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瑠璃の瞳の復讐者~追憶~中編

 リッカを攫われて、ぼくは荒れていた。まさかぼくのくすりが裏社会で噂になり、正妃の涙と結び付けて考えられるなんて!! ……若返りの秘薬は、ぼくが調合した物だと偽っていたけど、派手にやり過ぎたんだと思う。


 リッカを守るどころか、ぼくが危険に晒した!! 


「お願いだからっ……ぼくを、病室ここから出して!! リッカを助けに行かせてよ!!」

 すぐに助け出したかったけど……ぼくは病室に監禁されていたんだ。一度若さを手にした王族は、ぼくを失うのを恐れた。ルークスソーリスからの監視の目もあって、ぼくは身動きが取れなかったのさ……。


 何とか人脈ツテを頼りに情報を収集する。しかし、リッカは遥か天空の城に囚われていて、ろくな情報が入ってきやしない! ……ぼくは、あのくそ野郎(殿下)がリッカの価値を見抜き、攫ったんだと思ってた。下手な手出しはしないはずだとね。……まさか、奴隷に堕とされていたなんてっ!!


 ぼくが手をこまねいている間に、“戦場の人形姫”の噂が流れて来た。──あまりの怒りに憤死するかと思ったよ。戦争で両親を亡くしたリッカを、戦争を嫌うリッカを、戦場に連れ出しただと!?

 記録用の水晶玉に映し出されたリッカは、すっかり痩せていた。首輪をはめられ、ルークスソーリスでは下賤とされる黒い服を着て、常に作り笑いを貼り付けている。


 くるくると表情のよく変わる、喜怒哀楽のはっきりしたリッカが、こんな人形みたいになるなんて!? 一体、どれほど酷い目に合わされたのか……!!

 グシャリと。顧客パトロンからの見舞いの品、ハリの花を握り潰す。──ぼくは、奇跡(ルリの花)なんて信じない。行動は、自分で起こさなければ。




 リッカを取り戻すために、ぼくはラクリマの名でも何でも利用した。なり振りなんて構ってられない。病室に閉じ込められていても、出来る事はある。わずかに残っていた誇りを捨て、顧客の王族を足掛かりに、根っこを伸ばす。……ぼくはリッカを取り戻すためなら、戦争だって、辞さない。

 ルークスソーリスに恨みを抱く者は多い。ぼくは密かに人を集う。虐げられた者の、反乱の始まりだ。




 反乱軍を組織したものの、中々成果は出せない。統率力に欠けるというか、ぼくは旗印になれなかったから。表立って活動してルークスソーリスに目をつけられれば、リッカの命に関わる。ぼくに群がる王族は保身の塊で、担ぎ出すには器が小さくて相応しくないし……思い詰めていた時に、ぼくはリンデンに出会った。


 いや、正しく言うと、すでに出会っていたから、気付いたと言うべきかな。リンデンは、病院で下働きしていたんだ。

 ぼくが身を寄せる病院は孤児院も併設していて、リンデンはそこの出身だった。結婚も就職も出来ず、無駄飯を食わせるわけにはいかないと、皆が嫌がる病院の雑用を斡旋されたらしい。


 リンデンは……兎に角、暗かった。顔の造形は良いのに、いつも俯いてる無口な大年増。それがリンデンの周囲の評価だった。

 でも、ぼくは見たんだ。濃い栗色の髪の下で輝く、高貴な薄紅色の瞳を。ぼくは、彼女に王の資質を見出したのさ。


「ねぇ、君。ぼくの手を取って、女王にならない?」

「……は?」


 最初、ぼくを拒絶していたリンデンだったけど、ぼくが殿下に妹を攫われたと知ってから、徐々に心を開き、自分の身の上を語ってくれた。

 かつては、大国ルークスステッラエの王女であった事。逃げ延びる途中で、ルークスソーリスの手の者に最愛の妹を奪われた事。何とか妹を取り戻そうと立ち回ったものの、世間知らずの王女故に、心無い者に騙され、身も心もボロボロにされたと。王家の誇りも何もかも失って、命からがら、この中立国(パトリ)に逃げ伸びて来たんだって。


