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ルリの花~側室の想い~前編

 白い花で埋め尽くされた庭園の、夜の美しさは格別です。結界越しの月光は冴え冴えと。はらはらと散る木蓮の花びらは雪のよう。一人佇む少女さえも美しく調和しています。あの子なら雪月花、どの妖精だとしても似合うでしょうね。殿下が見惚れてしまうのも、分かります。


 ……けれど、息を飲む程美しいのに、同時にひどくもの悲しいのは、何故でしょう?

 わたくしには、微笑みを湛えたあの子が、いつも泣いているように見えてならなかったのです……。





 わたくしは白木蓮。殿下の側室の一人です。

 今は無き大国の由緒正しい王女にして、殿下のための籠の鳥。それが、わたくしの存在意義──でした。


 自分で言うのも何ですが、わたくしは美しく控えめで、背中の翼もあって、天使のようだと言われて参りました。王家の血を濃く引きつつも、有翼人の先祖返りという事で、異種族との架け橋にもなり得る理想の駒。幼い頃より殿下の正妃となるべく、ランスロットに薫陶を受けてきました。


 ………薫陶と言いつつ、はっきり申しまして洗脳でしたね。


 でも、後宮の姫君は大抵似たり寄ったりです。同盟国から嫁いできたり、敗戦国からの貢ぎ物だったりで、国と、女としての誇りを守るために、殿下を敬いつつも、寵愛を競うように調教済みでしたから。


 盲目的な女達をまとめ上げ、皇帝の後宮のように、破綻させないよう調整する。それが正妃候補たるわたくしの役割ですわ。……そんなわたくしだからこそ、毛色の違うあの子(・・・)に惹かれたのでしょうか?


 殿下が連れてきた奴隷の少女。わたくしは、殿下に無償の愛を捧げておりましたが、殿下からの愛は求めておりません。そのように教えられ、育ちました。だからか、他の側室と違い、殿下の愛を独占するあの子に不満はないのです。


 むしろ、あの子を初めて見た時から、子猫のようで微笑ましいと思ってましたの。笑顔の仮面で身を守る、怯えた子猫。なんて、なんて可愛いの!! 手を差し伸べたら、引っかかれるやも。……優しくしたら、わたくしだけに懐いてくれるでしょうか?


 わたくしはそんな身勝手な思いから、あの子に優しくしようと決めたのです。


▷▷▷▷▷

 

 あの子と親しくなるためには何をすればいいか、わたくしは悩みました。幼少の頃より後宮で育ち、かしずく者はおりましたが、友達なんていないのです……。他の側室とは茶会で交流しますが、目的は友好でなく牽制ですし。


 やはり、ここは餌付けするべきでしょうか? 何やらいつもお腹空かせているようだから、効果があるかも。でも警戒して食べてくれるか分かりませんね……。

 そうだ。殿下なりの深謀遠慮があるのでしょうが、あの子がいつも待機を命じられる“白の花園”は、夜になると急激に冷えこむのです。温かい上着を差し入れるのはどうでしょう! 我ながら名案です!


「このショール、端が少しほつれていましたの。みっともない格好で殿下の元に参るわけにはいきませんわ。少しの間、預かって下さる? 羽織っていても、構いませんから」

 白木蓮の木の下で、わたくしはドキドキしながら作戦を決行しました。


 お仕着せがましくなっていませんよね? 施しを嫌う方もおりますから、言い回しも吟味したつもりですが……。


「承知致しました────ありがとうございます」

 少し間が空いたから焦りましたが、受け取ってもらえました! しかも…………作り笑いでない微笑み付きですよ!! 天にも登る心地です(すでに天空ですが)。それにしても、凄まじい破壊力です。


 いつもの作り笑いはやんわりとした拒絶ですからね。こんな笑顔を見せられたら、この子を疎む人も減りそうなのに。


 …………この時のわたくしは、あの子の事情を何も知らなかったのです。


▷▷▷▷▷ 


 殿下の指名はローテーションで回って来ます。あの子が来る前は、殿下が気まぐれにお渡りになっていたのですが、何故か後宮から、あの子の引率で殿下の寝室に移動する事になったのです。後宮の外に出る事が無かったわたくしは、その点でも彼女に感謝しておりました。


 狭い範囲ですが、自由が増えたのです。それに初めて訪れた“白の花園”は美しくて、自分の名前の由来、白木蓮が咲いているのを見た時は感動しました。少しはしゃいでしまったので、あの子はわたくしが花好きだと思ったのでしょうね。


 幾度目かの引率の時の事です。

「これを、どうぞ」

 部屋まで迎えに来たあの子に、見たこともない花を差し出されました。とても嬉しくて、にやけそうです。平静を装うのに苦労しましたよ。


「なんて可愛いらしいお花。ありがとう、大切にしますね。これは何という花なの?」

「……パピの花を乾燥させたもので、ハリの花と言います。とても壊れやすいのでお気を付け下さい」

 パピ。あの子の通り名の花。この日から、わたくしの一番の宝物になりました。


 ハリの花はあの子の言葉通りとても脆そうだったので、宝箱に入れて、微細な振動で壊れないよう、空気の膜で覆います。

 わたくしは風を操る異能持ちなので、風の結界の応用ですね。とてもささやかな力ですが、初めて役に立ちました。


 こうやって交流を重ねて、ちょっとずつあの子と仲良くなりましょう。いずれ本当の名前も知りたいですね。花のパピはとても愛らしくてあの子にぴったりですが、いささか間抜けな響きだと思いませんか? あの子にはもっと凜とした名前が合ってます。


 それにあの子はパピと呼ばれても、ちっとも嬉しそうじゃない。いつか、本名で呼び合う日が来たらいいと、わたくしは夢見ていました。その夢が叶う事は無かったのですが……………………。



 少しは距離が縮まったと思ったのですが、あの子とわたくしの関係は変わりませんでした。世間話を振っても、悲しそうに笑って断られます。でも、それは仕方ない事です。周囲の、特に他の側室の、あの子への風当たりは強くなるばかり。殿下に情けを縋っても、聞く耳を持ってもらえません……。

 正妃候補が片腹痛いです。わたくしは、あの子のために何もしてあげられない。ほんの一時、わずかな温もりを与える程度の存在なのです……。




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