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ハリの花~独りよがりな殿下~前編

 一目で、心奪われる出会いだった。



 パトリという名の小さな国で、余、ディアマンド=フラムマ=ルークスソーリスはかけがえのないひとを見つける。

 穏やかな陽だまりで、白い花に囲まれた少女。ふわりと微笑みながら、一輪一輪花を摘む横顔の、なんと優しいことか。まるで一枚の絵画のようだ。

 

 ……けれども、残念である。白い花はパピの花という雑草の仲間で、少女もありふれた淡い金髪に、下賤な黒い瞳の組み合わせ。王族はおろか、貴族の血すら入っていないだろう。


 パピの花は繁殖力が強く、庭園に植えると他の花を駆逐せんばかりに蔓延ってしまう。可憐だが、余の花園には相応しくない。

 彼女も同じだ。後宮に入れる事を許されない野の花。しかし、余は諦めきれず──彼女を、奴隷に堕とした。



「お願いします! 私を元の場所に帰して下さい……。病気の兄がいるんです!!」


 面白くない。余に仕える事は名誉なのに。泣いて平伏ひれふす彼女に、余は囁く。“正妃の涙”の噂、病院のこと、余の目的。たかだか田舎の小国を生かすも殺すも、余の気まぐれ一つだという事を。兄の命が余に握られているのを知り、彼女は従順になった。なのに、余の臣下達──特に一番の忠臣・ランスロットに猛反対された。


 長きに渡る戦争は、皇帝が後継者を指名しなかった事が発端だ。我が王家に伝わる話だと、皇帝には最愛の妃がいた。精霊王にも認められた正統な皇妃は、しかし子を残す事無く、若くしてこの世を去ったという。皇帝は以降正妃を定めず、服従の証に差し出された側室・妾に次々と子を産ませ、当然の如く、後継者争いが勃発。


『次の皇帝は、“正妃の涙”を手にした者に』


 皇帝が死の間際に残した言葉とされている。皇子・皇女はそれぞれ国を立ち上げ、我こそが正統なる後継者だと宣言し、“正妃の涙”を探した。しかし、未だ手に入れた者はおらず、半ば伝説と化している。


 ……皇帝は統治者として優秀だったが、詰めが甘かった。我が王家は精霊王の血というアドバンテージがあるものの、そのせいで子が成し辛いが、それでも皇帝の話を教訓にして、側室は最小限に留める事、必ず王家に連なる者を選抜する事、側室の中で子を成した者の中から、最も優秀な者が正妃になるなど、徹底されているのだ。


 どこの馬の骨とも知れぬ娘は、例え奴隷であろうと歓迎されない。


 困った余は、宮廷魔道士が開発した特別な首輪を使うことにした。この宮廷魔道士は変わり者だが、腕はいい。命じれば、余の望み通りの品を何でも作り上げ、献上してくれる。


 シンプルだが、魔道の技術を結集したオリハルコン製のリング。取り付けた水色の石は人造精霊を宿したもので、彼女の行動を監視・管理する。余に逆らえば命はない。ここまでして、ようやくランスロットは納得した。


 彼女は顔面を蒼白にしていたが、覚悟を決めて首輪を受け入れた。悲愴な顔で、涙を流す彼女は美しい。だが何故だろう、泣き顔なんて見たくない。


「娘、名はなんという?」

「…………リッカ、と申します」

 リッカ。綺麗な名前だが、その名を知るのは余だけでいいな。

「わかった、お前はこれからパピと名乗れ。──パピ、命令だ。みっともないから泣くな。お前はいつも笑っていろ」

 これが初めての命令。


 しきたりで、後宮の女は花の名を賜る。側室には出来ないが、リッカにも花の名を与えてやりたかった。笑えと命じたのは、余の心を捕らえた笑顔を忘れられなかったから。──リッカの気持ちなんて、余は考えもしなかった。


▷▷▷▷▷


 事あるごとに鈴を鳴らす。リッカは思っていたよりも有能な奴隷だった。

「御用でしょうか、殿下」

 礼儀はわきまえているし、気が利く。命がかかっているから、仕事も丁寧で使い勝手がいい。ずっと傍にいられるのもいいな。後宮の籠の鳥にしないで、正解だった。


 何より気に入ったのは、目だ。

「お茶の用意が整いました」

「遅い。──パピ、なんだこのお茶は? 余は今の気分に相応しいものをと言ったはずだ。入れ直せ」

「……っ申し訳ありません。すぐ入れ直します」


 路傍の花に水を恵むように、リッカに茶をぶちまける。どんな理不尽な仕打ちを受けても、雑草(パピの花)のようにへこたれないリッカ。下賤な黒い瞳を恥じ入るようにいつも俯いているが、黒曜石のような綺麗な瞳には強い意志と、消えることのない希望が宿っている。黒い色を、美しいと思ったのは初めてだ。


