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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
38/39

ファイト参加者






 瑞江第二中学校で伝説的な強さを誇っていた谷中(やなか)という人物がいた。


 中学時代の谷中は素行が悪く、学校でも問題児だった彼は外でも補導されることも多かった。


 喧嘩に明け暮れる日々であっが、喧嘩で負けたことは一度もなかった。


 高校で空手と出会って以来、警察に捕まるような行動はしていないが、道場内での組手で相手に怪我を負わせることがしばしばあった。

 “やり過ぎる”その稽古に周りの者たちは手を焼いていた。

 しかし、大会などではそのやり過ぎる性格が功を奏し、ある格闘技の道場の師範の目に止まり、その場でスカウトされる。


 そこはプロの格闘家が何人も在籍しており、様々な総合格闘技やグラップリングの大会で何人も優勝していた。


 谷中の才能が生かされる場所が見つかったのだ。


 十八歳の谷中は高校三年生で高校卒業と同時にプロデビューすることになっていた。


 二中の問題児がプロ格闘家になる前のことである。



 三年生の塚田は谷中との繋がりがあった。

 塚田の姉が谷中と同級生であり、中学生の頃に二人は交際していた。塚田と谷中はそれ以来、絆を深めた。

 塚田の姉と谷中の二人が別れても、谷中と塚田は行動を共にしていた。


 谷中はよく喧嘩をしていた。

 塚田は谷中の喧嘩を目の前で見たこともあった。


 谷中ほど強い男を塚田は知らなかった。


 『強い人知りませんか?』

 新垣のお願いに真っ先に塚田の頭に浮かんだのが谷中であり、谷中より強い男を塚田は知らなかった。


 三中と揉めた時に真っ先に助けを求めたのが谷中だったが、「そんなことくらい自分でやれ」と一蹴された。

 それ以来、連絡は控えていたが、塚田は谷中に声を掛けた。

 新垣の言葉をそのまま谷中に伝えた。


 『傷害にもならずに、好きなだけ殴り合いができる所があります』



 プロデビューを控えた身の彼である。


 道場でプロ格闘家と好きなだけ練習できる環境がある彼である。


 これから殴り合いで金を稼ぐことになる彼である。


 しかし、彼は嬉しそうに話しに乗った。


 デビュー前の大事な時期であり問題を起こさないように細心の注意を払う時であっても、強いプロ格闘家が揃っている環境があっても、ノーマネーであっても、谷中は嬉しそうに塚田の話しに乗った。


