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パピの花~奴隷のリッカ~前編

───これは、私が殺されるまでの話。




 パピの花を知っているだろうか? どこにでも咲いている、ありふれた白い花。だけど願いが叶うという、有名なおまじないが言い伝えられているの。

 

 パピの花を乾燥させると、曇りガラスのような不透明になり、薄氷みたいに脆くなる。

 ドライフラワーになった状態を“ハリの花”と言い、大切にしていると、深い蒼色(ブルー)に輝く美しい宝石の花に変化するんだって。宝石になった花は“ルリの花”と呼ばれ、それこそがどんな願いも一つだけ叶えてくれる魔法の花なんだ。


 でもね、ハリの花はすっごく壊れやすい。とても儚くて、すぐ散ってしまうから、ルリの花を見た人はいない。皆は迷信だって笑うけど……私は、信じてた。


 私は14の時に攫われ、奴隷にされた。


 昔、私が産まれるずっと前、大陸全土を総べる偉大な皇帝がいた。その人はエルフや有翼人などの異種族や、精霊の王さえ従えたらしいんだけど、後継者を定めずに亡くなってしまい、跡目争いが勃発したの。大帝国は瓦解し、小国が乱立。──戦乱の世は未だに続いている。私のように奴隷に堕とされる者なんて、珍しくもない。


 ………あの日。私はいつもの習慣でパピの花を摘みに出かけた。不治の病で、20まで生きられないと言われていた兄のために。



「……あの最後のハリの花が散る時、ぼくも死ぬんだ……」

「リク兄さんは、いつもそればっかりね」

 兄のリクと私は、男女の体格差や年齢差はあるものの、よく似通った容姿をしている。でも中身は正反対で、私は楽観的な性格だが、リクはとても悲観的。私はそんなリクの気休めのために、ハリの花を作っては病室に飾っていた。


 よよよ……と、わざとらしく泣きふせるリク。淡い金髪がシーツに広がり、絶望に染まった黒い瞳からは涙が幾筋も伝う。泣き虫なリクを、私はいつも抱き締めて慰めたなぁ。

「ハリの花はいくらでも作って上げるから。お願い、私を置いて行かないで」

 

 度重なる戦争で、父も母も亡くした私達。私には、もうリクしかいなかった。

「……わかってるよ、リッカ。だからリッカも約束してね。……何があっても強く生きるんだよ。自ら命を断ったりしないで」

「もちろんよ」

 これが私達のお決まりのやり取り。まさかこれが、最後の会話になるなんて思わなかった……。


 慣れた場所に花を摘みに行くだけだと、私は油断していた。私とリクが身を寄せていたのは、大陸で唯一の中立国。皇帝の正妃様の出身国で、不可侵条約が結ばれた地だという事もあって、私は安心しきっていたの。


 病院の裏手の森に、パピの花の群生地がある。そこは私だけの秘密の場所で……そこで私は、一人の少年に出会った。

 一目見た時、嫌な予感はしたんだ。少年は私より少し年上かな。お供はいなかったけど、高貴な身分に違いないと確信したのは、その子の瞳が血のように赤かったから。


 暖色系統の瞳は、王族の証。色が鮮やかなほど、その血は濃い。私は素早く地に伏したけど……遅かった。


「とても綺麗な花畑だな。どれ、ひとつ余も摘んでいくとするか」

 私は彼の興味を引いてしまったらしい。ガツンと頭に衝撃が走って、気が付いたら全然知らない煌びやかな部屋に転がされていた。慌てふためいた私は、咄嗟に窓から脱出しようとして、見渡す限り続く青い空に絶句した。


 私が拉致された場所は、天空に浮かぶ城だったの!


 天空城に住まう王族。思い当たるのは一人しかいない。少年──ディアマンド殿下は、皇帝に仕えたとされる炎の精霊王と、皇帝の姫の末裔。現在最も玉座に近いとされる人物だ。


 私は病院に返して欲しいと泣きながら懇願したけど、聞き入れてもらえなかった。

「余が彼の地に赴いたのはな、とある噂を聞いたからだ。あの病院は、大国の王族さえお忍びで通っているという。他に医療機関が発達した国はあるというのに、なぜそこを差しおき、あんな田舎を選ぶのか。あの病院には皇帝の至宝──“正妃の涙”が隠されているというのだ。余は病院を国ごと攻め滅ぼし、至宝を手にするつもりだったが、お前を見つけた」


 殿下は、笑う。無邪気だけど残酷な笑顔に、私は恐怖を隠せない。

「余はな、退屈なのだ。お前が余を楽しませてくれるなら、眉唾な噂を忘れてやらなくもない。──どうする?」

 私に、選択肢なんてなかった。病院を、リクの命を盾に取られたら、従うしかないじゃない……。


「なりません! 殿下!」

 だけど、無理矢理連れてこられたのに、私は歓迎されていなかった。特に殿下の右腕だというランスロットという男に猛反対されたの。出自もわからない、卑しい身分の女を傍に置くなんて、という事らしい。この国では黒い瞳は忌避の対象で、私の立場は非常に悪い。……私だって帰れるものなら帰りたいよ。


 炎の精霊の血か、ファイアオパールのような煌めく巻き毛に、神がかった美貌の殿下は、現人神の如く崇め奉られている。殿下のためなら命さえ投げ出すような集団の中で、私は異端だった。

 年の割に童顔で子供っぽい体型の私が、殿下を誑かす悪女のように糾弾される。


 どんだけ盲目なの? と私はウンザリしたけど、どうやら殿下も同じ気持ちだったらしい。私は、服従の証に手っ取り早く首輪をはめられた……。

「宮廷魔道士に開発させた首輪だ。余の命令に背いたり、余の不利益になる行動を取ると、即座に首をねる代物だ。また、ここに取り付けられた石には人造精霊が宿っていて、監視にもなる。一度はめれば、対象が死ぬまで外れない。これなら問題ないだろう?」


 どうだ、と言わんばかりの殿下に苛立ちを覚えるけど、それを表に出すと私が死ぬらしい。固まる私をよそに、ランスロットもそれならと渋々認め……こうして、私は奴隷になった。


 ………自由もなく、逃げ場もない。絶望の中、心の支えになったのは、パピの花のおまじないだった。殿下に気絶させられても、握り締めて離さなかったパピの花束。私が唯一持ちこめたもの。


 殿下が所望の“正妃の涙”は、長い年月の間に詳細が分からなくなっていて、正妃様が瑠璃色の瞳をしていた事から、殿下は瑠璃色の宝石ではないかと考えているらしい。一説によると、普通では考えられない奇跡を起こしたとか。


 ルリの花の言い伝えを、迷信だと一笑しながらも、何か関係があるかもしれないと、捨てられずにすんだの。

 私は花束を全てドライフラワーにして、与えられた物置部屋の壁に飾り、毎日毎日祈りを捧げる。いつか、リクに再会する事を信じて。




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