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正妃の涙~忠臣の罪~後編

 宮廷魔道士の失踪は、殿下の狂気に拍車をかけた。

「……彼奴まで余を裏切るか」

 城の者が大なり小なりリッカを貶める中で、宮廷魔道士だけが関わっていなかった。だからこそ信を置き、仇探しという大役を任せていたのだろう。だがこの急な失踪を殿下は逃亡と捉え、一切誰も信用しなくなってしまった……。


 事前の会話を鑑みて、自発的な失踪ではないと思うが、儂には進言が許されていない。もどかしい気持ちで、殿下を見守る事しか出来なかった。

 殿下の異常行動は治まらない。薔薇に木蓮、百合と、大輪の華やかな花を愛していたのに、土を敷き直し、新たに作り直した“白の花園”はパピの花で埋め尽くされている……。


 庭園にはパピの花。室内は大量のハリの花で飾り立てられ、天空城が白一色に染まって行く。……脆く儚いハリの花のように、儂の作り上げた理想は崩れ去ってしまった。

 これは、全て儂が招いた事なのか? 殿下のためと施した教育が間違っていたから? それとも……リッカを正妃と重ねて、彼女自身をちゃんと見ようとしなかったからだろうか?


 追い打ちをかけるように、下界で燻る不穏の種。反乱の狼煙が次々と上がるが、兵士が激減した現状、手の施しようがない。残る精鋭部隊でも、完全に抑える事は出来ず……パピの花が蔓延るかのように、ルークスソーリス排斥の流れが、大陸全土に広がって行った。


 金と紅で彩られた炎の獅子は撤去され、代わりに掲げられるのは、深く濃い蒼、瑠璃色に染め抜かれた旗。描かれた紋章はどこの王家のものだっただろうか。パピの花か雪の結晶か、白い六角形の花が咲いている。


 幾つもはためく旗は、遥か上空からでも地を瑠璃色に染める程の量で、それはルークスソーリス、ひいては殿下に向けられる憎悪の証のよう。…………破滅の足音が、近付いていた。


▷▷▷▷▷


 雷鳴のような咆哮が空気を震わせる。雲の合間に蠢く銀の鱗は竜種のもの。荒ぶる竜達はどこか統率が取れていて、自然の群れでは無い事が明らかだ。窓辺にまばらに集まった者達が、恐怖のあまりか、上へ下へと大騒ぎしていた。


「……まるであの日の再現だ……」


 誰かの呟きに呼応するかのように、絶望がさざ波のように広がって行く。

「皆の者! 騒ぐでない! あの時とは状況が違うのだ。ここには、儂も殿下もいる。慌てず、騒がず、落ち着いて行動せよ!!」

 儂が声を張り上げても従う者は誰もおらず、狂乱は止まらない。


 権威の失墜をまざまざと見せつけられる。無力感に苛まれながらも、儂はただ一人、殿下の元へ。本当にあの日の再現だとしたら、すでに侵入者が潜入しているかもしれない。儂は、殿下を守ると陛下に誓ったのだ。例え嫌がられようとも、こんな時こそお側にいたい。


 かつて天空城が地上にあった時の名残、侵入者を拒む複雑な回廊を駆け抜ける。──殿下がいるとしたら、きっとあそこだと確信して。


 久方ぶりの全力疾走に膝が笑っているが、辿り着いた。ここは後宮と本城を結ぶ場所、リッカが殺され、おくられた“白の花園”だ。予想通りと言うべきか、可憐なパピの花の群れに入り交じる白い影と、ルリカを連れた殿下が対峙している。


「ここは、余にとっての聖域。許可無く土足で立ち入った事、死を持って償え!!」


 春の陽光の降り注ぐ、穏やかでのどかな場所なのに、殿下から放たれる怒気に空気は凍りつき、肌を刺すようだ。この場所にいるだけで、殿下の心の傷が疼くのだろう。

 儂は殿下と侵入者の間に割って入ると、腕を広げて立ち塞がる。


「……ランスロット」

「殿下が出るまでもありません! ここは儂が……」

 最後まで言い切る前に、儂は真横に吹き飛ばされた。他ならぬ殿下の手によって。

「で、殿下!?」──何故?


