パピの花~奴隷のリッカ~中編
※強姦を想起させる描写があります。ご注意下さいm(_ _)m
ちりん、と鈴が鳴る。これは殿下が私を呼びつける合図。
「御用でしょうか、殿下」
素早く、しかし優雅に馳せ参じる。元々私の家は貴人に仕えた家系だったので、亡き母に礼儀作法や使用人の心得を叩きこまれていた。おかげで何とかやっていけている。
金属の首輪の感触にも慣れて、ふとした拍子に感じる冷たさに震える回数も減った。
「パピ。お茶を用意しろ。今の気分に相応しいものをだ」
「かしこまりました」
パピは、ここでの私の呼び名。本名を呼ぶ価値もないという事らしい。ランスロットを始め、他の臣下達からは雑草の名こそが私には相応しいと嘲笑われている。
「雑草が目障りだな。黒い瞳なんて、穢らわしい!!」
「早く枯れればいいのに」
お茶を用意する私に囁かれる悪意。でも罵声を浴びせられたり、食事はよく抜かれるけど、手を上げられる事はあまりない。それは私が殿下の奴隷──道具扱いだから。
私を傷つけるのは、殿下の所有物を傷つけるのと同じこと。きっと彼らは殿下が飽きるか、私が勝手に壊れるのを待ってるんだ。……思いどおりになるもんか! 何が何でも生き抜いて、リクの所に帰るんだ!
「お茶の用意が整いました」
「遅い。──パピ、なんだこのお茶は? 余は今の気分に相応しいものをと言ったはずだ。入れ直せ」
「……っ申し訳ありません。すぐ入れ直します」
殿下から、入れたてのお茶を浴びせかけられる。……熱いっ!? でも、奴隷の証の焼き印を押された時よりはマシだから、耐えられた。……みっともないから泣くなと命令されたのはいつだったか。以来私は、俯きながらも完璧な笑顔を貼り付けている。
一からお茶を入れ直し、殿下が満足するのを見届けてから、お仕着せを着替えに行く。見苦しい格好をしていたら、殿下の不興を買ってしまうから。部屋に戻ると、ハリの花が一輪、散っていた……。
▷▷▷▷▷
私の仕事に、休みはない。朝昼は殿下の身の回りの仕事。夜は、側室様の送迎だ。……そう、側室。殿下はお若いのに、すでに五人の側室様がいらっしゃる。どの方も王族の血を引く由緒正しい方々ばかり。
子作りも王族の仕事だけど、殿下は他人と寝床を共有するのを嫌い、自ら後宮に通う事はない。なので、殿下の寝室まで側室様をお連れし、事が終わるのを待って後宮に帰すのが私の仕事。
後宮は男子禁制だし、常時監視されてる私なら安心だからと抜擢されたのだけど、これがまた、大変なの……。
例によって例の如く、側室様方は殿下を崇拝している。それに女性ならではの陰湿さが加わるのだから、目も当てられない。
「まだ卑しい雑草がまだ蔓延っていたの? いつ消えるのかしら。……あら、ごめんなさい。間違って踏んでしまったわ」
嫌味を言いながら、私の足を踏みにじるのは蘭花の方。きつめの美女で、長い足と高いヒールを活かした攻撃の数々はどれも痛くてエグい。おかげで私の足は痣だらけだ。
その他の側室様、白薔薇の方、杏の方、百合の方は似たり寄ったりで、偶然を装って攻撃してくる。陰惨な攻撃に耐えて側室様を送り届けたら、次に待っているのは放置プレイだ……。
側室様を待つ間、私は部屋に戻る訳にもいかず、後宮と本城を繋ぐ庭園、通称“白の花園”で待ちぼうけなの。
遥か上空に位置するせいか、夜の庭園は寒い。キンキンに冷えた首輪が首筋に当たるとひゃっ!? となるので、下手に動けず寒さと眠さに耐えて待つしかない。かなりの苦行なのだ。最後の側室──殿下が特にご寵愛する、白木蓮の方の渡りの時を除いては。
「このショール、端が少し解れていましたの。みっともない格好で殿下の元に参るわけにはいきませんわ。少しの間、預かって下さる? 羽織っていても、構いませんから」
有翼人の先祖返りで白い翼を持つ白木蓮の方は、見た目通り天使のように優しい。他の側室様の為さりように眉をひそめ、私にそれとなく気を遣ってくれる。
殿下への優しさアピールなんかじゃない。いつもさり気なくを装って、羽織る物や温石を渡してくれる。他の側室様と居合わせた時は、相手の顔を立てつつ、上手く私を逃がしてくれた事もあった。周り皆が私を蔑み厭う、そんな環境であの方の存在にどれだけ救われたか!
