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瑠璃の瞳の復讐者~追憶~後編

「……リッカ、すまなかった。オレが間違ってたよ」


──銃弾は、死を受け入れ達観した男の頭ではなく、そのすぐ傍の床に着弾した。ぼくの下で、リッカを殺した(王子)が訝しげに眉をひそめる。


「……オレを殺すんじゃないのか?」

 ぼくは血が滴るほど唇を噛んで、殺意を堪えた。

「君には、まだ用がある。天空城の結界を突破出来るのは、君の異能だけだ。まだ殺すわけには、いかない。先に、地獄に堕とさなきゃいけない奴らがいるんだよ……空賊は今からぼくの支配下だ。リッカを殺した事、間違いだと言うなら、謝るくらいなら、ぼくに従え!!」


 リッカを攫い、苦しめた殿下と、マグノリアを攫い、ぼくらの故郷を焼いたランスロット。戦争の火種を振りまく、ルークスソーリス(あいつら)こそが全ての元凶なんだ。真なる仇に絶望を与えて殺すために、王子の存在は必要不可欠だった。


◁◁◁◁◁


 いよいよ、最期の時が近付いてきている。ぼくが横たわる寝台を、リンデン、魔道士、王子が取り囲んでいた。やめてよね……。どいつもこいつも、泣きそうな顔なんかして、さ。

「何でお前が先に死ぬんだっ!? 全部終わったら、オレを殺すんじゃなかったのかよ……」


 結局、ぼくは王子を殺さなかった。だってさ、復讐を果たしたぼくが生きる気力を無くしたように、王子も空っぽなんだよ。ううん、もっと酷いかもね? 殿下を殺したのはぼくで、直接手を下す事は叶わなかった。……そして未だに、リッカの笑顔に、殺してしまった罪に囚われている。

「……リッカにとって、君がもたらした死は、確かに救いだったんだよ。だから君には、救い()なんて、与えてあげない。それが、君への、復讐だ……。自ら死ぬ事も、赦さない。最期まで、リッカを殺した事を、後悔すればいいさ……」

 王子は、無言で頷いた。一筋の涙が、頬を伝う。


「酷い男だよね、君は。ぼくの首輪も外してくれないしさ」

 ぼくには、おびただしい知識はあっても、それを活かす技術がない。首輪の話は嘘っぱちだ。分かってて受け入れたくせに、よく言うよ。


 全く、可笑しいでしょ。何なんだろうね、このいびつな関係は。こんな面子メンバーで、よく復讐が成し遂げられたもんだよ。

 

◁◁◁◁◁


 魔道士と、王子が加入してから、反乱軍の破竹の快進撃は続いた。植民地は次々と解放され、反乱軍に下って行く。敵にろくな兵士が残ってないのもあるけど、それだけルークスソーリスが恨みを買っていたんだ。


 踏みつけられたら、誰だって怒るし、大切な人、物を奪われたら、取り返そうとするよね。それが無理なら……憎しみが生まれる。あいつらは、そんな基本的な事さえ忘れてしまったのか。

 大陸中に旗が立った。リンデンの、ルークスステッラエの白い花の紋章が、ラクリマの色、瑠璃色の中で咲いていた。ぼくらが手を取り合った証を、反乱軍が誇らしげに掲げる。


 これで残すは、ぼくらの無力と絶望の象徴、天空城だけ。


 愚かな殿下。本来、王とは民を守る者なんだよ。王城だけが安全圏で守られているなんて、可笑しいよね? ……もう、リッカもマグノリアもいない。遠慮する必要はない。さあ、歪みの温床(天空城)を、引きずり落とそうか。もう二度と、リッカ達の悲劇を繰り返さないために。


 天空城には、少数精鋭で潜入することにした。役割はしっかり分担しておく。まず中枢に向かい、破壊工作をするのは魔道士と王子。城の構造を把握してる魔道士と、転移チートの王子の組み合わせは最速での潜入を可能にする。


 ぼくとリンデンが目指すのは、“白の花園”と、その奥の後宮。ぼくらの妹が殺された場所こそ、殿下の死に場所には相応しい。殿下至上主義のランスロットは、殿下と運命を共にしてもらう。作戦は、上空を不規則に漂う天空城が、海上に差し掛かる時に決行される。


 海上を選んだのは、あれだけの質量の城が地上に落ちて来たら、未曾有の大惨事になるから。それに、殿下の問題もある。殿下は精霊王の血が濃い。人としての死を迎えても、ことわりを外れて、精霊に至る可能性が少なからずある。


