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FIGHT CLASS  作者: 元馳 安
37/39

新垣のお節介


 初めて参加する中村も百瀬も異様な雰囲気に呑まれていた。


 ここにいる者たちは殴り合うためだけに集まっているのである。

 喧嘩慣れしているとはいえ、中村も百瀬も、会の流れについていけなかった。


 神崎の簡単なルール説明が終わると、いきなり二人の名前が呼ばれる。



「新垣、谷垣、グローブ着けろ」


 名前を呼ばれた二人はグローブを着けると、地下室の中央で対峙する。

 その周りを全員が囲む。



 戸森は鈴木のクラス分けの案を神崎に進言したが、「考えとく」と一蹴された。

 戸森の願いは叶わなかった。



「やれ!」


 神崎の言葉で二人は殴り合った。


 新垣のアグレッシブな動きに()される谷垣は一発も当てることなく、ダメ押しされて倒された。


「終わりか?」

 新垣の声に谷垣が倒れたまま頷く。


「参った」

 誰に止められることなく、二人の中でファイトは終わった。


「大丈夫か?」

 新垣が手を差し出し、抱き起こすように谷垣を立たせた。

 新垣の言葉に頷く谷垣。


「いいファイトだったよ」

 新垣が谷垣の背中を叩いて、相手を称えていた。


 二人の遣り取りを見る中村はその純粋なファイトに感動すら覚えていた。


 二人が驚いたのはその熱気だった。闘う二人を囲う者たちは狂っていると言えた。しかし、その熱に当てられた二人も狂っていった。




「吉田と勝田いくか」


「はい!」

 


 神崎の合図で二人の殴り合いは始まった。


 勝田の強烈な右が吉田の顔面を捉える。

 吉田はまともに受けると何歩か後退して倒れるそうになる体を支えた。


 吉田は勝田の拳が見えていた。避けようと思えば避けることもできた。防御しようと思えばできた。

 しかし、吉田はしなかった。


 吉田が狂気の笑みを零す。



「吉田のファイトスタイルは危ないな……ちょっと教えてやるか」

 神崎は独り言のように呟いた。


 勝田のフックが吉田に襲い掛かる。それを前進してヒットポイントをズラした吉田が合わせるようにフックを見舞うとクロスカウンターとなった。

 まともに勝田の顔面を捉えると勝田は一瞬、膝が抜けるように、ガクッと落ちた。


 倒れないように気合いで堪える勝田。膝が笑うという感覚を味わったのは二度目だった。

 足が言うことを聞かないのだ。


 吉田は勝田の様子を見るかのように手を出さなかった。

 勝田の回復を待ち、構えていた。


 勝田は吉田のその余裕を見せる態度に血が逆流するほどの怒りを覚えた。


 怒りに身を任せるように吉田に向かっていった。


 左のジャブから右のストレートをボディーに入れると吉田の顔が下がった。

 下がった顔面に左フックをチョップ気味に打ち下ろし、ガラ空きのボディーに駄目押しの右を打ち込んだ。


 物凄い形相で吉田に襲い掛かる。対して、吉田の表情は勝田とは正反対だった。

 打たれることを喜ぶかのように受けていた。


 更に追撃された吉田はとうとう地面に倒れた。


 荒い呼吸を必死に抑えようとする勝田は面倒臭そうにグローブを外した。


 ファイト後の乱暴な勝田の態度も、十人十色のファイトの一つとして、中村は受け止めた。

 単純に見ていて興奮するファイトだった。



「伊藤と杉田、グローブ着けろ」



「先生」

 新垣が神崎に近付く。


「何だ?」

 神崎が訊ねると新垣が指差したのは百瀬だった。


「自分が呼んだ百瀬っていう人なんですけど、戸森の相手をあの人にしてもらえませんか?」

 新垣の言葉に神崎が怪訝な表情を見せる。


「何で?」


「戸森を喜ばせたくて、ファイトさせたくて呼びました」

 新垣の素直な気持ちだった。


「ははっ、お前面白いな。特別に許してやるよ。隣のデカいのは何て名前なんだよ?」


「あの人は中村さんです」

 神崎は二人を品定めでもするかのように見つめた。


 一組終わり、また一組と次々にファイトが行われると、興奮は高まっていった。

 地下室は異様な(たかぶ)りを見せていた。



 須藤と大谷がファイトを終えた時、神崎は戸森の名前を呼んだ。



「戸森、百瀬、グローブ着けろ」

 神崎の言葉に新垣と中村が注目した。


 ボクシング経験者である百瀬は慣れた手つきでボクシンググローブをはめている。

 戸森は無表情だった。


 燃えているような、冷めているような、異様な空気に周りの者たちは固唾を飲んで見守っていた。


 準備が整うと二人は対峙した。


「やれ」


 百瀬はいきなり右ストレートを放った。

 戸森の顔面、Tゾーン(両眉と鼻を結んだ線)を見事に捉えていた。


 直線の軌道でまっすぐに向かってくる拳を拳で跳ね上げる戸森。

 小さく放ったショートアッパーはそれでも腰を回転させて十分な威力を持っていた。


 弾かれる拳は軌道がズレて宙を彷徨った。

 しかし、百瀬は右のストレートが弾かれようと、構わずに遠距離から左をフック気味に放った。


 戸森が左に回転させた腰を反動をつけて右に回転させる。

 その遠心力を利用して打った左のフックは腰の回転力が増し、強烈な一打となった。


 戸森は左フックを左フックで潰した。

 対角線上にぶつかる正確無比な打撃に見ている者は言葉を失った。


 あまりに強烈な戸森の打撃に百瀬は左手が体ごと吹っ飛んだ。


 右に回転させた腰を反動を利用して、左に回転させる。

 戸森の十分に遠心力をつけた右の拳が百瀬の顎を打ち抜くと百瀬は白目を向いて倒れた。


 拳を拳で打ち落すという、所業を戸森はやってのけた。

 パーリングやガードは、パンチが来る所に手を待ち構えて、来たパンチを落とす。


 しかし、戸森はパンチが当たる前の軌道上で、ピンポイントで打ち落しているのだ。


 針の穴に糸を通すようなその仕業は、当て感が良いというレベルを遥かに越えていた。

 パンチが見えており、そのパンチに体が反応できているのである。


 勝負は一瞬だった。


 倒れた百瀬はそのまま動かなくなった。



 神崎は全身が総毛立った。鳥肌は収まることなく、

 勝田並みに強いパンチを持つ百瀬は一瞬にして戸森に倒された。

 勝田はもう戸森の足元にも及ばなかった。


 周りの者たちはみな言葉を失った。




「次、中村と三上」

 名前を呼ばれた中村は暫く動けなかった。

 戸森を睨むように見つめていた。



 戸森は不快感を感じていた。何に対する怒りなのかはハッキリしていた。

 猛烈な怒りと猛烈な喉の渇きを我慢していた。


 神崎の飲むビールが死ぬほど美味そうに見えた。






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