『好きなだけ殴れるのか?』


『はい』


 彼は相手を痛めつけることで快感を得る真性のサディストだった。



 後先考えない性格は一生治らない。


 プロ格闘家が揃う環境では自分のやりたいことができなかった。谷中は自分よりも弱い相手としかやりたがらなかった。


 プロにはなるがファイトマネーなど(たか)が知れていた。


 『弱い素人を好きなだけ殴っても事件にならない』ということが谷中にとって魅力だった。


 谷中は殴り合いの会に出ることを喜んで了承した。





 初めて三中の中村と百瀬が参加したファイトの次の日、戸森は新垣と土手を走っていた。まだ日も昇らない薄暗い中で、二人は冷たい風を感じながら全力で土手を走った。


 十キロを走り終わり、クールダウンで軽いジョギングをしている時だった。朝日が昇り始め、遠くを見つめる戸森が静かに口を開いた。


「カズ、ファイトの話は口外しないっていうのが、ルールだよ」

 今にも襲い掛かりそうな戸森は真剣な眼差しを新垣に向けている。


「な、何怒ってんだよ」

 新垣は戸森を見るが、戸森は遠くを見つめていた。


「学校でも会の話するのは止めよう。俺もしないし、カズにもしないでほしい。会の話は誰もいない時にしよう」


「分かった」

 戸森が何を言いたいのか新垣には分かっていた。

 人が増えるということはそれだけ危険が増すということだ。

 会の存在を知る者が増えればそれだけ“外部”に漏れるのだ。

 戸森が新垣に言いたかったことは「もう誰も呼ぶな」ということだった。それは新垣にも分かっていた。


 新垣の返事を聞くと戸森は黙り込んだ。




 その二日後の火曜日、新垣は塚田に“あの話”は忘れてほしいと言った。


「無理に決まってんだろ! もう声掛けちまったよ。お前、絶対ぇ駅に来いよ! バックれんなよ?」


「まぁ、塚田先輩も俺らに迷惑掛けたし、これでお相子(あいこ)ってことで。ホントすんません」


「ふざけんなよ! 俺が谷中さんに殺されちまうよ。谷中さんプロいく人だぞ? マジで乗り気だから、今更引けねぇよ」


「プロっすか? その人強いんすか?」


「強いとかの次元じゃねぇよ。プロだぞ? 大人でも勝てねぇよ」

 一般男性よりも強いという、言葉に新垣は改めて興味と疑問が湧いた。自分たちはどの程度の強さなのか。

 戸森は強いということが分かる。しかし、それは自分たちだけの小さな世界の中の話である。

 まだデビューする前であり、何かの大会で優勝した訳でもないが、戸森とプロ格闘家はどちらが強いのか、新垣は興味を持った。


「まぁ……言い出したのは俺だし……じゃあ、二週間後、来週の土曜駅で待ってます」

 新垣は戸森と谷中の闘いを見たくなった。





 その週の土曜日、戸森と神崎は高田馬場のスポーツセンターで寝技を教えてもらっていた。

 打撃のフォームなどは一人でも練習できるが、寝技は一人ではできなかった。中村との喧嘩以来、一人ではできない寝技を戸森は神崎から学んでいた。

 寝技を習ってから一ヶ月が経つ。


 神崎が習得している晴明流柔術の寝技は柔道などの技を基本としている。

 戸森は柔道や柔術の締め技と関節技だけでなく、レスリングタックルや柔道、コマンドサンボなどの崩しまで学んでいた。



「寝技はテレビ映えしないから、テレビに映らない情報に疎い日本人は寝技が強いことを知らない。戸森も実際にヤられるまで分からなかったろ?」

 神崎は強い。初心者の戸森は神崎の強さがどの程度なのか分からなかったが、打撃も寝技も超一流の師に一対一で教わる環境はこれ以上ないほどに贅沢であるということは分かっていた。

 それは周りにいる趣味で格闘技をしている人たちのレベルとは懸け離れたものだからだった。


「はい。それにしても寝技はやっぱり疲れます。慣れないですね」


「その内に慣れる」


「だと良いんですけど」


「寝技の良いところは、打撃と違ってやればやるだけ身につくところだ。お前は初めから当て感が良かったり、パンチ力に頼ってた所があるから、分からないかもしれないけどな。寝技は重要だよ」


