男の激情をぶつけられている。
あ、漠然とだけど、男が殿下の動向を察知してる。これはエルフの超感覚のなせる技か。転移といい、捕まえるの難しそうだな……。ぼくが色々考えている内に、その時は訪れた。
『──奪われる痛みを思い知れ、ディアマンド』
映像は奴隷ちゃんの死で幕を閉じる。なんて言うか、やり切れないな……。最期、笑ったまま死んでいた奴隷ちゃんは一体どんな気持ちだったんだろう。結果的に、男の宣言通り、奪われる痛みを思い知らされた殿下は?
ギリギリと拳を握りしめ、唇を噛む殿下。……言葉もないか。当然だね。きっと、やり場のない怒りと悲しみが殿下を苛んでるんだろう。今まで映像の確認を避けていたのは、奴隷ちゃんの最期を、死の決定的瞬間を見たくなかったから。歪んで、間違っていたけど、殿下は確かに奴隷ちゃんを愛してた……。
──────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ──────
胸を引き裂かれるような泣き声が、何とも言えない沈黙を打ち破った。こんな悲しみに満ちた声、聞いた事がないよ……。不思議だけど、試作58号にはやっぱり感情が芽生えてるみたい。何なんだろうね?
「リッカの死を、嘆いているのか」
「そのようですね」
予想外だけど、これからの研究の良いサンプルにはなるか。もう使い道ないし、試作58号を回収しようとしたら、先に殿下が動いた。
「……誰も、悲しむ者はいなかった。余を慰める口で、リッカの死を正当化する者ばかり。お前は、リッカのために泣いてくれるのだな」
そう言って、殿下は懐から大切そうに何かを取り出す。殿下の瞳の色そっくり、小さな紅い宝石だ。紅玉や柘榴石ではない、見たこともない美しい石を、殿下は人型に戻った試作58号に与える。
「……余は、もう泣かぬと誓った。リッカに笑う事を強要した余に、最早泣く事など許されない。だから、お前は余の分も、リッカのために泣いてくれ」
試作58号は泣きながら頷き、殿下の石を取り込んだ。次の瞬間、石の力なのか、試作58号に劇的な変化が訪れる。
深みのない水色は、澄んだ紫がかった青に。幼児の作った泥人形のような姿は、美しい少女のものに変貌する。生まれついての精霊みたいだ……。炎の鬣の如く渦巻く髪や、高貴な顔立ちは殿下にそっくりだけど、どことなく奴隷ちゃんの面影も重なる。稚い容貌と合わさって、まるで二人の娘のよう。……意図的だとしたら、殿下、相当痛いなぁ。
試作58号の固く閉ざされた両の眼からは涙が流れ続ける。これじゃあ、まるで泣き女じゃないか。綺麗だけどさ。二人は、傷をなめ合うように寄り添った。
「お前の名は、『ルリカ』だ。これからは余の傍にあれ。──これを授けよう」
殿下が差し出したのは血塗れの剣。試作58号改め、ルリカは騎士の叙勲のように剣を賜った。……ぼく、とんでもない事に立ち会ってない?
「ルリカ。お前は知っているな? リッカを蔑んだ者を。傷付けた者を。余達から、リッカを奪った者を。お前はその剣で、連中の首を落とせ」
はあっ!?
「で、殿下? それは虐殺命令ですか!?」
奴隷ちゃんを殺した男どころか、この城の大半が死ぬんじゃない?
「そうだが、それがどうした?」
殿下は嗤う。無邪気に、残酷に。
「余のために死ぬのは本望なのだろう? だから首輪をつけたリッカを馬鹿にした。……あいつらが不名誉だと言った、斬首で死ぬのだ。お似合いの最期ではないか!」燃やしてなど、やらぬ。
……ああ、やっぱり殿下は狂ってしまったんだ。
ルリカも嗤う。涙を流しながら、殿下そっくりの微笑みで。そして、殿下の命令は遂行される………………………………。
まず最初に殺されたのは、奴隷ちゃんの報告を無下にした兵士長。次に、罵倒してきた一般兵士達。奴隷ちゃんに食事を与えなかった料理人。陰口を叩いた侍女や侍従。皆みーんな、殺されちゃった。
かろうじて生き延びた住人は、戦々恐々、いつ首を落とされるか分からない恐怖に怯えて生きている。もちろん、ぼくもね。
でもこれ、因果応報なんだよね……。映像を思い返すと、奴隷ちゃんは、よく震える手で首輪を撫でていたっけ。
ぼくらが感じている恐怖は、かつて奴隷ちゃんが味わっていたものだ。
いくら命令でも、あんな首輪、作っちゃいけなかったんだよ……。後悔しても、もう遅いか。殿下とルリカの狂気は、いまや禍々しささえ帯びている。
…………………いつか、隙を見て逃げだそう。ぼくは密かに決意した。無理っぽいけどね(泣)。