「お前は何を聞いていた? ここは聖域だと行ったであろう」

 拳を振り抜いた形のまま、殿下が憎らしげに儂を見下した。何故、何故そんな目で儂を見るのですかっ!? 心と体が悲鳴を上げる。


「思い上がるな。お前を殺さないのは、口先だけ、忠誠心の薄っぺらい他の者と違い、真実、余と父上に忠誠を誓っていたから。幼い余を育てた事への恩赦だ。余計な真似など望んでおらぬ。邪魔をするな」

「……そんな」

 茫然自失の儂への興味はあっさり消えて、殿下の憎しみの視線は侵入者に注がれる。


 侵入者は、白いフードで顔を隠した人物。祈りを捧げるように厳かにこうべを垂れていて、性別はおろか人種すら定かではない。

「釈明はあの世でするがよい。ルリカ、彼奴の首をねよ」


 殿下は、以前は気に食わない事があれば全て燃やして解決していたのに、リッカを失い、亡骸を自らの手で燃やしてからは、炎を使う回数が激減した。代わりに、ルリカが断罪の刃を振るうのだ。殿下にとって、最も蔑むべき死は斬首なのである。……死して尚、リッカの与える影響は大きい。


 目にも止まらぬ速さで前に出て、剣を振りかざすルリカ。しかし、無慈悲な刃が侵入者に届く寸前で、“白の花園”に強風が巻き起こる。花を散らすかのように吹き荒れる風が侵入者のフードをめくり、その姿を露わにした。

「!?」


 陽だまり色の髪がふわりと流れる。上目遣いの、黒い瞳は涙で濡れていた。桃色に色付く花びらのような唇が、言葉を刻む。


────また、わたしをころすの?


 死んだはずのリッカが、そこにはいた。

「…………リッカ」

 時が止まったように、ルリカは空中で停止。殿下も目を見開いて彫像のように立ち尽くし……その姿は、格好の標的まとであった。


 流れるような動作でリッカは黒い銃を取り出し、発砲。凶弾がルリカと、一直線上にいた殿下を貫いた。


 ───アアアアアアアアアアアアッ!?


 ルリカの悲痛な悲鳴が上がる。美しい姿は無残に崩れ、それでも縋るようにリッカに手を伸ばす。滂沱の涙でドロドロになった顔からは狂気が消えて、悲哀に満ちている。まるで、親に見捨てられた幼子のようだ……。

「ルリカッ!?」

 殿下も左胸を押さえ、滝のように汗を流しながらルリカに手を差し伸べるが、立っている事もままならず、片膝をつく。


 儂は、殿下の元に駆け寄ろうとするも、何物かに背中を踏み抜かれ、その場に縫い付けられた。三者三様、苦悶の声が響き渡る。かろうじて自由になる首を捻って、儂を足蹴にする人物を確認して……驚愕した。

「…………白木蓮!?」

 リッカと同じく、死んだはずの白木蓮が儂を見下していた。


「ふふふ。いいザマだねぇ!!」

 硝煙たなびく銃を構えて、リッカがにたりと嗤う。追従して、白木蓮も笑っているのか振動が伝わってきた。……違う。リッカも、白木蓮も、こんな邪悪な笑い方をする女じゃなかった。

「お前は……お前達は、誰だ?」

 苦痛を堪え、息も絶え絶えな殿下の誰何すいかに、リッカもどきが答えを返す。


「お初にお目にかかります、ディアマンド殿下。ぼくはリク=ラクリマ。リッカの兄さ。そっちにいるのは殿下の側室だった、マグノリアの姉のリンデン=ウェントゥス=ルークスステッラエ。ぼくの協力者」

 そんな馬鹿な!? リッカの兄に、マグノリア……白木蓮の姉だと!?


