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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
9/39

勝田 対 戸森




 前回のファイトから二週間後の土曜日がきた。


 戸森は勝田と本木の二人と瑞江駅で待ち合わせをして先日の地下室に向かった。


 地下室に入るとすでに人の気配があった。暗い階段を進むと、蛍光灯の明かりに照らされて見えたのは新垣たちの姿だ。


 戸森は新垣と伊藤、杉田の他によく知る四人の姿を見ると驚いた。


「戸森!」


 新垣が挨拶代わりに手を挙げる。新垣が戸森の後ろにいる勝田と本木を見ると、やはり驚いた。


「えっ?! 戸森が呼んだの?」

 新垣が勝田と本木を指して言った。


「うん。神崎先生から勝田君と本木君を誘えって言われて連れてきた。新垣君たちも?」


「おぉ、先生が指名してきて、連れてこいって」


 神崎は戸森だけでなく、新垣たちにも勧誘をさせていた。戸森たちを含めた十人が集まった。


 新垣が連れてきたのは、昨年一年一組で同じだった二年二組の三上 啓太と大谷 渉、二年三組の谷垣 哲也と阿部 智也の四人だ。四人とも戸森への無視に参加していた。


 戸森の中であの時の記憶が蘇る。昨年、戸森の誕生日を祝いたいと申し出たのは三上と大谷であった。


 二人とも戸森とは同じ小学校で、二人とも戸森の虐めに参加していた。戸森はなるべく視線を合わせないようにしていた。


 戸森たちが到着して間もなく、大きなバッグを担いだ神崎が姿を現すとその場にいた十人全員が視線を注いだ。


「全員揃ってるな」

 神崎が周りを見回す。


「いいか、ここのことは他言無用だ。絶対に口外するなよ! 傷害罪と暴行罪で捕まるぞ。俺の教師生活も当然終わる。誰にも話すな!」


「はい」


「頼むぞ。たぶん、戸森と新垣から聞いてると思うけど、ここでは殴り合いをしてもらう。勝った負けた、強ぇ弱ぇって、競り合いでも勝負でもねぇ。殴り合いだ。だから、存分に殴って、殴られろ! 分かったか!」


「はい!」


「戸森と勝田! グローブ付けろ」


 バッグを開けると神崎が赤いグローブと黒いグローブを


「えっ?! もう?」


 新垣達が連れてきた三上たち四人も、戸森が連れてきた勝田と本木も驚きを隠せなかった。


 戸森も新垣も驚きはしなかったが、戸森は勝田と本木が新垣達とやりたがっていたことを神崎に事前に伝えており、神崎が自分の名前を呼んだことに驚いた。


「いきなり?」


 勝田は戸森と殴り合いをすることに全く嫌な様子はなかった。


「そうだ」


 二セットあるボクシンググローブを二人に渡した。


「勝田、戸森、グローブはめろ」


「先生、Tシャツ脱いでいいですか?」


「そんなもんいちいち許可取んな。勝手に脱げ」


 勝田がTシャツを脱ぐと、その引き締まった筋肉質の体に戸森は圧倒された。そして、羨ましさがあった。


 グローブをはめると、感触を確かめるように手を開いたりしていた。野球部の勝田はまるで、野球のグローブを確かめているかのように見えた。


 戸森と勝田は神崎にグローブの上から、テーピングをしてもらうとお互い向き合った。


「やれ!」


 神崎の合図に勝田がニヤッと笑った気が戸森にはした。


 戸森は「こいつ、殴り合いが好きなんだ」と思った。


 勝田は殴り合いが好きなのではなく、一方的に殴ることが好きだった。


 戸森は勘違いをしていた。


 この場所では新垣を失神させた戸森だが、学校では虐められっ子の戸森だ。勝田にとっては虐められっ子の戸森だった。


 戸森はどこにいても戸森 勇気だ。ここでは特別だと思う戸森の思い違いがあった。新垣達と殴り合いをしたいと思っているのは事実であるが、初めての相手が戸森で承諾したのは、勝田からしてみれば“肩慣らし”の相手ということで納得していただけであった。


 野球部の勝田は弱小チームながら、ピッチャーで四番である。小学校の頃から続けている野球の腕前は弱小校にいるのが不思議なほど、強豪校でもスタメンを張れるほどの実力だった。


勝田が両拳を頭まで上げ、顔から頭部を守るガードを上げた状態でジリジリ近付いた。


戸森左手でジャブを打つように軽く手を出した。前腕を叩くように放たれたジャブを勝田は気にも留めなかった。


 勝田が一気に距離を詰めて、全力で放った左ジャブは戸森の顔面を弾いた。勝田はそのまま距離を詰めてワン・ツーのツーを放った。右ストレートが戸森の顔面を強烈に打つと戸森は正気を失いかけた。


