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正妃の涙~忠臣の罪~前編

 殿下は、変わってしまわれた。


 いつも笑っていた奴隷を失い、今度は常に涙を流す精霊を従えて、逆らう者の首を容赦なく落としていく。ワシが諫めても聞く耳を持つ事はなく、それどころか、忌々しげに吐き捨てるのだ。


「ランスロット。お前の言葉など、信用に値しない。首を落とされないだけ有難いと思え」

───儂は、どこで間違えてしまったのだろうか。




 儂は、先王陛下よりディアマンド殿下の教育係を拝命された。陛下は、為政者として申し分のない方だった。問題といえば、一人の女性に向ける行き過ぎた執着くらいか。陛下の寵姫は、この国と大昔から敵対していた王家、ルークスルーナエの王女だった。


 陛下は王女を見初め、添い遂げるために彼女の祖国を滅ぼした。欲しいものは、力尽くで手に入れる。それが戦国の世の常である。誰が陛下を咎められよう? 陛下は、そうまでして手中に収めた王女を溺愛し……嫁してから十年で、彼女は殿下を産み、正妃にまで登り詰める。

 陛下の治世は恙無つつがなく、殿下も病気一つせず健やかに育って、何もかもが上手く行っていたのに。


 殿下が5歳の誕生日を迎えた日───正妃が、自害した。


 偽りの愛情を捧げ、精霊の血故に、子供の出来にくい陛下との間に執念で子を成し、幸せの絶頂で陛下を絶望のどん底に叩き落とす。……それが、正妃の復讐だったのだろう。

 正妃を深く愛していた陛下は、即座に後を追われた。たった一人、殿下を残して。


 まだ幼い殿下に、到底真実を話せようはずもなく、国の体面もあって、お二人は表向きは病で亡くなった事にされた。

 儂は、尊敬する陛下の死に身も世もなく嘆いたが、生前の陛下に、殿下を直々に任されたのだ。悲しみを押し殺し、儂は殿下を一生お守りすると、誓いを立てる。


「ランスロットよ。余は、王にはならぬ」

 正妃のみに愛情を捧げた陛下に側室はおらず、世継ぎは殿下だけ。責任を放棄するような殿下の発言に、儂は落胆した。しかし、それは儂の早とちりで、他ならぬ殿下により、すぐに撤回される。


「余は、いっこくの王ではおわらぬうつわだ。かならずやわが王家のひがん、皇帝のざを手にしようぞ。それこそが、父上のたむけになる。──余を陛下とよぶのは、たいりくをとういつし、“正妃の涙”を手にしたときのみ。それまではいままでどおり、殿下とよぶがいい」


 ご両親を荼毘に付しながら、殿下は毅然と宣言された。ああ、このお方は間違いなく陛下の血を引いていらっしゃる……!! 儂は殿下の中に息づく、陛下の存在を感じ取り、その場に額ずいた。改めて殿下に忠誠を誓い、この日から儂は殿下の一番の腹心となったのだ。


▷▷▷▷▷


 殿下を……陛下の血を引く御子を皇帝にする。王家の悲願は儂の悲願でもある。儂は、陰になり日向になり、殿下をお支えした。

 殿下の御心、おこころざしは貴いが、殿下にはある問題があった。殿下は、歴代で最も濃く炎の精霊王の血が顕現している。強大な力を秘める反面、成長がひどく緩慢なのだ。


 ご両親を亡くしてからはさらに顕著になり、齢が10になっても、その半分、5歳ほどにしか見えない。精神も外見に引きずられているようで、いつまでも幼いままだ。このままでは敵国はおろか、味方の陣営にも侮られかねない。


 儂は精霊の血を逆手に取り、殿下を特別な存在として祭り上げる事にした。


「キャハハハ、ランスロット、たのしいなぁ!」

 ルークスソーリスは戦で成り上がった大国。戦場で力を振るうのも王族の務め。儂はあえて善悪や人の心の機微を教えなかったので、殿下は玩具で遊ぶように、人の命を躊躇いなく刈り取る。まるで、無慈悲で無邪気な精霊さながらの姿だ。


 陛下と正妃から譲り受けた神がかった美貌と併せて、敵も味方も殿下に畏敬の念を抱くよう仕向けたのだが、どうやら上手く行ったようだ。誰も彼もが殿下を畏れ、平伏した。ただしこれで終わりではない。恐怖だけでは、人は付いてこないからだ。