「……王家の異能なんて、何の役にも、立たなかった……。わたしだって、ルークスソーリスが憎い……。妹を取り返したい……でも、でも!!」

 何も出来ないと涙ぐむリンデンを、ぼくは根気強く慰める。無力感が、絶望が、彼女を暗くして気力を奪っていたんだね……。

「ねぇ、リンデン。ぼくは傷をなめ合う気なんてさらさらないよ。必ず、妹を取り返す。──さあ、顔を上げて。自信を持って。君は綺麗だよ。何でも出来る。ルークスソーリスに、傲慢な連中に、ぼくらの怒りと悲しみを思い知らせてやろう」


 リンデンには翼こそないものの、有翼人種の血が流れている。ラクリマの恩恵がよく効いた。風の異能だって、伸び代がある。異種族の力と王家の異能が結び付く事で、相互作用から増幅されるのは、殿下の例でも分かっていたから。──ぼくは、リンデンを利用したんだ。




 自信と誇りを取り戻したリンデンは、理想の指導者だった。元々病院の下働きだから、病院を出入りしても監視の目に引っかからないし、反乱軍とぼくの間でよく動いてくれる。彼女が旗印になってくれたおかげで、元ルークスステッラエの民も味方になってくれたし。

「リク! 有力な情報を持ってきてやったぞ!」

 口調にまで自信がみなぎって、だけど殿下のような傲慢さはないから、結構慕われてるみたい。


「どうやら、妾と同じく王族が率いる反乱分子がいるようじゃ。頭領はドラゴンを率いるダークエルフ。どうにか接触したいものじゃな」

 どんな異能を発現しているかは分からないけど……確かに、接触する価値はある。ぼくは病院を離れられないから、リンデンを派遣した。……まさか、その間にパトリが襲撃されるなんてね。


「リク、リク! 大丈夫かっ!?」

 異変に気付いたリンデンが引き返してこなかったら、ぼくは危うく焼死する所だったよ……。煙を吸って、意識をなくしていたのを、かろうじてリンデンが救いだしてくれた。 

 ただし、ダークエルフ率いる空賊と手を組む機会は流れた。何の縁もない小国の奇襲故に、同盟国やぼくの顧客も後手に回ってしまったらしい。ぼくが生死の境を彷徨っている間に、全ては終わっていた。


 パトリが……ラクリマの故郷が、長く暮らしていた病院が焼けてしまった。リッカが悲しむよ……。

 後々、ランスロットが裏で糸を引いていたと判明するパトリ侵攻が、運命の別れ目になるなんて、思わなかったんだ……。




 “天空城に賊が侵入した。人形姫が殺されたらしい”



 混乱するルークスソーリスから、衝撃とともに駆け巡った悲報。信じたくなかったけど……残念ながら、真実だった。ぼくは絶望のどん底に突き落とされる。嘘だ嘘だ嘘だっ!? リッカが死んだなんて!! 一族の禁忌を破ったのはぼくなのに!! 罪に手を染めていないリッカが死んで、何でぼくが生きてるのさっ!?


「…………リッカ、ごめんね、ごめんね。置いて行かれるって……一人ぼっちになるって、こんなに辛いんだね。ぼくは、酷い事をしようとしてた……」


『何があっても強く生きるんだよ。自ら命を断ったりしないで』

 リッカに願ったんだから、ぼくだって自殺なんか、しない。

「ごめんね、……ぼくはまだ君の元には行けないよ」


────あいつらを、地獄に叩き堕とすまではっ…………!!!!