 リッカ。どうやら手放せそうにない、余の奴隷。


 余はリッカにたくさんの仕事を与えた。余の身の回りの事、側室とも引き合わせた。美しいと思っていた側室達だが、リッカと並ぶと色褪せて見える。むしろ、浅ましい行いをする側室と比べる事で、リッカの気高さが引き立つようにも思えた。


 側室の一人がリッカの事で何やら言っていたが、どうせ嫉妬だと切り捨てた。……後悔するとも知らずに。


▷▷▷▷▷


 イライラする。戦場で余に従う小姓共のなんと手際の悪い事! リッカの至れり尽くせり、最上級のもてなしに慣れた余には児戯に等しい。命がかかっていないからこの体たらくかと思い、余は力を放った。


 余の力は炎そのもの。見る物全てを焼き尽くす炎は、気付けば小姓共を全員焼き払っていた。……やり過ぎたか。しかし、いい口実になる。

「おっと、余とした事がつい気が高ぶってしまったようだ。ランスロット、パピを呼べ」

 相変わらず、ランスロットは余がリッカを構うのにいい顔をしない。だが、背に腹は替えられぬと、リッカの戦場への同行を許した。


「パピ。今後は戦場でも余の傍で仕えよ。これは命令だ」 

 リッカはいつも通り、微笑んで了承する。戦場で怯え一つ見せず、気丈に振る舞うリッカを見て、やはり拾い物であったと余は満足する。


 ランスロットもその内認めるだろう。父の代から仕えた優秀な腹心も、傍に居て心地よい奴隷も、余には必要なのだ。

 

 戦争(国盗り合戦)とは面倒なものだ。ルールは簡単、城を落として王族を皆殺しにするだけだが、その後は植民地として統治せねばならない。余は炎の精霊王の先祖返りとも、皇帝の再来とも言われるだけあって、絶大な火力を誇る。しかし、統治に必要なのは武力だけではない。ランスロットはそういった面を支えてくれる参謀だ。

 

 リッカは……………何だろう、理屈抜きに必要だと思えた。この感情の名を、余は知らない。女のせいで国を傾けた王家の例があるからランスロットは慎重なのだろうが、素朴なリッカが傾国の悪女になろう筈がない。……そう思っていたのに、余は、ついリッカに手を出してしまった。



 リッカが余の元に来て、二年が経過した。お仕着せから伸びる手足はしなやかに、体つきも女性らしい曲線を描く。余が惹かれた横顔は随分大人びて、リッカは花開くように美しくなった。

 …………激しい戦の後で熱を持て余していたせいもあり、我慢が出来なかった。


 戦装束から着替える際に、リッカの手を取り腰を抱き寄せると、甘い果実のような成熟した女の匂いがする。

「!? お戯れはお止めください、殿下……」

「黙っていろ」


 やんわりたしなめるリッカ。美しく従順な余だけの奴隷。いつしか彼女と片時も離れたくないと思うようになった。側室でないリッカに伽を命じる事は出来ない。分かっていたのに、口惜しかった。けれど、ここは戦場で、余に用意された陣の中。多少羽目を外しても許されるだろう? 余とリッカは、戦場で逢瀬を重ねるようになる。


▷▷▷▷▷


 全てが順風満帆だ。幾多の国が余の元に降り、我が国が大陸で最も権勢を振るうようになった。これで皇帝の証、“正妃の涙”さえ手に入れば玉座は余の物。いや、この勢いなら、至宝なしでも余が皇帝となるのは時間の問題だ。


 なのに、だ。余の気分は晴れない。理由は分かっている。この頃、リッカが遠い目をするようになった。仕事の手を抜く事はないが、心ここにあらずといった風情で、を思っているかなんて、明白だ。


───────約束をしたから病院には手を出さないが、彼女の心を占める、“兄”の存在を消してやりたい。リッカに、余だけを見つめさせたい。そう考えるようになっていた。……やまいで先が短いと知っているから、まだ我慢が出来る。ただ、たまに無性に燃やしたくなるのだ。


「……殿下」

 病院を見張らせていた配下から、余にとっての吉報が舞い込んできた。

「確かなのか?」

「はい。生存者は一人もおりません。惨状を記録した物がこちらです」


 余は、内心高らかに笑った。隠しきれない喜びに口元が緩む。

 余が手を下すまでもなく、とち狂った小国があの田舎(パトリ)に攻め入り、病院も焼き討ちされたそうだ。馬鹿な真似をした小国は、不可侵条約を結んでいた国々の報復に合い、消されたようだが、余にとってはどうでもいいこと。


 可哀想なリッカ! 残念だけど、お前の帰る場所は無くなってしまったよ。





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