新垣 一成
戸森が木内から無用な心配をされている頃、新垣は放課後にゲームセンターへ向かったていた。
誰かを探すように店内を見回し、いないと分かると以前していたように格闘ゲームの筐体に百円を入れて時間を潰した。
ゲームをしながらも辺りを見回し、誰かを待っていた。
暫くすると、三人組の中学生が現れた。
「よぉ!」
新垣が声を掛けたのは以前に会った三中の三人組だった。
新垣に気付いた三人組は即座に頭を下げて挨拶した。
「新垣さん! ちわっす! この前はありがとうございました」
「いいよ、いいよ。えーと……」
名前が分からないために新垣が呼び方に困っていると察したように一人が答える。
「自分、神田です。こいつが渡辺で、隣が田中です」
「神田さぁ、悪いんだけど、中村さんと連絡取れる?」
新垣が単刀直入に訊ねる。
「中村先輩……分かりました」
一瞬、嫌な顔をしたが新垣の鋭い視線に神田は即座に観念した。
騒々しい店内から出ると、外は静かだった。
裏道に隠れるように四人が移動すると、神田はすぐに中村の携帯電話に連絡した。
すぐに繋がったが、ペコペコ頭を下げながら余計なことを長ったらしく話す神田に痺れを切らすと、携帯電話を奪い取った。
「もしもし、中村さん、突然すいません。自分、新垣って言います。お祭りで喧嘩した二中の戸森の友達の新垣です」
『新垣、知ってるよ。一番最初に金田と喧嘩した奴だろ? 良い喧嘩だったよ」
「ありがとうございます。実は折り入って相談したいことがあるんですけど」
『何だよ?』
「強い人って中村さんの知り合いにいますか?」
その「強い」というのが柔道のことではないのは中村にも分かっていた。
隣で会話を聞いていた神田たちは恐々としていた。三中に喧嘩を売っているのかとも思った。
『どういうことだよ?』
「ここじゃ言えないんです……中村さん、これから会えませんか?」
その言葉に神田たちは目を見開いた。
『いいぜ』
中村の言葉に新垣から笑みが零れる。
「ありがとうございます」
新垣は神田に携帯電話を返すと三人にお礼を言ってその場を離れた。
中村とは瑞江第三中学校の近くの公園で会った。
「急にすいません」
公園で先に待っていた中村は「気にするな」という風に手を振った。
「戸森は元気かよ?」
「元気ですよ。あの時よりもかなり強くなってますよ」
「ははっ、もう追いつけねぇな」
「中村さんに折り入ってお願いがあるんですけど」
「何だよ? さっき強い奴がどうのこうのって言ってたよな」
「そうです。強い人紹介してもらえませんか?」
新垣の言葉に中村の顔が険しくなる。
「それは、俺よりも強い奴ってことかよ?」
中村が凄む。
「はい」
新垣の毅然とした態度に中村は気骨さを感じた。新垣の誠実な思いからくる強い意思だと感じた中村は真剣に考えた。
「何で強い奴探してんだ?」
「戸森の相手を探してます」
「戸森の相手だぁ?」
新垣の答えに中村は声が大きくなった。
「戸森が前に言ってたんです。強く人とやると楽しいって」
新垣は戸森の言葉を履き違えていたが、新垣なりの不器用な友への思いだった。
「何だそれ? あいつはしょっちゅう喧嘩してんのか?」
「喧嘩はしてません。でも、タイマンで殴り合いをしてます」
新垣は嘘を言っていない。それは新垣の誠実さから中村にも伝わっていた。
「何だそれ? まぁ、お前らの中でなんかあるんだろうな……強い奴はいるよ。そいつと戸森をやらせたいのか」
新垣が頷く。
中村が遠くを見ながら目を細めると、薄く笑い何かを呟いた。
「お前、バカかよ?」
中村の言葉に新垣は一瞬、竦んだ。もう、後には引けなかった。
「……って言いたいとこだけどな……新垣、お前から連絡が来たことも偶然じゃないのかもな」
新垣は中村の次の言葉を待った。
「お前、祭りの時に二中対三中の喧嘩で、副将の奴覚えてるか?」
副将とは柔道の五人対五人で行われる団体戦と呼ばれる試合形式で四番手に当たる。
二中の三年生、熊田と喧嘩し、圧倒的な強さを見せた男を新垣は覚えていた。
「名前は分からないですけど、強かったことは覚えています」
「百瀬って奴なんだけどな、そいつがずっと戸森のこと狙ってんだよ。まぁ、問題は起こさねぇと思うけど」
中村の口から出てきた百瀬という三年生は中村も手を焼いている様子だった。
「戸森を狙ってるんですか?」
「あぁ、祭りの時に見てから戸森とやりてぇって言ってたんだよ。また喧嘩の火種になるから止めろって言ったんだけど、タイマンならって言ってよ。なんとか抑えてたんだけど、最近になってまたうるせぇんだよ」
戸森を襲うこともタイマンを挑むこともできたが、再び抗争になり兼ねないということで中村から止められていた。
新垣の話を聞いた中村は百瀬に連絡すると、近くにいるという百瀬も公園に来ると言った。
百瀬と中村が知り合ったのは一年生の時だった。
一年生の時から体の大きかった中村は入学当初から学年では一番強かった。しかし、百瀬は弱かった。
典型的な見た目だけの不良だった百瀬は中村に容赦なく打ちのめされた。