 精霊としての力は出来るだけ奪う予定だけど……何が起こるか、わからないから。殿下の遺体は炎の力を奪う、水中に葬るのが最適だろうね。

 城の周りを王子のドラゴンで囲んで、逃げ道を塞ぐのも忘れないよ。


 やるなら徹底的に。万が一にも、生存の可能性は残さない。




「はい、コレ」

 ぼくはグラスをリンデンに差し出す。中の水には、ぼくの涙──若返りの秘薬がたっぷり溶けている。精霊の力を奪い、最高の苦痛を与える毒を弾丸に仕込んでも、当たらなければ意味はない。殿下の隙を作り出すために、ぼくらは姿を変える必要があった。


 覚悟して杯を受け取るリンデン。……彼女のおかげで、ここまで来られたんだ。決戦を迎える前に、腹を割って話をしたい。

「ありがとう、リンデン。君には感謝が尽きないよ。君がいなかったら、ぼくは何も出来なかった。とっくに、病院で焼け死んでただろうね。ぼくは王族なんて大っ嫌いだけど、リンデンだけは特別。……ごめんね。リッカを救うために君を利用したぼくに、こんな事、言う資格はないけど」

「リク、それはお互い様じゃぞ。お主がいなければ、妾はあの病院で、腐ったままじゃ。まあ、“ぼくの手を取って、女王にならない?”なんて言われた時は、何事かと思ったが」

「あったね、そんな事。よく考えたら恥ずかしい台詞だね……」


 ぼくらは笑い合い、どちらともなく、無言で杯を交わした。祝杯をあげるのは、あいつらを地獄に送ってからと決めてる。

「……しょっぱいね」

 リッカを思って沢山泣いた。その涙がたっぷり入ってるんだから、当然か。苦くてしょっぱい、屈辱の味。あいつらにも、絶対味合わせてやる。

 



────リンデンの風に運ばれて、“白の花園”に足を踏み入れる。


 今は無きパトリの、リッカの秘密の場所(パピの花の群生地)にそっくりだ。遺体さえ残らず焼き尽くされたリッカ。君を悼む場所は、もうここしかないんだね。

「……リッカ。遅くなってごめんね」

 ぼくは涙を流しながら、一族の作法でリッカの冥福を祈った。


「──余の“白の花園”を土足で踏み荒らすのは、誰だ」

 赦されざる存在(ルリカ)を引き連れて、殿下がやってきた。

 ……ようやく、この時が来たんだね。憎くて憎くてたまらない殿下。長年の戦争で倫理感の歪められた化け物達。ずっと、ずっと、殺してやりたかった!!


 ルリカは魔道士に造られてすぐ首輪に封印された。リッカを苦しめたのは、不可抗力かもしれない。だけど、苦しめた事実は変わらない。それにルリカは、陵辱の結果出来た命とはいえ、リッカの子の精霊石に取り憑いた寄生虫同然。許容できる限界をとっくに超えている。


「ここは、余にとっての聖域。許可無く土足で立ち入った事、死を持って償え!!」

 怒りで爆発寸前の殿下の背後には、鬼気迫る表情のランスロット。これで役者が、全員揃った。──復讐劇の、始まりだ。


◁◁◁◁◁


『嘘、だ。余は認めない……リッカが“正妃の涙”だと? ならば何故余に言わなかった!! 隠す必要などないはずだ!! 知っていれば、奴隷になんて堕とさなかったのに……ただ一人の正妃として堂々と愛する事が出来たのに!!』


『ルリカッ!? 貴様、何故ルリカまでっ……ルリカは、余とリッカの娘同然なのだぞ!?』


『……お前の望みは、復讐か……? ならば何故、白木蓮の姉を傍に置く? 白木蓮はリッカの死をルリの花に願ったのだぞ!? それに、リッカを殺したのは余ではなく、ダークエルフのっ!?』


『…………余は、リッカに謝る事すら許されないのか』


『やめてくれ!! もうこれ以上、殿下から何も奪わないでくれっ!! 殺すなら、儂を殺せばいい。殿下は儂の全てなのだ……先王陛下から託され、慈しみながらお育てしてきた。一生守ると、お誓いしたのだぁっ!!』



 あぁ………………復讐は終えたのに、なんて虚しいんだろう。



 世迷い言が、耳から離れない。ぼくとリンデンの怒りを、悲しみを、リッカとマグノリアが受けた痛みを、苦しみを、自らの罪深さを、あいつらは最期まで理解しなかった。

 ぼくの言葉は届かなかった。……本当なら、もっと時間をかけて苦しめたかったけど、ぼくには、そんな時間が残されていない。絶望のどん底に突き落とすのが、精一杯だったよ……。