「……あり得ない。報告書と違うではないか……。リッカの兄はとっくに死んでいるし、そんな少女めいた容貌でもなかった。それに白木蓮の姉は、白木蓮と十以上も年の差がある。もっと、年嵩な女のはずっ!?」

 足にこめられた力が増して、儂は言葉を続けられなかった。

「白木蓮ではない。あの子の名は、マグノリアじゃ」

 淡々とした声からは、隠しきれない憎悪が滲んでいる。……確かにこの女は、白木蓮ではない。よく見れば翼もないし、白木蓮はもっと嫋やかな女人だった。


「女性の歳に触れるのは禁句タブーだよ? ……何てね! ぼくは、このリンデンに助けられたんだ。だから生きてるし、見た目はね、お前らを欺くために、罪を突きつけるために、ちょっと若返ってみたの。リンデンもぼくも、年の差はあったけど妹によく似てるでしょ? ぼくなんて二次性徴前からやり直したから、さすがに体の負担が大きいけどね」


 悪戯イタズラ成功とでも言うように、リクとやらは自らの顔の輪郭を笑いながら撫でた。話を信じるならば、声変わり前だからだろうか。声までリッカに似ている。

「…………若返りだと? そんな、荒唐無稽な話が信じられるかっ!?」


 殿下の反論に、リクは泣きそうな……身を切られるような切ない顔をした。

「──本当に、何も知らずにあの子を攫ったんだ? ぼくらの秘密を、リッカは墓場まで持って行ったんだね……」

 リクは前髪を掻きあげると、表情を一変。傲岸に顎を上げる。

 儂も、殿下も息を飲んだ。光を浴びたリクの瞳は、紫を帯びた深い蒼──瑠璃色に輝いていたから。


「瑠璃色の瞳はぼくらの最大の特徴だけど、光の当たらない影の中では、黒に染まる。珍しいでしょ? 一種の擬態なのさ。……ぼくらは、異種族と人族を繋ぐ種族だと言われている。精霊族を始めとした人外と親和性が高く、異種族婚でも子を成しやすい。成長の遅い異種族には成長を促し、何らかの原因で歪んだ者を正しい形に矯正する。傍にいるだけで安らぎを与えるなど、様々な恩恵をもたらすから、大陸中の異種族と交流を持ち、愛され、守られていた」さらに、と言葉が続く。


「ぼくらも王族同様、異能を受け継ぐ。ただし、王家の異能は瞳に宿るけど、ぼくらの異能はに宿る。ぼくらの涙を月光に晒すと、若返りの秘薬になるんだ。寿命の長い異種族と人族間の溝を越えて、手を取り合わせるためにね。争いを嫌う平和な一族なのさ。こういった異種族を取りこむ力から、ぼくらは人族の王となる者を見極め、資質を見出した主人にのみ仕えてきた。昔はキングメーカーなんて呼ばれてたんだよ。……一族の一人が、皇帝に妃として召し上げられるまでは、ね」──ここまで言えば、分かるよね?


「皇帝が至宝と称した、“正妃の涙”は、ぼくらラクリマ()の一族の隠喩だよ。とっくに手に入れてたのに、気付かず失うなんて、滑稽だね!!」

 声だけでなく、引き金にかかる指にまで力が入ったのか、銃口が再び火を吹いた。ルリカは首に、殿下は右肩に銃弾を受け、地面をのたうち回る。あの弾丸はなんなんだ!? 殿下や、精霊のルリカにこれ程の痛手(ダメージ)を与えるなんてっ!!


「嘘、だ。余は認めない……リッカが“正妃の涙”だと? ならば何故余に言わなかった!! 隠す必要などないはずだ!! 知っていれば、奴隷になんて堕とさなかったのに……ただ一人の正妃として堂々と愛する事が出来たのに!!」

 心を抉られるような殿下の叫び。殿下の双眸から、悲痛な血の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。


「答えは単純明快。リッカは、お前なんかこれっぽっちも愛していなかった。誇り高いラクリマの一族として見ても、人の尊厳を簡単に踏みにじり、戦を引き起こしては沢山の命を奪うお前が、皇帝の器なんて思えなかったんだよ。……だから、どんなに辛い境遇にあっても、黒い瞳だからと不当に扱われても、決して真実を話さなかった!!」

 ……記憶の中のリッカは、いつも俯いていた。それは黒い瞳を恥じているからだと思っていたが……本当の(瑠璃)色を隠すためだったのか。

 