それから大人しくなったが、益々、強くなる中村を追うように百瀬はボクシングを習い始めた。そして、二年近くボクシングに打ち込むと、めきめきと頭角を現し、再び中村と不良の道を歩んだ。
中村に再び挑もうとするも、中村は受けなかった。二人の周りも二人の決闘は良しとせず、百瀬の遺恨を晴らすことは遂に今までなかった。
「よう」
公園の入り口に影を見つけると中村が声を掛ける。
公園に到着した百瀬が新垣の姿を目にすると警戒した。
「中村、話ってなんだよ? 戸森は何処だよ?」
百瀬の視線が公園全体に渡る。
新垣は百瀬を待つ間、中村から百瀬の話を聞いた。
新垣は百瀬に対して妙な親近感を覚えていた。自分と重ねていたのかもしれない。
経緯は違えど、強い者に叩きのめされ、その強い者に追いつこうと強くなった者同士、通じるものがあった。
新垣は百瀬をじっと見つめていた。
「ここにはいねぇよ」
「あっ? こいつなんだよ?」
中村の言葉に百瀬の表情が一変すると、視線が新垣に向けられた。
「百瀬、戸森とタイマンできるっていうのは、こいつがお前と戸森とのタイマンさせてくれるって言ってんだよ」
「本当だろうな?」
百瀬が新垣を睨むように見つめる。
「本当です。でも、誰にも言わないと約束してくれませんか?」
「分かった。約束する」
タイマンで後腐れなく戸森と闘えると知った百瀬は二つ返事で了承した。
毎朝の日課であるランニングも二ヶ月も経たないうちに新垣は慣れたようで、戸森と同じペースで走れるようになっていた。
木内からの独り善がりな戯言を聞いた翌朝、土手を新垣と共に走る戸森は、学校でもファイトの話を固く禁じることを新垣に話したかったが、最後まで言えなかった。
勿論、その日の学校でも言えなかった。
その日、新垣は休み時間を利用し、三年生のクラスがある校舎の二階を訪れていた。
三年生の塚田の三年一組に新垣が顔を出すと塚田や周りの者たちは新垣に対して怖気づいていた。
新垣は塚田と目が合うと軽く会釈した。
塚田は蚤の心臓が止まりそうになった。
しかし、逃げられなかった。
「な、何だよ? 新垣、どうしたんだよ?」
威厳を保ちたい塚田は強がりで威張って見せるが、怖がっていることは一目瞭然だった。
「塚田さん、お願いがあるんですけど、聞いてもらえませんか?」
改まった態度の新垣に塚田は途端に態度を変えて偉ぶった。
「おう! お前には借りがあるからな。何だよ? 何でも言えよ」
虎の威を借れるのは今しかない塚田だった。
「塚田先輩の知り合いで喧嘩の強い人いますか?」
塚田は固まった。
「この学校じゃなくて、顔の広い塚田さんの知り合いなら誰でもいいです。いませんか?」
「いや……まぁ……いるっちゃ、いるけど……何で?」
「訳は言えないんですけど、いるなら紹介してください」
「……まぁ、新垣の頼みならしょうがねぇな」
塚田は渋々了承した。
「じゃあ、今から連絡できますか?」
「はぁっ? 急には無理に決まってんだろ。来週か再来週までにはなんとかする」
「……分かりました」
今度は新垣が渋々了承した。
そして、待ちに待った土曜日が訪れた。
十一月の上旬、益々日が沈むのが早くなり、夜が長くなった。
夜が長くなると戸森たちは嬉しくなった。
夜が続けば祭りが終わらない気がしたからだ。
地下室に着くと吉田と勝田、本木の姿があった。
戸森の姿を見た吉田は嬉しそうに見えた。
戸森が到着すると地下室には続々と人が集まった。
そして、遅く来た新垣の背後から現れたのは何と中村だった。その後ろには見掛けた顔があった。
それが、お祭りのあの日に喧嘩した三中の生徒であると知った戸森たちは新垣に怪訝な顔をした。
「悪ぃ、遅くなった」
新垣が誰に謝るでもなく、戸森に近付く。
「カズ、何で中村さんがいるの? しかも、その人って」
杉田が新垣に訊ねると新垣は言葉を濁した。
「中村さん、お久しぶりです」
戸森が中村に声を掛ける。中村は嬉しそうだった。
「おう、また強くなったんだって?」
「いえ、弱いままです」
戸森の体はお祭りのあの時よりも、大きくなっていた。その体を見ただけで中村は新垣の言っていたことは嘘ではないと分かった。
「あの時よりも強いのか」、中村は百瀬を心配した。
「中村さん、その人って」
戸森の視線の先にいる百瀬がじっと戸森を見ている。
「あぁ、こいつが戸森と喧嘩したいって言ってよ」
「中村さん、ここは殴り合いする場所であって、喧嘩する場所じゃないですよ」
中村は一瞬、戸森の言っている意味が分からなかったが、その真剣な様子に圧倒された。
「あぁ、百瀬が戸森と殴り合いしたいって言うからよ」
「百瀬さんって言うんですね」
百瀬は戸森をじっと見ていた。
暫くしてから、神崎が現れた。
戸森たちは中村と百瀬を見た時の神崎の反応を見たかったが、神崎はチラと視線を送っただけで何も言わなかった。
絶対に口外してはならない。
そのルールは中学生には守ることができなかつた。
ルールが守られていないことに対して戸森は、神崎の無表情が心なしか不快感を表しているのではと思った。
戸森は新垣の行動が不愉快だった。