 せめてもの救いは、マグノリアの遺骨を取り戻せた事かな。彼女は無造作に、後宮の一室に転がされていたらしい。遺体の残らなかったリッカと違って、ちゃんと供養が出来る。

 王子も王冠を取り返したし、リッカの子の精霊石と、ルリの花も回収した。


 ……伝説とされる、ルリの花の実物を見ちゃったからだろうね。リンデンがハリの花を作りまくってるのは。狂信的に、ぼくの病気の快癒を祈ってる。


「リク、ほら新しいハリの花だ。今度こそ、今度こそルリの花になってくれる!! だから、それまで、死なないで……!!」

「ありがとうリンデン……。でもね、ぼくは奇跡を信じない。ルリの花が願いを叶えるなんて、迷信なんだよ?」ルリの花に、奇跡なんて起こせない。


「……でも、ルリの花は実在する!! 殿下も、言っていたじゃないか……」

 リンデンの表情が、罪悪感に曇った。そうか、ずっと気にしていたんだね。誤解・・を解かなくちゃ。

「リンデン。ルリの花の正体は、精霊石の一種、風の精霊石だ。莫大なエネルギーを秘めているから、奇跡が起こるなんて伝説が生まれたけど、精霊石に、願いを叶える力なんてない。大規模な術式の燃料ぐらいにしか、ならないよ」


 だから。


「リッカの死に、マグノリアは関わってない。マグノリアがリッカの死を願ったなんて、殿下の戯言を信じるな。魔道士だって、言ってたよね? リッカが心を開いたのはマグノリアだけだって。酷い境遇のリッカにとって、きっと、マグノリアの優しさだけが、絶望の中に差しこむ一筋の光だったのさ。ぼくはリッカを信じるよ。君も、妹を信じてあげなきゃ……マグノリアは、優しい子だったんだろう……?」


 ああ、とリンデンは泣き崩れた。昔会った時から、変わらない。とても弱くて優しい人。ぼくは最低の人間だよ。最期まで、君を利用するんだ。


「リンデン。お願いが、ある」

「何じゃ、リク? 妾に出来る事なら、何でも叶えるぞ?」

 リンデンの手が、感覚の無くなったぼくの顔を撫でる。

「ぼくはね、あいつらへの復讐を何通りも考えた。それこそ何百、何千と、思いつく限りね。その中に、最も効果的だけど、すごく困難な道がある。君に押し付けるのは心苦しいけど……ぼくには、絶対に出来ない事なんだ」


 リンデンは涙を拭った。真剣な表情で、了承してくれる。

「相分かった。妾は最後の復讐をやり遂げてみせよう。申してみよ」

「……約束だよ。リンデン、幸せに、なって」

「は?」

 驚きに固まるリンデン。まるでぼくが女王にならないかと勧誘した時みたい。思わず、笑みが浮かぶ。


「……あんな奴らに囚われないで、家族を作って、友に囲まれて長生きするんだ。殿下や、ランスロットなんかよりも、ずっとずっと幸せになってね。それが、復讐の仕上げさ。とても、難しいけど……顔を、上げて。自信を持って。君は綺麗だよ。何でも……出来る」

 ぼくが死んでも、正妃に先立たれて妄執に取り憑かれた皇帝や、リッカをうしなって復讐に狂った殿下のようには、ならないで。


「……大丈夫だよ、仲間に恵まれなかった殿下と、君は違う。魔道士や、王子、反乱軍の皆は、ずっと君を支えてくれるから」 

 一言では言い表せない関係だった。複雑な気持ちは消えない。でも、ぼくらには奇妙な連帯感が、あった。ねぇリンデン……ぼく、君が好きだったよ。未練になりたくないから、言わないけどさ。


「……大切な事だから、もう一度言うよ? リンデンは、幸せになってね」

「……ああ、約束する」

 リンデンが泣きながらだけど微笑んでくれたから、ぼくも微笑み返す。


 ごめんね。本当にもう、駄目みたいだ。体の末端から冷たくなっていく。指の隙間から砂が零れるように、残された命が消えて行くのが分かった。視界が霞んだせいか、周囲が白い光で溢れていくよ。


─────リク、リク兄さん─────


 これも走馬灯なのかな? それとも、幻? 

 白い羽根のような、花びらみたいなものが、雨のように部屋中に降り注ぎ、中心で、白い衣装に身を包んだリッカが笑っている。背景で風に揺れているのは、ハリの花じゃなくて瑞々しいパピの花畑。まるでリッカの秘密の場所みたい。


 ぼくは、最期の力を振り絞って、必死で、震える手を伸ばした。……幻でも、いいや。

「……迎えに来てくれたんだね、リッカ」

 リッカがぼくの手を取る。懐かしい、温かい手の感触に、ぼくは目を見開いた。



────────リッカ、リッカ。あぁ、やっと、君の元に行けたね。



 

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