 リクは泣いていた。言葉が、憎しみが突き刺さるようだ……。

「…………ぼくはっ!! どんな形でもいい、矜持なんて捨てていいから、リッカに生きていて欲しかった!! 全部、お前ら(・・・)のせいだっ!! お前らのせいでリッカは死んだんだ!!!!」

 今度は三発の弾丸が放たれた。殿下は両足を、ルリカは頭を撃ち抜かれる。この攻撃に耐えられず、ルリカは──消滅した。後には身に付けていた物だけが残っている。カランと、ルリカの頭に載っていた宝冠が転がった。


「ルリカッ!? 貴様、何故ルリカまでっ……ルリカは、余とリッカの娘同然なのだぞ!?」

「娘? 違うね。お腹の子は、産まれる事なくリッカと一緒に死んだんだ。アレは残された力を継承しただけ。娘なんかじゃなくて、リッカを散々苦しめた精霊の紛い物にしか過ぎない。……精霊石はリッカの子の遺骨のようなもの。弄ぶなど、赦されない!!」


 儂は違和感を覚えた。このリクという男、内部の事情に詳しすぎる。リッカが死んだ“白の花園”に居たのも、偶然ではないのか? ここで、リクは儂の顔を見据えた。

「なんで? って顔をしてるね、ランスロットサマ(・・)?」

 その、儂を小馬鹿にしたようなサマの発音は……。


「まさか、宮廷魔道士と通じているのかっ!?」

「お前があいつにリッカの素性を探らせたんでしょ? ぼくの撒いておいた偽情報に引っ掛かったから、捕まえて利用させてもらったよ」

 リクは華奢な細腕に不釣り合いな、凶悪なフォルムの銃をかざす。

「あいつはお前らに勿体ないくらい、便利な男だった(・・・)よ。ぼくの知識と、あいつの技術力のおかげで、精霊の力を奪い、最高の苦痛を与える毒が出来たし、この銃を手に入れるのにも一役買ってくれた──首輪を作った事は許し難いけどね」


 だった……過去形か。未だ踏みつけられた背筋が凍える。この、用意周到さに冷酷さ。儂らは、とんでもない男を敵に回してしまったのではないか?

「……お前の望みは、復讐か……? ならば何故、白木蓮の姉を傍に置く? 白木蓮はリッカの死をルリの花に願ったのだぞ!? それに、リッカを殺したのは余ではなく、ダークエルフのっ!?」

「殿下っ!?」

 リクは殿下の言葉を遮るように、うつ伏せになった殿下の顎を蹴り上げると、屈み込んだ。

 殿下の煌びやかな髪を無造作に掴み上げ、額に銃口を突き付ける。


「……責任転嫁するな。リッカを死に追いやったのは、他でもない殿下でしょ? お前の傲慢さが悲劇を招いたんだ。被害者ぶるなんて、赦さない」

 ねえ、殿下と、リクは優しく諭すように囁いた。

「いくら若返ったからって、全身を蝕む病魔が消えるわけじゃない。ぼくには時間が残されてないんだ。……元より短命なぼくと違って、リッカには未来が、希望があったんだよ? なのに、お前らが全て奪った。台無しにした。──だからぼくも、お前らから全部奪ってやるんだ」


 リッカそっくりな虚ろな笑顔。だが、似ているようで違う。リクの瞳には、蒼々とした復讐の炎が燃えていた。

「間もなく、この城は落ちる。中枢の、要といえる場所に他の協力者を差し向けておいたからね。殿下が広げた植民地も解放しておいた。殿下が兵士を、自分の味方を殺しまくってくれたおかげで、とってもやりやすかったよ? ありがとう」


 何という事だ……!! あの地を埋め尽くした瑠璃色の旗、反乱さえ、リクの仕業だというのか!? 愕然としていると、地面に押し付けられた儂の体が振動を感じ取った。腹の底から震えるような、根幹が崩れたような、致命的な衝撃が走る。陛下の精霊石が、破壊されたのか!! 