「俺もヤられたから分かります」


「殴り合いだけじゃなく、喧嘩するとなったら、これから色んな奴と出会う。みんな殴ってくるだけじゃねぇ。

 世界には色んな格闘技があるけど、大別して組技系格闘家をグラップラー、打撃系格闘家をストライカーと呼ぶ。徒手だけでもいくつも格闘技があるんだぜ」

 格闘技の数だけ格闘家がいる。様々な格闘家がいる中で、本当に強い格闘家とは神崎みたいなタイプなのではないかと戸森は思った。


 戸森にはある疑問が浮かんだ。


「グラップラーとストライカーはどっちが強いんですか?」


「お前はどっちだと思う?」


「グラップラーだと思います」

 中村との喧嘩を経験した戸森は投げや抑え込み、締め技や関節技などの寝技の重要性を体で分かっていた。


「俺もだ。ただ、うちの古武術は長きに渡って様々な技を増やしてきた。殆どがパクりだけどな。

 当然、その中には危険な技がある。殺す打撃を知った今となってはストライカーとも思える」


 戸森は強くなるということを学んでいた。それは同時に己の弱さを知ることだった。


 虐めを受けていた時に今の自分を知ったら、なんでくだらないことで悩んでいるのだろうと吹っ切れただろうか。


 あの頃は本気で悩んでいた。


 弱いだけでなく、強くなる方法を知らなかったからだ。腕っ節が強いだけでは意味がない。


 冨樫 進と殴り合った今なら分かる。中村のように不良でも慕われ、支えられて強くなる者もいる。塚田のように見た目だけの者もいる。


 戸森は強さが分かれば分かるほどに己の弱さを知った。

 しかし、自分の弱さを知ることは嫌ではなかった。



 まだまだ強くなれる。戸森はどこまでも強くなれる気がした。



「来週のファイトが終われば十二月ですね」


「あぁ」


 神崎と戸森は、土曜日、日曜日と二日続けて高田馬場のスポーツセンターで稽古した。




 そして一週間が経ち、迎えた土曜日。


 殴り合いの会を始めてから半年以上が経つ。

 二週間に一度、いつもの時間にいつもの道を通って

 自分の親が気付いていないはずがない。


 戸森はこの日も無言で外に出た。


 駅を通り過ぎて少し歩くと、街頭も少なくなった辺りは暗闇が濃くなる。

 細い十字路を曲がり住宅街に入る。

 ある建物の地下に繋がる階段を降りる。そこは普段、扉に施錠してあるが、ある日のある時間帯だけその扉の錠が開かれる。


 戸森は暗い階段を下りて扉を開ける。



 地下室に着いた戸森の目に入ったのは新垣の隣にいる塚田と谷中だった。


「あいつが戸森です」

 塚田の声が聞こえた。

 谷中のことを知らない戸森だが、谷中の周りとは一回りほど違う体格で強いということは分かった。


 じっと()め付ける谷中の視線を無視し、戸森は新垣を見た。新垣は戸森の視線を外した。


 いつものメンバー二十数名と三中の中村、百瀬、それに塚田と谷中が揃うと地下室は少し賑やかになった。


 暫くすると、神崎が現れた。神崎の姿を見た塚田は新垣から事前に聞いていたこととはいえ、少々、興奮した様子だった。


 神崎が谷中に視線を送るが、すぐに周りを見た。


「じゃあ、ルールからな、ルールその一、一対一(タイマン)の喧嘩はすんな。二人以上の相手とやれ。

 ルールその二、仲間と二人の時は四人以上とやれ。

 ルールその三、五人が五人以上の喧嘩は認める。どんなやり方でもいい。

 ルールその四、このことは絶対に誰にも話すな。

 最初は本木と杉田、グローブ着けろ」


 神崎がバッグからグローブを取り出すと、受け取った本木と杉田が無言でその言葉に従った。

 その様子をじっと谷中と塚田は見ていた。


 戸森が神崎に近付く。

「先生、あいつは俺がやります」

 “あいつ”が谷中のことを指していることは明白だった。戸森も神崎も、否、新垣と塚田以外は谷中の名前さえも知らない。

 

「勝手にしろ」

 神崎の言葉に戸森が頷く。


「お前の名前は?」

 大きい声で訊ねる神崎が誰の名前を聞いているのかは明白だった。

 谷中に全員の視線が注がれる。


「谷中 進一郎」

 その名前を聞いた瞬間、一番に反応したのは三中の中村と百瀬だった。


「谷中? あの谷中?」

 三中にはその強さが知れ渡っていた。

 中村も百瀬も谷中とのファイトはご免被(めんこうむ)りたかった。


「戸森と谷中、次グローブ着けろ」

 谷中の戸森を見る目は危険な色を宿していた。



 本木と杉田のファイトを見下すように観戦する谷中はこれまでのファイト参加者と違い、その場の空気に呑まれることはなかった。

 プロの試合を何度も目の当たりにしている谷中がアマチュアの殴り合いで物怖じすることがあり得ないことであるが、やはりその空気に当てられ興奮していた。


 本木と杉田の拮抗したファイトは周囲の熱を一気に上げた。


「面白ぇな! お前らこんなことやってんのかよ!」

 谷中が単純にその場を楽しんでいたなら、戸森もファイトを楽しんでいたのかもしれなかった。


「俺が全員ボコってやるよ」

 戸森には谷中の言葉が届いていた。


 静かに闘志を燃やす戸森。



「戸森と谷中、グローブ着けろ」

 グローブを拳にはめた戸森と谷中が中央で対峙する。


「やれ」

 神崎の掛け声で


 谷中が飛矢のように一直線に戸森に飛び掛かる。


 戸森は一瞬、遠い距離から飛んでくる谷中の右の拳に感心した。

 スピードもあり、体重の乗った拳は威力も十分である。何よりも絶妙だったのが、距離を更に詰めて左のストレートを繰り出して戸森の反撃を近距離で潰した。


「危ない!」

 思わず叫んだのは新垣だった。

 

