誰かに振り回されるのも、クリスマスです
新刊を並べていると、店長であるじい様が「今日はクリスマスだねぇ」と声を掛けてきた。
振り返れば、店の外を眺めているじい様。
雪が降り出しそうな雲行きだ。
「オミくんは、デートとかなかったのかい?」
「あったらアイツと変わってませんよ」
本当ならバイトは休みだったはずなのだが、デートだ何だと騒ぎ立てるイトコとバイトを変わったのは、約数時間前の話。
ばっちりめかし込んで、スライディング土下座の勢いで頭を下げたのと、特に用事もなかったので変わったわけだが、暇だ。
新刊の最後の一冊を本棚に差し込むと、じい様が、もったいないとか、何とか呟く。
若いうちが花だよ、なんて言われて肩を叩かれるが、そんな話は聞き飽きた。
正しく耳タコだ。
「MIOちゃんはともかく、作ちゃんも文ちゃんもいるだろう?」
聞き慣れた幼馴染みの名前に、俺は溜息を零す。
この手の話になると、いつも出てくる名前。
更に言えば、親公認になりつつあるので、この際この中の誰かとくっつけばいい、なんて話が出てる。
正直考えられないので、話を振られたくもない。
何で子供の頃から傍にいて、そんな感情も擦れて見つからないような面々と、と思う。
軽く顔を歪めて追加の新刊を持ち上げると、じい様は二度目のもったいない、を吐き出した。
何がもったいないのか、俺には理解不能だ。
クリスマスだからかは知らないが、特に忙しいこともなく、ひたすらに届いた新刊を並べていると、軽く肩を叩かれる。
振り返った先には、同じこの本屋で働いている大学生の人が立っていて、マスカラの絡まったまつ毛をバシバシ揺らしていた。
この手の化粧っけある顔は、見慣れていないので、見るに耐えないことがある。
イトコであるMIOは、今日も出掛ける際に、せっせと顔に色々塗りたくってはいたが。
ジャンルが違うので慣れない。
「今日、バイトじゃないよね?」
「……あぁ、MIOが変わってくれって泣き付いて来たので」
どさどさ、と持っていた本を平積みにする。
週刊物の雑誌で連載している、今人気の漫画で、確か、作がやけに気に入っていた。
俺は読んだことがないので、中身は知らない。
「そ、そうなんだ。じゃあ、この後って、時間あったり、する?」
本を並べながら、一瞬だけその人を見ると、じぃぃ、と穴が開きそうなくらい俺を見ていた。
ガン見で上目遣いでそんなに見られても、困る以外ないのだが。
しかし、この誘いは、と考えていると、別方向からも視線を感じて振り返る。
じい様が、仕事もせずに事の行く末を見守っていて、ぶん殴りたくなったのは言うまでもない。
「……すいません。この後は先約があって」
仕事の時だけ付けているピン留めを撫でながら、当たり障りなく断ると、目の前のその人はあからさまに肩を落とした。
大学生なんだから、大学でいい出会いがないのだろうか。
それか、年下専門か。
じい様の、もったいない、が薄らと聞こえたが無視。
先約なんてないけれど、特に何も思っていない相手に下手な期待を持たせる方が面倒だ。
帰りに作達の所へ行けば、別に嘘にはならないはずだから、無理やり予定を作る方向で。
それでも、その人は立ち去る気配を見せずに、何時間かけて巻いたんだ、と聞きたくなるくらい完璧な巻き髪を指で弄る。
見てるなら助けろよ、じい様、と視線を向けてみたものの、ゆるゆると首を横に振られた。
「オミくん!」
どうしたもんか、と左目を隠す前髪を撫で付けていると、店の扉が壊れるんじゃないか、という勢いで開かれて、聞き覚えのある声が飛んで来た。
俺とじい様とその人の視線が、飛び込んで来たやつに向かう。
聞き覚えのある声に合わせて、見覚えのある服装。
薄い化粧が施された顔を、思い切り歪めて、ズカズカと俺の前までやって来る。
俺の目の前にいた人を押し退けて。
こんな顔見るの久々だな、とか、他人事のように思う。
鼻も頬も耳も真っ赤にして、更には目尻まで赤くしたイトコは、泣きたいのか怒りたいのか。
何も言わずに俺の腕を掴むので、きっと駄目だったんだな、と分かる。
俺達幼馴染みの中でも、行動的で活発で社交的なイトコのMIOは、恋愛経験もそこそこあるのだ。
「帰る。帰ろう」
「まだ仕事終わってないけど」
「……おじいちゃん!」
ぐりん、MIOの顔がじい様の方へ向かう。
じい様は俺達にとって母方の祖父に当たり、俺達の母さんは姉妹同士だ。
身内のところでバイトっていうのは、気軽に出来て楽なのだが、ここまで我侭でいいのか。
可愛い孫の我侭に対して、じい様はデレデレとだらしのない、締りのない顔になり、いいよいいよ、と帰宅を促してくる。
いいのか、それで。
眉を寄せれば、問答無用、とMIOが俺の腕を引っ掴んだままロッカールームへ向かう。
これまた、壊れるんじゃないかと心配になる勢いで閉められた扉。
その扉を背に立つMIOは、顔を俯かせていて表情が見えない。
俺の幼馴染みはつくづく面倒だと思う。
俺以外が女だからそう思うのか、それとも単純に幼馴染み達が面倒なタイプなのかは知らないけれど。
「振られたの」
「文ちゃんが好きなんだってさ!」
あ、キレた。
勢い良く顔を上げたMIOは、半べそだった。
ロッカールームの窓からは雪が降っているのが見えて、ホワイトクリスマスとか、考えてみたけれど、正直どうでも良い。
ただ、子供みたいに「オミくんのばかぁぁぁ」と泣き喚くイトコが、早く泣き止めばいいのに、とは思った。
そんなクリスマス。