 仕上げは特別な殿下に仕える、選ばれた存在として、城の住人に選民思想を植え付ける。こうする事によって、天空城は殿下を頂点に一枚岩の結束を誇るのだ。───全ては殿下のために。儂は、万難を排して皇帝への道筋を作ろう。


▷▷▷▷▷


 ルークスソーリスは18歳でもって成人とする。見た目はともかく、殿下が成人された。慣例で側室を娶らねばならない。

 …………正妃の悲劇を繰り返さないよう、厳選した女性を殿下に宛がわねば。儂は貴い血を引き、利用価値が高く、教育のしやすい幼子を探した。白羽の矢が立ったのが、後の白木蓮である。


「ねーね、ねーねはどこ?」

 無理矢理引き離した家族を恋しがる白木蓮に、儂は殿下の素晴らしさを刷り込んだ。

 我が一族は、代々ルークスソーリスの王家に仕えている。主の好まれる女性像は把握済みなので、そのように育てればいい。


 清楚で健気で、芯の強い女性。加えて白い花のような美貌。……正妃もそうだった。白木蓮は有用な駒だ。理想通りに成長して行く。

 殿下も白木蓮を憎からず思っているようで、白木蓮を妃と称し、何くれと贈り物をしているようだ。


「お前に似合うと思って持ってきた。やる」

「わあ、なんて綺麗な冠! ありがとうございます!」

 なんと微笑ましい光景なのだろう。炎の化身の如き殿下と、白い翼の天使のような白木蓮。ままごとのようだが、仲睦まじい二人の姿に儂は密かに満足する。


 この頃、すでに老いを感じ始めていた儂と違って、彼女は若く、また有翼人種の寿命の長さからして、長期的に殿下に寄り添える……なんと羨ましい事か。出来れば、儂の薫陶を受けた白木蓮に正妃になって貰いたい。彼女が後宮を掌握していれば、あんな悲劇は繰り返さないだろう。そう思っていた、そのはずだった。……なのに!


▷▷▷▷▷


 成人してから十余年。殿下が一人の少女を連れてきた。──儂の計算が狂い始めたのは、それからだ。


 あどけなく、純朴そうな少女を、儂はどうしても受け入れる事が出来ない。

 黒い瞳もさることながら、問題はその容姿だ。明るい髪色、可憐な美貌。女は、陛下と出会ったばかり、少女だった頃の正妃によく似ていた。そんな女を殿下の傍になど、置いておけるかっ!!


 儂は断固として反対した。女が殿下にとってどのような存在か、見極める意味もあった。あっさり手放す程度の想いなら問題なし。腹心である儂の意見を無視して強行するならば──危うい。手遅れになる前に、女を消さなければ。


 結果は、何とも微妙。殿下は女を奴隷にしたのだ。

 首輪をはめ、命令には逆らえないよう強制し、笑顔を強いた上で、殿下は嬉々として女に焼きごてを押し当てる。


「……………………………………………………っ!!??」


 ルークスソーリスの紋章、炎のたてがみの獅子が、女の左胸に焼き付けられる。泣くな、笑えと命じられた女は、歯を食いしばる事も泣き叫ぶ事も出来ずに、歪な笑顔を貼り付け、耐えていた。長い髪を振り乱し、白い素肌を晒す哀れな女の姿を見て、殿下は嗤っている。


 その残酷な場面に儂は安堵した。きっとあの娘は愛情の対象ではなく、道具の一種なのだ。白木蓮とは立場が違う。ならば、儂もそのように扱うまでだ。

「己の分は弁えろ!! 殿下に愛されるなど思い上がるな!」

 儂は口を酸っぱくしてさとし続ける。身分違いを強調して、女──パピが思い上がる事がないように。使命感さえあった。儂が誰より殿下を理解し、行動しているつもりで。

 

 ……思い違いも甚だしかったんだがな。


 儂の正しさを証明するように、パピは孤立していき、殿下も何も言わない。後宮の様子は窺い知れないが、どこにもパピの居場所はないようだ。……ただ一人、冷めた目で儂らを遠巻きにする宮廷魔道士が印象的だったが、些末な事。


 しかし、油断していたらパピは殿下と体の関係を持つようになった。あくまで戦場での性欲処理だとは思うが、目に余る。目障りなパピは、排除せねばなるまい。殿下の命令もあり、常に監視されているパピには手を下せないが、を潰して、自主的に消えてもらえばいいだけだ。


 パピのアキレス腱、兄を狙えばいいじゃないか。殿下も、それを望んでいる節がある。

 儂はある小国をそそのかして、パトリ侵攻を進めた。上層部にそれとなく進言しただけだが、大国の援助を得たと勘違いした小国は、パトリを滅ぼした後、呆気なく自滅した。儂が関与した証拠は何も残っていない。まさか、こうも上手くいくとは!