 近距離で反撃を潰した谷中は頭突きを見舞った。


 右ジャブと左ストレートをパーリングではたき落とし、不意打ちの頭突きをヘッドスリップで華麗に(かわ)す戸森。

 戸森のファイトに周りの者は溜息を漏らした。


 谷中はサウスポーだった。


『喧嘩慣れしてんな』


 戸森の谷中に対する印象だった。強いとは思わなかった。


 お互いまだパンチの距離である。


 谷中は左の拳で戸森の頭部を抑えるように添えた。

 そこから繰り出したのは左ストレートだった。


 左ストレートが戸森の顔面を襲う。


 息もつかせぬ絶妙なタイミングで繰り出した左ストレートは戸森に当たらなかった。


 肘振り上げのエルボーブロックが眼前で谷中の左拳を止めていた。

 「晴明流柔術 当身技 (かけり)」だった。


 戸森の頭部に添えられた谷中の右腕に戸森は左手を添えていた。


 「(かけり)」は固定して逃さないようにする。

 防御として「(かけり)」を使用した際に戸森は谷中の右腕に左手を添えていた。


 谷中は逃さないように戸森を止めていたが、その腕を逃さないように戸森も谷中を止めていた。


 戸森の右肘が谷中の左拳のナックルパートにジャストミートすると、中指が折れ、そのまま衝撃が突き抜けると第三中手骨骨折にまで及んだ。


「んぐぅぅ」

 谷中の左拳が破壊されると、谷中の口から呻き声のようなものが漏れた。


 それと同時に、戸森の左ストレートがガードの下がった谷中の顎を打ち抜いた。


 谷中は膝が抜けたように崩れ落ちたが、戸森はサウスポーの構えから「スイッチ」して軸足の左足を回転させると、右のハイキックを谷中の頭部に見舞った。


 駄目押しのハイキックが当たると谷中は吹っ飛び、コンクリートの上で大の字に倒れ込んみ、口から泡を吹いていた。


 その強さに周囲の者たちは言葉を失うと同時に戸森に恐怖を抱いていた。

 新垣は谷中が高校を卒業すると同時にプロの格闘家になることを聞いていた。既にデビュー戦も決まっており、実際にプロと呼んでもおかしくない谷中である。

 プロの格闘家相手に圧倒的な強さで勝った。最後は失神までさせてしまったのである。


 神崎と戸森からしてみれば、それは当たり前だった。


 一週間に一度とはいえ、神崎と戸森は稽古してきたのだ。神崎の相手をしていた戸森からすれば、それは当たり前の結果だった。


 戸森の殺意が中村の喧嘩や冨樫とのファイト以降、時折顔を見せる。表に出てくる戸森の中の『何か』が周りの者たちを凍りつかせた。


「カズ、やろうよ」

 戸森の言葉に新垣は心臓が縮み上がった。


「先生、新垣とやります」


「好きにしろよ」


「ありがとうございます」


 新垣がグローブをはめるのをただじっと待っていた。

 新垣はグローブをはめる間に意を決し、戸森と対峙した。


 神崎は静観しているだけだった。


 阿吽の呼吸で戸森と新垣のファイトが始まる。


 新垣は果敢に攻めた。

 それはまるで最初のファイトのような勢いであった。しかし、ファイトの内容はまるで違う。

 カウンターを何度も決められ、新垣の顔はみるみる無残なものになった。


 ファイトクラブに知らない顔が一層増える。居場所を荒らされたと不満が募り、それが一気に爆発すると目の前の友を殴り倒した。


 地面に倒れてもパウンドで新垣の顔面を殴った。


 慌てて止めたのは中村と勝田、本木、杉田に伊藤だった。

 五人掛かりで戸森を止めた。


 戸森は無我夢中で新垣をボコボコにした。

 気が付くと、戸森の目の前には失神した友の姿がある。


 戸森は自分がしたことの恐ろしさを知り、身震いした。


「気が済んだか……サイコ野郎」

 神崎の声にはっとした戸森はグローブを放り投げると走ってその場を去った。





 家に帰って、まず最初にしたことはブラッド・ピットとエドワード・ノートンが出てる[Fight Club]のDVDを見たことだった。