しかし、休日はおろか給料もなく、睡眠時間や食事さえ最低限。そんな私が白木蓮の方に出来る事はない。でも、どうしても感謝の気持ちを伝えたくて、考えた末、私はハリの花を一輪、彼女に捧げた。
受け取ってもらえて、良かった。あれから花はまた散っていたけど、大丈夫。まだ余裕はあるから。
▷▷▷▷▷
仕事が増えた。殿下付きの小姓が皆死んでしまったそうで、ついに私は、戦場まで付き従う事になった。戦争は嫌い。大っ嫌い! 死臭と血の臭い、肉の焼ける臭いに吐き気がする。目の前で死んでいく敵兵に、戦争で死んだ両親の姿が重なった。怖い……怖いよっ!
「あーはっはっはははははは!!」
殿下の高笑いはどこでもよく響く。瞳が赤々と輝く度に、紅蓮の焔が戦場に咲いた。王族に受け継がれる異能の力と、炎の精霊の加護が合わさって、殿下は向かう所敵なしだ。戦争の象徴みたいな殿下の姿が、私は何より恐ろしい。
でも、泣くことも、怯えて蹲ることも私には許されない。笑顔の仮面を貼り付けて、どこまでも殿下に従う私は、ランスロット達の同類扱い……敵国から見たらさぞや不気味に見えた事だろう。
“戦場の人形姫”。いつしか私はそう呼ばれるようになっていた。
基本、天空城を出られない私にとって、外の世界は殿下に伴われて行く戦場だけ。病院は──リクは、無事だろうか? 確かめる術も、逃げる方法も未だ見つかっていない。忌々しい首輪を撫でる。ハリの花はどんどん崩れ去り、リクに残された時間も減って行く……。いくら楽観的な私でも、焦燥に駆られた。
▷▷▷▷▷
嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛い熱い痛い!! やめてやめてやめてやめてやめてぇっ!! リク……リク兄さっ……助けて! やだぁぁぁぁぁぁっ!!??
奴隷になって、どれだけ経っただろうか。数え切れないほど戦場に立った頃……殿下に、戯れに体を求められた。戦場に女は少ない。戦争で昂ぶる熱を鎮めるため、奴隷の私を使ったんだ……。精霊の血を引く殿下は人より長命で、そのせいで子が出来にくい。だから、避妊もなにもされなかった………………。
リク、リクリクリク。リク兄さん! 一目でいい、会いたいよ…………。もう一度リクに会う。そんなささやかな望みさえ叶わず、ハリの花は、残りわずかになってしまった……。
最近、無理が祟ったのか体が怠い。笑顔を作るのも辛い。ランスロットや側室様のように、殿下に身も心も捧げてしまえば、楽になる。でも、それだけは嫌だ。殿下を皇帝の器だなんて思えない。信奉者になんて、成り下がるもんか。私に残った最後の矜持くらい、貫きたいんだ。
鈴が鳴る。私は昏い思いをひた隠し、重い体を引きずるように、殿下の元に向かった。
「パピ。お前がいた病院が、攻め滅ぼされたらしい。職員も患者も、等しく皆殺しだ。余が折角見逃してやったというのに……残念だったな!」
……………………………………………………え? 嘘。だって、リクは病気で、病院から離れられないのに。攻め滅ぼされたなんて、皆殺しなんて、そんな…………ありえ、ない!!!!
驚愕しても、凝り固まった笑顔の仮面は崩れない。反応のない私に、ほら、と嬉しそうな殿下が報告書を突き付ける。そこに載っていたのは、確かにリクのいる病院で。
何かが砕ける音がした。最後のハリの花とともに、私の心は、壊れてしまった………………。