「やめてくれ!! もうこれ以上、殿下から何も奪わないでくれっ!! 殺すなら、儂を殺せばいい。殿下は儂の全てなのだ……先王陛下から託され、慈しみながらお育てしてきた。一生守ると、お誓いしたのだぁっ!!」


 たまらず儂は叫び、女の足の下から逃れようと死に物狂いで暴れた。だが、儂の抵抗はあっさり封じられる。女の、リンデンの異能は白木蓮と同じく、風らしい。渦巻く風の奔流が儂を拘束したのだ。

「“殿下は儂の全て”じゃと? 奇遇じゃな、わらわもリクも、たった一人残された家族、妹が全てであった。遥か高みで下々を見下すのは楽しかったかの? 地べたを這いずって、妾達の気持ちを少しは理解するがいい」


 風の檻に囚われた儂は、為す術なく殿下を見つめる事しか出来ない。

「良かったね、殿下。リッカと同じ場所、同じ銃(・・・)で死ねるよ。行き先は断じて違うけど」

「……同じ銃? そうか、余は仇さえお前に奪われたのだな」

「殿下は有能な臣下を持ったね。あの魔道士が仇を探し当てたの。それから一緒におびき出して、ぼくが直々に銃弾をぶち込んだんだ。でも、興醒めだったよ……あいつ、あの王子はね、直前でリッカに謝りやがったんだ。殿下はそんな不様な真似しないでね」

「…………余は、リッカに謝る事すら許されないのか」

 殿下の、見開いた瞳が絶望に染まったのを見届けて、リクが引き金を引く。


 タンッ。


 軽い……軽すぎる音とともに、殿下の頭が弾け飛んだ。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 殿下、殿下が……!! 先王陛下の遺児だからではない。僭越ながら、儂は殿下を我が子のように、孫のように愛していた。年老いた儂の方が、殿下より先に逝くはずだったのにっ!!??


「リクは優しいのう。一思いに殺してあげるなんて。妾ならもっと苦しめた上で殺すぞ? ……こんな風にな」

 嘆く儂の四肢を鎌鼬カマイタチが分断する。激痛さえも、殿下の死の前には霞んでしまった。風の檻は解かれたが、これでは殿下の元に行けやしない。


 そうこうしている内に、浮遊感が儂を襲う。消えた結界に、浮力。城を維持していた力が消失し、城の崩落が始まったのだ。

 壁材が儂に降り注ぐ。ふと、破片以外の影が儂にかかる。リンデンの風に守られた、リクだ。殿下の返り血で白い服を赤く染めたリクは、わざわざ拾ってきたらしい、ルリカの宝飾剣を携えていた。


「殿下を守れなかった、愚かなランスロット。お前は色々間違えた。リンデンからマグノリアを奪った。殿下に必要な教育を施さず、暴虐の限りを尽くす殿下を、止めるどころか煽った。ああ、リッカと殿下を引き離そうと──パトリを、ぼくらの故郷を滅ぼすよう、馬鹿な小国を唆したりもしたね?」

 何もかも、お見通しか……。リクは、幾人もの血を吸い、切れ味の鈍った剣を儂の首に宛てがう。冷たい、死の感触がじわじわと食いこんで、痛みが出血多量で朦朧とし始めていた儂の意識をはっきりさせる。だが、覚悟を決めていたのに、とどめは刺されない。この出血量、傷からいって、死は免れないが。


「罪深いお前には、少しだけ考える時間をあげる。さよなら、ランスロット。自分の罪でも振り返るといいよ」

 そう吐き捨てて、リクはリンデンとともに去って行った。

 残されたのは、瀕死の儂と……パピの花びらが降り積もる、殿下のご遺体だけ。



────────全て、儂のせいなのか? 殿下が死んだのも、城が墜ちるのも、ルークスソーリスの滅亡も…………そんな、そんな!! もしも……宮廷魔道士を情報収集に行かせなければ。いや、殿下がリッカを連れてきた時、反対しなければ。正妃として認めていれば……。


 殿下の輝かしい未来を、儂が奪ってしまった、のか。


「あああああああああああああああああっ!?」

 儂の慟哭は、崩壊の音に掻き消される。最期の瞬間、息絶えるまで、儂は自分を責め続けた…………………………。


 


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