 エドワード・ノートンが金髪の男をボコボコにする姿、そのサイコ野郎の姿は間違いなく自分だと感じた。


 戸森の怒りは新垣だった。神崎が決めたルールを守らずに殴り合いの会の存在を広めていた。

 全員で守られていたはずの一番大事なルールを破った。それは一部のクラスメイトたちにも知れ渡り、更に木内にも知られた。

 新垣の節度のなさから、居場所が奪われた気がした。そしてそれが許せなかった。

 しかし、戸森がしたことは禁止されていた私闘だった。


 私怨は私憤を晴らさない。


 戸森はその日、一睡もできなかった。


 朝日が昇る前に土手に向かった。


 一夜明け、戸森はいつもの朝を迎える。

 土手でランニングをし、ダッシュや軽い筋トレを行っていた。

 戸森は心の中で待っていた。

 来る訳がないのは分かっていた。あの怪我でトレーニングするなど自殺ものである。


 しかし、朝日が昇り人通りも増え始めた頃、戸森の前に姿を現した。

 その姿に戸森は目を丸くした。


「サボっちまった」

 新垣がボコボコに腫らした顔で土手に現れた。

 新垣は神崎からもらった薬を飲み、神崎の指示で一睡もしなかった。

 眠気もない新垣は安静にするように言われたが、どうしても土手に来たかった。

 照れ笑いをする新垣。


「カズ……俺」


「悪かった」

 新垣が戸森に頭を下げる。


「ううん、カズは盛り上げようとしてくれたんだね」


 二人は冷たく気持ちの良い風と太陽に当たりながら土手を歩いた。





 それから二週間が経ち、十二月に入って最初のファイトのことだった。


 地下室に入った戸森はその人の多さに驚いた。一瞬、違う部屋と間違えたのかと思った。


 知らない奴が増えた。名前も、年も分からないような奴らが何人も増えていた。

 ルールが守られなくなった。


 殴り合いの会のことが知れ渡り、顔も知らないような奴らが増えたのだ。

 

 中学生だけたった参加者は、この日、戸森よりも一回りも二回りも大きな体格で、年も神崎の方が近いような男もいた。


 全員目的は同じだった。殴り合いに来たのである。


 神崎が到着すると、神崎も人の多さに驚きを隠せなかった。


 中央に歩を進める神崎が静かに口を開く。


「見ない顔が増えたな」

 人集りの中から笑い声が漏れる。


 戸森も新垣たちも笑えなかった。

 他クラスから伝播し、他の学校から来ている。そして、恐らく同年代だけでなく、その上の近しい人物にまで伝播したのだ。


 その者たちは笑みを零し、笑いを漏らした。


「何がおかしいんだ!!」

 神崎が怒声を張ると、空気が凍りついた。張り詰めた空気に皆が静まり緊張した。

 初めて見る神崎の怒りの感情だった。


「知らねぇ顔がどんどん増える。誰が連れて来たのか知らねぇが、ルールが守られてねぇってことじゃねぇか!」

 神崎の露わになった殺気に皆が(すく)んだ。


「ルールその四、絶対に口外するな! いいか、絶対ぇ守れ! 死んでも守れ!」



「はい!」

 周りの者たちは一様に返事をした。それはただ、半端に返事をしたのではなく、破ってはいけない誓いであった。




 ファイトが終わると皆が興奮冷め止まぬ様子で外に出た。

 怪我の具合は様々であるが、皆が満足していた。

 つまらない日常を吹き飛ばす刺激は人生にとっての大事なスパイスだった。



 外の空気は凍りそうなほど冷たかった。火照った体には気持ち良かったが、すぐに体は冷えた。

 季節は冬である。


「寒くなるね」


 殴り合いの会が盛り上がるのである。仲間が増えたと思えばと戸森は割り切った。


 この日のファイト参加者はお互いを同志と認め合いその場で解散となった。


 その遠くから、寒さに耐えながら戸森たちをじっと見つめる影があった。クラスメイトの木内 恵梨香であった。


 十二月の中旬、間も無く二学期が終わろうとしていた。




 


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