 

 これも全ては殿下のためだと言い訳して、儂はほくそ笑む。場違いな道化パピにはご退場願おうか。





 ……儂の目論見は、ある意味成功であり、失敗でもあった。


「ランスロット!! 下がれっ!! 何者もリッカ(・・・)に触れるなっ!!」

 パピを抱きしめる殿下は、在りし日の陛下と同じ目をしていた。……とっくに、手遅れだったのか。


 パピを咎めようとする儂を、殿下が親の仇を見るような目で睨む。

「ランスロットも、他の者も出て行け! 余が許すまで、誰もこの部屋に入れるなっ」

 醜態を晒したパピではなく、無二の腹心である儂が追い出されるなんて。


 なぜ? なぜ儂が邪険にされる!! パピなど、取るに足らない存在なのにっ!!??


「……本気で言ってんの?」

 殿下とパピが籠もる部屋から追い出され、呆然とうずくまり、ブツブツぼやいていたら、答える者があった。宮廷魔道士だ。


「ねぇランスロットサマ。貴方殿下の参謀役でしょ? 頭良いんだよね? 何で気付かないのさ。殿下は、奴隷ちゃんを愛してるよ」

「そんな馬鹿な!! あり得ない!!」

 即座に反論したが、宮廷魔道士は尚も儂を見下してくる。


「じゃあ聞くけど。皇帝の座に執着する殿下が、どんな胡散臭い噂だろうと、“正妃の涙”のためなら戦争も辞さない殿下が、奴隷ちゃんを手に入れるために彼女の国は見逃したんだよ。そんな例外今までなかったよね? それはどう説明するの?」

「そ、それは……」


「ランスロットサマ。ぼくは所詮しょせん新参者で、だからこそ見えるものもあるんだ。天空城の公然の秘密、先王陛下の死を引きずってるんだろうけど……殿下は先王陛下じゃないし、奴隷ちゃんも正妃様じゃない。あなたの理想を、都合のいい思い込みを押し付けるのはやめた方がいいよ」

 ……魔道士は、どこまでも第三者だった。殿下にも、パピにも、儂にだって、誰にも肩入れしていない。だからこそ、その言葉には説得力がある。


「二人と、話し合う事をお勧めするよ。このままだと、両方から恨まれそうだしね-?」

 カッと頭に血が上る。パピはともかく、殿下が儂を恨むなど!

「あり得ないっ!! 儂は殿下の一番の腹心、育ての親同然なのだぞ!!」

「そーお? 今だってあっさり追い払われてるじゃん」


 ……痛い所を突く。

「…………それは、その……殿下は、反抗期なのだ!!」

 苦し紛れの儂の台詞に、宮廷魔道士はキョトンと目を丸くし、次いで、噴き出した。

「ぶはっ!! ちょっ、殿下って見た目はアレでも三十路越えだよね! 30過ぎて反抗期って、痛すぎ-!」


 宮廷魔道士の無礼な態度に、儂は憤慨した。怒鳴りつけたかったが、笑い過ぎてひきつけを起こす宮廷魔道士を見ていると、毒気も抜ける。儂は宮廷魔道士に背を向けると、自室に引き上げた。だが時間が経つほどに、沸々と怒りが湧いてくる。

 

 あの若造めが! 儂は先王陛下に殿下を託されたのだ。儂こそが殿下を第一に考えているというのに!! 殿下が重用した男の、へらへらした笑い顔が頭に浮上する。悔しいが、宮廷魔道士は性格はともかく、腕は有能である。多少無謀な所はあるが、それも若さ故か。……負けんぞ。


 目を逸らすのはやめて、確かめなければなるまい。殿下の、真意を。殿下の望みを叶えるのは、いつだって儂の役目なのだから。





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