 腕を上げることができずにまた、体を屈めて丸くなる。防戦一方だったが、前回とは違うのは勝田は新垣ほど甘くはないというところだ。


 勝田が戸森の脇腹をレバー目掛けて殴打する。戸森は石で殴られたような錯覚にあい、思わず唸った。勝田はガードの上からでも構わずに殴り続けた。


 何もできない戸森を見て新垣が声を上げる。


「戸森いけ! 顔上げて殴れ!」


 その場にいる全員が声を上げていた。新垣達が連れてきた四人もやはり、戸森は虐められっ子だった。痛々しい程に殴られ続ける戸森を見ても、当然という思いだ。


 勝田の強烈な打撃は止まなかった。アッパーで顔を起こすとフックを見舞う。


 勝田の攻撃に為す術もなく、やられ続けた。


 フラフラの戸森を黙って見ているのは神崎だけだった。


 身長百七十センチに体重七十五キロの勝田に対して、身長百六十八センチに体重七十五キロの戸森は、数字の上ではほとんど同じと言えた。


 しかし、スポーツで鍛えた勝田の身体と戸森の身体の瞬発力と持久力、力は歴然である。


 勝田と密着状態の戸森は腕で勝田の体を押して引き剥がすように距離を取った。


 まだ何もしてない。そう言い聞かせ、動かない体を左右に大きく振って無理にでも動かした。


 戸森の予測できない動きに戸惑いながらも再度、距離を縮めた勝田は右腕が大きく振りかぶった。


 その瞬間、戸森が身体を潜り込ませるように押し入れて、独楽(コマ)が回るように身体を回転させて、一瞬で右ボディを放った。ほんの一瞬だった。


 抉るように勝田のストマック(胃)にめり込んだ戸森の拳。勝田は腹をハンマーで殴られたような痛みを覚えた。


 痛いよりも苦しい。


 横隔膜がせり上がり、呼吸ができなかった。苦しさで顔が上げれず、激痛で立つこともできずに、膝をついた。神崎の目が大きく開いた。


 勝田が膝をつく様子に周りは沸き上がった。


「凄ぇっ!!!」


「マジかよっ!!!」


「戸森強ぇ」


「戸森! いけ!」

 新垣が声を上げた。


 もう戸森の体は動かなかった。その場から動けず、打ち下ろすように、勝田の顔面を狙ったフックは空を切った。


 空振りする戸森の拳を避けながら、勝田は戸森の顎を目掛けて渾身のアッパーを見舞った。勝田の体も動かないはずだったが、勝田の精神が肉体を上回った。


 戸森は強烈なアッパーに大の字に倒れた。


「おぉぉーーー!!!」


 周りは興奮で叫び、二人のファイトに大きな拍手を送っていた。


 中学生の身体の限界以上の運動量と能力を発揮した勝田も圧巻だが、神崎は戸森の闘いに釘付けになった。


 虐められっ子の戸森はいなくなっていた。


 戸森の正確無比なパンチと動体視力や反射神経を持つ眼は子供とは思えなかった。戸森はたった一発のパンチで形勢を変えた。


 新垣を沈めた左フック、そして勝田に膝をつかせた右ボディである。


 神崎は戸森が両利きであることは消しゴムの投げ合いで気付いていた。たった一撃ずつしか放っていない戸森の二つのファイト。


 しかし、そのパンチは周りのギャラリーをも興奮させ虜にするほどの華があった。


 神崎は体が熱くなるのを感じていた。


 戸森は失神することもなく、神崎と新垣が近付くと、気怠そうに上半身をゆっくり起こした。戸森のタフネスにも神崎は舌を巻いた。


「お疲れさん。氷嚢があるから冷やして休め」


「戸森、いいファイトだった」


 新垣が肩を貸すように戸森が立ち上がるのを支えた。


「勝田もナイスファイト!」


 新垣の興奮した様子にやっとの思いで我に返った勝田は激しい疲労感に襲われていた。


 周りの騒ぐ様子も感じ取れないほどに耳も口も視界さえも鈍っていた。吹き出る汗が目障りなのは呼吸がまともに行えるようになってからだ。歩くことさえ困難だった。


 しかし、勝田のプライドが自分の弱り目を見せなかった。あくまでも平静さを装った。


「先生次は?」


 まるで次のファイトも自らがやるような口振りで勝田は神崎に振り返った。


「次は本木と杉田がやる」


 本木も杉田もすでにグローブをはめていた。


「新垣、戸森と勝田のグローブ取って、伊藤と谷垣に着けろ」


 勝田は素直に下がった。


 周りは大声を上げるほどに興奮している。拍手を送るほど心を動かされてる。自分の番はまだかと逸る気持ちを抑えきれずにいる。普段は冷静な勝田も強がりを見せるほどにのめり込んでいる。


 全員の興奮する様子に神崎は嬉しそうだった。


 新しく加わったメンバーは必ず殴り合いをさせた。戸森と勝田、本木と杉田、伊藤と谷垣、新垣と大谷、三上と阿部、顔が腫れなかったのは勝田だけだった。



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