 皮肉な事に、復讐がぼくの生きる活力になっていた。



◁◁◁◁◁


 また、走馬灯か……。とてもリアルだったな。


 次に目を覚ました時、ぼくの腕には針の跡があった。薬を拒んだぼくに業を煮やして、直接注射したらしい。こんな事しても、焼け石に水なのにね?

「ああ良かった、目が覚めたんだ? そのまま死んじゃうかと思ったよ……首輪を外して貰えなくなったら、ぼくが困るんだからね!?」


 ぶつぶつ愚痴りながら処置しているのは、宮廷魔道士。とても優秀で、医療にも通じている。問題があるとしたら性格くらいか。抜けまくってるから、あっさりぼくに騙されて、首輪をはめられるんだよ。思い出して、ぼくは笑う。あまり感じの良いとは言えない笑みだ。


◁◁◁◁◁


─────最愛の妹(リッカ)は死んだ。故郷も焼け落ちた。今のぼくには、なんの枷もない。ぼくは殿下が食いつきそうな、“正妃の涙”の情報を惜しみなくばらまいた。ラクリマの秘密を虚実織り交ぜて流す。……咎める者なんて、もう誰もいない。


 釣られたのが……引っかかったのが、宮廷魔道士だ。リンデンの風で拘束して、情報を引き出す。ルークスソーリスに仕えている割に、何故か忠誠心が薄く、拷問する必要もなかった。何でもペラペラ喋ってくれたよ。間者かとも警戒したけど、殿下から逃げたいという思いは本物だったから、信憑性は高い。でもさ、宮廷魔道士がもたらした情報は、到底赦し難いものだった……。


 リッカは、病院を──ぼくの命を盾に取られて隷属を受け入れるしか、なかったなんてさ。……なんて、卑劣な男なんだ!!


 その上でリッカを愛していた? おまけに、リッカを孕ませていた……? なのに焼き印だの、首輪だの、冷遇していただって!? リッカが殺されて復讐に狂ったなんて……自分こそ加害者のくせに……そんな、そんな……。


 握り絞めた拳、噛み締めた唇から血が滴る。頭の血管も切れたのか、視界は真っ赤に染まった。……真紅は、ルークスソーリスの……ディアマンドの色。腹の底から、憤怒と憎悪が湧いてきた。


「……リ、ク。マグノリアが、妾の妹が……!!」


 リンデンが泣き崩れる。リンデンの妹、マグノリアは、殿下の手によってすでに殺されていた。…………あいつらは、ぼくらから何もかも奪って行く。ならば、ぼくだって、奪ってやる。あいつらが守るもの、築き上げたもの、全て壊してやるんだ!!!!


 まずは、この宮廷魔道士を足掛かりにしよう。ぼくは宮廷魔道士に首輪をはめた。裏切りを防ぐ……リッカの首輪みたいなものさ。


「この首輪は特別なんだよ。ぼくの言うことを聞かないと、少しずつ少しずつ、君の首を絞め上げる。斬首みたいに一思いには死ねないよ? 散々苦しんで、狂い死にしたくなかったら、ちゃんと命令聞いてね。もちろん、コレはぼくにしか外せないから」

「…………はは。ぼくにはお似合いだね」

 宮廷魔道士は力無く笑って受け入れた。自分の罪に自覚があるんだ。


 ぼくはことさら冷酷に嗤う。

「今から君のあるじは、殿下じゃなくてぼくだよ。でも、名前なんて名乗らなくていいからね? ……リッカだって、本名を名乗る事を許されなかったんだ。さあ、君には早速働いて貰わないと。──ある男を探して欲しいんだ」


 リッカを殺した男は、以前交流を求めた空賊の頭領だった。ランスロットのくそ爺が余計な手出しをしなければ、仲間になっていたかもしれないダークエルフの王族。転移の異能を持つせいで、中々居所が摑めなかった、憎たらしい奴。


「彼には、とても大切な用事があるんだ」


──彼にも教えてあげないと。ぼくにとって、どれだけリッカが大切だったかを。




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